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1章
◆いや…、それは違う 葛西
しおりを挟む「それってさぁ、牽制って事だろ」
昼休みの学食で、何時も通りカレーライスを頬張る俺に、話を聞いていたコータローはそう言った。
「牽制? ……何に?」
「だーから。ヒロは遠回しに、お姫に『お前とは友達以上にはなりませんよ』って、伝えたんだろ?」
今朝の棚橋とのやり取りを、そんな風に解釈されるとは思わなかった。………でもまぁ、そういう意味にも取れるのか。成る程ねぇ。
友達だろ?と言った俺に、あの困ったちゃんは最初、「…い、いつ?」なんて返して来た。俺としては、あの鼻血騒動の後に保健室で話をしたあの時から、ただの面白いクラスメートから、誂い甲斐のあるお気に入りに昇格していたのにな。
認識の落差にガッカリして、勢いで授業を中断させたけど、アレはアレで中々面白い話を聞けたからヨシとする。それに石村の話を、棚橋は食い入るように聞いていた。お陰で初めてあっちから話し掛けられるという、アメージングが起こったのだから結果オーライだ。
なのに今朝もまた、俺の「友達だろ?」にビックリ顔で疑問符を浮かべてた。
おいおい、アレでもまだ足りないの?本当に石村直伝の、小っ恥ずかしい荒業をやれってか?
……て、そんな話を面白可笑しく聞かせてやった感想が「牽制」って。
「そういう事に、なるのか?」
「そりゃそうだろ。リアコのお姫に、友達宣言してんだからさぁ」
リアコ…。あぁ、そうか。確かに棚橋の雰囲気からは、ビシビシとリアルな恋心が伝わってくる。
話し掛けりゃオロオロするし、顔を覗けば真っ赤になるし。分かり易さでいったら小1で習う漢字くらい簡単だ。
でも俺、友達宣言なんかしたか? 少なくとも牽制なんて、そんなつもりで言って無いんだけどなぁ。
「あ~あ、何かお姫ちゃん可哀想」
「しゃあねぇだろ。だってヒロにその気は無いんだし」
「そうだね、ハッキリ線引きしてあげるのも、優しさだよね」
「でも夢くらいは、見させてやりゃいいのに」
西田の言葉にコータローがツッコミ、そのコータローの言葉に吉永が同意すると、最後に篠崎が蒸し返す。
どいつもこいつも、勝手な事を言いやがって。だから俺はそんな意味で、友達だなんて言って無いんだっつーの!
「あのなぁお前等。俺はあのボッチ姫を、構って楽しんでるだけなの。夢を見させる気もないし、牽制もしてない。どちらかと言えば、これはアレだよ、ボランティアだ。いっつも一人でつまんなそうだろ? だから友達になって、世の中はもっと楽しいぞって、教えてやろうとしてるだけ」
毎日毎日昼休みは保健室だし、休み時間だって大抵一人で過ごしてる。話し相手も連れション相手もいないから、この前みたいに廊下で他クラスの奴に絡まれるんだ。
「でもアイツ、友達ならいるじゃん。ほら、B組の山本。アイツ等、毎日くっ付いて登下校してるよ」
「その山本が言ってたんだよ。まなちゃん…、棚橋は友達じゃないって」
アレを聞いた時、無性に腹が立った。棚橋はあんなに山本と仲良しアピールしてるのに、その肝心の山本の方は友達じゃないって、どういう事だよ。
「へえぇ…、じゃあ山本は、お姫に惚れてるんじゃね? だから友達なんかじゃ無い…、て言ったんだろ」
「いや、それはどうかな。俺、前に山本本人に聞いた事あるんだ。お前お姫とデキてるの?って」
「え? そんでそんで?」
篠崎の予想を西田が否定して、コータローが興味津々に話しの続きを催促する。
正直に言えば、俺も山本が何て答えたのか知りたい。……と言うより寧ろ、教えろこの野郎!って気分だ。そして篠崎の予想が、当たらずも遠からずな感じがして更にイラッとする。俺も一瞬、それが頭を掠めたからだ。
廊下で棚橋が二人組に絡まれていた時、本当は俺が助けてやろうと思っていた。だけど鼻血騒動の時同様に、あの短髪侍に先を越されたんだ。幼馴染みだか何だか知らないが、俺には見せたこともないご機嫌顔の棚橋にもカチンときて、つい構い過ぎたのは反省してる。ストロングミントは相当苦手だったみたいだし、気を持たせる気はないと言っておきながら、「キスの味」と耳打ちしたのは流石にやり過ぎた。……まぁ、あの過剰反応には笑わせてもらったけど。
だけどその後俺を呼び止めた山本に、いい加減にしろだなんて言われる筋合いはない。あの短髪侍め。一体何様だっつーの!
「山本が言うには、家族に近い存在らしいよ? 多分、弟とか、そういう感じなんじゃないの」
西田の答えに他の三人は「あ~…、なるなるなる」と納得顔をした。
だけど俺は納得がいかない。家族って何だそれ。保護者気取りかよ。腹立つなぁ…。
「ヒロ? どした?」
「……………別に」
俺の不機嫌さに、目敏く気付いたコータローに言葉少なに応えると、今度は西田が「何怒ってるんだよ」なんて言ってくる。別にっ、怒ってねぇし。
「ヒロさぁ、本気でお姫に落ちちゃったとか?」
「は? 何の話だよ」
俺はほんの少し、棚橋を哀れに思っただけだ。
───「てっちゃんは友達だよ」
そう言った棚橋が可哀想だろ。友達だと思っていた相手が、自分を友達だと思っていなかったなんて。だから俺が、友達になってやろうと思ったんだ。
「そう言えばヒロ、お前何時から、お姫を『まなちゃん』なんて呼んでるの?」
「何時からだっていいだろ、別に」
あんな友達甲斐のない奴になんか負けねぇし。俺の方がよっぽど、棚橋を可愛がってやれるんだ。何せアイツは、俺にリアコなんだ。好きな相手が友達になったら嬉しいだろ?
「まなちゃん? 何それ、俺も呼びたい」
「だぁ~め!そう呼んでいいのは俺だけですぅ!お前等は友達じゃないだろ」
「でも、山本だって『まな』って呼んでるよ? そっちの方が親密度高くね?」
「アイツは家族なんだろ? しかも兄貴枠だ。俺は友達なの。友達は俺だけなんだから、その他のモブが、ちゃん呼びなんて許しませ~ん」
親密度なんて関係ないね。まなちゃんの方が可愛くっていいし。大体呼び捨てなんて、まなちゃんには似合わない。
「じゃあ俺も友達になろーっと。そんで俺の事はコウちゃんて呼んでもらう」
「じゃあ俺はナオくん!」
「なら、俺もルイちゃんで」
「俺はシノっちでいいや」
「はぁあ!?」
ふざけんな!
「あのなぁ、あんなビビリにお前等みたいな喧しい連中が寄ってみろ? 怖がって逃げちゃうでしょーが。友達なら俺一人で充分なの。他は要りません」
ったく、変な興味を持つなよな。せっかく「友達なので」って言わせたばっかりなのに、ここでまた振り出しとかになったら、流石に俺でも萎える。
「友達がヒロだけなんて、誰が決めた? それを決めるのはお姫だろ。それに、本当に世の中の楽しさを教えたいなら、友達は多い方がいい。そうだろ?」
「俺もそう思う。ボッチが可哀想だって言うなら、俺等皆で友達になってやればいいんじゃないの?」
「そりゃ…、そうだけど」
篠崎と西田の指摘にぐぅの音も出ない。
だけど俺だってまだ、友達認定されてるかどうかイマイチ不安だ。指摘しなきゃ敬語も抜けない。何時も緊張してキョドるし、中々顔を合わせてもくれない。長い前髪が本当に邪魔で、素顔なんてちゃんと拝んだ事もない。
山本は……?
アイツは知ってるんだろうか。あの簾の向こう側、まなちゃんの本当の素顔。
「それともヒロは、お姫を独り占めしたいのか?」
「え?」
涼しい顔でうっすら笑った吉永が、変な事を言い出した。
独り占め? まなちゃんを?
それは………
「いや、それは違うよな? ヒロはハルが生意気になっちゃったから、代わりに構えそうなお姫を、誂いたいだけだよな?」
コータローが俺の代わりにそう答える。
そう……、だな。そうだよな。
生意気な弟より、まなちゃんの方が遥かに構い甲斐がある。
「おう、その通りだ。流石コータロー、よく分かってるじゃん」
「あったりまえだろー。俺等、何年の付き合いよ?小1からだぞ。これ位、何も言わなくても分かるっつーの!」
生きてる年数の半分以上、この腐れ縁とはツルんでる。ぶっちゃけ親兄弟よりも考えてる事が分かるから、今の答えに若干の違和感が混ざってる事にも気付ける訳で……。
「……で? コータロー。お前、何を企んでる?」
「は? はあ!? 何……、企む?」
大体お祭り騒ぎが好きなコイツが、あの流れで俺をイジらない訳が無い。
「さっきからずっと、スマホ覗いてるじゃん」
「これは、アレだよ! ニュ、ニュースとか、見てただけだよ」
嘘つきめ。目が泳いでるぞ。大体お前がニュースなんか見るかよ。俺が知らないとでも思ってるのか?お前の履歴は可愛い女子のSNSか、エロ動画くらいだろーが。
「コータロー、もうバレてるぞ。下手な言い訳してないで、正直に言っちゃえよ」
「別に隠すことも無いじゃん」
「や…、でもさ。コイツ、あの子ら嫌いだから…」
「まさか……、ユキナか? お前まだあの腐女子と繋がってんの? ……うーわ、勘弁しろ。俺は行かないからな!」
「頼むよ~、ヒロ。お前とセットじゃないと、ナナちゃんに会わせてもらえないんだよ」
そんなの知るかっ!
同中のお騒がせ女、河原由希奈は変わった性癖の持ち主だ。腐れ縁の俺とコータローを、己の欲望丸出しの腐った妄想の餌にしている。とんでもなく恐ろしい…、いや悍ましい生き物だ。
そしてコータローは今、そのユキナの友達ナナちゃんにご執心で、あのクソ恐ろしい生物に媚を売っている。
「俺……、お前とカプられる位なら、断然まなちゃんの方がいい」
「ええぇ、もう約束しちゃったよー」
しちゃったよー、じゃない!
あ~あ…、放課後が憂鬱だなんて最悪だ。
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