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1章
男の心得 2
しおりを挟むキンキン煩い耳鳴りを掻い潜って届いた声に、頭の中で繰り返された紙芝居がピタリと止まった。小さい俺達の泣き声も小さくなる。
「よう山本。今帰り?」
「ああ。でもバス混みそうだし、俺らはこれから学校に戻って、もう少し後のバスで帰る」
てっちゃんの声と葛西の声が交互に聞こえてくると、苦しかった息も楽になった。グシャグシャに掻き混ぜられたお腹の中も落ち着いた。俺の中の小さい俺達は、違う声を上げ始めた。
「ならお前ら先に乗れよ。こっちは別に急いでないし、アイツ等なんか歩いて帰らせたって構わないよ」
「いや、今バスに乗ったら吐きそうだから、葛西達が先に行け」
小さくゆっくり深呼吸を繰り返す内に、耳鳴りも静かになった。
指先にも血が巡ってくるのがわかる。
葛西は凄いな。まるで不治の病にも効く特効薬だ。こんなに効き目のいい薬もない。学会に発表したら世界中が大騒ぎになるぞ。
「まなちゃん、具合悪いのか?」
ナンチャラ平和賞間違いなしの特効薬葛西は、膝に手を置いた中腰でズズぃっと顔を覗き込んできた。
「んひゃっ!」
効き目ばっちりの特効薬には大変危険な副作用があった。
世界が大騒ぎする前に、俺の中の小さい俺達が大騒ぎし始めた。
「お、大丈夫そうじゃん。今日もいい血色だねぇ」
「あ、あ、おっ、…おか、お陰、さまで、しゅ」
うわあぁぁッ!
何がっ、お陰さまでしゅ、だ!
うっかり「です」と言いそうになって意識し過ぎた結果が「でしゅ」って…。何だよもぉっ、恥ずかしい!俺のバカぁ!
「ヒロー、バス来たよー」
う……っ、女の子の声が葛西を呼んでる。副作用で赤くなった顔を隠さなきゃ。てっちゃんの背中に引っ付いていれば見えないかな。
条件反射で竦む身体が嫌いだ。俺は未だに女の子の声が怖い。時々さっきみたいに、過去の恐ろしい体験が頭の中で紙芝居になって現れる。そのきっかけは大抵女の子の声だ。最近は少なくなってたから油断してた。
きゅっとてっちゃんの制服を掴むと、何時もはスッと影になってくれるのに、今日はビクともせずに「どうする?」なんて聞いてくる。
「あそこの連中は次のバスには乗らないって。まなはバス乗れそうか? それとももっと後にするか?」
あ、そうなの? でもいいのかな。爺ちゃんは『男なら、どんな時でもれでぃふぁーすとだぞ』って言ってるよ?
チラッと葛西の方を伺い見れば、カッコいい顔でうんうんしてる。でも………
「あの、……レディファーストで、どうぞ」
爺ちゃんの教えはしっかり守る。だって俺、男だもん。男の心得は絶対だ。
なのに葛西は「は?」と言ってぽかんとした後、ブーッ!と思いっ切り吹き出した。
な、何で笑うの!? 俺、変な事言ったか!?
「はー、面白れぇなまなちゃんは。オーケーオーケー、んじゃ、レディファーストな」
「え、え? …っ、ぅええぇぇえ!?」
長い腕が伸びて来たと思ったら、俺の足が宙に浮いた。見上げないと中々拝めない葛西の顔が、ちょっと見下ろす位置にある。
何これ何コレー!!
「おー、軽い軽い」
なんて言ってる葛西は楽しそうだけど、俺はちっとも楽しくない!これはアレじゃないか? 小さい頃お父さんによくやってもらった“高い高い”じゃん!!
「ちょっ、や、やだやだ!降ろしてよ!」
ジタバタ暴れる俺をサクッと無視して、「ほらほらそこのおブス達、道を開けろー、お姫ちゃんのお通りだぞー」とか言ってバス停の集団を蹴散らした。
そんな葛西にブーブー言い出す女子達と、ケラケラ笑う里中くん達。その間を葛西に担がれたまま通り抜ける俺。
やだやだ、怖いコワいーっ!女子混じりの陽キャの軍団なんて、まともに目も開けられない。
何してくれんの、このイケメン!!本当に死んじゃうってば!
ぎゅっと目を瞑った俺の足が、やっと硬い地面に着いた。脇の下から手が離れていくのを確認して恐る恐る目を開けると、俺はいつの間にかバスの乗車口のステップに立っている。
バスから離れる葛西がニヤッと笑うと、その脇からてっちゃんがのそりと乗り込んできた。
「また明日ねぇ、まなちゃん」
ひらひら手を振る葛西に、俺はどうしても言いたい事がある。それだけはどんなに恥ずかしくても、心臓が壊れそうなほどバクバクしてても、ちゃんと伝えなきゃいけない。
「あ、あのっ!」
てっちゃんが「さっさと奥に行け」とグイグイ押すけど、これだけは絶対に言わなくちゃダメなんだ。
だって俺は、葛西の友達だから。
「ん~?」
「あの、あのさ。お、女の子に向かって、おブスなんて言ったらダメだぞ。ちゃんと、あ、謝れよ!」
よ、よし!ちゃんと言った。俺、ちゃんと伝えたぞ。爺ちゃんの教えその2だ。
『男ならどんな時も、へみにすとでないとイカン。れでぃには常に優しくするもんだ』
うん、爺ちゃん。俺、爺ちゃんが教えてくれた『男の心得』は全部覚えてる。
それに友達の間違いは正してあげなきゃいけない。レベル1でも友達は友達だ。間違いを正すのにレベルは関係ないからな。
バスの扉がプシューといって閉まると、外の喧騒は届かなくなる。てっちゃんに促されて1番後ろの席に座ると、窓からバス停に残ってる葛西を見た。
───よく出来ました。
窓越しに葛西の口がそう動くのが見えて、俺は誇らしくなる。それから凄く優しく笑った顔を見て、心臓がまたまた変な音を鳴らした。
あぁ…、やっぱり俺は葛西が好きだ。どうしたってそこは変えられない。目指す場所は葛西の友達なのに、ちょっとだけ特別な友達になれたりしないかな、なんて欲が出る。
バスが走り出すと、あっという間に葛西達の姿は見えなくなった。
「なぁてっちゃん。恋はどうしたら休憩してくれると思う?」
せっかく葛西が友達だと言ってくれたのに、欲張りな恋する気持ちが邪魔をするから、胸の痛苦しいさは酷くなるばかりだし、心の声達にはダメ出しをされた。
「無理だな。お前のそれはもう末期だ。諦めて突っ走れ」
「………聞くんじゃなかった」
まったく…。てっちゃんにはガッカリだよ!ちょっとは考えてくれてもいいじゃないか。ケチッ!
……でもそうかもなぁ。俺の心臓はもう、葛西にガッチリ掴まれてる。怖い紙芝居を上書き出来るくらいだ。葛西にだったら、殺されても文句は言えない。これが恋の病の末期症状なのか。
「それよりお前、アイツに『ちゃん』呼び許したのか? 赤ちゃんみたいで嫌だって言ってたくせに」
「う、うるさい!葛西は、……いいんだよ」
「へえぇ、葛西には甘ったれ赤ちゃんでもいいんだ?」
「ちっ、違うよ!な、仲良しっぽいから、いいの!」
「じゃあ俺も呼ぼうかな」
「ダメッ!てっちゃんは絶対にダメだ!俺はもう子供じゃないから、『ちゃん』呼びはされたくないの!」
「ふぅ~ん、じゃあ葛西の前では甘ったれ赤ちゃんになりたいと?」
「ぎゃ、逆だよ!俺は大人だから、葛西には特別に、ゆ、許してやってるだけだっ」
そうだよ、大人の対応ってヤツだ。いちいち目くじら立ててる方が子供っぽいし!
それに俺にとって、葛西は特別な友達だ。ちゃん呼びくらい、寛大な心で許せる。……恥ずかしいけど。
「………顔が赤いぞ」
「うるさいっ」
細かい事は気にしない。それが大人の男の心得だ。
小さい事に拘って大局を見誤るな、って爺ちゃんは言っていたんだ。
「まぁ、良かったな」
「………………ん」
だからてっちゃんの赤ちゃん発言も、寛大な心で許してやる事にした。
………それはそうと、一つ気になる事がある。
「ねぇ、てっちゃん」
「うん?」
「おひめちゃんて、何だ?」
「……………………知らね」
今日の葛西の謎発言。あれは一体何だろう?
「ふぅん?」
ま、いっか。
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