好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない

豆ちよこ

文字の大きさ
上 下
27 / 47
1章

男の心得 2

しおりを挟む

 キンキン煩い耳鳴りを掻い潜って届いた声に、頭の中で繰り返された紙芝居がピタリと止まった。小さい俺達の泣き声も小さくなる。

「よう山本。今帰り?」
「ああ。でもバス混みそうだし、俺らはこれから学校に戻って、もう少し後のバスで帰る」

 てっちゃんの声と葛西の声が交互に聞こえてくると、苦しかった息も楽になった。グシャグシャに掻き混ぜられたお腹の中も落ち着いた。俺の中の小さい俺達は、違う声を上げ始めた。

「ならお前ら先に乗れよ。こっちは別に急いでないし、アイツ等なんか歩いて帰らせたって構わないよ」
「いや、今バスに乗ったら吐きそうだから、葛西達が先に行け」

 小さくゆっくり深呼吸を繰り返す内に、耳鳴りも静かになった。
 指先にも血が巡ってくるのがわかる。

 葛西は凄いな。まるで不治の病にも効く特効薬だ。こんなに効き目のいい薬もない。学会に発表したら世界中が大騒ぎになるぞ。

「まなちゃん、具合悪いのか?」

 ナンチャラ平和賞間違いなしの特効薬葛西は、膝に手を置いた中腰でズズぃっと顔を覗き込んできた。

「んひゃっ!」

 効き目ばっちりの特効薬には大変危険な副作用があった。
 世界が大騒ぎする前に、俺の中の小さい俺達が大騒ぎし始めた。

「お、大丈夫そうじゃん。今日もいい血色だねぇ」
「あ、あ、おっ、…おか、お陰、さまで、しゅ」

 うわあぁぁッ!
 何がっ、お陰さまでしゅ、だ!
 うっかり「です」と言いそうになって意識し過ぎた結果が「でしゅ」って…。何だよもぉっ、恥ずかしい!俺のバカぁ!

「ヒロー、バス来たよー」

 う……っ、女の子の声が葛西を呼んでる。副作用で赤くなった顔を隠さなきゃ。てっちゃんの背中に引っ付いていれば見えないかな。
 条件反射で竦む身体が嫌いだ。俺は未だに女の子の声が怖い。時々さっきみたいに、過去の恐ろしい体験が頭の中で紙芝居になって現れる。そのきっかけは大抵女の子の声だ。最近は少なくなってたから油断してた。
 きゅっとてっちゃんの制服を掴むと、何時もはスッと影になってくれるのに、今日はビクともせずに「どうする?」なんて聞いてくる。

「あそこの連中は次のバスには乗らないって。まなはバス乗れそうか? それとももっと後にするか?」

 あ、そうなの? でもいいのかな。爺ちゃんは『男なら、どんな時でもれでぃふぁーすとだぞ』って言ってるよ?
 チラッと葛西の方を伺い見れば、カッコいい顔でうんうんしてる。でも………

「あの、……レディファーストで、どうぞ」

 爺ちゃんの教えはしっかり守る。だって俺、男だもん。男の心得は絶対だ。
 なのに葛西は「は?」と言ってぽかんとした後、ブーッ!と思いっ切り吹き出した。
 な、何で笑うの!? 俺、変な事言ったか!?

「はー、面白れぇなまなちゃんは。オーケーオーケー、んじゃ、レディファーストな」
「え、え? …っ、ぅええぇぇえ!?」

 長い腕が伸びて来たと思ったら、俺の足が宙に浮いた。見上げないと中々拝めない葛西の顔が、ちょっと見下ろす位置にある。
 何これ何コレー!!
 
「おー、軽い軽い」

 なんて言ってる葛西は楽しそうだけど、俺はちっとも楽しくない!これはアレじゃないか? 小さい頃お父さんによくやってもらった“高い高い”じゃん!!

「ちょっ、や、やだやだ!降ろしてよ!」

 ジタバタ暴れる俺をサクッと無視して、「ほらほらそこのおブス達、道を開けろー、お姫ちゃんのお通りだぞー」とか言ってバス停の集団を蹴散らした。
 そんな葛西にブーブー言い出す女子達と、ケラケラ笑う里中くん達。その間を葛西に担がれたまま通り抜ける俺。

 やだやだ、怖いコワいーっ!女子混じりの陽キャの軍団なんて、まともに目も開けられない。
 何してくれんの、このイケメン!!本当に死んじゃうってば!
 ぎゅっと目を瞑った俺の足が、やっと硬い地面に着いた。脇の下から手が離れていくのを確認して恐る恐る目を開けると、俺はいつの間にかバスの乗車口のステップに立っている。
 バスから離れる葛西がニヤッと笑うと、その脇からてっちゃんがのそりと乗り込んできた。

「また明日ねぇ、まなちゃん」

 ひらひら手を振る葛西に、俺はどうしても言いたい事がある。それだけはどんなに恥ずかしくても、心臓が壊れそうなほどバクバクしてても、ちゃんと伝えなきゃいけない。

「あ、あのっ!」

 てっちゃんが「さっさと奥に行け」とグイグイ押すけど、これだけは絶対に言わなくちゃダメなんだ。
 だって俺は、葛西の友達だから。

「ん~?」
「あの、あのさ。お、女の子に向かって、おブスなんて言ったらダメだぞ。ちゃんと、あ、謝れよ!」

 よ、よし!ちゃんと言った。俺、ちゃんと伝えたぞ。爺ちゃんの教えその2だ。
『男ならどんな時も、へみにすとでないとイカン。れでぃには常に優しくするもんだ』
 うん、爺ちゃん。俺、爺ちゃんが教えてくれた『男の心得』は全部覚えてる。
 それに友達の間違いは正してあげなきゃいけない。レベル1でも友達は友達だ。間違いを正すのにレベルは関係ないからな。
 バスの扉がプシューといって閉まると、外の喧騒は届かなくなる。てっちゃんに促されて1番後ろの席に座ると、窓からバス停に残ってる葛西を見た。

───よく出来ました。

 窓越しに葛西の口がそう動くのが見えて、俺は誇らしくなる。それから凄く優しく笑った顔を見て、心臓がまたまた変な音を鳴らした。
 あぁ…、やっぱり俺は葛西が好きだ。どうしたってそこは変えられない。目指す場所は葛西の友達なのに、ちょっとだけ特別な友達になれたりしないかな、なんて欲が出る。
 バスが走り出すと、あっという間に葛西達の姿は見えなくなった。

「なぁてっちゃん。恋はどうしたら休憩してくれると思う?」

 せっかく葛西が友達だと言ってくれたのに、欲張りな恋する気持ちが邪魔をするから、胸の痛苦しいさは酷くなるばかりだし、心の声達にはダメ出しをされた。

「無理だな。お前のそれはもう末期だ。諦めて突っ走れ」
「………聞くんじゃなかった」

 まったく…。てっちゃんにはガッカリだよ!ちょっとは考えてくれてもいいじゃないか。ケチッ!
 ……でもそうかもなぁ。俺の心臓はもう、葛西にガッチリ掴まれてる。怖い紙芝居を上書き出来るくらいだ。葛西にだったら、殺されても文句は言えない。これが恋の病の末期症状なのか。

「それよりお前、アイツに『ちゃん』呼び許したのか? 赤ちゃんみたいで嫌だって言ってたくせに」
「う、うるさい!葛西は、……いいんだよ」
 
「へえぇ、葛西には甘ったれ赤ちゃんでもいいんだ?」
「ちっ、違うよ!な、仲良しっぽいから、いいの!」

「じゃあ俺も呼ぼうかな」
「ダメッ!てっちゃんは絶対にダメだ!俺はもう子供じゃないから、『ちゃん』呼びはされたくないの!」

「ふぅ~ん、じゃあ葛西の前では甘ったれ赤ちゃんになりたいと?」
「ぎゃ、逆だよ!俺は大人だから、葛西には特別に、ゆ、許してやってるだけだっ」

 そうだよ、大人の対応ってヤツだ。いちいち目くじら立ててる方が子供っぽいし!
 それに俺にとって、葛西は特別な友達だ。ちゃん呼びくらい、寛大な心で許せる。……恥ずかしいけど。

「………顔が赤いぞ」
「うるさいっ」

 細かい事は気にしない。それが大人の男の心得だ。
 小さい事に拘って大局を見誤るな、って爺ちゃんは言っていたんだ。

「まぁ、良かったな」
「………………ん」

 だからてっちゃんの赤ちゃん発言も、寛大な心で許してやる事にした。
 ………それはそうと、一つ気になる事がある。

「ねぇ、てっちゃん」
「うん?」
 
「おひめちゃんて、何だ?」
「……………………知らね」

 今日の葛西の謎発言。あれは一体何だろう? 

「ふぅん?」

 ま、いっか。
 


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

騎士団で一目惚れをした話

菫野
BL
ずっと側にいてくれた美形の幼馴染×主人公 憧れの騎士団に見習いとして入団した主人公は、ある日出会った年上の騎士に一目惚れをしてしまうが妻子がいたようで爆速で失恋する。

君の恋人

risashy
BL
朝賀千尋(あさか ちひろ)は一番の親友である茅野怜(かやの れい)に片思いをしていた。 伝えるつもりもなかった気持ちを思い余って告げてしまった朝賀。 もう終わりだ、友達でさえいられない、と思っていたのに、茅野は「付き合おう」と答えてくれて——。 不器用な二人がすれ違いながら心を通わせていくお話。

【幼馴染DK】至って、普通。

りつ
BL
天才型×平凡くん。「別れよっか、僕達」――才能溢れる幼馴染みに、平凡な自分では釣り合わない。そう思って別れを切り出したのだけれど……?ハッピーバカップルラブコメ短編です。

たまにはゆっくり、歩きませんか?

隠岐 旅雨
BL
大手IT企業でシステムエンジニアとして働く榊(さかき)は、一時的に都内本社から埼玉県にある支社のプロジェクトへの応援増員として参加することになった。その最初の通勤の電車の中で、つり革につかまって半分眠った状態のままの男子高校生が倒れ込んでくるのを何とか支え抱きとめる。 よく見ると高校生は自分の出身高校の後輩であることがわかり、また翌日の同時刻にもたまたま同じ電車で遭遇したことから、日々の通勤通学をともにすることになる。 世間話をともにするくらいの仲ではあったが、徐々に互いの距離は縮まっていき、週末には映画を観に行く約束をする。が……

とある金持ち学園に通う脇役の日常~フラグより飯をくれ~

無月陸兎
BL
山奥にある全寮制男子校、桜白峰学園。食べ物目当てで入学した主人公は、学園の権力者『REGAL4』の一人、一条貴春の不興を買い、学園中からハブられることに。美味しい食事さえ楽しめれば問題ないと気にせず過ごしてたが、転入生の扇谷時雨がやってきたことで、彼の日常は波乱に満ちたものとなる──。 自分の親友となった時雨が学園の人気者たちに迫られるのを横目で見つつ、主人公は巻き込まれて恋人のフリをしたり、ゆるく立ちそうな恋愛フラグを避けようと奮闘する物語です。

聖女の兄で、すみません! その後の話

たっぷりチョコ
BL
『聖女の兄で、すみません!』の番外編になります。

俺の親友のことが好きだったんじゃなかったのかよ

雨宮里玖
BL
《あらすじ》放課後、三倉は浅宮に呼び出された。浅宮は三倉の親友・有栖のことを訊ねてくる。三倉はまたこのパターンかとすぐに合点がいく。きっと浅宮も有栖のことが好きで、三倉から有栖の情報を聞き出そうとしているんだなと思い、浅宮の恋を応援すべく協力を申し出る。 浅宮は三倉に「協力して欲しい。だからデートの練習に付き合ってくれ」と言い——。 攻め:浅宮(16) 高校二年生。ビジュアル最強男。 どんな口実でもいいから三倉と一緒にいたいと思っている。 受け:三倉(16) 高校二年生。平凡。 自分じゃなくて俺の親友のことが好きなんだと勘違いしている。

想い出に変わるまで

豆ちよこ
BL
中川和真には忘れられない人がいる。かつて一緒に暮らしていた恋人だった男、沢田雄大。 そして雄大もまた、和真を忘れた事はなかった。 恋人との別れ。その後の再出発。新たな出逢い。そして現在。 それぞれ短編一話完結物としてpixivに投稿したものを加筆修正しました。 話の流れ上、和真視点は描き下ろしを入れました。pixivにも投稿済です。 暇潰しにお付き合い頂けると幸いです。

処理中です...