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1章
学食は学生の食堂
しおりを挟むガヤガヤ ザワザワ
学食の入口からは引っ切り無しに学生達が出入りしてる。中から聞こえるたくさんの人の話し声や笑い声。
俺は知らなかった。学食は学生達の憩いの場らしい。皆凄く楽しそうだ。お昼休みは45分間。授業より少し短いその時間を俺は松本先生と過ごす。だけど他の皆はこうして過ごしていたんだな。
昨夜のお父さんとの会話で、俺は学校は楽しいと応えたけど、……甘かった。俺の楽しいはまだまだだった。これが本来の「楽しい学校」の姿なのか。
「俺はまだ、楽しめていなかったのか」
くっそぉ……。これは由々しき事態だ。今度お父さんと会話をする時、俺は何時ものように楽しいよって応えてやれないかもしれない。それは嫌だ。お父さんには喜んでもらいたい。聞こえない「良かったね」をもらいたい。
学食の入口が見える廊下の端っこで、むむむむ…となりながら出入りする学生達を眺めていると、見慣れたツンツン頭が食堂から出てきた。
あれは、てっちゃんじゃないか。何だよ、てっちゃんは本来の楽しい学校を既に知っていたのか!ちくしょう……。ズルいぞ!何で教えてくれなかった!?
一言文句を言ってやる、…と進めた足をピタリと止めた。
何言ってるんだ、俺。てっちゃんにはてっちゃんの自由時間が必要なんだぞ。正しい学校生活を既に満喫しているてっちゃんなら、学校の楽しさを知ってて当たり前じゃないか。それを俺に教えなかったって事は、邪魔されたくないからだろ。
中学の修学旅行の班決めで、てっちゃんはクラスの違う俺の班に入れられた。きっと学校に馴染めなかった俺の為に、先生達が気を遣ってそうしたんだ。だけどあの時、俺は聞いてしまった。
『山本、可哀想。一人だけ違うクラスの班なんだって』
『棚橋だろ? アイツ、一緒じゃなきゃ修学旅行行かないって言ったらしいよ』
俺はそんな事、一言も言ってない。でも周りはそれで納得してしまった。俺のせいでてっちゃんは可哀想だと言われてるのを知って、申し訳無い気持ちでいっぱいになった。
いや……、本当はずっと前から知っていた。知ってて知らない振りをしていた。見たくないから見ない。聞きたくないから聞かない。そうやって優しいところだけを美味しいとこ取りしてきた。
結局、修学旅行は不参加にした。行った先で皆に迷惑を掛けるだけなら、家で大人しくしていた方がいい。それならてっちゃんだって可哀想じゃなくなる。
先生達も家族も、行っておいでと何度も誘ってくれた。てっちゃんも、どうして来ないんだとちょっと怒っていた気もする。だけど俺だって、誰かを守れるんだって思いたかった。
大好きな猫型ロボットのアニメには、いっつも意地悪ばかりするイジメっ子がいる。弱虫はいつも泣かされてばかりだ。だけどそのイジメっ子も、本当に困った時には弱虫を助けていた。自分の身を盾にして友達を守る為に怖いのと戦うんだ。俺だって友達を守りたい。
てっちゃんを可哀想と言ったあの人は、きっとてっちゃんを大事に想う友達なんだ。俺にはてっちゃんしか友達はいないけど、てっちゃんは俺以外にもたくさんの友達がいて、大事にしたりされたりする仲良しなんだ。その仲良しの友達が可哀想な目に合っていたら、そりゃ怒るのは当たり前だ。俺だって同じだ。仲良しの友達が可哀想だなんて言われてたら嫌だ。何時だって楽しそうだって言われて欲しい。
廊下の向こう側に遠くなるツンツン頭を見送って、俺はうんうんと頷いた。友達よ、どうぞ心行くまで楽しい学校を楽しみ給えよ。俺はてっちゃんの心の友だからな。これくらい出来て当然だ。
「あれ? お姫ちゃんじゃん」
「ぅひゃあ!?」
突然ひょっこりと、横から誰かが顔を覗き込んで来た。その不届き者に驚いて飛び上がると、うははと笑ったその人は「こんな所で何してんの」と聞いてきた。難しい会話が始まりそうな予感に頭の中で小さい俺達が慌てふためく。
どーする?どーしよ?この人とは初めましてだぞ?
名前はご存知だけど会話はしたことなかったはずだ。
「え、と。その…、あの。は…、初めまして」
「は? あ~…はい? 初めまして?」
ドドドド…と心臓が緊張というタイトルの音楽を打ち鳴らし始める。葛西の時は乱れ打ちが激しいけど、知らない人の時にはこれだ。
葛西の愉快な仲間その1、里中孝太郎くんは、俺の初めましての挨拶にちょっと首を傾げたけど、ちゃんと同じ挨拶を返してくれた。少しだけ心臓のテンポがゆっくりになる。こ、これはもしかして、いい感じ、というやつじゃないか?
「…で? 何してんの?」
「お使いを…、頼まれました」
「えぇ…と、買い物? って事でオーケィ?」
イエス!そうです!
俺はうんうん頷いた。里中くんも「ほうほう」とか言いながら頷いた後で「でも」と続けた。
「この時間じゃもう、パンもおにぎりを売り切れちゃってるよ?」
いやいや、俺が買いたい物は牛乳です。ふるふると首を横に振ると、里中くんは「あ? 違うの?」とビックリするくらい理解が早くて助かる。
「じゃあ……、自販機にジュースでも買いに来たの?」
自販機は正解だけどジュースじゃないよ。ちょっと首を傾げてからまたふるふるする。
「んんん? ジュースじゃないけど、自販機はあってる?」
うおおぉぉ!!す、凄いすごい!里中くんはエスパーなのか!? だけど流石に、牛乳には辿り着けないだろう。そう簡単に心を読ませるつもり無いぞ。
「なら…、お菓子か」
「え、お菓子……?」
なんと、学食にはお菓子も売っているのか。そりゃあ誰もが憩うよ。
「ジュースじゃなきゃ、お菓子だろ? お菓子の自販機は一番奥だよ」
「お菓子の…、自販機……??」
自販機でお菓子が買えるの?
え…? 本当??
「何だ何だ、知らないのか? よぉし、俺がご案内してあげよう。着いて参れ」
こっちこっちと手招きをして学食の方に向う里中くんの後を、俺は半信半疑で着いて参った。
本音を言えばとても助かる。実は学食の楽しそうな空気に尻込みしていたところだった。入り方に決まりがあるのか、どんな行儀作法があるのかも知らない。勝手に入っていいものかも分からなくて困っていた。
それにしても、里中くんという一軍陽キャの代表選手に助けられる日が来ようとは、夢にも思わなかったな。この人意外と親切なんだね。見ず知らずの陰キャボッチを、気軽に助けられるなんて流石陽キャだ。
あれ? そう言えば里中くんは、俺の事を知ってるのか? いや、知らないだろう? んんん…、これは自己紹介をしなくちゃいけない場面だったのでは?
そんな事を考えながら歩いていると、とうとう学食の入口まで辿り着いていた。俺は里中くんの背中をしっかりと確認する。今後の為にも、学食への入り方を覚えておかなきゃならないからな。
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