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1章

◆気になる瘡蓋 葛西

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 昼休みは学食の一角でイツメンと安いカレーライスを食べる。ボリューム重視だからコレが一番コスパがいい。今日もまた俺の前には山盛りにしたカレーライスが置かれている。

「おいヒロ、お前またカレーかよ。たまには定食でも食えば?」
「ばぁ~か、コレが一番腹に溜まるんだよ。しかも450円だぞ。定食は550円。100円も高いだろーが」

「うわぁ…、ケチくせぇ」

 ふん、言ってろ。うちはしがないサラリーマン家庭だ。しかも男ばっかりの4人兄弟。上2人は自立してるけど家に仕送り出来るようなリッチじゃない。一人は奨学金貧乏の出版社勤務だし、もう一人は美容師だ。しかもゲイでパートナーと同棲中。自分達の老後の資金にせっせと貯金に勤しんでいる。
 残った俺と弟は高校生と中学生。まだまだ育ち盛りの食べ盛り。親は毎月家計簿とにらめっこしながら頭を抱えている。当然小遣いなんてささやかなものだ。バイトはしてるけど、無駄遣い出来る稼ぎにはならない。それでも遊びには行きたいし、身なりには気を使いたい。結果、ケチるなら昼飯くらいだ。母親は弟の弁当を作る時だけ俺の分も用意するが、アイツは身体が弱くて学校も休みがちだ。必然的に弁当はあてに出来ない時が多い。週1で渡される昼飯代を如何に遣り繰りするかで財布の重さが変わるんだ。学食はそんな俺の強い味方。たかが100円、されど100円!なんだよ。

「ヒロってさ、普段チャラチャラしてるくせに、たまにスゲェ常識振りかざすよな」
「それな。時々お母ちゃんが降臨する」

「褒め言葉と取っておこう」

「前向きかよ」

 笑いが絶えない空間は居心地が良くて好きだ。だから昼休みは気の合う仲間と飯を食う。450円の安い味のカレーライスだって、気持ち一つでご馳走になるんだ。

「あ、お姫ちゃんだ」

 学食の窓から本校舎に向う棚橋の姿を目敏く見付けた西田が「今日も保健室ランチかぁ」なんて言う。は?保健室ランチ?何それ。

「アイツ、1年の時からずっと、昼休みは保健室なんだよ」
「違うぞ尚、お姫の行き先はカウンセリング室だ」
「カウンセリング室? そんなのあるの?」
「あるよ。学校案内のパンフにも載ってるでしょ」

 西田の言葉に篠崎が訂正を入れる。俺の幼馴染みのコータローが疑問を唱えると吉永が空かさずそれに答えた。

「学校案内のパンフなんか見た事ねぇわ」
「マ? じゃあコータロー、どうやってこのガッコ選んだの?」
「そりゃ、ヒロが行くって言うから着いてきた」
「何だよそれ~、さみしんぼかよ~」

 あはははは

 話題なんて些細なものから始まって、あっという間に逸れていく。それが当たり前でそれが日常。興味は次から次へと移り変わる。だからコレも、本来ならそのままスルーされて終わる話だ。…けど、引っ掛かってしまった。治りかけの傷に出来た瘡蓋みたいに気になって、止せばいいのに引っ掻きたくなる。無理に剥がせばまた傷になるかもしれないのに。

「なぁ…、何でカウンセリング室?」

「は?」
「え?」

「棚橋って、なんか心の病気持ち?…とか?」

 俺の瘡蓋に答えたのは、今年から生徒会なんて面倒事に巻き込まれた吉永だった。

「らしいよ? 棚橋って、小坊の時に陰湿なイジメの的にされてたんだって。だから未だに人怖ってヤツなんじゃないの?」

「それ、ま?」
「マジ。校医のまっちゃんと指導の永田くんが話してるの聞いた」

「ルイちん情報ツウだね。さすが生徒会」
「将来はCIAの諜報部員じゃね?かっけぇ~」
「お前らの情報も暴いてやろうか?」
「怖ぁ~、ルイが言うとマジっぽいからやめろー」

 あはははは

 おいおい、そこは流すなよ。俺は今、血の出そうな瘡蓋を引っ掻きたくて仕方がないんだぞ。

「小坊のイジメって、言っても大した事ねぇだろ? アイツ、ちゃんとガッコにも来てるんだし。未だにって、そこまで引き摺るか?」

「……それは、本人の問題だろ」
「何ヒロ、棚橋が気になるの?え…?もしかして、ヒロまでお姫信者になったのか?」
「スゲェなお姫。あのヒロを信者にしたぞ」
「おいヒロ、目を覚ませ。お前は女子にチャラチャラしてなんぼだろ?」

「バァ~カ、ちげぇよ。俺がじゃないの。アイツが、俺を好きなんだよ」

「「「はあぁ!?」」」
「だよね、知ってる」

 西田、篠崎、コータローの小馬鹿にした「はあぁ?」にイラッとする。吉永の「知ってる」にはこっちが「はあぁ?」となった。

「棚橋信者の間じゃ有名だぞ。お姫ちゃんの視線を独り占めしてるチャラ王子、ってさ」

「何だ……それ?」

 想像の数倍、面倒臭い事で有名だった。俺は知らぬ内に非モテ信者の反感を大量買いしていたようだ。道理であの時野島から『クソ野郎』呼ばわりされるわけだ。男子校の目の保養、癒し系マスコットの意中の俺か。うん…、中々にハードな立ち位置。

「うー…わ、マジかぁ」
「さすがチャラ男だ。男まで虜にしやがった」
「おいヒロ!ダメだぞ、やめろよ?俺にはお前という餌が必要不可欠なんだ。これからも俺の為に、女の子を寄せ集めてくれなきゃ困る!」

 おいコータロー。お前にとって俺という存在は、女の子ホイホイの撒き餌程度のもんなのか? 酷いやつだ。もう合コン誘われても行ってやらね。

「なぁヒロ、あんま棚橋と関わるなよ? 正直俺は、お前が男に走っても友達を辞めるつもりはないけど、弱い者イジメするなら話は別だからな? 面白がって誂うのも程々にしておけ。人の傷口に塩を塗りたくるような奴とは、一緒にいたくないからね」

 吉永は何時ものようにちょっと微笑んで、涼しい顔をしながら結構痛いことを言ってくる。真顔じゃないのが逆に怖い。

「……うっす」

「うわぁー、女王様がチャラ男を調教したー!」
「怖っ、ルイ様怖っ!」
「お…、おいヒロ。目を覚ませとはそっち側の事じゃないぞ……」
「お前らも調教してやろうか? 縛り上げて鞭で叩かれたい?」

「や…、やめろー!」
「怖っ、ルイ様やっぱ怖っ!」
「薄ら笑いが更に怖いわっ!」

 わははははは

 次から次へと流れる話題。それにイチイチ足を止めていられない高校生。それが日常でそれが当たり前。
 でも…、ふと振り返った時に、少しだけ不安にもなる。大事な何かを見落としているんじゃないか、もしかしたら道を間違えているんじゃないか。

「なぁ、今日帰りにスポッチャ行かね?」
「お、いいね。行く行く」
「俺、金ねぇよ」
「大丈夫だシノ。金ならヒロがケチった100円がありゃ充分だ」
「はぁ? っざけんな。この100円は俺の全財産だ。何人たりとも手を付ける事は許さん!」

 時間は駆け足で流れていくから、その流れに乗り遅れないように必死だ。出来れば誰よりも先に進んで、先頭の景色を堪能していたいと思う。追い付け追い越せを繰り返し我先へと進む日々は、常に新しくて面白い事でいっぱいだ。
 来た道を逆戻りする事は出来ないから、俺達は常に前を向いている。隣の誰かと同じ速度で歩いて、周りにどんどん置いていかれるのはちょっと怖い。
 吉永の言ってる事は正しい。俺はあの、人馴れしない小動物みたいな隣の同級生を面白がってる。誂って構って、その反応を楽しんでいる。心に闇がある奴に、それは間違った関わり方だろう。
 でも、……なら、どうすればいい?
 
「コータロー」
「ん~?」

「ゴメンだけど俺、暫く合コン行かないからな。絶対に誘うなよ」
「え? ……はぁあ!?」

 たまには立ち止まったって死にはしない。だって珍しく興味の湧くものを見つけちゃったんだし。後で振り返って、あの時ちゃんと見ておけばよかった…、なんて後悔はしたくない。

「やだやだー!合コンしようよ~、ヒロきゅぅん!」
「きっしょ!うわ、近寄んなっ、抱きつくなっ!」

「あー、コータローがヒロを襲ってるー」
「しょうがない、アイツ等はそういう仲だ」
「う~…わ、キッツゥ」

 あはははは

 瘡蓋が勝手に剥がれるまでなんて待ってられない。めちゃくちゃ気になる所にあるんだ。ちょっとづつ、注意深く剥がしてやる。そんで綺麗な皮膚が出てきたら、一緒に美味い昼飯を食おう。俺にならそれが出来るんじゃね? 何しろ棚橋は、俺様が好きなんだから。
 450円の安い味のカレーライスを、アイツが美味いと言いながら食える時が来たらいいな。
 そんな事を、頭の隅っこで考えていた。

 
 

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