上 下
21 / 47
1章

◇幼馴染み、山本哲朗の気苦労な日々

しおりを挟む

 授業の合間の休み時間、開け放たれた教室のドアの先に何となく目を向けると、廊下の壁際で同じクラスの賑やかし二人組が、もう一人の小さい誰かを誂っている。
 あ…、アレは学斗だな。何やってんだ、あのおバカさんは。
 
 中3の高校選択で学斗が選んだのが男子校だと知った時、やっぱりそうかと納得した。そして俺も同じ学校を選択して、今こうして通っている。掲げた目標を達成させる為だ。
 初めて出会った時にはもう、学斗は立派なひきこもりの不登校児だった。ど近所だからって理由で無理矢理仲良くなったけど、中学までは一緒に学校に通えたのは数回程度。これが俺の心残りになった。
 正直に白状すれば、学斗は俺の初恋だ。詐欺紛いの美少女面した、純真無垢な同級生。勉強以外は全てにおいてポンコツで、世間知らずの箱入り。
 そんなの、放っておけないだろ。
 構って構って、構い倒して漸く心を開いてくれた時から、俺は学斗の猫型ロボットになると決めた。
 ……まぁそれも、今となっては黒い歴史の1ページだけど。
 とにかくアイツは頭の回路が常人とは違う。見えている景色も多分違うんだろう。初めはそこが凄く可愛いと思っていた。自分とは違う物の見方、思考回路、全部目新しくて新鮮で、頼りないクセに時々物凄く潔い。努力家で粘り強さがあるところは格好よかった。
 そんな学斗が唯一目を背けていたのが“学校”だ。酷いイジメがあって以来、アイツにとって学校は悪意しかない恐ろしい場所になっていた。
 俺はそれが悔しくて、何年も掛けて学斗を家から引っ張り出し学校に戻した。だけどまだ完璧じゃない。小学校は最後まで保健室登校だったし、中学校は人が溢れる登下校時を避けて、親か兄弟に付き添われながらの登校下校だった。
 何時か絶対、学斗と並んで登校する。それが、俺が掲げた目標だ。
 その目標は呆気なく達成した。高校に来てからは、1日も欠かさず成し得ている。頗る満足だ。もういいかな、なんて思う時もあるが、どうせなら3年間続けてみようと決めている。だけどその先は分からない。俺にだって俺の人生がある。何時までも一緒にはいられない。出来ればこの高校在学中に、アイツのトラウマが少しでも軽くなればいいと思う。少なくとも、俺以外の友人を自力で作って欲しい。多少の手伝いは否めないが、せめて昼飯を一緒に食べる仲間くらいは探せないもんか。普通の学校生活ってものを体験出来れば御の字だ。
 俺の初恋はとっくに終わってる。果たされなかったとか破れたとか、そんな次元の話じゃない。俺は気付いてしまったからな。学斗となんか恋愛は出来ない、って。
 同性というだけならまだしも、アイツはまだオムツを履いた赤ん坊と一緒。無垢で無知で純粋だ。邪な気持ちで見ていた自分が恐ろしく汚いものに見えた。
 俺の恋は昇華して、愛に変わった。もちろん恋愛じゃない。友愛とか親愛とかだ。強いて言うなら家族愛に似ている。多分、娘を持った父親と同じ気持ち。だから心配は尽きないし保護欲は育つ一方で、完全放置なんて考えられない。
 俺はとんでもないお荷物を背負ってしまったもんだ。
 今もまた、陽キャに挟まれ俯いているのを放置出来ないでいる。あと数秒待っても逃げ出せないなら、助けに行ってやるか。

 そもそもアイツは、物凄い勘違いをしているんだ。自分がゴミか空気だとでも思っているようだ。残念ながらそれはない。世の中は学斗を放ってはおかない。しかもここは男子校。男臭さを微塵も感じさせない学斗を、影で皆が『お姫ちゃん』とか呼んで崇めてるのを俺は知ってる。
 その『お姫ちゃん』である学斗が、のこのこと一人でいる所を見逃さない連中が、いわゆる陽キャと呼ばれてる賑やかし野郎共だ。
 人付き合いが苦手なくせに、ああしてよく絡まれるから、余計に苦手意識が大きくなる。全くもって悪循環。
 大体、学斗と友達になりたがってる奴は多い。あの二人だってそうだ。学斗がちゃんと返事をしたり、俺にするみたいに生意気な事を言ってみりゃいいのに。そしたらそこから会話ってのは広がるし、話してみればその為人くらいは理解も出来る。勉強だけは誰よりも熱心で、苦手な事を克服しようと頑張れる気概もあるのに、人付き合いだけはどうにも消極的だ。昔のトラウマが未だに尾を引き摺っていて、自分が嫌われ者だと思い込んでいるんだから始末が悪い。どうせまた、卑屈な事を悶々と考えているんだろう。逃げ出すどころか、増々小さく縮こまってしまった。
 まったく…、世話の焼ける奴だ。仕方ない、そろそろ助けてやるか。


「おい、まな。何してる、もうすぐ授業が始まるぞ。早く教室に戻れ。お前らもあんま誂ってやるな。へそ曲げて、その内泣き出すぞ」

 お姫ちゃんに泣かれちゃ困るとでも思ったのか、二人組はそそくさと教室に戻って行った。ほら、お前も早く自分の教室に帰れ。

「俺、…泣かないし」

 あー、はいはい。そーですね。

「そんな、弱っちくないし」

 わかってるよ。お前は案外根性はあるんだ。それはよく知ってる。

「謝れ、てっちゃん。俺に謝れ」
「ソーリーソーリー、髭ソーリー」

 プッと吹き出して顔を上げるとは本当にチョロい。こんなクソくだらない親父ギャグで、機嫌が治るなんてチョロ過ぎだろ。まぁ、そこがコイツの良いところだけど。
 ご機嫌で教室に戻って行く学斗を見送って、俺も自分の教室へと戻った。やれやれ、一安心だ。

 ………なんて思ったのも束の間。ひと呼吸おいて、今度は廊下から大きな叫び声が響いてきた。
 一体何だ? と再び廊下を覗いてみれば、つい今し方ご機嫌になった学斗が、金切声えを上げながら教室とは反対方向に走っていく姿が見えた。それを葛西の笑い声が追いかけている。
 あ~あ…、またかよ。
 どうしてこうも、次から次へと引っ掛かるんだ。ここまで来ると、アイツの陽キャホイホイは一種の特技だろ。
 溜め息を吐きながら、座ったばかりの椅子から立ち上がり再び教室を出た。学斗が走って行った先を確認し、ふと思い立って振り返る。ちょっとそこの茶髪のチャラ男。うちの娘にちょっかい出すなよ。

「おい葛西。悪ふざけも大概にしろ」
「えぇ、ふざけてないよ? 俺は俺なりに、お姫ちゃんを可愛がってるだけだしぃ」

 それが悪ふざけだっつーの、この一軍チャラ助が。お前は面白半分で誂ってるだけのつもりだろうが、学斗は何時だって生死の境をさまよってるぞ!

「つーかさぁ、山本こそ何なの? いっつもベッタリ引っ付いてるけど、友達のキョリ感、バグり過ぎじゃね?」
「………そうだな。アレは友達じゃないからな」

「───…え?」
「とにかく、学斗を誂うのはやめろ。俺が迷惑だ」

 大事な娘に悪い虫は必要ないの!
 いったい学斗は何だって、こんなガキ大将が気に入ったんだ。お父さんの苦労も知りなさい、と言ってやりたい。
 やれやれ…と学斗を探しに歩き出そうとした俺を、「おい」と呼び止めるガキ大将。何だよ、今忙しいんだけど。

「あのさぁ山本、一つ言っておくけど」
「何だよ」

「残念だけど、お前じゃないからな。姫の王子は俺なんで。そこんとこ間違えるなよ」

 ………………ん?

 言い捨ててプイッと踵を返した葛西は、そのまま教室に消えて行く。その後ろ姿を見送りながら、言われた台詞に頭が混乱をし始めた。 
 あ…、あれ? 
 あれあれあれ?? 
 何か今、聞き捨てならない言葉を聞いた気がするぞ。

───『姫の王子は俺なんで』?

 う~………わぁ………。
 マジかぁ……。

「さ…、流石は学斗だ。あんな…」

 あんな…、女にモテ捲ってそうな男まで、コロリと落としおった……。
 これはもしかして、また面倒事が増えたという事なのか?

「………勘弁してくれ」

 気付いているのかいないのか、あれじゃまるで小学男子の好きな子イジメじゃないか。
 葛西の本音は、確かに「ふざけてない」ようだ。

 

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

失恋して崖から落ちたら、山の主の熊さんの嫁になった

無月陸兎
BL
ホタル祭で夜にホタルを見ながら友達に告白しようと企んでいた俺は、浮かれてムードの欠片もない山道で告白してフラれた。更には足を踏み外して崖から落ちてしまった。 そこで出会った山の主の熊さんと会い俺は熊さんの嫁になった──。 チョロくてちょっぴりおつむが弱い主人公が、ひたすら自分の旦那になった熊さん好き好きしてます。

チョコは告白じゃありませんでした

佐倉真稀
BL
俺は片桐哲哉。大学生で20歳の恋人いない歴が年齢の男だ。寂しくバレンタインデ―にチョコの販売をしていた俺は売れ残りのチョコを買った。たまたま知り合ったイケメンにそのチョコをプレゼントして…。 残念美人と残念イケメンの恋の話。 他サイトにも掲載。

異世界へ下宿屋と共にトリップしたようで。

やの有麻
BL
山に囲まれた小さな村で下宿屋を営んでる倉科 静。29歳で独身。 昨日泊めた外国人を玄関の前で見送り家の中へ入ると、疲労が溜まってたのか急に眠くなり玄関の前で倒れてしまった。そして気付いたら住み慣れた下宿屋と共に異世界へとトリップしてしまったらしい!・・・え?どーゆうこと? 前編・後編・あとがきの3話です。1話7~8千文字。0時に更新。 *ご都合主義で適当に書きました。実際にこんな村はありません。 *フィクションです。感想は受付ますが、法律が~国が~など現実を突き詰めないでください。あくまで私が描いた空想世界です。 *男性出産関連の表現がちょっと入ってます。苦手な方はオススメしません。

参加型ゲームの配信でキャリーをされた話

ほしふり
BL
新感覚ゲーム発売後、しばらくの時間がたった。 五感を使うフルダイブは発売当時から業界を賑わせていたが、そこから次々と多種多様のプラットフォームが開発されていった。 ユーザー数の増加に比例して盛り上がり続けて今に至る。 そして…ゲームの賑わいにより、多くの配信者もネット上に存在した。 3Dのバーチャルアバターで冒険をしたり、内輪のコミュニティを楽しんだり、時にはバーチャル空間のサーバーで番組をはじめたり、発達と進歩が目に見えて繁栄していた。 そんな華やかな世界の片隅で、俺も個人のバーチャル配信者としてゲーム実況に勤しんでいた。

逃げるが勝ち

うりぼう
BL
美形強面×眼鏡地味 ひょんなことがきっかけで知り合った二人。 全力で追いかける強面春日と全力で逃げる地味眼鏡秋吉の攻防。

学園の俺様と、辺境地の僕

そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ? 【全12話になります。よろしくお願いします。】

華麗に素敵な俺様最高!

モカ
BL
俺は天才だ。 これは驕りでも、自惚れでもなく、紛れも無い事実だ。決してナルシストなどではない! そんな俺に、成し遂げられないことなど、ないと思っていた。 ……けれど、 「好きだよ、史彦」 何で、よりよってあんたがそんなこと言うんだ…!

好きな人の婚約者を探しています

迷路を跳ぶ狐
BL
一族から捨てられた、常にネガティブな俺は、狼の王子に拾われた時から、王子に恋をしていた。絶対に叶うはずないし、手を出すつもりもない。完全に諦めていたのに……。口下手乱暴王子×超マイナス思考吸血鬼 *全12話+後日談1話

処理中です...