好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない

豆ちよこ

文字の大きさ
上 下
28 / 47
1章

初めてのお使い

しおりを挟む

 お風呂上がりにゴシゴシと髪を拭く。洗面台の鏡を覗くと伸びた前髪が鼻の先までを隠してくれていた。うん。大丈夫だ。でもそろそろ、後ろの髪は切らないと。梅雨が明けると途端に暑くなる。またお母さんにお願いしよう。
 青い猫型ロボットのキャラクターが付いたパッチンで、伸びた前髪を留める。家の中ではこうしてね、とお母さんに言われてるから仕方が無い。
 鏡の中にはつるんと丸いおでこがこんにちはした顔が映る。ううぅ…、相変わらず変な顔。
 俺は俺の顔が大嫌いだ。
 あんまり目を合わせたくなくて、早々に洗面所を出た。

「お母さん、苺のシロップ漬けはどこ?」

 冷蔵庫から牛乳パックを取り出してコップを用意しながら、リビングでドラマ鑑賞を楽しんでるお母さんに訊ねる。

「冷凍庫にキューブにしてあるよー」

 おお!夏の定番だ!
 
「わかった、ありがとう」

 お母さんの作るご飯やお菓子は何でも美味しいけど、フルーツを氷砂糖で漬けたシロップは格別だ。それを牛乳で割って飲むのがサイコーに美味しい。でも本当に美味しいのは……

「これこれ、やっぱりシロップ漬けは夏が一番美味しいよねぇ」

 コップに5センチ角のシロップ漬けのキューブを3つ入れて、牛乳をひたひたに注ぐ。スプーンでゆっくり混ぜ混ぜすると真っ白い牛乳はあっという間にピンク色になった。シロップは糖度が高いからカチコチに凍らない。だからキンキンに冷えた苺ミルクはシャーベットみたいになって、暑い日には極ウマのデザートになる。

「う~…ん、おいひぃ」

 苺の果肉が時々シャリッとするのがまた美味しいんだ!
 小さい頃は、こんな美味しい物を作り出すお母さんは、魔法使いなんじゃないかとワクワクしながら、よくキッチンの入口からこっそりと様子を伺っていたっけな。

「お、いいもの食べてるな」

 非番でお休みのお父さんがやって来て、冷蔵庫から麦茶を出してコップに注ぐ。

「お父さんも食べる? 俺が作ってやろうか?」

 絶対に食べないと分かっていてもつい聞いちゃう。これはお約束ってやつ。

「ありがとう。でもお父さんはこっちがいい」
「美味しいのに」

 お父さんはお休みでもお酒は飲まない。夏は冷たい麦茶で冬は温かい緑茶。いつ仕事の呼出しが来ても大丈夫なようにしてるんだ。責任感と正義感の塊みたいなお父さんはカッコいい。

「ねぇまなちゃん、学校は楽しいかい」
「うん、楽しいよ」

「そうかそうか。うん…、そうかぁ」
「そうだよ」
 
 お父さんとの会話は何時もコレ。学校は楽しいかい、うん楽しいよで、その後必ずそうかそうかと言ってにこにこする。
 この、一見意味のない会話の本当の意味を俺は知ってる。お父さんは俺が学校に楽しく通っている事を確認したいんだ。俺がずっと楽しくなかったから、楽しいよって言うと嬉しそうにする。そうかの後にはきっと「良かったね」って言葉があるんだよ。お父さんは言わないけど、俺には聞こえるんだ。
 仕事が忙しいお父さんは、あんまり家にはいないしたまにしか会えないけど、休みの日には必ず向かい合ってこの会話をする。お父さんのいい所は「何が」とか「どこが」とかを聞いてこない事。凄く簡単で分かり易いから、俺はちっとも困らない。そうか、そうだよで全部伝わる。だからお父さんとの会話が俺は大好きだ。
 甘くて冷たい苺ミルクを食べ終わるまで、お父さんはただ黙ってにこにこしてくれた。

 

「それでね、今日はその苺のキューブを持って来たんだ。先生にも、この美味しさを教えてあげたかったからね」
「うわぁ、嬉しい!」

 今日も松本先生とお弁当を食べて、昨夜のお父さんとのやり取りを聞いてもらっている。昨日寝る前にこれを先生に話そうと決めた時、苺ミルクの美味しさも教えてあげられたらいいなと思った。それを朝になってお母さんに言ったら保冷も出来るスープジャーを出してくれた。
『牛乳は入れちゃダメよ。食べる直前に注いで混ぜ混ぜした方が、何時もの美味しさが和歌ちゃんにも伝わるよ』
 お母さんのアドバイスに従って、スープ用の保温カップに凍らせた苺シロップのキューブだけを詰めてきた。蓋を開けるとちょっとだけ溶けてたけど、これくらいなら牛乳を入れて丁度いい感じになる。ここにはスプーンもあるから、かき混ぜるのには困らない。よし、早速先生にご馳走するぞ。……と、思ったところでハッとなる。
 そうだ。これには牛乳が必要不可欠なんだった。流石に牛乳は持ってきてない。うわぁ!凄い失敗だ!

「ど、どうしよう…。牛乳がない」
「あら、学食の自販機に紙パックの牛乳なら売ってるよ。 あ、そうだ学斗くん、牛乳は先生がご馳走するから、お使い頼めるかな?」

「お使い? ……え? 俺が買いに行くってこと?」
「うん、お願い! 一つ100円だから、二つ買ってきてくれる?」

 松本先生は、はいコレね、と言って100円玉を2枚俺に渡してきた。これは絶対に行かなきゃいけないやつだ。どうしよう………。

「あ…、あの先生。とても恥ずかしいんだけど、俺……、お使いというものは経験がないんだ。だから、その……」
「大丈夫よ。学食の場所は知ってるでしょ? その入口を入った左側に自販機があるの。牛乳は確か…、そう、真ん中の自販機。……もしも分からなかったら、誰でもいいから聞いてごらん? きっと皆、親切に教えてくれるわ」

「う……、うん。 ……分かった」

 学食の場所は知ってる。そこには葛西がいるから。何時も保健室に来る時には、第2校舎の一階にある学食の近くを通る。渡り廊下からそこの窓が見えて、大体何時もその窓の近くに葛西と愉快な仲間たちは固まっていた。それをこっそり眺めてから保健室に向かうんだ。
 そう言えば、葛西は学食で何を食べているんだろう。俺はまだ葛西の観察が足りてない。これはもしかしたら物凄いチャンスなのではないか。葛西のお昼ご飯を調べるチャンス。うん、よし。

「先生、俺行ってくる」
「はい、いってらっしゃい」

 松本先生から受け取った200円を握り締めて、俺は学食へ向かった。
 目的は二つ。先ずは牛乳を二つ買う。入口を入って左側。真ん中の自販機だ。
 俺はどうしても、お父さんとの静かな会話が如何に有意義で嬉しいものかを、松本先生に伝えたい。美味しい苺ミルクを食べながら、声に出さないお父さんの「良かったね」を感じて欲しい。それには絶対に牛乳が必要だ。
 そしてもう一つ、こっそりと葛西のお昼ご飯を調べる。これは中々難しそうだ。でも、凄く気になる。凄く知りたい。葛西が何を食べてるのか知りたい。知ったから何だというわけじゃないんだけど、好きな人の好きなものを知りたいと思ってしまった。これはもう仕方がない。

「よし、頑張るぞ」

 渡り廊下から見える学食の窓。そこに葛西の姿があるのをドキドキしながら確認して、俺は初めてのお使いミッションに挑みに行った。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

騎士団で一目惚れをした話

菫野
BL
ずっと側にいてくれた美形の幼馴染×主人公 憧れの騎士団に見習いとして入団した主人公は、ある日出会った年上の騎士に一目惚れをしてしまうが妻子がいたようで爆速で失恋する。

君の恋人

risashy
BL
朝賀千尋(あさか ちひろ)は一番の親友である茅野怜(かやの れい)に片思いをしていた。 伝えるつもりもなかった気持ちを思い余って告げてしまった朝賀。 もう終わりだ、友達でさえいられない、と思っていたのに、茅野は「付き合おう」と答えてくれて——。 不器用な二人がすれ違いながら心を通わせていくお話。

【幼馴染DK】至って、普通。

りつ
BL
天才型×平凡くん。「別れよっか、僕達」――才能溢れる幼馴染みに、平凡な自分では釣り合わない。そう思って別れを切り出したのだけれど……?ハッピーバカップルラブコメ短編です。

たまにはゆっくり、歩きませんか?

隠岐 旅雨
BL
大手IT企業でシステムエンジニアとして働く榊(さかき)は、一時的に都内本社から埼玉県にある支社のプロジェクトへの応援増員として参加することになった。その最初の通勤の電車の中で、つり革につかまって半分眠った状態のままの男子高校生が倒れ込んでくるのを何とか支え抱きとめる。 よく見ると高校生は自分の出身高校の後輩であることがわかり、また翌日の同時刻にもたまたま同じ電車で遭遇したことから、日々の通勤通学をともにすることになる。 世間話をともにするくらいの仲ではあったが、徐々に互いの距離は縮まっていき、週末には映画を観に行く約束をする。が……

とある金持ち学園に通う脇役の日常~フラグより飯をくれ~

無月陸兎
BL
山奥にある全寮制男子校、桜白峰学園。食べ物目当てで入学した主人公は、学園の権力者『REGAL4』の一人、一条貴春の不興を買い、学園中からハブられることに。美味しい食事さえ楽しめれば問題ないと気にせず過ごしてたが、転入生の扇谷時雨がやってきたことで、彼の日常は波乱に満ちたものとなる──。 自分の親友となった時雨が学園の人気者たちに迫られるのを横目で見つつ、主人公は巻き込まれて恋人のフリをしたり、ゆるく立ちそうな恋愛フラグを避けようと奮闘する物語です。

聖女の兄で、すみません! その後の話

たっぷりチョコ
BL
『聖女の兄で、すみません!』の番外編になります。

俺の親友のことが好きだったんじゃなかったのかよ

雨宮里玖
BL
《あらすじ》放課後、三倉は浅宮に呼び出された。浅宮は三倉の親友・有栖のことを訊ねてくる。三倉はまたこのパターンかとすぐに合点がいく。きっと浅宮も有栖のことが好きで、三倉から有栖の情報を聞き出そうとしているんだなと思い、浅宮の恋を応援すべく協力を申し出る。 浅宮は三倉に「協力して欲しい。だからデートの練習に付き合ってくれ」と言い——。 攻め:浅宮(16) 高校二年生。ビジュアル最強男。 どんな口実でもいいから三倉と一緒にいたいと思っている。 受け:三倉(16) 高校二年生。平凡。 自分じゃなくて俺の親友のことが好きなんだと勘違いしている。

想い出に変わるまで

豆ちよこ
BL
中川和真には忘れられない人がいる。かつて一緒に暮らしていた恋人だった男、沢田雄大。 そして雄大もまた、和真を忘れた事はなかった。 恋人との別れ。その後の再出発。新たな出逢い。そして現在。 それぞれ短編一話完結物としてpixivに投稿したものを加筆修正しました。 話の流れ上、和真視点は描き下ろしを入れました。pixivにも投稿済です。 暇潰しにお付き合い頂けると幸いです。

処理中です...