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1章
◆こっちを向いて 葛西
しおりを挟む体育の授業はつまらない学校生活の中で唯一の楽しい時間。昼休みの次に好きだ。いや、放課後の方がもっと好きだけど、それは別次元の話かな。
とにかくこの2時間続きのフリータイムは、俺にとってご褒美に等しい。そんな体育の時間、この頃お気に入りのお姫ちゃんが、必死にバスケットボールと格闘している姿が目に入った。どうやらドリブルが出来ないようだ。アレじゃバスケと言うより鞠つきだな。
棚橋を観察しながらダムダムとボールで床を打ち付ける。どうしてこんなに簡単な事が出来ないんだろう。手の平全部でボールを叩くから、やたらと音が派手に響く。ボールの反動が大きいと身体全部が上下に揺れて、まるでボールに遊ばれているようだ。凄く面白い。思わず「プッ」と笑いが漏れた。
ふと気付けば、周りの連中も俺と同じ様に棚橋を観察していた。何とも言えない生暖かい目だ。中にはボケっと見惚れてる奴もいる。ホント、うちの『お姫ちゃん』は人気者だね。2クラス総勢70人もの男の目を釘付けるとは流石は棚橋姫だ。
そんな事を考えつつ暫く観察していたが、一向に上達する気配はない。その内打ち付けたボールが爪先に当たって、明後日の方向に転がって行く。「あ、もぉっ」なんて言いながら、コロコロ転がるボールをヨタヨタしながら追いかけ始めた。くくく…っ、なんて鈍臭いんだろう。他の教科は知らないが、間違いなく体育の成績は芳しくないね。仕方ねぇな、ちょっとコツでも教えてやるか。
足元に転がって来たボールをヒョイッと拾い上げて、緩む顔を隠しもせずに棚橋を見下ろす。
振り仰いだ棚橋は、それはそれは分かりやすく真っ赤になった。ふふふ、コレコレ、この顔。なんてまぁ、愉快な気持ちにさせてくれるんだ。
今まで付き合った歴代のカノ女達もまぁまぁ可愛かったけど、ここまであからさまに「好きです」と顔に書いてある子はいなかった。棚橋は男だし、俺はそっち側の人間じゃないから、付き合うとかは無いだろうけど、垣根の向う側を覗いてみたら凄く面白いモノを発見した気分。男子校なんてつまんねぇな、なんて思っていたのに、コイツを見付けてからはホント退屈しなくなった。
ただなぁ…、どうにも接し方が掴めないのが焦れったいところだ。親切心で声を掛けても、緊張なのか何なのか「ほぇ!」とか「はひゃ!」とか、よく分かんない奇声をあげるだけだし、何かを訊ねても頭の上に「?」を浮かべたみたいな顔をする。
今だって俺が教えてやると言ってるのに、相変わらずのハテナ顔だ。どうすんの? 時間がなくなっちゃうぞ。……なんて言ってる間に招集の笛が鳴る。あ~あ残念。また今度な。
好かれてる自覚があるだけに、誤解を招く態度を取るのは気が引ける。希望のない期待をさせるのは可哀想だ。何しろ保健室の民だ。何だか面倒臭そうなトラウマまであるようだし、そこは触れちゃいけない領域だろう。ルイには「関わるな」と釘を差された。だけど既に関わっちゃっんだから仕方が無い。だってコイツ、本当に面白いんだ。もう何か、何ていうか、こう…全身から構ってオーラが滲み出てる。こんなの、遠巻きに眺めてるだけなんて寧ろ失礼だ。大いに構い倒したくてしょうがない。
「おい葛西、お前こっちチームな」
「う~い」
授業は試合形式に移ってチーム決めをしている。俺には放っといても声が掛かるが、棚橋はと言えば……、、あ~…ね。
一人ぽつねんとオロオロしている。やっぱり皆、遠慮して声を掛けあぐねているようだ。誘いたいのは山々、だけど怖がらせたらどうしよう…って感じ? ホント、どいつもこいつもビビりだね。
結局、体育教師の一存で俺のチームで預かることになった。
「おい…、姫はどうする? とりあえずゴール下で待機させるか?」
「バカ野郎っ、試合になんか出せるかよ。怪我でもしたらどうすんだ!」
「そうだよ。万が一にもB組の奴らと接触でもさせてみろ。俺という機動隊が不届き者を根刮ぎ処分して回るぞ!」
「はいはい、皆落ち着けよ」
必死過ぎだろコイツら。
「棚橋は得点係な。いっぱい点取るから、頑張って捲るんだぞ」
「っ!」
おうおう、嬉しそうだ。ほら見ろ、ちゃんと構ってやらないと可哀想だろ。
「よくやった葛西!褒めてつかわす」
「くそ…っ、その手があったか」
「うぅ…、お姫ちゃんが、あんなにウキウキしてる」
「かぁ~いぃ…」
俺は遠慮なんかしない。手ぐすね引いて待ってるだけなんてつまらない。それに気に入ったものは心行くまで楽しみたい。棚橋が抱えてるトラウマが実際には何なのかは知らないし、それを解決出来るとは思わないけど、俺に好意を持ってるのは見て分かる。誰だって自分を好きだと言ってくれる奴には優しくなるだろ。同じ熱を返してやれないなら、せめて一緒にいる時くらいは楽しませてやりたいじゃん。今だってほら、得点ボードの脇であんなに熱心にこっちを見てる。そりゃ格好いい所を見せてやりたくなるっしょ!
「うぇ~い!」
3点ゴールを決めた俺に内藤がハイタッチを催促に来る。それにパチンと応えた時の、アイツの顔を見たか? 頬を染めて両手をニギニギさせちゃってさ。お前もハイタッチがしたいのか? ならもっと近づいて来い。その手を挙げて俺に手のひらを見せてみろ。そしたら思いっ切りパチンと叩きに行ってやる。
コートの外側で得点ボードを楽しそうに捲る棚橋に背中を押された俺達は、たった15分の試合で38点ももぎ取った。お姫マジックは伊達じゃないね。何時もは途中でだらけて遊びにシフトする俺ですら、ちょっと頑張ってしまった。あんなに嬉しそうにされたら、張り切るなって方が無理だろ。
調子に乗って次のチームが入って来た時も、下山の代わりに俺は出た。流石に2試合ぶっ通しは疲れる。たかが体育にそこまでの気合いは続かない。交代して壁際にポツリと突っ立ってる棚橋の足元へと腰を降ろして休憩に入る事にした。ほら、お前も座ってみ? お気に入りの俺が来ましたよ。そろそろ俺にも慣れたでしょ。
その後も棚橋は突っ立ったまま、うんともすんとも言わない。あれ? と思って振り仰ぐとお姫の視線はコートの中に向かっていた。
「……………………」
何で? 俺、コッチよ?
おかしいなぁ…、と思って声を掛けると吃驚したように飛び跳ねた。
え? もしかして俺がいた事にも気付いてなかった? まさかね…。
棚橋の視線の先にはコイツのズッ友、山本哲朗がいた。
「あー、山本かぁ」
そりゃ仲良しだもんね。…にしても、山本ってバスケ上手いね。何気なく振ったその言葉に、棚橋は食い付いた。
は? 何なに? 凄くまともな返事が返ってくるじゃん。しかも「てっちゃん」なんて呼んでんの。
……何それ。
俺の顔がカッコイイとか言って真っ赤になって狼狽えるクセに、仲良し小好しは「てっちゃん」とかよ。おまえが好きなの俺でしょーが。その俺が、わざわざ仲良くしてやるって言ってるのに、中々距離が縮まらないのはどういう事? もっとこう…、ガッと来いよガッとさぁ。
何をそんなに遠慮するんだろう。どうせバレてるんだから今更隠すこともないのに。女の子の方がよっぽどグイグイ食いついてきたけどな。ホント、………変な奴。
傍らに突っ立って食い入るようにコートの中を見ている棚橋に、段々とイライラが募る。この気持ちは何だと考え、あぁそうか、弟のムカつく態度にそっくりだと思い当たる。
弟の陽樹は2番目の兄和樹に懐いてる。俺とは年も近いせいか、一回り上の和兄とは雲泥の差で、ほぼ毎日喧嘩が絶えない。アイツの話題はいつも和兄の事ばっかりだ。ガキの頃体が弱かった陽樹の事は、家族皆が甘やかした。俺だって散々可愛がってやったのに、その結果が今のクソ生意気な弟だ。ホント、ムカつく。
……で、今だよ。
隣に突っ立ってるこのお姫ちゃんも、話に返事が返ってきたのは他の野郎の話題だ。気に入らない。ジャージの袖口をモジモジ弄る暇があるなら、俺の話に食いつけよ。
何時まで経っても黙りな弟モドキに痺れを切らし、真横のジャージを掴んで思いっ切り引き摺り倒す。
ズルっと倒れて尻餅をついた棚橋の胸ぐらを掴んで引き寄せると、みるみる内に頬を赤く染めていった。
────うわ、真っ赤っかだ。
そうそう、これだよ、この顔な。そうやって真っ赤に熟れたトマトみたいな顔で、俺を見てくるお前が気に入ってるんだからさ。ちゃんと俺だけ見てなさいって。
「ちゃあんと、俺だけ見てろよ。わかった?」
涙目になりながらも、棚橋からはか細い声で了承の返事が聞けた。うん、ヨシヨシ、いい子いい子。
はー。何だろう、何か気分がイイぞ。
さて、もうひと仕事してきますか。コートの中から「交代だぞ葛西!」と叫ぶ仲間の声に立ち上がり、腑抜けてメソついてる棚橋に指鉄砲を撃ち込んでやる。
「んじゃ、応援よろしく」
いいか棚橋、これからカッコいい俺様がカッコよく活躍してやるから、そこでちゃんと見ておけよ。
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