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1章

頑張り過ぎですよ!

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 中間テストが終わって明日から6月になる。そんな5月の最終日の今日、ロングホームルームの時間に担任の先生は言った。

「野郎共、新しいクラスにももう慣れたよな。そろそろ席替えすっぞ~」

 担任の言う「野郎共」の呼び声に俺はちょっとソワッとしつつ、改めて此処が男子校だと思い知る。そして「野郎共」の中に自分も含まれている事に感動しちゃうのだ。
 
 くふふ。俺ってば「野郎」なんだぜ。いい響きだなぁ。カッコいい!
 何しろ家でも近所でも、子供の頃から俺を知ってる周囲の大人は、俺を「まなちゃん」なんて愛称で呼ぶ。お母さんのせいだ。
 娘が欲しかったお母さんは、兄ちゃんの後に産まれた俺が、男だった事にガッカリしたんだそうだ。

───『まなちゃん、ママの一生のお願い、聞いてくれる?』

 なんて言葉に唆された幼き日の俺ってば、家でも外でもお構いなく女児服を着せられた。お母さんは大喜びだ。俺はそんなお母さんを見るのが好きだったから、ちょっとモヤッとしながらも“お願い”を聞いていた。だってさ、俺が「可愛いお嬢ちゃんね」と言われる度に、お母さんが凄く幸せそうに笑うんだもん。俺だって嬉しくなる。それにお母さんが幸せなら棚橋家は安泰なのだ。お父さんはお母さんにメロメロだし、兄ちゃんはお母さんに逆らえない。俺はよく知らないけど、怒ったお母さんは鬼か悪魔かって位に恐ろしいんだって。怖いものなんて無さそうな爺ちゃんが、プルプル震えながら教えてくれた事がある。だから家族の誰もがお母さんのする事に異を唱えない。それどころか女児服を着せられる俺を、家族は総出で褒めちぎった。褒められた俺は鼻高々だ。そりゃフワフワしたフリルのブラウスも、ヒラヒラしたスカートも喜んで着たさ。
 まぁ、それも保育園迄の事。流石に小学生になってからはスカートもフリルも避けたけど、ランドセルはオレンジ色だったし持ち物には青や緑より赤や黄色が多かった。ご近所さんは俺が中学生になって男子用の制服を着るまで、俺の事を「棚橋さんちのお嬢ちゃん」だと思っていたようだ。
 中学の制服は男子は学ラン、女子はセーラー服。生まれて初めて“The・男”っていう服を着た。むちゃくちゃ感動した。学ランは物凄くカッコいいんだ!浮かれた俺は放課後も制服姿でてっちゃんの家に遊びに行った。休暇で家に居たてっちゃんのお父さんは、学ラン姿のカッコいい俺を見て「ま…、まなちゃん!? え? 何で? ウソ……、えぇぇ……」と、凄いガッカリされたのを思い出す。失礼極まりない。別に髪を伸ばしていた事もないし、ピンクの服だって着てた訳でも無いのにさ。
 そう言えば、進路選択で男子校を選んだ時は、家族もご近所さんも何故だかビックリしてたな。反対する人も何人かいた。中学の先生もてっちゃんのお父さんもだ。でも一番大騒ぎしたのは兄ちゃんだった。
───『まなたんなら、もっと上を狙えるよ!』
 なんて言って、その気にさせようとしたっけ。まぁ、俺は学力に見合った学校より、ちょっと下のランクでのんびり学校生活を送りたかったし、何より共学には行きたくなかった。だって、女子が怖いから。
 小学生の頃、おっかない女子達に散々な目に合ったから、俺は未だに女子は苦手だ。アイツら言葉が通じない。何か言うと、10倍のチクチク言葉が返ってくる。しかも集団で囲んで来るから恐ろしい。
 爺ちゃんはお母さんを怖がっていたけど、俺はお母さんこそこの世で一番優しい女性だと思ってる。いや、マザコンとかではない。決してそうじゃない。強いて言うなら、お母さんは俺にとっての最強の味方だ。鬱陶しい兄ちゃんや、小煩い爺ちゃんを黙らせてくれる心強い存在。料理が得意で、いつも美味しいご飯を作ってくれるしね。
 そう言えば、今日のお弁当は何だろう。う~…ん、お腹が空いたなぁ。

「ねぇ、そんなに席替え嬉しい?」
「はにゃッ!?」

 お弁当に思いを馳せていると、隣からお声が掛かった。頬杖ついた葛西が呆れ顔でこちらを見てる。
 うわぁ!呆れた顔もカッコいい!…てか、「はにゃッ」て何だよ、俺!恥ずかしい!!

「まぁた、そんなに赤くなって。ホントお前、俺の事好きな」
「ひにゃッ、す、っ、ちがっ」

「は~いはい、そんなのどうでもいいけどさ、席替え、したかったの?」
「へ…、ぇ……、と」

 ななな、な、何だこれは!?何て答えるのが正解だ!?
 くそぅ…ッ、俺にはまだ葛西との正解の会話が分からない。悔しいっ!せっかく葛西が話し掛けてくれてるっていうのにっ!!

「あ~ぁ、俺はこの席、気に入ってたのになぁ」

 そ、そうなんだ、そりゃ…、残念ですな。

「窓際の一番後ろなんて、特等席じゃね? 暖かいし目立たないし」

 い、いやいや。暖かいのは否定しないが、そこはかなり目立つ席だぞ。特に先生からはバッチリ目立つ。

「昼寝すんのに便利だったのにさぁ」

 そ、そう言えば、葛西はいつも机に突っ伏してスヤってたもんな。…てか、昼寝? 起きてる方が少ないような……

「……居眠りは、良くない」
「え?」

 はっッ!!!
 俺とした事が!!世界すら平伏すイケメン大王様にご意見等と!!!生意気にも程があるぞっ!切腹!!

「やっ、いや! なな、何でも、なぃ…れす」
「……………」

 ああぁぁぁ……っ、どうしよっ!嫌われた? ムカつかれた? こんな陰キャ野郎に意見されるとは、イケメンの矜持が許さないのでは!!?
 ヒイィィィ…ッッ、どうしよう!!?

「えっと、…ぁ、あの、すみま……」
「ブハッ! クク…、あっはははは」

「へ?? ……ゃ、……えぇ?」

 突然吹き出した葛西はその後、豪快に笑い出し教室中の注目を集めた。

「おーい葛西ー、何笑ってるー。煩いぞー」

 黒板に席次表を書いていた先生が、振り向きもせずに葛西を注意する。笑い声だけで葛西と分かるなんて凄い。後ろに目でも付いてるの?
 しかしクラスメート達は一斉に振り返りこちらに注目。隣の俺までガン見される。や、ヤダな…。あんまり人目に付きたくないのに。ちょっとお隣のイケメン大王様、そろそろその笑いを引っ込めてはくれませんか。
 オロオロする俺とは真逆に、葛西はヒィヒィ笑って徐ろに手を挙げた。

「先生ー! 俺、棚橋くんの隣がいいでーす!」

 はあぁあ!?

「そんなの皆同じでーす。お前だけ贔屓しませーん」

 えぇぇ……?

「でも先生、棚橋くんが俺の居眠りを注意してくれるって、言ってまーす」
「へあ!?」

「………ホントかぁ棚橋?」
「はい! や、っ、え?」

 しまった!名前を呼ばれて、つい良い返事を返してしまった!これはマズい、非常ーっに、マズい!

「そっかぁ…、う~…ん。じゃあ、頼むかぁ」
「いゃ…、ぁ、あの…、」

「そいつ居眠り常習犯だからな、頼んだぞ棚橋」
「ぅ……、は、……ぃぃ」

 いい顔で笑う先生に、もう「無理っす!」とは言えなかった。俺、撃沈…。

「面倒だから、葛西と棚橋の席はそのまま入れ替えな。よーし、それじゃ他の野郎共、一人づつくじ引いてけー。番号の席に名前を記入したら移動開始だぞー」

 ざわめく教室の空気も何のその。飛んでもない役目を任された俺は、魂の抜け殻の如く放心しながら「ほらほら、移動するよー」と楽し気な葛西に追い立てられて机と椅子を隣に引き摺った。
 どうしてこんな事になった? やっぱりアレか、陰キャの生意気な態度に怒り心頭なのか? 
 葛西の言う窓際の特等席にちんまりと収まって、悶々と考え込む俺に再びお隣さんになった葛西は言った。

「良かったね、また俺の隣になれて」
「はぅッ!」

 イケメン大王様はすンばらしいキメ顔でニコリと笑う。やっぱり葛西はカッコいい。イケメンとはなんて恐ろしい生き物なんだろう。俺の心臓にハートの矢をぶっ刺してくる。

「目覚まし役もゲット出来たし、これからは堂々と俺の顔も見られるね」

 にっこり

「ひぃッ!」

 ちょっと神様!?そんなに頑張らないでもいいんだよぉ!!

 

 



 
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