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1章

恋の自覚は突然に

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 白紙で提出した5時間目の自習プリント。その後の6時間目もぼんやりと過ごし、気付けばホームルームも終わった放課後になっていた。
 
 葛西が好き───。

 頭の中はそれだけで埋め尽くされて、それ以外の思考は遮断された。これはどういう事だ。好きってなんだ? 



「おーい、まな。帰るぞ」
「………………………」

「まな? おい、学斗。そんな赤い顔してどうした? 熱でも出たか?」

 隣のクラスから迎えに来た幼馴染みの山本哲朗が、でっかい手のひらをおでこに充てた。そこで漸く我に返る。
 既に教室は疎ら。隣の席ですやすや寝ていた筈の葛西の姿ももうない。

「てっちゃん………」
「おう」

「てっちゃん………、俺………」
「うん」

「俺、葛西が好きなの?」
「…………は?」


 ふと蘇る記憶。

───「また入学式で会おうね」

 高校の合格発表の日。貼り出された合格者番号のボードの前で、そう言ってくれた名も知らぬ他校の中学生。それが葛西と初めて出会った日だ。
 いつか、あの時のお礼を言いたいと思っていた。去年はクラスが違ったから話す機会も全然なくて、入学から随分経った夏頃になって漸く『かさいひろき』という音だけの名前を知った。
 掻き集めた小さな情報を繋ぎ合わせて、宝物を探し当てた気持ちになったのを思い出す。
 あの頃のノートには、色んな漢字の『かさいひろき』が残ってる。

「てっちゃん、俺ね………、葛西が好きなんだって」
「へぇ」

 それをまさか、ご本人様から指摘されるとは思いも依らなかった。
 しかも初めて交わした会話。夢にまで見た『かさいひろき』との初会話。それがこんな結果を生むとは想像もしなかった。

 葛西が好き。

 そうか……。俺は葛西が好きなのか。

 西陽を浴びた左隣の机が、光を反射させてキラキラと輝く。
 おい、葛西の机。おまえは主が帰った後でも眩しいな。そんなにピカピカさせて、俺のほっぺたを焼くんじゃない。ただでさえ熱い頬が、余計に熱くなるじゃないか。

「おい、ますます赤くなってるぞ。本当に大丈夫か?」

 うるさいよ、てっちゃん。ちょっと黙っててくれないか。俺は今、究極に悩んでるんだ。
 だって、だってだって………。


───『ねぇ、俺のこと好きなの?』


 頭の中でリプレイされる葛西の言葉に、ボカンと顔から火が噴いた。
 そしてもう一つ、突如として浮かんだ言葉に心臓が爆音を立てて騒ぎ出す。

「うわぁぁああ!!! 俺、死んだかも! 顔から血が吹き出してない!? 血管切れたー!!!」
「うわっ、おかしくなった! おい、しっかりしろ学斗。大丈夫だから、もう帰ろう!」

 幼馴染みに抱えられるように学校を出て、フラフラしながら帰り道を歩く。
 おかしい……。絶対に変だ。
 考えれば考える程、思考の迷宮に嵌ってしまう。

 あれが初めての会話だなんて信じたくない。しかも相手は好きな人。眩しくて、カッコよすぎて、気付くといつもチラ見しちゃう葛西宏樹。
 葛西はすごい。俺が気付かなかった俺の気持ちをスバリ言い当てた。

「葛西は、天才だ……」

「あ? いや、アイツ馬鹿だぞ。テストの後はいつも補習させられてたし」

 何言ってんだ。葛西は凄いんだぞ。学校の勉強よりもっと高度な、人の心の正解を持ってるんだからな。それに、何と言ってもカッコいい。この世のカッコいいを、全部独り占めしてるんじゃないかな。

「ふへへ…。俺の好きな人、すごい……」
「はあ?」

 そんな好きな人との初会話があれでいいのか。俺には難しくてよく分からない。
 何時か、正しい会話が出来るようになったら聞いてみたい。何しろ葛西は凄いからな。きっとこの悩みもズバッと解決してくれるに違いない。

「ふへへ…。すごいなぁ葛西。カッコいいなぁ」
「はぁ……。今更、何言ってんだか……」

 熱に浮かされた様な浮遊感が、幼馴染みに担がれてるからだとも知らぬまま、俺は何時までも「葛西はすごい」を繰り返す。お供のてっちゃんが「はあ」とか「へえ」とか、生返事で返すのも気にならない。

 葛西が好きだ。うんうん。俺は葛西が途轍もなく好きだ。そんな初めての好きな気持ちを、あのカッコいい同級生が教えてくれた。

「ふふ…、ふへへ…」
「おい…。お前、帰ったら熱計れよ」

 うんざりとされながら送り届けられた自宅玄関で、糸が切れたようにパタリと倒れ込んだ。 


───計った熱は38.2度。
 

 次の日の朝はケロッとしてたから「知恵熱か?」なんて、またまた幼馴染みを呆れさせた。




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