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1章
また、遊ぼう
しおりを挟むあっちを向いてもキラキラ。こっちを向いてもキラキラ。怖い笑顔の葛西とそのお友達、一軍陽キャの愉快な仲間たちに囲まれた。
蘇る自販機体験の記憶に、俺はタジタジになった。こんなに沢山の人前で、また変な恋を暴露されたら羞恥で死ねるんだけど!?
俺は祈る気持ちで葛西を盗み見た。う…、相変わらずカッコいいなぁ。
「…で? 皆で揃って何をしてるんですか?」
「え~…と? かくれんぼ?」
野島くんを担いだままの葛西に、俺の隣でへらへらと笑った和田くんが答えた。葛西の背中から野島くんも「そうそう」と悪怯れもせずに相槌を打つ。
「かくれんぼ? ………そんなのが、楽しかったの?」
「…………うん」
楽しかった。
皆で作戦会議して、役割を決めて、与えられた任務を遂行する。それが凄く楽しかった。………見付かっちゃったけど。
「あんなに笑うくらい?」
うん。見付かったらどうしようって緊張感とか、呑気な下山くんのお腹とか、斎藤くんのサムズアップとか。何か…、何ていうか……。
「何してんだろ…って思ったら、面白くなった」
「そうそう、それ! なぁんかバカバカしくて笑えるってヤツな」
「うん、そうだね。僕もそんな感じ」
俺がポロッと口にした返事に、和田くんも下山くんもにこにこしながら同意してくれた。
「うはは!お前等小坊かよ」
「いや、マジで笑えるんだって。くだらない事をクソ真面目にやってみ? チョー面白いぞ」
うははと笑った里中くんに内藤くんが答えると、里中くんはまたうははと笑う。
「でもお姫ちゃんは見付かってしまった! 俺等の勝ちだぜ」
「そーなんだよなぁ、それが悔しい」
悔しいとか言いながら全然悔しそうじゃない内藤くんと、勝ち誇るでもない里中くんはうははわははと笑い合ってる。斎藤くんや宮本くんも「あ~あ、残念。作戦失敗かぁ」なんて、笑いながら合流してきた。でもやっぱりちっとも残念そうじゃない。その後ろを着いてきた鈴木くんも、会話には混ざらないけど、皆の話ににこにこしながら、うんうんと頷いていた。
そんな皆の様子を、何とも言えない不思議な気分で眺める。
ずっとずぅっと前、まだ小学校に上がったばかりの頃に、こんな風に皆と遊んでいたのを思い出した。あの時は確か、色鬼だったと思う。鬼が言った色に触れないと、見つかって捕まっちゃう鬼ごっこ。鬼役の子が「黄色」と言ったら、保育園から一緒だったまあくんは、俺の着ていたティーシャツを掴んで「まなちゃんは黄色い服だから絶対に見付からないね」と笑ってた。それを聞いた皆が一斉に俺の服を掴みに来て、最後は団子になって転がった。そこに鬼役の子がやって来て俺以外皆が捕まったんだけど、それが何だか面白くて皆でケラケラと笑ったんだ。
勝ったとか負けたとか、そんなのはどうでもいい事で、皆で楽しく遊んで笑う。そんな当たり前の事を、俺は随分と長い間忘れていた。
嫌な事や怖い事がたくさん有り過ぎて、誰かと何かを楽しむなんて考えられなくなっていた。くだらなくても意味がなくても、一人じゃ楽しめない事が世の中にはたくさんある。
さっきのもそうだ。
確かにくだらなかった。陽キャに見付からずに教室へ入るなんて、他の皆には別にどうでもいい事だ。俺は葛西に見付かった自分が、ドキドキハラハラと慌てふためくのが恥ずかしくって、この頃ちょっと困ってたけど、だからといってそれが死ぬほど嫌だとは思ってない。だって…、葛西は俺の好きな人だから。本当は構われて嬉しい。凄く凄く嬉しい。上手く対処が出来ないだけで、葛西が俺に話し掛けてくれるのは天にも昇る気持ちだ。……ホントに天に召されそうになるけども。
また、皆で遊びたいな。
かくれんぼ、鬼ごっこ、何でもいい。
だって俺、思い出したんだ。皆で一緒に他愛もない事をして、理由もなく笑い合う楽しさ。
怖い事があってから、俺は俺の中の小さい俺達としか会話をしてこなかったから、誰かと対話をするのが苦手になったけど、だけど本当は何時だって人の話は聞いていた。聞きながら「俺はこう思う」とか、「それは確かにそうだな」とか、一人で勝手に会話に混じっていた気でいた。
返事が返ってくるのは嬉しい事だと気付いたのは、てっちゃんという友達が出来てから。当たり前が当たり前じゃなくなってた時に、突然やって来た近所の新しい同級生。
世の中が春休みで引っ越して来たばかりのてっちゃんには、他に遊び相手がいなかっただけだと思う。だから毎日毎日俺んちにやって来ては「今日は何して遊ぶ?」と聞いてきた。知らない人との遊び方が分からなくて、暫くは返事に困って黙っていたけど、あの時だって頭の中では、「あれがしたい」「これをしよう」ってたくさんたくさん話をしてたんだ。でも中々言葉は出なくて、その内来なくなっちゃうのかな、それは嫌だなって思うようになったっけ。
その日のおやつは、俺が大好きなドーナツだった。
それを一口食べたてっちゃんが「これ、買ったのより美味しいな」って言ったんだ。それが嬉しくて、俺は初めててっちゃんに返事を返した。そしたらてっちゃんは、パァッと見た事ない顔で笑ってくれた。
二人で何回も「美味しいな」「美味しいね」を繰り返してる内に、それが段々面白くなっておかしくなって、その後二人してたくさん笑った。お腹が痛くなるくらいゲラゲラと笑ってた。
またあんな風に笑えるかな。今、周りでワイワイと話をしているこの人達の会話に混ざれたら、俺はもっと楽しくなるのかな。また、遊んでもらえるのかな。
「次は負けねぇ」
「もっと良い作戦を考えるよ」
「何言ってんだ、俺等に勝てると思うなよ」
会話は流れの早いベルトコンベアみたいに次から次へと通り過ぎる。大縄跳びに似ているかもしれない。タイミングよく飛ばないと怪我をしちゃいそう。アレはとんでもなく苦手だった。絶対に足を引っ掛けて止めてしまうんだ。誰かに「せーの」と言ってもらえたら、たまには上手く出来たんだけど……。
「それで? まなちゃんはまたやりたい? かくれんぼ」
ああ…、ほら。
葛西が「せーの」を出してくれた。
「う…ん、うん!また、皆で遊びたい」
「そっか。じゃあ……、受けて立つ!」
クイッと顎を上げてニヤッと笑う葛西のその声に、周りの皆も声を上げる。
どうやら俺は、ちゃんと縄跳びを飛べたらしい。
「よーし、次は絶対俺達が勝つ!」
「い~や、勝つのはこっちだね」
「絶対見付からない作戦を考える!」
「おう、やってみろ。絶対見付けてやるからな!」
ポンポン交わされる縄跳びみたいな会話。聞いてるだけでもワクワクしてくる。最後は皆で笑い合って、廊下の喧騒は楽しい笑い声に包まれた。
「おいこら~、授業始まるぞ!さっさと教室に入れー」
先生の登場で解散した後、急いで教室に戻って席に着いた。
また、……また今度。
次があるのが凄く嬉しくて、俺はその授業の間ずっとウキウキとした気持ちが止まらなくて、先生の話に中々集中出来なくて、また少し困った。
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