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1章
それは死刑宣告にも似たナニか
しおりを挟む午後の授業は膨れたお腹のせいで眠気との戦いだ。特に今日の5時間目は自習になったから、教室にいる半数近くがお喋りに昂じたり、机に突っ伏して堂々と午睡を貪っていたりする。
そんな中俺は、机の上に置かれた自習用のプリントに書いた自分の名前、『棚橋学斗』の文字に視線を固定したまま、ピクリとも動けずに固まっていた。
何故なら、非常に困った事になったから。
別にプリントの解答に困っているわけじゃない。勉強は嫌いじゃないし、問に対して答えのあるものは好きだ。分かりやすくて助かる。だからこの英語のプリントだって、教科書を見ながら解答欄を埋めるのはそんなに難しい事じゃない。用意された答えを見つければいいだけ。そんなの、難しい内にも入らない。
俺が今、頭を真っ白にさせ息を殺し、ピクリとも動く事を忘れて、自分で書いた自分の名前を穴が空くほど凝視しながら困っているのは、模範解答も正解の答えも見当たらない質問が、隣の席の葛西宏樹から飛び出してきたからだ。
「ねぇ、俺のこと好きなの?」
このエクスキューズに何て答えたらいいのか分からない。正しい知識も情報も経験すらない俺には、この世で最も難解なクエスチョンだ。俺がスーパーコンピュータだとしたら、きっと模範解答くらいはパッと浮かぶのかもしれない。…が、生憎と俺は生身の人間。しかもまだ16年しか生きてない高校2年生。この問いに対する解答が載ってる教科書も参考書も持っていない。
「ねー、棚橋って、ゲイとかゆーやつ?」
「ちがうっっ!!」
あんまりな誤解に、思わず顔を向けて言い返してた。
ひやあぁ!!
バッチリ目が合って葛西の顔面を直視してしまった。
目が……っ! 目がヤラれたっ!!
慌ててプリントに視線を戻す。じわじわと頬に熱が帯びてくる。
やめろっ、赤くなるな俺の顔!
「ふぅん……、違うのか」
そうだよ!違うよ!!
ただ俺は、その……、葛西の顔が、カッコいいなって思ってるだけだ!
だから、つい眺めたくなっちゃうし、眺めてたらもっとカッコいいなって思って、そんで、話もしてみたいな、とか考えるようになって、それから、それから……。
ふと、静かになった隣の気配に一旦心を落ち着けた。
それからチラッと横目で隣を探る。
うん…。どうやらお戯れは終了したようだ。今は腕枕に顔を埋めて、すっかりお昼寝の体勢に戻ってる。よかった、いつも通り。何なら俺は、眠気に負けて白昼夢でも見てたんじゃないだろうか。
ホ…ッ、と静かに息を吐き胸を撫で下ろす。
それにしても危なかった。後、ほんの1秒でも長く葛西の顔を見ていたら、俺の顔は爆発しただろう。目だって潰れたかもしれない。だって葛西はカッコいいからな。うん、そうだ。葛西がカッコいいからいけないんだ。だから見たくなるし、見てたら顔も赤くなる。だからそんな、す、す、す、……とかじゃない!
ない………………、と思う。
お、俺は元々葛西の事を、カッコいい奴だと思っていた。そのカッコいい葛西に初めて声を掛けられて、緊張とか緊張とか緊張とか!……のせいだ。か、顔が赤くなるのは仕方がない。何しろ俺は、赤面症とかいう不治の病を患っているからな!困ったもんだ!
だから違うんだ! そんなそんな、す、すす、すすすす……
「あ!」
「ヒッ!!??」
再びお隣から声がして、びっくりした拍子にお尻が3ミリ跳ねた。ガタンと椅子が音を上げる。机の裏に打ち付けた膝が地味に痛い。
ギギギ…と油の切れたネジみたいになりながら、恐る恐る左側に首を回すと、お昼寝体勢だった葛西が腕枕に頭を乗せて、顔だけをこっちに向けたままニヤリと笑った。
「でも好きだよね、俺のこと」
な、ななな、ななななな…っ!?
「──っ!──っ!──っ!」
途端にカァァーッと熱くなる顔をどうにも出来ず、口を鯉みたいにパクパクしながら、俺は声にならない悲鳴をあげる。
「はい あったりー」
ふふふ と笑う葛西の声。
カッコいい奴の笑顔はとんでもない。顔中に火炎放射器を浴びせられた気分だ。
「認めちゃえば? ねぇ」
にっこり
「や……、やだぁ!」
破壊力たっぷりのご尊顔から顔を反らして反抗を続ける。
認めたくない。違うと言いたい。葛西はカッコいいから、見たいだけだと言い訳をしたい。
だけど………。
す、すす、すすす……、す、好き?
ライクじゃなくて、ラブの方で?
俺は、カッコいい葛西が、好き……なのか?
それとも、好き……だから、カッコよく見えるのか?
見てるとドキドキするのも、赤くなるのも、話し掛けられてお腹がウズウズするのも、それは好き……、だから?
───俺は、葛西が好き。
自覚したら、顔が一気に赤くなった。もしかしたら沸騰したヤカンのように、キューッと頭のてっぺんから湯気が吹き出しているかもしれない。
「ね。ほら、俺が好きでしょ? 良かったねぇ、答えが見付かって。じゃ、おやすみ~」
大きなあくびを一つして、腕枕に顔を埋めた隣のクラスメートは、それきり6時間目が終わるまで起きる気配はなかった。
そして俺は度重なる爆弾投下の惨劇で、燃えカスと化したのだ。
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