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中川和真
傷口に絆創膏
しおりを挟む涙は、2日経って漸く止まった。
「ひっでー顔」
鏡の中の自分に情けないぞ、と拳を突き付けた。
泣いたところで何も変わらない。だったらもう、泣くのは止めて前を向こう。
部屋を見回し、まずは片付けからだと、丸一日かけて大掃除をした。
見ると思い出して辛い物は思い切って処分した。使わなくなったあれやこれも全部捨てた。必要無さそうな物もたくさん出てきて、改めて3年間も暮らしたんだな…と、また少し涙が出た。
どうやら涙というものは枯れる事が無いらしい。
きれいサッパリ片付いた部屋を見て驚いた。
「これじゃまるで引っ越しだ」
必要最低限の荷物と家具。残った物はそれだけだった。
それならいっそ本当に引っ越そうか。そう思い立ち、翌日不動産屋へ足を運んだ。一軒だけでは決められず、数駅先まで足を延ばして探した。でもそう簡単に次の部屋など見つかる訳もなく、数件の資料を受け取り席を立った。帰り際通りかかった惣菜屋の前で、従業員募集の手書きポスターが目に留まる。
いっそ仕事も変えたらもっと楽になれるかもしれない。そう考えてじっとポスターを眺めていた。
「仕事、探してるのか?」
中から人が出てきて、そう声をかけられた。
「あ、すみません。…部屋を探してたんです」
「なら丁度いい。うちの2階、使っていいぞ」
「…え?」
惣菜屋「わかば」の店主だと言ったその人は、江木浩輔だと名乗りおれを店の中へ招いてくれた。
「名前と歳は?」
「中川和真、…23歳です」
「前職は何をしていた?」
「スーパーで、品出しのバイトをしてます」
「なんだ、無職じゃないのか」
まだ辞めた訳じゃなかった。…が、5日も無断欠勤をしている。クビになるのは確実だった。
「あ、いえ。勝手に休んでいるので、たぶん今は無職、です」
情けなかった。…雄大に言われた事を思い出した。
『お前と違って、俺はちゃんと働いてるんだぞ』
大学を出て就職をした雄大と、ろくに就活もせず就職浪人になったおれ。挙げ句にバイト先もバックレ寸前で、呆れられても文句も言えない。
ーーー捨てられて当然だ。
己の不甲斐なさに項垂れる。
「なんだ、無断欠勤でクビになる予定か」
「よ、てい? というか、その…」
「……ちゃんと辞めてこい」
「え、あの」
「和真は23だろ。れっきとした大人だ。辞める時もきちんとしろ。それが出来たら、うちで雇ってやる」
「え! あ、あの…、名前」
急に“和真”と名前で呼ばれて慌てる。ここ数年間、自分を“和真”と名前で呼んでくれたのは雄大だけだった。
「なんだよ、和真だろ? 中川和真、23歳。自分でそう言ったじゃないか」
からっと笑われて、ぽかぽかっと腹の底が温かくなった。…こんな風に穏やかに、誰かと話しをするのは久しぶりだ。自然と笑みが溢れた。
「そうでしたね」
雄大が部屋を出てから3日。…いや、喧嘩してからのこの数ヶ月、笑う事なんて無かった。いつも心がぐちゃぐちゃで腹の奥はどろどろして、顔を合わせればため息か、罵り合う言葉しか出て来なかった。
だから江木さんが笑ってくれた時、ほっとしたんだ。あの別れの日の作った笑顔とは違う、温かい気持ちが滲み出るようだった。
「…お前、笑ってる方がかわいいぞ」
ポンと頭に手を置かれ、優しい顔でそう言われた。
『笑ってる和真はかわいい』
雄大もよくそう言ってた。思い出すと傷口がまだジクジクと痛む。泣きそうになるのを必死で堪えた。
「あのおれ、これからバイト先行って来ます。ちゃんと辞めて来ます。だからその、ここに置いて貰えませんか」
この人の前で泣きたくなかった。部屋のゴミと一緒に、情けなくて惨めな自分を捨てたかった。恋人に捨てられて仕事も無くて、その上泣き虫じゃあんまりだ。
「お願いします!」
新しく何かを始めないと。そう思って部屋を探していたのかも知れない。
「ああ、そうしろ。部屋も片付けといてやる」
「はい! ありがとうございます」
雄大との事が綺麗な思い出になるまで、どの位の時間が必要なんだろう。まだ全然わからない。でもせめて、それまでは無理してでも笑っていよう。傷口に絆創膏を貼って、かさぶたが出来るまでそっとしておこう。
ーーーだから雄大。
おれの事はもう…忘れていいよ。
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