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天使と悪魔と賢者の贈り物

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 カーテンの隙間から細く忍び込む朝日。遠くで歌うスズメの声。
 今朝は携帯のアラームが鳴る前に目が覚めた。
 こんな朝は一年で数日あるかないか。
 上掛けを押し退けて身体を起こすと冷たい朝の空気が透子を包み込んだ。
(夢、じゃないよね?)
 妙にゴージャスなフィルターが掛かっている。
 その原因は――恭平さんとのデート。素敵な大人の空間でおいしい食事を楽しんで二人きりになった場面で――。
「――――!」
 昨夜のことを思い出すと顔が熱い。
 嬉しいのか恥ずかしいのか分からない感情に上掛けを抱きしめてベッドに転がった。ひんやりとしたシーツが心地よい。
(このまま次のステップに踏み出せそうな気がする……)
 昨夜の余韻に浸る透子に冷や水を浴びせるように携帯のアラームが鳴った。
 緩みそうになる頬を引き締めて身支度を整え、卵焼きの匂いに誘われるように階段を降りた。リビングには母と口うるさい先客。
「やだ、朝から幸せオーラ全開じゃないの。気を引き締めないと車に轢かれてぺっちゃんこになっちゃうわよ」
 揶揄うような声を投げつけてくるのは千賀。
 穏やかな朝日が差し込むリビングで爽やかムードをぶち壊す。
「いいでしょ」
 口を尖らせたが恭平さんとのデートでなにがあったかなど、聞くまでもなくバレている。
 デリケートな部分に触れられてほんの少し不機嫌になったが口をつぐむ。
 よっこらしょとつぶやいてソファーに腰を落とした千賀は立派に育った丸みをさする。その横顔は心なしか顔色が悪い。
「どうしたの、どこか調子悪いの?」
 気にかけて声を掛けると「昨日からお腹の調子が悪い」とため息を落とす。
 すかさず口を挟むのは母だ。
「臨月ってのはお腹も大きくなって疲れやすいのよ。もしかしたら胃腸炎じゃないの?」
 娘を気遣う小言をいくつか落として、朝食の片づけにキッチンに消えた。
「……臨月でマーライオンなんて悲惨すぎるわ」
 ぶつぶつ言いながら今度は腰をさする。出勤時間の迫る透子は目の前のやり取りを無視して黙々と箸を動かした。
「――もしかしてデートで盛り上がっちゃった? そのままお泊りしてくればいいのに」
 爆弾投下――危うく箸を取り落としそうになった。
「食事に行ってなんでお泊りすんのよ?」
「あら、やだ。そういう展開にもならなかったの? つまんないの」
 燃料を追加してソファーでくつろぐ千賀をにらむ。
「会ったばかりで……なるわけないでしょ!」
「相変わらず石橋をたたき割るようなお付き合いしてるのね。さっそくキスぐらいしたんでしょ?」
 さらりと問われて耳まで真っ赤になる。返事をするまでもない。
「――こんなんじゃアヤマチを致すどころじゃないわね。ちゃんとした人?」
「大丈夫。きちんと真面目な人よ」
(……本人の知らない所でみんなに気遣われてるタイプ)
 悪い人ではなさそう。
「男の方に透子を押し倒すぐらいの気合が必要ね。うまくいきそうになかったらフラれる前にフってやんなさいよ」
 結局、みそ汁を啜りながら料理教室で知り合ったと白状させられた。
 まんまと母の手のひらで踊らされていたわけだ。となると千賀にも八つ当たりしたくなる。
「千賀がヒロくんと付き合うきっかけって?」
「顔を見る度に告白攻撃で猛アタックされた。一歩間違えばストーカーよ。毎日食事に誘われたり荷物を持ってくれたり。会社で浮きまくったわ」
 確かに今も千賀にベタ惚れだ。
「で。ダメなら諦めてくれるかと思って一度だけ試したのね。……困ったことに予想外に相性が良かったのよ」
「そうね、優しくっていい人だもんね」
 食後の茶を啜ってため息混じりに答えると、なぜかじっとりとした視線を感じる。大げさにため息を落とした。
「男が優しいのは当たり前でしょ? よかったのは相性よ」
「身体の相性……?」
 まんま返して小首をかしげた。
(大事なのはではないのか?)
「なに純正培養のお嬢ぶってるのよ。の相性に決まってるでしょ。結婚する前にちゃんと確かめなきゃ」
(それは男女の――)
「はあぁぁ!?」
 思わず素っ頓狂な声を上げていた。
「もちろん誰でもいいってわけじゃないわよ。ちゃんと結婚の意思があって経済的に独立した人。って離婚問題になるくらい問題なのよ。そうならないためにも事前に確認しなきゃダメよ」
 千賀は綺麗な笑顔で人差し指で唇をなぞってつぶやいた。
 どこの世界にそんな決まりがあるというのだろう。少なくとも透子の辞書にはそんな記載はない。
「だって順番が……!」
「合ってるわよ。結婚する前に話し合って計画したの」
 さらっと暴露してお腹を愛おしそうに撫でた。
「微妙な年ごろだし時間がもったいなかったのよね。イチャイチャしてるうちにコウノトリが逃げて行ったら困るでしょ。花の盛りは有効期限があるの。綺麗なバラでもドライフラワーじゃ男に見向きもされないわよ」
 背中を押されているような気がするが、千賀ほど積極的になれそうにない。
 透子はこうやって悩んでいるうちに横から現れたトンビにかっさらわれた。
「いい人ができたのなら流れに身を任せてもいいんじゃない?」
「それが一番ダメでしょ。流されちゃダメよ。しっかりしなきゃ……!」
 一人であたふたしていると立ち上がった千賀はごそごそとリビングの引き出しを漁る。ほどなくなにかを取り出した。
「はい、これ。透子にあげる」
 ぽんと箱をテーブルに滑らせた。かわいらしい猫のイラストの小箱だ。
「女の子のお守りよ」となにやら意味ありげな、きらきらとした笑顔。
 なんだか嫌な予感がする。
「お菓子みたい」
 お守りでお菓子のような箱型は珍しい。どこの神社のお守りだろうか。
 湯呑を置いて可愛らしい箱を持ち上げて首を傾げると再びソファーに腰を落とした千賀が――呆れたように一言。
「――男女が致すときに使うアレよ」
「は? …………どえええぇぇっ!?」
 意味が分かって裏返った声を上げて箱を放り投げた。
 この小箱はお菓子ではない――。
「やだ。未使用だし汚くないわよ」
 そんなことは分かっている。
(なにより母にそんなものを見られるのはマズい)
「いつそういう雰囲気になってもいいように、バッグの中にでも入れておきなさい」
 押し返そうとしたが千賀は逃げ出すように笑顔でひらひらと手を振って立ち上がる。テーブルの上で微笑む猫ちゃんと目があったような気がした。
(どうすんのよ、これ!)
 朝っぱらから小箱一つで青くなったり赤くなったり忙しい。
 出勤時間が迫り、キッチンから戻って来た母からを隠すようにバッグに押し込んだ。
(っていうかこんなモノどこに隠してたのよ!?)

※※
千賀さんに振り回されてます。まあ、大事なことなんですけどね( ̄▽ ̄;)
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