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まいごのまいごの落とし物
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シンデレラの魔法がとけるのは十二時。
冴えない三十路シンデレラの門限は午後十時。
あれから一日を挟んで険しい顔の透子がいるのは事務所のパソコンの前。
今朝も無事に朝の発注ラッシュが終了したところである。
「ちょっと透子さん……眉間。ヤバいです。なにかあったんですか?」
どっかりと向かい側の席におさまって片手で眉間を指し示す。
コーヒーの入ったマグカップを手ににっこり笑うのはナイスバディのミナちゃん。
(羨ましいくらいお肌もつやつやで、ぴっちぴちの二十四歳)
小さくため息を落として目をつぶって眉間の皺を伸ばすようにもみほぐす。
間違えないように毎日神経をすり減らす作業から解放されて一息ついた。
「もしかして彼氏とサヨナラしちゃったとか?」
にんまり笑って爆弾を投げつけて来る。
彼女は男女問わずに好かれる明るい性格で中学生のころから彼氏がとぎれたことがないという。恋愛スキルは透子をはるかに追い越して無敵レベル。
「そんな相手いないわよ」
ミナちゃんの本日のファッションは冬にしてはちょっと露出の多いワンピース。
しかも足は紺色のソックスのみ。
「パンツ、見えちゃうわよ」とババ臭くつぶやいて時計をにらんだ。
時刻はちょうど早番の休憩タイム。
「ご心配なく。今日も仕事帰りにお城へデートの予定ですから」
「お盛んで羨ましい限りだわ。こっちは寂しい独り身なのに」
「若いですから毎日だって平気ですよ。で、なにがあったんですか?」
うなった透子に照れもせずに答えて逸れた話題を引き戻した。
「実はね――どこかに携帯を落としちゃったみたいなの」
机に頬杖をついてぼそりと、つぶやいた。
「ちょっと、それってマズいでしょ!」
口をつけたコーヒーを吹き出しそうな勢いで吼えた。
「はい。非常にマズいです」
「どこで落としたんですか?」
「…………分かんないの」
眉根を寄せて心配するミナちゃんに消え入りそうな声でつぶやいた。
とりあえず無事に一日は過ぎた。
(……ほんと、ショックよ)
なくしたことに気が付いたのは自宅の最寄りの駅。
電車で落としたのか、途中で落としたのか。バッグの中身をひっくり返しそうな勢いでかき回したのだが見つからない。
(きっとバチが当たったのかも)
出会ったばかりの男性といい感じになって居酒屋デートを済ませたばかり。
人懐っこい笑顔が印象的な彼の名前は――里見恭平。
常々から透子は詰めが甘いところがある。順調に見えて最後のステップでやらかしてしまうタイプ。
(初めての彼氏もそうだった)
透子が臆病になるアレが原因で見えない亀裂が入ってしまい。他所から現れた若くて可愛いトンビにかっさらわれた。
お付き合いしても次のステップに踏み出せないまま――三十路に突入。
守っているわけではないけれど、この身を捧げる相手もいない。
「落とした携帯ってGPSで位置情報を確認できるらしいですよ」
「とっくに試したけど。アウト。……たぶん電池切れね」
携帯を最後に確認したのは恭平さんと行った居酒屋。
帰宅を促す母のメールがとどめを刺したらしい。
あれでいい感じのムードもぶち壊れた。
「携帯ですよ!? なかったら死んじゃいますっ」
ミナちゃんが目を剥いて吼えた。死にはしないが、非常に困るのは確か。
「一桁だったけど帰って充電すればいいかなって……」
「ちょっと、透子さん。婚活料理教室に行ったんでしょ? 早い話、合コンですよね、あれ。お金を出して相手の連絡先をゲットしに行くものでしょ?」
「いや、母に勝手に申し込まれて……」
行く気などなかったという言葉は悲鳴のような声に封じられた。
「まさか手近な店長で手を打つ気じゃないですよね?」
店長はこの職場で唯一の独身男性。趣味は海外旅行という四十代後半。
お金と脂肪に恵まれたちょい太めのクマさん。
優しそうな見た目だが人使いは鬼のように荒い。
「――ない」
「でしょ? さっさといい男を捕まえないとこの店を差し出されてプロポーズされちゃうかもしれませんよ」
「馬車馬みたいにこき使われる永久就職なんてお断りよ」
「だったらまじめに婚活しなきゃ。よかったら友達を紹介しましょうか?」
「それは……後ろ向きに善処します」
男性関係が豊富なミナちゃんのありがたい言葉にため息を落とした。
「後ろ向いてどうするんですか、せめて斜め前を向いて善処してください。そんなんじゃ恋人どころか彼氏もできませんよ? 花の命は短いんです。透子さんはドライフラワーにでもなるつもりですか」
「綺麗に枯れただけマシかもしれない……」
「なにを言ってるんですか、透子さんのお姉さんだってナイスバディで赤ちゃんと若い旦那さんをゲットしたんですよね? 遺伝子は一緒じゃないですか。素敵な男性と致せば赤ちゃんだけでもゲットできます」
ミナちゃんは笑顔で透子の傷をえぐって塩を塗りまくる。
「無理。もうそういう関係になれません」
「……そっちはとっくにドライフラワーでしたか」
胸元からちょっとだけ下に視線を落としてつぶやく。
とどめにチリパウダーまで振りかけられた。
「悪かったわね、休憩が終わったんならさっさと仕事に戻んなさいよ」
手を打ち払って追い払う。
なぜかミナちゃんと話すと最後にはそっち方面の話になってしまう。
(問題はそれじゃない。携帯をさがさなきゃ)
あの中には仕事関係だけではなく学生時代の友人の連絡先も入っている。ついでに千賀の結婚式の写真も。
もし見つからなかった場合を考えるとどんよりと気分が重い。
(誰かが拾って警察に届けてくれてるといいんだけど)
悪用されてはいけないと回線停止の手続きは済ませた。
今日は仕事終わりにどこかへ届けられていることを願って探すつもりだ。
(居酒屋が開くのは夕方だもんね)
見つからなければ警察に遺失物届けを出さねばならない。
(……もしかしたら彼女たちの呪いかもしれない)
思い出したのは閉じたエレベータの扉の向こうに取り残された女の子。
ついでに気ままな王子様を思い出して三十路のシンデレラは深いため息を落とした。
※※※
携帯を落としてしまうなんて恐ろしい展開です (;゚Д゚)
ちゃんと見つかるのでしょうか。
冴えない三十路シンデレラの門限は午後十時。
あれから一日を挟んで険しい顔の透子がいるのは事務所のパソコンの前。
今朝も無事に朝の発注ラッシュが終了したところである。
「ちょっと透子さん……眉間。ヤバいです。なにかあったんですか?」
どっかりと向かい側の席におさまって片手で眉間を指し示す。
コーヒーの入ったマグカップを手ににっこり笑うのはナイスバディのミナちゃん。
(羨ましいくらいお肌もつやつやで、ぴっちぴちの二十四歳)
小さくため息を落として目をつぶって眉間の皺を伸ばすようにもみほぐす。
間違えないように毎日神経をすり減らす作業から解放されて一息ついた。
「もしかして彼氏とサヨナラしちゃったとか?」
にんまり笑って爆弾を投げつけて来る。
彼女は男女問わずに好かれる明るい性格で中学生のころから彼氏がとぎれたことがないという。恋愛スキルは透子をはるかに追い越して無敵レベル。
「そんな相手いないわよ」
ミナちゃんの本日のファッションは冬にしてはちょっと露出の多いワンピース。
しかも足は紺色のソックスのみ。
「パンツ、見えちゃうわよ」とババ臭くつぶやいて時計をにらんだ。
時刻はちょうど早番の休憩タイム。
「ご心配なく。今日も仕事帰りにお城へデートの予定ですから」
「お盛んで羨ましい限りだわ。こっちは寂しい独り身なのに」
「若いですから毎日だって平気ですよ。で、なにがあったんですか?」
うなった透子に照れもせずに答えて逸れた話題を引き戻した。
「実はね――どこかに携帯を落としちゃったみたいなの」
机に頬杖をついてぼそりと、つぶやいた。
「ちょっと、それってマズいでしょ!」
口をつけたコーヒーを吹き出しそうな勢いで吼えた。
「はい。非常にマズいです」
「どこで落としたんですか?」
「…………分かんないの」
眉根を寄せて心配するミナちゃんに消え入りそうな声でつぶやいた。
とりあえず無事に一日は過ぎた。
(……ほんと、ショックよ)
なくしたことに気が付いたのは自宅の最寄りの駅。
電車で落としたのか、途中で落としたのか。バッグの中身をひっくり返しそうな勢いでかき回したのだが見つからない。
(きっとバチが当たったのかも)
出会ったばかりの男性といい感じになって居酒屋デートを済ませたばかり。
人懐っこい笑顔が印象的な彼の名前は――里見恭平。
常々から透子は詰めが甘いところがある。順調に見えて最後のステップでやらかしてしまうタイプ。
(初めての彼氏もそうだった)
透子が臆病になるアレが原因で見えない亀裂が入ってしまい。他所から現れた若くて可愛いトンビにかっさらわれた。
お付き合いしても次のステップに踏み出せないまま――三十路に突入。
守っているわけではないけれど、この身を捧げる相手もいない。
「落とした携帯ってGPSで位置情報を確認できるらしいですよ」
「とっくに試したけど。アウト。……たぶん電池切れね」
携帯を最後に確認したのは恭平さんと行った居酒屋。
帰宅を促す母のメールがとどめを刺したらしい。
あれでいい感じのムードもぶち壊れた。
「携帯ですよ!? なかったら死んじゃいますっ」
ミナちゃんが目を剥いて吼えた。死にはしないが、非常に困るのは確か。
「一桁だったけど帰って充電すればいいかなって……」
「ちょっと、透子さん。婚活料理教室に行ったんでしょ? 早い話、合コンですよね、あれ。お金を出して相手の連絡先をゲットしに行くものでしょ?」
「いや、母に勝手に申し込まれて……」
行く気などなかったという言葉は悲鳴のような声に封じられた。
「まさか手近な店長で手を打つ気じゃないですよね?」
店長はこの職場で唯一の独身男性。趣味は海外旅行という四十代後半。
お金と脂肪に恵まれたちょい太めのクマさん。
優しそうな見た目だが人使いは鬼のように荒い。
「――ない」
「でしょ? さっさといい男を捕まえないとこの店を差し出されてプロポーズされちゃうかもしれませんよ」
「馬車馬みたいにこき使われる永久就職なんてお断りよ」
「だったらまじめに婚活しなきゃ。よかったら友達を紹介しましょうか?」
「それは……後ろ向きに善処します」
男性関係が豊富なミナちゃんのありがたい言葉にため息を落とした。
「後ろ向いてどうするんですか、せめて斜め前を向いて善処してください。そんなんじゃ恋人どころか彼氏もできませんよ? 花の命は短いんです。透子さんはドライフラワーにでもなるつもりですか」
「綺麗に枯れただけマシかもしれない……」
「なにを言ってるんですか、透子さんのお姉さんだってナイスバディで赤ちゃんと若い旦那さんをゲットしたんですよね? 遺伝子は一緒じゃないですか。素敵な男性と致せば赤ちゃんだけでもゲットできます」
ミナちゃんは笑顔で透子の傷をえぐって塩を塗りまくる。
「無理。もうそういう関係になれません」
「……そっちはとっくにドライフラワーでしたか」
胸元からちょっとだけ下に視線を落としてつぶやく。
とどめにチリパウダーまで振りかけられた。
「悪かったわね、休憩が終わったんならさっさと仕事に戻んなさいよ」
手を打ち払って追い払う。
なぜかミナちゃんと話すと最後にはそっち方面の話になってしまう。
(問題はそれじゃない。携帯をさがさなきゃ)
あの中には仕事関係だけではなく学生時代の友人の連絡先も入っている。ついでに千賀の結婚式の写真も。
もし見つからなかった場合を考えるとどんよりと気分が重い。
(誰かが拾って警察に届けてくれてるといいんだけど)
悪用されてはいけないと回線停止の手続きは済ませた。
今日は仕事終わりにどこかへ届けられていることを願って探すつもりだ。
(居酒屋が開くのは夕方だもんね)
見つからなければ警察に遺失物届けを出さねばならない。
(……もしかしたら彼女たちの呪いかもしれない)
思い出したのは閉じたエレベータの扉の向こうに取り残された女の子。
ついでに気ままな王子様を思い出して三十路のシンデレラは深いため息を落とした。
※※※
携帯を落としてしまうなんて恐ろしい展開です (;゚Д゚)
ちゃんと見つかるのでしょうか。
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