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竹の檻
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夏の太陽が高く登り、やる気に満ちた蝉の声が聞こえ始める頃。
寝返りを打った菜月の背中で勢いよく襖が開かれた。
次いで響いたのは――軽い足音。
近づいてきたそれは立ち止まることなく勢いよく布団に飛び乗った。
心地よい微睡は木っ端みじんに打ち破られた。
「ぐっ……えっ!?」
「なーつーきー、起きてっ」
手荒な目覚まし時計は電子音の代わりに甲高い声を響かせ、ばふばふと布団を叩く。
返事は思わず漏れたカエルのような悲鳴。
まばゆさに目を細めた菜月の視界に飛び込んできたのは、ハーフアップに結い上げた明るい茶色の髪――アカリだ。
間延びした甲高い声は菜月の唸り声を無視して遊ぼう、と繰り返す。
「……重い! ……どいて」
菜月の訴えを聞くつもりはないらしい。
元はヌイグルミでも今は園児サイズの子供。飛び乗ってこられるとそれなりにダメージを受ける。
「やだ。遊ぼうって蝉が鳴いてるもん」
(鳴くかい!)
「ねーねー、お外行こうよ。蝉取りしよう!」
「……暑いし、やだ。……蝉、うるさいし」
「つまんなぁーい!」
「もう少し寝かせて……」
唸る菜月に癇癪を起したアカリが両手で布団を叩く。
薄い夏掛けなので叩かれると地味に痛い。
なにより上に乗ったままで、重い。
「……一人で行って」
「アカリは付喪だよ。だれかが一緒じゃないとお外に出れないもん」
(そうなんだ。そういうルールがあるのは知らなかったわ)
会話だけ聞けばほほえましいものだが、女子高生と付喪だ。
なにより体は慣れない一人旅と夜遊びで疲れて休息を求めている。
それにわざわざ菜月に訴えなくても暇そうな男がいるではないか。
「正太郎は?」
「仕事だって追い払われた。つまんなーい。やることなーい。退屈でアカリ死んじゃうー!」
ないない。退屈で死んだなど聞いたことがないので大丈夫だ。
それに有名な歌にもある。死なないし病気にもならない、と。
布団を引き上げて無視を決め込んだ。
が、怒ったアカリが布団の上で飛び跳ねて、たまらず情けない悲鳴が漏れた。
「起きて、起きて、起きて!」
元気がありあまるアカリの攻撃は容赦ない。
起きろと連呼されても上に乗られたままでは起き上がることもままならない。
「重い……っ!」
「遊ぼ、遊ぼ、遊ぼ! アカリがいなくなったら寂しいよ、菜月が泣いてもヨシヨシしてあげないからね」
(泣く年じゃないっ!)
「起きて! 起きないと怒るよ」
「うん。……眠い」
布団を引っ張って上に乗ったアカリを転がり落として二度寝を決め込んだ。
「つまんなぁいー」
それで引き下がる相手ではなかった。
カメのように手足をひっこめて布団をかぶった菜月に抗議するのだが、案外しつこい。
(痛いって……)
「――タキさんがお団子作るって言ってた」
ぴたりと布団を叩く手を止め、思い出したようにつぶやいた。
「お団子?」
おいしそうな話題に二度寝を決め込んだはずの腹の虫が目を覚まして耳を澄ます。
「うん。お勝手でなにかしてた」
(そういえば、お腹が空いたかも)
「ねーねー、アカリもお団子作りたい」
今度はお団子、お団子、と連呼が始まった。
すっかり目的が変わっている。
困ったことにひとたびお腹の虫が目覚めると寝付けない。
すっかり目が覚めてしまい、アカリをどけてしぶしぶと起き上がった。
「分かった……着替えるから先に行っといて」
すっかり機嫌を直したアカリを追い払って着替える――といってもシャツとデニムという代り映えのしないスタイル。
洗面所で顔を洗い、鏡をのぞき込むと疲れた顔の菜月がいる。
(昨日、いろいろあり過ぎたわ。……狐面は気味が悪かったし、あの女の人……)
頬を一撫でしてそっとため息を落とし、眼鏡をかけて寝癖を直す。
身支度を整えて居間へ行くと朝食を整えたタキさんが笑顔で迎えてくれた。
「ゆっくり眠れましたか?」
その手にある椀は湯気を上げる青菜と豆腐のみそ汁。
「本当はもう少しゆっくりしたかったけど、アカリにたたき起こされた」
「だって、つまんないもん」
口を尖らせるアカリの横で手を合わせて箸を取り上げた。
遅めの朝ご飯は焼き鮭と卵焼き、根菜の炊き合わせと夏野菜のサラダ。
それらを白いご飯と一緒に堪能する。
「正太郎はどこも連れて行ってくれないし、アカリは遊ぶのが仕事だもん」
「お盆は忙しいんです」
「つーまーんーなーいー」
「いつも通りその辺をウロウロしてなさい」
「ウロウロ飽きた~」
アカリは菜月の隣で座卓に顎を乗せて不満の声を垂れ流す。
目の前で日曜日の親子の会話を繰り広げているのは付喪と砂かけなんとか。
(平和っちゃ平和よね)
「そういえばお団子を作るって……?」
黙々と箸を動かし、みそ汁を平らげて問うた。
「お盆ですからね。ご飯を食べ終わったら一緒に作りましょうか」
やることもないので茶碗を片手にうなずくとアカリに急かされるように朝食を終えた。
寝返りを打った菜月の背中で勢いよく襖が開かれた。
次いで響いたのは――軽い足音。
近づいてきたそれは立ち止まることなく勢いよく布団に飛び乗った。
心地よい微睡は木っ端みじんに打ち破られた。
「ぐっ……えっ!?」
「なーつーきー、起きてっ」
手荒な目覚まし時計は電子音の代わりに甲高い声を響かせ、ばふばふと布団を叩く。
返事は思わず漏れたカエルのような悲鳴。
まばゆさに目を細めた菜月の視界に飛び込んできたのは、ハーフアップに結い上げた明るい茶色の髪――アカリだ。
間延びした甲高い声は菜月の唸り声を無視して遊ぼう、と繰り返す。
「……重い! ……どいて」
菜月の訴えを聞くつもりはないらしい。
元はヌイグルミでも今は園児サイズの子供。飛び乗ってこられるとそれなりにダメージを受ける。
「やだ。遊ぼうって蝉が鳴いてるもん」
(鳴くかい!)
「ねーねー、お外行こうよ。蝉取りしよう!」
「……暑いし、やだ。……蝉、うるさいし」
「つまんなぁーい!」
「もう少し寝かせて……」
唸る菜月に癇癪を起したアカリが両手で布団を叩く。
薄い夏掛けなので叩かれると地味に痛い。
なにより上に乗ったままで、重い。
「……一人で行って」
「アカリは付喪だよ。だれかが一緒じゃないとお外に出れないもん」
(そうなんだ。そういうルールがあるのは知らなかったわ)
会話だけ聞けばほほえましいものだが、女子高生と付喪だ。
なにより体は慣れない一人旅と夜遊びで疲れて休息を求めている。
それにわざわざ菜月に訴えなくても暇そうな男がいるではないか。
「正太郎は?」
「仕事だって追い払われた。つまんなーい。やることなーい。退屈でアカリ死んじゃうー!」
ないない。退屈で死んだなど聞いたことがないので大丈夫だ。
それに有名な歌にもある。死なないし病気にもならない、と。
布団を引き上げて無視を決め込んだ。
が、怒ったアカリが布団の上で飛び跳ねて、たまらず情けない悲鳴が漏れた。
「起きて、起きて、起きて!」
元気がありあまるアカリの攻撃は容赦ない。
起きろと連呼されても上に乗られたままでは起き上がることもままならない。
「重い……っ!」
「遊ぼ、遊ぼ、遊ぼ! アカリがいなくなったら寂しいよ、菜月が泣いてもヨシヨシしてあげないからね」
(泣く年じゃないっ!)
「起きて! 起きないと怒るよ」
「うん。……眠い」
布団を引っ張って上に乗ったアカリを転がり落として二度寝を決め込んだ。
「つまんなぁいー」
それで引き下がる相手ではなかった。
カメのように手足をひっこめて布団をかぶった菜月に抗議するのだが、案外しつこい。
(痛いって……)
「――タキさんがお団子作るって言ってた」
ぴたりと布団を叩く手を止め、思い出したようにつぶやいた。
「お団子?」
おいしそうな話題に二度寝を決め込んだはずの腹の虫が目を覚まして耳を澄ます。
「うん。お勝手でなにかしてた」
(そういえば、お腹が空いたかも)
「ねーねー、アカリもお団子作りたい」
今度はお団子、お団子、と連呼が始まった。
すっかり目的が変わっている。
困ったことにひとたびお腹の虫が目覚めると寝付けない。
すっかり目が覚めてしまい、アカリをどけてしぶしぶと起き上がった。
「分かった……着替えるから先に行っといて」
すっかり機嫌を直したアカリを追い払って着替える――といってもシャツとデニムという代り映えのしないスタイル。
洗面所で顔を洗い、鏡をのぞき込むと疲れた顔の菜月がいる。
(昨日、いろいろあり過ぎたわ。……狐面は気味が悪かったし、あの女の人……)
頬を一撫でしてそっとため息を落とし、眼鏡をかけて寝癖を直す。
身支度を整えて居間へ行くと朝食を整えたタキさんが笑顔で迎えてくれた。
「ゆっくり眠れましたか?」
その手にある椀は湯気を上げる青菜と豆腐のみそ汁。
「本当はもう少しゆっくりしたかったけど、アカリにたたき起こされた」
「だって、つまんないもん」
口を尖らせるアカリの横で手を合わせて箸を取り上げた。
遅めの朝ご飯は焼き鮭と卵焼き、根菜の炊き合わせと夏野菜のサラダ。
それらを白いご飯と一緒に堪能する。
「正太郎はどこも連れて行ってくれないし、アカリは遊ぶのが仕事だもん」
「お盆は忙しいんです」
「つーまーんーなーいー」
「いつも通りその辺をウロウロしてなさい」
「ウロウロ飽きた~」
アカリは菜月の隣で座卓に顎を乗せて不満の声を垂れ流す。
目の前で日曜日の親子の会話を繰り広げているのは付喪と砂かけなんとか。
(平和っちゃ平和よね)
「そういえばお団子を作るって……?」
黙々と箸を動かし、みそ汁を平らげて問うた。
「お盆ですからね。ご飯を食べ終わったら一緒に作りましょうか」
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