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1次試験突破

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「グォ――ッ」
 と、いうイビキが響きわたっていた。


「3、3、4」のリズムでノックして、ラセン階段の頂上にあったトビラを抜けた。すると、夜空が見える部屋だった。


(今は夜なんだ)
 と、思いかけたが、ここはラセン階段の頂上ではあっても、図書館の頂上ではない。夜空が見えることがオカシイことに気づいた。


 どうやら魔法で作られた夜空のようだった。青黒く塗られた天井には、星々が燦然とかがやいていた。


 部屋の中央にはおおきな円卓が置かれていた。


 円卓を囲むようにして、座り心地の良さそうなイスが置かれていた。そのイスが何で出来ているのかわからなかったが、中には羊の毛が詰め込まれている気がした。


 イスにロオウを座らせた。ロオウは一言「ありがとう」だけ呟くと、死んだように眠ってしまった。


 歳が歳だけに、ホントウに死んでしまったのではないかと恐れたが、静かに寝息は立てていた。


 そのイスに座りこんで眠っているのは、ロオウだけではなかった。


 ヘイルータンより先に着いた男が、イスに深々と腰かけて眠っている。さきほどから部屋にひびくイビキの原因は、その男によるものだった。


 一度、そのイスに座ってしまったら、自分も眠りこんでしまいそうな気がして、ヘイルータンは立ったままでいることにした。
 ヘイルータンと同じく、マオやチータイも立ったままだった。


 チータイはヘイルータンのことを認めると、歩み寄ってきた。


「また会うことになるだろうとは思ってた」


「久しぶりだね」
 と、ヘイルータンはそう返した。


 半年前に書架下街に来たときに、「生半可な気持ちならやめたほうが良い」と言われたことを、ヘイルータンはいまでも覚えていた。根に持っているというわけじゃない。自分のどこが生半可なのだろうか……と、深く考えさせられたのだ。


「しかしジジィを背負って上がってくるとはな。ホントウなら、お前が1位だったはずなんだ。オレはお前がジジィを背負って階段を上がっているとき、その横を通り過ぎたんだ。気づいたか?」


「気づいてたし、ホントウの1位はオレじゃなくて、このオジイサンだよ」


「でも、休んでただろ」


「腰を痛めたんだってさ。もうけっこう歳みたいだし、仕方がないよ」


「この1次試験は、ルーン文字の解読能力だけを見るためのもんじゃない。書籍を探し出す能力。あらゆる国の言語への解読能力。長時間の集中力に自己管理。体力の有無だって問われてるんだ。そういう意味ではこのジジィは不合格だ」


「でも誰よりも早くにルーン文字を解読できたことは、評価されるべきだし、蔑ろにされて良い能力じゃない」


 ヘイルータンがそう言うと、チータイは鼻で笑った。


「たしかにルーン文字の解読は難解だ。難解だからこそ、このジジィの凄さがわかるんだろ。オレだってそれぐらいわかる」


「だったら……」
 と、口を開いたヘイルータンの言葉を、チータイは遮った。


「仮にこのジジィが合格したところで、どうやって魔術師になるって言うんだ。いちいちラセン階段で腰を痛めるヤツが、魔術師になんかなれるものかよ。入館試験ってのはそこがゴールじゃないんだ。そこからが始まりなんだ」


「でも60年も、入館試験のために勉強してきたんだ」


「そんなの言い訳にはならねェさ。人生を費やして、それでも落っこちるヤツがほとんどなんだから」


 チータイは無造作に伸ばしているアサギ色の髪を乱暴にかき乱していた。メガネの奥から鋭い目をヘイルータンに向けてきた。


「怒ってるのか?」
 チータイの怒気を察して、そう尋ねた。


「ああ。怒ってるよ。オレはお前に負けたんだ。負けたのに、オレのほうが先に到着した。バカにされたような気分だ。オレは自分のことだけで手一杯だったって言うのに、お前は他人の心配までしてやがる」


「チータイはどうやって、隠された書籍を探し出したんだ?」


 ふと気づいてヘイルータンはそう尋ねた。


 書籍を探し出す能力も要求されているとチータイは言った。ヘイルータンは大魔導師の視線を覚えていたから、それを頼りに探り当てることが出来たのだ。


 他人の視線を覚えるという芸当が、ふつうの人に出来るとは思えなかった。これは偉大なカタツムリによって教わった読唇術の賜物なのである。


「オレはすぐにわかった。ここの書架は古い年代の本ほど下層に並べられてるんだ。上に行くほど新しい年代のものになる。ルーン文字で指定されたタイトルの本は有名なものだった。その本が作られた年代を覚えていたなら、簡単に見つけ出すことが出来る。ヘイルータンだって同じやり方で、見つけ出したんだろ?」


「……うん」
 と、ヘイルータンは答えあぐねで首肯した。


(そうだったんだ)


 チータイはその法則性に即座に気づいて、自力で1次試験を解決してきたのだ。


 大魔導師の視線を頼りにしたことは、なんだかズルい手を使ってしまった気がした。そしてそれはチータイへの申し訳なさにもつながった。


「まぁ良い。ここにいる連中が、特別に優秀なことには違いない。オレはそのなかに入ることが出来たんだ。見てみろよ。たったの6人だぜ。まだ7人目はやって来てない。きっと7人目が来るまであと2日はかかる」


 たしかに、夜空の見える部屋には6人しかいなかった。


 ふかふかのイスでくつろいでいるマオ。
 イビキをかいて眠っている浅黒い肌の大男。
 石像みたいに動かないブロンドの髪の女性。
 死んだように眠っているロオウ。
 そしてチータイとヘイルータンの6人だ。


「このなかに、自分が入ってるなんて信じられないよ」


「なに言ってやがる。謙遜もすぎると厭味に聞こえるぜ。お前はホントウは1位通過だったんだから」


 ダアゴはこの図書館から、1冊だけ書籍を盗み出した。洞窟に照明をもたらす魔法だ。だからダアゴが使える魔法は、それだけだった。


 ホントウは他にも魔法書を隠し持っていたのかもしれない。そしてヘイルータンに、試験に合格する魔法をかけたに違いない。そうでなくては3年しか勉強していない自分が、1次試験を突破できた説明がつかない。


 不意にチータイは手を差し出してきた。


「なに?」


「握手だよ。オレは半年前にお前に生半可な気持ちならやめとけ――って言った。でもオレは負けた。お前は優秀な魔術師になる。2次試験も突破しろよ」


「うん」


 書架の法則性を見抜けなかった自分に、この握手に応じる資格はない気がした。拒否するのは失礼だと思った。その手を握り返した。チータイの手は、異様にゴツゴツしていた。きっとペンダコによるものだ。
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