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木材マテリアルを基調として部屋になっている。ノウノは四脚椅子に腰かけて、窓の外を見つめていた。
窓の向こう。
草原が広がっている。
風が吹くたびに、草木が揺れているのが見て取れる。風を感じたいなと思って、窓を開けた。
青葉若葉を吹き抜けて、めくるめく青々とした香りが、部屋のなかに入り込んできた。
「ほれ、出来たぞ」
キッチンから、エダがワンホールのチョコレートケーキを運んで来てくれた。
机の上にケーキが置かれる。
「さすがエダね。料理もできるなんて」
「この世界で、吾輩に出来ぬことなど、何ひとつないわ。なにせ、魔女じゃからな」
手術によって意識モデルを完治したエダは、いまやエルシノア嬢のアバターで生きている。
ノウノも、エダに作ってもらったモデルを使って生活していた。
この家は、エダが買ったものだ。すこし街道を歩いて行けば、西洋の城塞都市のような街が建造中である。
まだ建造途中だが、ダンジョンのようなものも作る予定だそうだ。VDOOLバトルだけでなくて、新しい競技も考えているのだとのことだ。
「いただきまーす」
と、ノウノはチョコレートケーキを、フォークで削り取った。すくいあげて、口のなかに運ぶ。
「どうじゃ?」
エダはノウノの正面に座っていた。やや前のめりになって、上目使いをおくってくる。あまりの美貌に、ちょっとドキッとしてしまう。
「学園で食べてたのと全然違う。断然美味しい」
「あんな量産食といっしょにするでないわ。オヌシの味覚に合わせて、調整してあるからな」
と、エダは得意気に言った。
魔女の恰好が気に入ったのか、まだ魔女の恰好をしていた。
「ロジカルンは終わったけど、意外と世界はなんとかなってるね」
「混乱が起きぬように、後始末を株式会社エモーションに頼んでおいたからな。学園のほうでも、相変わらずVDOOLバトルは盛んみたいじゃ」
「ふぅん」
「オヌシは、学園に戻らなくとも良いのか? せっかく300万もフォロワーを集めたのに」
「うん。なんか疲れちゃったから。それより、こうしてノンビリ過ごしたい気分」
ノウノが持っていた300万オーバーのアカウントは動かしていない。
動いていないから、フォロワーは少しずつ減りはじめている。あまり気にしないようにしている。300万のフォロワーよりも、エダと暮らしているほうが不思議と落ちつく。
「ノンビリ過ごすのも良かろう。そのとき、もし人生に飽きて来ることがあれば、子供を残せば良い」
「エダは飽きないの?」
「吾輩はずっと生きていたいからな」
「やっぱり、人によって考え方が違うのね」
「意識モデルの差じゃろう。さっさと人生に飽きてしまう者もいれば、永遠に長生きしたい者もいる。フォロワーを集めることに執心してるヤツもいれば、さっさと隠居してしまったヤツもいる」
「私のこと?」
「実質、隠居みたいなもんじゃろうが」
「まあ、そうかも。でも、たまにクリナも遊びに来るし、また機会があれば何かしても良いけどね」
「そうじゃな。また世界に面白いことがあれば、吾輩も顔を出すとしようかな」
「エダは隠居しておいたほうが良いんじゃない? なんていうか、また世間を騒がせることになりそうだし」
「なんじゃ失礼な。世間を騒がせたのは、吾輩ではなくて、ロジカルンではないか」
と、エダは頬をふくらませて、子供みたいにそっぽを向いた。
「いやまぁ、そうなんだけどさ」
と、ノウノは苦笑した。
カメラ小僧のアバターだったときは、もっと老獪なイメージだった。が、こうしてエルシノア嬢のアバターであるエダと接していると、なんだかノウノと同じぐらいの小娘に思えてくる。
「しかし、オヌシは上手く切り抜けたな。フォロワーも集めたし、吾輩の要望通り、ロジカルンも引っ張り出したし」
「運が良かったのかも」
「一度ぐらいは炎上するかと思うたんじゃがな」
「そんなこと思ってたの?」
「じゃから、ロー・ミートと名付けた。炎上したらコンガリ肉になるじゃろうが」
「えー。あのクソダサ企業名は、そういう考えだったわけ?」
「まぁ、結局、その洒落を使う機会はなかったがな」
と、エダは喉を鳴らすようにして、くっくっくっ、と笑っていた。
エダは頬杖を突いて、にんまりと笑ってノウノのことを見つめてきた。
透き通った青い瞳に見つめられて、ノウノは緊張した。
チョコレートケーキに集中できない。
「なによ、その目は」
「いや。なんだか娘ができたような気分じゃと思うてな」
「私が?」
「ロジクも、こんな気持ちだったのやもしれんな」
「たしかに、ロジクさんは女王のことを娘だと思ってる――って言ってたわ」
ロジカルンが解体されて、ロジカルンのVDOOLたちはいろんな企業に散っていったようだ。
アルファとベェタのふたりは、エモーションに入ったと聞いている。
女王がどうなったのかは知らない。風のうわさだが、クロの所属しているフェンネルという企業に入ったとか聞いている。
もしかすると、クロと二人で仲良くやっているのかもしれない。
当人であるロジクはというと、3ヵ月の垢BANが課されたと聞いている。
「楽しいひと時じゃった。バイナリー・ワールドの紡ぐ長い時間の、わずか一幕じゃったがな。さて吾輩はちょっと、散歩にでも行こうかのぉ」
「あ、待ってよ。私も行くから」
あわててチョコレートケーキをかきこんだ。ちゃんと味わって食わぬか、とエダはノウノのことを叱った。
ノウノは部屋の隅に目をやった。
そこには2体のアバターが並んで腰かけている。
ノウノがかつて着用していたウサギの着ぐるみと、カメラ小僧のアバターである。
2つのアバターは、互いの頭を寄せ合うようにしていた。「ESTEEM」に代わる、数値に表せぬ温もりが、ノウノの胸裏に満ちたような気がした。《了》
窓の向こう。
草原が広がっている。
風が吹くたびに、草木が揺れているのが見て取れる。風を感じたいなと思って、窓を開けた。
青葉若葉を吹き抜けて、めくるめく青々とした香りが、部屋のなかに入り込んできた。
「ほれ、出来たぞ」
キッチンから、エダがワンホールのチョコレートケーキを運んで来てくれた。
机の上にケーキが置かれる。
「さすがエダね。料理もできるなんて」
「この世界で、吾輩に出来ぬことなど、何ひとつないわ。なにせ、魔女じゃからな」
手術によって意識モデルを完治したエダは、いまやエルシノア嬢のアバターで生きている。
ノウノも、エダに作ってもらったモデルを使って生活していた。
この家は、エダが買ったものだ。すこし街道を歩いて行けば、西洋の城塞都市のような街が建造中である。
まだ建造途中だが、ダンジョンのようなものも作る予定だそうだ。VDOOLバトルだけでなくて、新しい競技も考えているのだとのことだ。
「いただきまーす」
と、ノウノはチョコレートケーキを、フォークで削り取った。すくいあげて、口のなかに運ぶ。
「どうじゃ?」
エダはノウノの正面に座っていた。やや前のめりになって、上目使いをおくってくる。あまりの美貌に、ちょっとドキッとしてしまう。
「学園で食べてたのと全然違う。断然美味しい」
「あんな量産食といっしょにするでないわ。オヌシの味覚に合わせて、調整してあるからな」
と、エダは得意気に言った。
魔女の恰好が気に入ったのか、まだ魔女の恰好をしていた。
「ロジカルンは終わったけど、意外と世界はなんとかなってるね」
「混乱が起きぬように、後始末を株式会社エモーションに頼んでおいたからな。学園のほうでも、相変わらずVDOOLバトルは盛んみたいじゃ」
「ふぅん」
「オヌシは、学園に戻らなくとも良いのか? せっかく300万もフォロワーを集めたのに」
「うん。なんか疲れちゃったから。それより、こうしてノンビリ過ごしたい気分」
ノウノが持っていた300万オーバーのアカウントは動かしていない。
動いていないから、フォロワーは少しずつ減りはじめている。あまり気にしないようにしている。300万のフォロワーよりも、エダと暮らしているほうが不思議と落ちつく。
「ノンビリ過ごすのも良かろう。そのとき、もし人生に飽きて来ることがあれば、子供を残せば良い」
「エダは飽きないの?」
「吾輩はずっと生きていたいからな」
「やっぱり、人によって考え方が違うのね」
「意識モデルの差じゃろう。さっさと人生に飽きてしまう者もいれば、永遠に長生きしたい者もいる。フォロワーを集めることに執心してるヤツもいれば、さっさと隠居してしまったヤツもいる」
「私のこと?」
「実質、隠居みたいなもんじゃろうが」
「まあ、そうかも。でも、たまにクリナも遊びに来るし、また機会があれば何かしても良いけどね」
「そうじゃな。また世界に面白いことがあれば、吾輩も顔を出すとしようかな」
「エダは隠居しておいたほうが良いんじゃない? なんていうか、また世間を騒がせることになりそうだし」
「なんじゃ失礼な。世間を騒がせたのは、吾輩ではなくて、ロジカルンではないか」
と、エダは頬をふくらませて、子供みたいにそっぽを向いた。
「いやまぁ、そうなんだけどさ」
と、ノウノは苦笑した。
カメラ小僧のアバターだったときは、もっと老獪なイメージだった。が、こうしてエルシノア嬢のアバターであるエダと接していると、なんだかノウノと同じぐらいの小娘に思えてくる。
「しかし、オヌシは上手く切り抜けたな。フォロワーも集めたし、吾輩の要望通り、ロジカルンも引っ張り出したし」
「運が良かったのかも」
「一度ぐらいは炎上するかと思うたんじゃがな」
「そんなこと思ってたの?」
「じゃから、ロー・ミートと名付けた。炎上したらコンガリ肉になるじゃろうが」
「えー。あのクソダサ企業名は、そういう考えだったわけ?」
「まぁ、結局、その洒落を使う機会はなかったがな」
と、エダは喉を鳴らすようにして、くっくっくっ、と笑っていた。
エダは頬杖を突いて、にんまりと笑ってノウノのことを見つめてきた。
透き通った青い瞳に見つめられて、ノウノは緊張した。
チョコレートケーキに集中できない。
「なによ、その目は」
「いや。なんだか娘ができたような気分じゃと思うてな」
「私が?」
「ロジクも、こんな気持ちだったのやもしれんな」
「たしかに、ロジクさんは女王のことを娘だと思ってる――って言ってたわ」
ロジカルンが解体されて、ロジカルンのVDOOLたちはいろんな企業に散っていったようだ。
アルファとベェタのふたりは、エモーションに入ったと聞いている。
女王がどうなったのかは知らない。風のうわさだが、クロの所属しているフェンネルという企業に入ったとか聞いている。
もしかすると、クロと二人で仲良くやっているのかもしれない。
当人であるロジクはというと、3ヵ月の垢BANが課されたと聞いている。
「楽しいひと時じゃった。バイナリー・ワールドの紡ぐ長い時間の、わずか一幕じゃったがな。さて吾輩はちょっと、散歩にでも行こうかのぉ」
「あ、待ってよ。私も行くから」
あわててチョコレートケーキをかきこんだ。ちゃんと味わって食わぬか、とエダはノウノのことを叱った。
ノウノは部屋の隅に目をやった。
そこには2体のアバターが並んで腰かけている。
ノウノがかつて着用していたウサギの着ぐるみと、カメラ小僧のアバターである。
2つのアバターは、互いの頭を寄せ合うようにしていた。「ESTEEM」に代わる、数値に表せぬ温もりが、ノウノの胸裏に満ちたような気がした。《了》
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