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二進数の魔女
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ノウノが女王を殴れば、女王も負けじと殴り返してくる。
女王が上段蹴りのために足を上げると、ノウノもそれを足で受け流す。
女王はたしかに優秀だった。そのアバターの性能も、意識モデルの性能も、ノウノと並ぶ。いや。むしろ意識モデルの面では、ノウノを勝っているかもしれない。
実際に数値にして測ったわけではない。ノウノの直観である。一言で運動神経といっても、そのパラメーターは多岐にわたるだろうと思う。
たとえば、3次元空間把握能力が優れている場合もあるだろうし、反射神経が優れている場合もあるだろうし、未来予測が優れている場合もあるだろう。
どこがどう優れているか、どこがどう劣っているのかまでは、判別できない。
ノウノの長所は、反応速度だ。
目で見て、その動きを追い、反応することが出来る。
すこしずつ女王の動きが、わかるようになってきた。あるいは女王の動きが鈍りはじめているのか?
いずれにせよ、気持ちと気持ちのぶつかり合いなのだ、と時代錯誤なことをノウノは思った。
すこし視線をそらす。
クロが、アルファとベェタのふたりを抑え込んでくれている。
やっぱりクロは強い。あの二人を完封している。
クロには、嫁さがしという目的がある。アルファとベェタは、ロジクに愛されたいというようなことを言っていた。
そのロジクはというと、カウンターテーブルに腰かけて、ワイングラスを手に持っている。
ロジクはこの世界の秩序を守りたいのだと言っていた。
みんな、それぞれ何かしらの思いがある。この人工知能の魚の泳ぐバーのなかに、各々の感情が渦巻いているのだと思った。
目の前。
女王が組み付いてくる。
ノウノもそれを受け止めた。女王がノウノの額に頭突きをくらせてきた。意識がぐわんと歪んだ。せっかくエダが作ってくれたアバターが傷つけられたのではないかと思うと、腹が立った。
こいつにだけは絶対に負けたくないという憤怒がこみあげてきた。
偉そうに、上から見下ろしてやがって。こっちは24社も落ちて来てるのだ。辛酸を味わったノウノに、エダはチャンスを与えてくれたのだ。
エダが開発したこのアバターを傷つける者は許せない。
「舐めんなッ」
と、ノウノも頭突きを仕返してやった。
ノウノに組み付いているノウノのチカラがふっと弱まった。
チャンスだ。ノウノは渾身のチカラを込めて、女王の顔面を殴りつけた。女王のカラダが、カウンターテーブルめがけて吹っ飛んだ。カウンターテーブルが激しいノイズを発生させていた。
女王は立ち上がらない。弛緩したように座り込んでいた。
……ぱちぱちぱち。
ロジクは女王をかばうように前に出て、手を叩きはじめた。
「見事だ。私の娘を負かすとは。ますます、君をただで帰すわけにはいかない。この世界に、女王を超える存在がいることは、許されない」
「もう帰らしてもらいますよ。ロジカルンの不正を、さっさとポストしなくちゃ」
アルファとベェタのほうも、クロの発生させているディスプレイに囲まれて動けなくなっていた。
この一部始終は記録してある。
エダにこのデータを渡せば、どうにかしてくれるだろう。
「いいや。これでチェックメイトだ」
と、ロジクはパチンと指を鳴らした。
チン。
エレベーターの音が鳴った。
扉が開く。大量のアバターがなだれ込んできた。なだれ込んできたアバターのなかには、ノウノの知っている者もいた。あの蛇女の双子である。
「これは?」
「うちのVDOOLたちを招集したのだ。ここで君を始末するために」
「さすがに数が多いわね」
おおよそ20人といったところか。20人も相手にするのは、さすがにノウノでもキツいものがある。
しかも、女王と戦ったあとだ。頭突きをくらったせいで、まだわずかに視界がくらむ。
「たしかに能力では負けたかもしれない。君は素晴らしい能力を持っている。しかし、企業のチカラには勝てやしないのだよ」
ロジクはそう言うと、女王のことを抱え上げていた。
絶対絶命かと思った。
刹那。
建物に異変が生じていた。バーの壁の1面が、溶けはじめていた。
殴っても蹴っても、ノイズしか発生しないはずの壁面が、溶けているのだ。
「な、なに?」
と、ノウノが声をあげると同時に、
「何事だッ」
と、ロジクも怒鳴っていた。
どうやらロジクが仕掛けたことではないらしかった。あんた? とノウノはクロに尋ねてみた。クロの仕業でもない、とのことだった。
普通じゃない。
壁が崩れないのは、世界のコードがそう記述されているからだ。
壁が解けるということは、何かしらのチカラが世界に干渉している、ということである。
妙な溶け方だった。壁からは蒸気が発せられるかのように、「0」と「1」が立ち昇っていた。蒸発した「0」と「1」は空気中に溶けるかのように霧散していく。
壁に穴が開き、外の光が差し込んでくる。バーのなかは、まるで夜のように暗かった。突如として差し込んできた陽光に、「うわっ、まぶしっ」とノウノは目元を手で覆った。
何度か瞬きをして、瞳孔を光に慣らす。
何かが、浮いていた。
ここはビルの5階のはずだ。逆光になっていて、ハッキリとは見えない。シルエットだけ、わずかに見て取ることが出来た。
なんだ?
ホウキにまたがり、トンガリ帽子をかぶった……魔女?
「よくやった。さすがは吾輩の見込んだ娘じゃ。ロジカルンをここまで追い詰めるとはな」
「その声……」
「間に合って良かった」
魔女は開いた壁から、バーのなかに入ってきた。ホウキから降りて、ノウノの隣に立った。トンガリ帽子。白銀色の長い髪の毛。アクアマリンのような青みがかった瞳。
「エルシノア嬢?」
「こうなるやもしれぬと思って、昔の身体を引っ張り出して来た。スペアを残しておいて良かったわ。どうじゃ? 魔女と呼ばれているらしいから、それっぽい恰好をして来たが」
と、エルシノア嬢は、くるりとその場で回転して見せた。
黒い外套がふわりと花開く。
「エダなの?」
「アバターを変えて来たがな」
やはり脱獄していたか、この魔女め――とロジクが吠えた。「まとめて破壊しろッ」と、ロジクが指示を出した。魔女の登場で、唖然としていたロジカルンのVDOOLたちが我にかえったように襲いかかってきた。
「いくら束になったところで同じじゃ。この世界で吾輩に勝てると思うな」
エダはそう言うと、人差し指を立てた。その指先からは、炎の球体が渦巻いていた。火球とでも言うべきか。
エダが、火球を飛ばす。
VDOOLの群れの先頭にいた蛇女に、火球は当たって爆発を起こした。爆発が周囲のVDOOLたちを吹き飛ばしていた。室内に火が燃え移り、黒煙がたちのぼっていた。
「バカな……。なんだそのチカラは? この世界の物理法則に則さない。魔法など、この世界には存在しない!」
「世界の法則が、吾輩に通用すると思うでないわ。小童が」
「魔女め!」
「この状況は、すでにセキュリティ会社や株式会社エモーションに知らせてある。配信もしておる。ロジカルンの不正はいま、白日のもとに晒された。終わりじゃな」
「バカな……」
「楽園に王は要らぬ」
エダはそう言うと、ノウノの腰に手をまわして、身体を抱き寄せてきた。おわっ、と思った。エダの顔が近い。あのカメラ小僧の顔ではない。自然なRGB値の肌理細かい肌。整った顔立ち。透き通るアルファ値の瞳。なんて美しい造形なのだろうか。これが――私の憧れた――エルシノア嬢。
それになんだか良い匂いがする。花の香りのようだ。ちょっとドキドキする。心臓が不思議な鼓動を奏でていた。
エダは、ノウノのことを抱えたまま、ホウキにまたがった。ふわりと浮かび上がる。
「え、ちょっと……」
「後ろに乗って、背中につかまっておれ」
「う、うん」
エダと同じようにホウキにまたがり、エダの背中につかまった。そのままビルから飛び出して、空中に浮かび上がる。
地面が遠い。
落っこちたら大変だと思って、ノウノはエダの背中をさらに強くつかんだ。
「午後から雨だって聞いてたんだけど……」
空。
雲ひとつない青が、空に広がっていた。
「たまには、予報が外れても良かろう」
と、エダは言った。
何かしたのだろうか?
振り返る。
壁が溶けたビルの一室にて、女王を抱いたままロジクが立っているのが見えた。
ビルの足元には多くの人たちが詰めかけているのが見える。セキュリティ会社だろうか。それとも野次馬だろうか。クロを残してきたが、大丈夫だろうか? まあ、クロなら大丈夫だろうと思った。
「すごい騒ぎになってる」
「当然じゃ。女王戦の前に、ロジカルンがオヌシを葬ろうとしたことを、SNSにアップしたんじゃからな。大騒ぎじゃぞ」
と、エダはこの状況を楽しむように言って、一呼吸おいて、言葉をつづけた。
「世話になったの。ノウノ」
「え?」
「ロジカルンの不正を引きずり出してくれたではないか」
「まあ、最初からそういう約束だし。私も、このアバターのおかげで、けっこう良い思いさせてもらったしね」
約束は、果たした。
ただ、これで良かったのだろうか、という思いはあった。
ロジクは世界の秩序を保とうとして尽力していたのだろう。
ロジカルンの不正が暴かれた今。世界が今後どうなるのか、ノウノにはわからない。
それにしても――。
「エダは大丈夫なの? その姿になって」
「少し無理はしたな。ちょっと格好つけすぎたやもしれぬ」
ロジカルンへの復讐という目的はあったが、エダは長生きしたいというようなことも言っていた。死ぬことは、本望ではないだろう。なら、どうして無理をしたのか。ノウノのことを助けるために、無理をしたのだろう。「ESTEEM」とは違う。また別の種類の喜びが、ノウノのなかに満ちるのがわかった。
喜悦や悦楽といった言葉では表現できない、生温かい感情だった。
抱きしめているエダの背中のぬくもりが、ノウノのなかに沁みこんでくるかのようだった。
「どこかで降りて、休んだほうが良いんじゃない?」
「株式会社エモーションの屋上まで飛ぶ。そこにクリナが待っておる」
「クリナが? どうして?」
「ロジカルンが失墜した後始末を、株式会社エモーションに頼んである。ロジカルンが失墜したとなると、吾輩も素性をさらすことができるゆえ、吾輩の手術も頼んである」
「そっか。これまで指名手配犯だったもんね」
「まあの」
と、エダは肩をゆすって笑った。
笑い声の振動が、ノウノにも伝わってきた。
ホウキの行く先――。
ビルの屋上にて、クリナが手を振っているのが見えた。
女王が上段蹴りのために足を上げると、ノウノもそれを足で受け流す。
女王はたしかに優秀だった。そのアバターの性能も、意識モデルの性能も、ノウノと並ぶ。いや。むしろ意識モデルの面では、ノウノを勝っているかもしれない。
実際に数値にして測ったわけではない。ノウノの直観である。一言で運動神経といっても、そのパラメーターは多岐にわたるだろうと思う。
たとえば、3次元空間把握能力が優れている場合もあるだろうし、反射神経が優れている場合もあるだろうし、未来予測が優れている場合もあるだろう。
どこがどう優れているか、どこがどう劣っているのかまでは、判別できない。
ノウノの長所は、反応速度だ。
目で見て、その動きを追い、反応することが出来る。
すこしずつ女王の動きが、わかるようになってきた。あるいは女王の動きが鈍りはじめているのか?
いずれにせよ、気持ちと気持ちのぶつかり合いなのだ、と時代錯誤なことをノウノは思った。
すこし視線をそらす。
クロが、アルファとベェタのふたりを抑え込んでくれている。
やっぱりクロは強い。あの二人を完封している。
クロには、嫁さがしという目的がある。アルファとベェタは、ロジクに愛されたいというようなことを言っていた。
そのロジクはというと、カウンターテーブルに腰かけて、ワイングラスを手に持っている。
ロジクはこの世界の秩序を守りたいのだと言っていた。
みんな、それぞれ何かしらの思いがある。この人工知能の魚の泳ぐバーのなかに、各々の感情が渦巻いているのだと思った。
目の前。
女王が組み付いてくる。
ノウノもそれを受け止めた。女王がノウノの額に頭突きをくらせてきた。意識がぐわんと歪んだ。せっかくエダが作ってくれたアバターが傷つけられたのではないかと思うと、腹が立った。
こいつにだけは絶対に負けたくないという憤怒がこみあげてきた。
偉そうに、上から見下ろしてやがって。こっちは24社も落ちて来てるのだ。辛酸を味わったノウノに、エダはチャンスを与えてくれたのだ。
エダが開発したこのアバターを傷つける者は許せない。
「舐めんなッ」
と、ノウノも頭突きを仕返してやった。
ノウノに組み付いているノウノのチカラがふっと弱まった。
チャンスだ。ノウノは渾身のチカラを込めて、女王の顔面を殴りつけた。女王のカラダが、カウンターテーブルめがけて吹っ飛んだ。カウンターテーブルが激しいノイズを発生させていた。
女王は立ち上がらない。弛緩したように座り込んでいた。
……ぱちぱちぱち。
ロジクは女王をかばうように前に出て、手を叩きはじめた。
「見事だ。私の娘を負かすとは。ますます、君をただで帰すわけにはいかない。この世界に、女王を超える存在がいることは、許されない」
「もう帰らしてもらいますよ。ロジカルンの不正を、さっさとポストしなくちゃ」
アルファとベェタのほうも、クロの発生させているディスプレイに囲まれて動けなくなっていた。
この一部始終は記録してある。
エダにこのデータを渡せば、どうにかしてくれるだろう。
「いいや。これでチェックメイトだ」
と、ロジクはパチンと指を鳴らした。
チン。
エレベーターの音が鳴った。
扉が開く。大量のアバターがなだれ込んできた。なだれ込んできたアバターのなかには、ノウノの知っている者もいた。あの蛇女の双子である。
「これは?」
「うちのVDOOLたちを招集したのだ。ここで君を始末するために」
「さすがに数が多いわね」
おおよそ20人といったところか。20人も相手にするのは、さすがにノウノでもキツいものがある。
しかも、女王と戦ったあとだ。頭突きをくらったせいで、まだわずかに視界がくらむ。
「たしかに能力では負けたかもしれない。君は素晴らしい能力を持っている。しかし、企業のチカラには勝てやしないのだよ」
ロジクはそう言うと、女王のことを抱え上げていた。
絶対絶命かと思った。
刹那。
建物に異変が生じていた。バーの壁の1面が、溶けはじめていた。
殴っても蹴っても、ノイズしか発生しないはずの壁面が、溶けているのだ。
「な、なに?」
と、ノウノが声をあげると同時に、
「何事だッ」
と、ロジクも怒鳴っていた。
どうやらロジクが仕掛けたことではないらしかった。あんた? とノウノはクロに尋ねてみた。クロの仕業でもない、とのことだった。
普通じゃない。
壁が崩れないのは、世界のコードがそう記述されているからだ。
壁が解けるということは、何かしらのチカラが世界に干渉している、ということである。
妙な溶け方だった。壁からは蒸気が発せられるかのように、「0」と「1」が立ち昇っていた。蒸発した「0」と「1」は空気中に溶けるかのように霧散していく。
壁に穴が開き、外の光が差し込んでくる。バーのなかは、まるで夜のように暗かった。突如として差し込んできた陽光に、「うわっ、まぶしっ」とノウノは目元を手で覆った。
何度か瞬きをして、瞳孔を光に慣らす。
何かが、浮いていた。
ここはビルの5階のはずだ。逆光になっていて、ハッキリとは見えない。シルエットだけ、わずかに見て取ることが出来た。
なんだ?
ホウキにまたがり、トンガリ帽子をかぶった……魔女?
「よくやった。さすがは吾輩の見込んだ娘じゃ。ロジカルンをここまで追い詰めるとはな」
「その声……」
「間に合って良かった」
魔女は開いた壁から、バーのなかに入ってきた。ホウキから降りて、ノウノの隣に立った。トンガリ帽子。白銀色の長い髪の毛。アクアマリンのような青みがかった瞳。
「エルシノア嬢?」
「こうなるやもしれぬと思って、昔の身体を引っ張り出して来た。スペアを残しておいて良かったわ。どうじゃ? 魔女と呼ばれているらしいから、それっぽい恰好をして来たが」
と、エルシノア嬢は、くるりとその場で回転して見せた。
黒い外套がふわりと花開く。
「エダなの?」
「アバターを変えて来たがな」
やはり脱獄していたか、この魔女め――とロジクが吠えた。「まとめて破壊しろッ」と、ロジクが指示を出した。魔女の登場で、唖然としていたロジカルンのVDOOLたちが我にかえったように襲いかかってきた。
「いくら束になったところで同じじゃ。この世界で吾輩に勝てると思うな」
エダはそう言うと、人差し指を立てた。その指先からは、炎の球体が渦巻いていた。火球とでも言うべきか。
エダが、火球を飛ばす。
VDOOLの群れの先頭にいた蛇女に、火球は当たって爆発を起こした。爆発が周囲のVDOOLたちを吹き飛ばしていた。室内に火が燃え移り、黒煙がたちのぼっていた。
「バカな……。なんだそのチカラは? この世界の物理法則に則さない。魔法など、この世界には存在しない!」
「世界の法則が、吾輩に通用すると思うでないわ。小童が」
「魔女め!」
「この状況は、すでにセキュリティ会社や株式会社エモーションに知らせてある。配信もしておる。ロジカルンの不正はいま、白日のもとに晒された。終わりじゃな」
「バカな……」
「楽園に王は要らぬ」
エダはそう言うと、ノウノの腰に手をまわして、身体を抱き寄せてきた。おわっ、と思った。エダの顔が近い。あのカメラ小僧の顔ではない。自然なRGB値の肌理細かい肌。整った顔立ち。透き通るアルファ値の瞳。なんて美しい造形なのだろうか。これが――私の憧れた――エルシノア嬢。
それになんだか良い匂いがする。花の香りのようだ。ちょっとドキドキする。心臓が不思議な鼓動を奏でていた。
エダは、ノウノのことを抱えたまま、ホウキにまたがった。ふわりと浮かび上がる。
「え、ちょっと……」
「後ろに乗って、背中につかまっておれ」
「う、うん」
エダと同じようにホウキにまたがり、エダの背中につかまった。そのままビルから飛び出して、空中に浮かび上がる。
地面が遠い。
落っこちたら大変だと思って、ノウノはエダの背中をさらに強くつかんだ。
「午後から雨だって聞いてたんだけど……」
空。
雲ひとつない青が、空に広がっていた。
「たまには、予報が外れても良かろう」
と、エダは言った。
何かしたのだろうか?
振り返る。
壁が溶けたビルの一室にて、女王を抱いたままロジクが立っているのが見えた。
ビルの足元には多くの人たちが詰めかけているのが見える。セキュリティ会社だろうか。それとも野次馬だろうか。クロを残してきたが、大丈夫だろうか? まあ、クロなら大丈夫だろうと思った。
「すごい騒ぎになってる」
「当然じゃ。女王戦の前に、ロジカルンがオヌシを葬ろうとしたことを、SNSにアップしたんじゃからな。大騒ぎじゃぞ」
と、エダはこの状況を楽しむように言って、一呼吸おいて、言葉をつづけた。
「世話になったの。ノウノ」
「え?」
「ロジカルンの不正を引きずり出してくれたではないか」
「まあ、最初からそういう約束だし。私も、このアバターのおかげで、けっこう良い思いさせてもらったしね」
約束は、果たした。
ただ、これで良かったのだろうか、という思いはあった。
ロジクは世界の秩序を保とうとして尽力していたのだろう。
ロジカルンの不正が暴かれた今。世界が今後どうなるのか、ノウノにはわからない。
それにしても――。
「エダは大丈夫なの? その姿になって」
「少し無理はしたな。ちょっと格好つけすぎたやもしれぬ」
ロジカルンへの復讐という目的はあったが、エダは長生きしたいというようなことも言っていた。死ぬことは、本望ではないだろう。なら、どうして無理をしたのか。ノウノのことを助けるために、無理をしたのだろう。「ESTEEM」とは違う。また別の種類の喜びが、ノウノのなかに満ちるのがわかった。
喜悦や悦楽といった言葉では表現できない、生温かい感情だった。
抱きしめているエダの背中のぬくもりが、ノウノのなかに沁みこんでくるかのようだった。
「どこかで降りて、休んだほうが良いんじゃない?」
「株式会社エモーションの屋上まで飛ぶ。そこにクリナが待っておる」
「クリナが? どうして?」
「ロジカルンが失墜した後始末を、株式会社エモーションに頼んである。ロジカルンが失墜したとなると、吾輩も素性をさらすことができるゆえ、吾輩の手術も頼んである」
「そっか。これまで指名手配犯だったもんね」
「まあの」
と、エダは肩をゆすって笑った。
笑い声の振動が、ノウノにも伝わってきた。
ホウキの行く先――。
ビルの屋上にて、クリナが手を振っているのが見えた。
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