人類は仮想世界に移住しました。最強のアバターを手にいれたので、無双します

新人賞落選置き場にすることにしました

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2次選考終了

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 湖面に浮かぶアルファとベェタは、ロジカルンの技術者たちに回収されていった。数日あとには、ふたりとも復帰するだろう。


 ノウノはしばらく湖の上にたたずんでいた。


 湖畔。
 よく見るとクロが手を振っていた。


 クロの肩には、エダが乗っている。ノウノは湖から上がった。靴を脱いだままだ。濡れた足に、土砂の潰れる感触が伝わってきた。ずっと湖に足をつけていたからか、足先がすこし冷える。


「よくやった。オヌシならば、無事に通過できると信じておった」
 と、エダはそう言うと、クロの肩から、ノウノの肩に乗り移った。


「余裕余裕」


「世界はオヌシの話題で持ちきりじゃぞ」


 エダはディスプレイを表示して見せた。目で追うことが出来ないぐらいの速度で、コメントが投稿されていた。
 記事もどんどん投稿されている。「魔女の隠し子、エルシノアの再来」「ロジカルンの危機か? 国家技術の衰退か?」「女王戦に高まる注目」……そういった言葉が散見された。


 ノウノのフォロワーもさらに増加している。ついに300万を突破していた。女王に肉薄している。


「300万人か……」


「このバイナリー・ワールドの人口は、現在おおよそ528万人。全人類の半分以上が、オヌシのフォロワーじゃな」


「へぇ」


 ノウノは、ぼーっとディスプレイを見つめた。


「なんじゃ? もっと喜んだらどうじゃ? オヌシはインフルエンサーになりたかったんじゃろうが」


「人類の半分以上が私のことを見てるのかと思うと、なんだか緊張してきちゃって」


「この2次選考も配信されていたが、音声に一部ノイズが走っておって、よく聞き取れんかった」


「ノイズ?」


「オヌシがアルファとしゃべっていたときの会話じゃな。エルシノア嬢がBANされた理由を、オヌシが話したじゃろう」


「うん」


「配信されるのは不味いとロジカルンが判断したんじゃろう」


「エルシノア嬢をBANした理由は、やっぱり隠したいんだね」


「まあ、女王を超えたらBANされるなんて、知られたら暴動でも起きかねんからな」


「暴動か……」


 クロはどこまで知っているのだろうか?
 エダからすこしは事情を聞いたのか、べつに驚いている様子はなかった。


「女王とのバトルは、1週間後じゃ。それまでに出来るだけのことをしておきたい。バトルで破損した場所はないか?」


「たぶん大丈夫。傷つけないように、大事に使ってるからね。この身体」


「修理の手間がはぶけて、ありがたい。しかし念のため、この1週間のあいだに、アバターの最終調整を行う」


「メンテナンスかぁ。あれけっこう面倒なのよねぇ」


「寝てるだけじゃろうが」


「それが面倒なのよ」


「最後の最後で足元をすくわれるかもしれん。気の引き締めどころじゃ」


「まあね」


「オヌシも用心しておけよ。ノウノ」


 エダはおそらく何気なく、ノウノの名前を呼んだのだろう。だが、エダにノウノと呼ばれて、すこしくすぐったい気持ちになった。
 エダが親しげに、ノウノの名前を呼ぶのは、これがはじめてであるような気がした。


「何が?」


「この1週間。もしかすると、ロジカルンは先手を打ってくるかもしれん」


「先手って、何かしてくるの?」


「さあな。さすがに、どんな手を使ってくるかは、わからん。何もして来ないかもしれん。ただ、ヤツらは女王のためならば、手段を選ばんじゃろうからな。そのために、こやつを護衛としてつけておく」
 エダはそう言うと、小枝のような指で、クロのことを指差した。


「護衛?」


「こやつには、あらかた事情を説明してある。オヌシの護衛も、喜んで引き受けてくれる、とのことじゃ」


「べつに護衛なんて、要らないけど」


「物理的な戦いであれば、オヌシは勝てるかもしれん。しかし、クラッキングやウィルスといった、技術を駆使した攻撃に、オヌシは対処できんじゃろうが」


 よろしく、我が姫――と、クロはうやうやしく頭を下げた。


「信用できるの?」
 と、ノウノは、クロには聞こえないように、ささやくようにエダに尋ねた。


 クロのことは、あまり詳しくは知らないのだ。ノウノに協力的ではあるし、悪いヤツではない――とは思う。いや。違法アップロードをしているわけだから、悪いヤツではある。ノウノにとって、悪い影響をおよぼす人間ではない、という意味だ。


「こやつも、脛に傷を持つからな。どちらかというと、吾輩と似たような者じゃろう」


「まあ、そっか」


 エダがエルシノア嬢であることも、クロはすでに聞いたのだろう。エダが、エルシノア嬢である事実は、ノウノだけが知っていることだった。
 クロにも知られることで、秘密が破られたような、なんだか嫉妬に似たような感情をおぼえた。


「メンテナンスは明日からはじめる。吾輩はチッと疲れた。すこし休ませてもらう」
 エダはそう言うと、羽織っているマントで身をくるむようにした。


 エダの身体はマントに吸い込まれるようにして消えていった。
 この10日間。ノウノはほとんどずっとエダといっしょに過ごしてきた。エダから休みたいなんて言葉を聞くのは、はじめてのことだった。
 意識モデルが破損しているとのことだから、その影響かもしれない。


 クロと2人きりになる。
 すこし気まずい。


「ども」
 と、ノウノは小さく会釈した。


「緊張することはないだろう。俺たちは、すでに婚約を交わした仲じゃないか」


「いや。してないから」


 バトルのときは、クロのアバターを鑑賞している余裕はなかった。しかし今、こうして見てみると、悪い顔立ちではないな、と思う。


 旧棟で出会ったときは、どことなく陰気な印象を受けた。全身黒ずくめだから、そう感じたのかもしれない。


 こうして日の当たるところで会うと、またすこし印象が違う。ただの小ざっぱりした青年だ。


 クロはフェンネルという名前の企業のVDOOLらしい。女王の属しているロジカルンや、クリナの属しているエモーションほどの大企業ではないが、そこそこ名の知れた企業である。


「事情はすべて聞かせてもらった。まさかあのカメラ小僧が、エルシノア嬢だったとは、驚きだよ」


「そうよ。私がエルシノア嬢じゃないってわかったなら、もう結婚する気はないでしょ」


「いや。ますます俺は君が気に入った」


「は?」


「もうあのエルシノア嬢の意識モデルは駄目だ。とてもじゃないが、子孫を残せるような状態じゃない。でも、君が居れば充分だ。あのエルシノア嬢が見つけ出してきた逸材なんだ。俺は君が欲しい」


 クロは1歩、ノウノに詰め寄ってきた。


「あんまり強引に迫ってきたら、殴るわよ」


「おっと、それは怖い。姫に殴られたら、修理に3日はかかりそうだ」
 と、クロは肩をすくめた。


 本当に、この男が護衛で、大丈夫なんだろうか。
 不安になる。


 風が吹く。涼しい風がノウノの肌を撫で上げる。広葉樹の葉っぱが、湖に落ちてきた。湖に波紋が生じる。土と葉の匂いがする。このあたりはデフォルトのゴムの匂いがしない。足の泥を落として、ローファーを履きなおした。


「ねえ、エダって、そんな容態悪いの?」


「それは俺に聞かれてもわからないよ。意識モデルは複雑だからね。わかりやすく言うと、脳にダメージが入っているようなものだ。まぁ、良い状態とは言えないだろうね」
 と、クロはひょこひょこと、フードについている猫耳を動かした。
 自由に動かせるように、できているのだろう。


「そう……」


「遊びに行こうか」


 クロは唐突にそう言った。


「なに急に」

「2次選考を突破したお祝いだよ。それに、エダからも言われている。姫を気分転換させてやってくれ、ってね」


「エダがそう言ったの?」


「ああ。ずっと女王と戦うことだけを考えて、ここまで来たんだろう? エダは言っていたよ。ノウノには、申し訳ないことをした――ってね」


「エダが、そんなことを?」


 エダが言ったとは思えないセリフだ。それに、謝られるような心当たりもない。


「エルシノア嬢は、ロジカルンにBANされ、牢獄データベースに格納されていた。しかし脱獄して、復讐を誓ったわけだ。エダと名前を変え、技術を総結集して、そのアバターを作り上げた」


「うん」


「アバターを作り直したものの、エダにはもう、それを動かすだけの能力はなかった。利用できる手駒が必要だった。そこでエダが目をつけたのが、姫だ」


「わかってる。たしかに私はエダの手駒よ。だけど、私もそれを承知で受け入れてる。このアバターをくれたことを、むしろ感謝してるぐらいよ。おかげで300万のフォロワーも手に入ったし」


「姫の思いはさておき、エダは悪いと思っているんだろうさ」


「ふぅん」


 調子が悪いと言ったエダの言葉は、嘘かもしれないな、と思った。エダのその謝罪を、クロから伝えてもらうために、エダはわざと姿を消したのかもしれない。
 だとするなら、エダも少し可愛らしいところがある。


「どうする? 今日はもう疲れただろう。気分転換するなら明日、エスコートしよう。嫌なら、べつに構わないけど」


「わかった。明日、学園の玄関ホールで待ってる」


 べつに遊びに行く必要性は感じなかったが、エダが用意してくれた好意だというのなら、いただいておこうと思った。


 学園に戻る。
 ノウノが玄関ホールに入る。


 玄関ホールに満ちていた生徒たちのザワめきが、いっせいに途絶えた。吹き抜けになっている上層から、生徒たちがノウノのことを覗き込んでいた。


 この目線。どこかで見たことがある。そうだ。みんなが女王を見るときの目と同じなのだ。


 生徒たちが、ノウノに向ける目には、尊敬と憧憬がある。
 でも、それだけじゃない。畏怖がまじりはじめている。フォロワー数300万ともなると、周りの見る目も変わるのかもしれない。


 すこし寂しい気もする。もうモブとして、この学園に溶け込むことは出来ないのだ。


 インフルエンサーになることが夢だった。みんなからもっとチヤホヤされるもんだと思っていた。思い描いていた夢とは、すこし違う。視線を振り払うように、ノウノは階段を上がった。
 生徒たちは、ノウノのために道を開けた。


「私は部屋に戻るけど、クロはどうすんの? まさか部屋までいっしょに来ないよね」


「俺は旧棟のほうに戻るよ。安心したまえ。この学園のあちこちに、撮影プログラムを仕組んであることは知ってるだろう。姫がどこにいても、ちゃんと見守っているさ」


「部屋まで見てるんじゃないでしょうね」


「さすがに、そこまでは見てないよ。でも、安全は保障しよう」
 そう言い残すと、クロは立ち去った。


 ノウノも部屋に戻ることにした。疲れていたし、それに、この周囲からの目線も窮屈だった。


 2階にある、蛇の顔のドアノブのついた木造扉を開けた。石造りのまっすぐな廊下を進む。「待ってくださーい」と、後ろから声が追いかけてきた。振り返る。クリナだった。見知った顔と出会えて、ノウノは安心した。


「2次選考の突破。おめでとうございます。バトル。すごかったですよ」


「ありがと」


「この勢いで、本当に女王を倒しちゃいそうですね」


 あのさ……と、ノウノは切り出した。


「なんか、みんなの雰囲気がちょっと変じゃなかった? 私を見て緊張してたっていうか」


「そりゃあ緊張しますよぉ。だって、フォロワー数300万人ですよ。下手すりゃ時期女王だって可能性もありますし」


「やっぱり、そんな感じなのね」


「ノウノさんも、女王を前にすると、緊張するでしょ。威厳を感じるっていうか、なんかちょっと普通じゃない感じがするっていうか」


「なんとなく、それはわかるけどさ」


「それと同じですよ。みんなノウノさんを特別視してるんですよ。ノウノさんは編入してきて、また10日とちょっと何ですし。女王以上に得たいの知れないところがある――っていうか」


「不気味ってこと?」


「そう――ですね。私もすこし、ノウノさんのこと不気味だと思うことありますし」


「えぇー。クリナも、そう思ってるわけ?」


 たしかに時間にしてみれば、クリナとはそう長い時間付き合っているわけではない。だが、不気味だと思われているのはちょっと傷つく。


 いえいえ、とクリナはあわてたように手を大仰に振っていた。


「企業の名前も聞いたことないですし、異常なぐらい性能の良いアバターですし、ミステリアスなんですよ。でも、悪い人じゃないってことは、わかってますから。大丈夫。私はノウノさんのこと、信じてますから」


「ミステリアスねぇ……」


 ノウノは自分のことを、ミステリアスだと思ったことはない。むしろ至極単純な人間だと思っている。
 周囲から、そういうふうに見られているというのは、意外だった。
 意外と、人と人は理解し合えないものである。
 そりゃそうだ。べつに脳内のデータを交換しているわけでもない。相手の持っているデータを、予測しているに過ぎないのだ。


「でも、ネガティブな意味じゃないですよ。それだけ、ノウノさんが凄いってことなんですから」


「なんかでも、思ってたのと違うのよねぇ。胃が痛くなるっていうか」


「バトルで故障したんじゃないですか?」


「いや、そういうのじゃないと思う。なんか精神的な感じ」


「それは大変です。ゆっくり休んでください。女王とのバトルが控えているんですから」


 289番。
 部屋にたどり着いた。クリナに「じゃあね」と言って、ノウノは部屋に入った。部屋にはいつもエダがいた。
 今日は、1人である。


「はぁ」
 と、ノウノはベッドに寝そべった。仰向けになる。石造りの天井が見える。石材のつなぎ目をぼーっと眺めていた。


 いかにも現実めいた、この虚構の世界が、いつもよりハリボテめいて見えた。しかしそれはほんのいっときの気の迷いで、世界への不信感は泡のように消えた。


 端末を開いてみる。


 300万とちょっとのフォロワー。「2次選考突破したよ。次は、女王戦」とポストした。ただちに返信リプが殺到する。「おめでとう」「恰好良かったです」「女王戦楽しみにしてます!」……。
 目で追い切れない。


 300万の目が、ディスプレイの向こうから、ノウノのことを見つめているような気がしてきた。


 怖くなって、ノウノはディスプレイを閉じた。


 インフルエンサーというのは、チヤホヤされているだけで良いものだと思っていた。しかし、物凄い重圧である。みんなの期待に応えなくてはならない、という圧力プレッシャーがのしかかってくる。


 物理的に考えると、プレッシャーにまいるということは、つまり、心の面積が小さいってことなんだろうか。


「あー、もう。休むなら、ここで休めば良いのに」
 と、ノウノは愚痴った。


 エダのことである。
 いったいどこで休んでいるのだろうか? 近くにエダがいてくれたら、相談に乗ってくれただろう。



 ピコン……



 端末から音が鳴る。ノウノ宛てにDMが入っていた。
 なんだろう? 
 開いてみる。


「FROMロジク」とあった。「明日。バイナリー・スクエアで出会えないだろうか? 話がある。君に損はさせない」とのことだ。詳しいアドレスも記載されていた。
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