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最初のバトル
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蛇女が間合いを詰めてきた。まるで這い寄ってくるかのようだ。ものすごい速度なのは、さすがロジカルン製品といったところか。
しかし、あの女王の速度とは比べものにならない。女王も初手に間合いを詰めてきたが、あのときは目で追うのがやっとだった。
今回は、充分に反応できる。
ノウノは跳びあがって、蛇女から距離をとった。ノウノの身体は思ったよりも大きく飛び上がった。
軽くジャンプしたつもりだったのに、建物の屋根の上にまでのぼってきた。
「へえ」
と、自分のアバターの性能に感動した。
まるで質量が0になったような身軽さであった。
屋根のうえに上がると、周りの景色が良く見渡せる。
学園の外にあった森も見ることができたし、学園の本校舎も見上げることが出来た。
まわりには、廃墟があり、ノウノと同じようにバトルしているアバターもいるようだった。
周囲の景色を堪能している場合ではない。2匹の蛇女がするすると、壁を這い上がってくる。
足首をつかまれそうになったので、「おっと」と後ろに跳びずさった。
瓦屋根ががらがらと崩れ落ちる。足場が悪くて、あやうく転げそうになった。ノウノが態勢を崩しそうになったところを、蛇女は見逃さなかった。
「しゃっ」
と、蛇女は口から舌を伸ばした。その舌はまるで鞭のようにしなって、ノウノの足首に絡みついたのだった。
「うわっ、なにその舌! 気色悪ぅ!」
「他人のアバターを気色悪いとか言うんじゃないわよ」
足首を引っ張られて、ノウノは尻餅をついた。そのまま、屋根から滑り落ちるように、蛇女のもとに引き寄せられていく。
ノウノは蛇女から伸びているその舌を両手でつかんだ。逆に、蛇女を引き寄せてやった。
すると、ノウノのほうへと、蛇女の身体が引っ張られた。
蛇女の身体がノウノめがけて飛んでくる。それに合わせて、ノウノは拳を突き出した。
拳が蛇女の顔面に直撃した。
ノウノの拳に、蛇女の顔面に食い込む感触があった。まるでゴムみたいな感触である。
たいしたチカラを入れたつもりはなかったが、蛇女は空高く吹っ飛ばされた。
ノウノの足首に巻きつけられていた舌は解けている。その舌が出たまま、蛇女は空へと吹き飛ばされたので、まるで空中をのたうちまわるミミズみたいに見えた。
ノウノと蛇女のバトルを映している上空のディスプレイに、蛇女は当たっていた。当たるというか、貫通していた。ディスプレイには、ジジジ……と軽くノイズが走っている。蛇女は学園の領内のどこかに落っこちたようだが、もう視認することはできなかった。
「わお」
と、ノウノは自分の拳を感心して見つめた。
たいしてチカラを込めたつもりはなかった。アバターのチカラなんだろう。気が付くと、ノウノの頭上には数字が出ている。
0だった数字が20000まで上がっていた。
胸裏にて、ドクンと心臓が高鳴った。
フォロワー数だ。
2万人増加したのだ。
このバトルはバイナリー・ワールドに配信されており、けっこうな視聴者数がいるのだろう。
無名のアバターが、ロジカルンのアバターをブッ飛ばしたのである。
その衝撃が、フォロワー数という数値で表現されているのだった。
世界が、私に、注目している!
ノウノのなかに、脳汁があふれ出ていた。
まだ、バトルは終わっていない。
蛇女はもう1人いるのだ。
下。
そう直感した。
ノウノはバク転をするようにして、後ろに移動いた。ノウノが立っていた場所の真下。屋根を突き破るようにして、蛇女の舌が突き上げてきた。
「うわ、危なっ」
舌は屋根を突き破る勢いである。アバターに直撃していたら、肛門から串刺しになっていたことだろう。
さらに連打するように、舌が何度か屋根の下から突き上げてくる。バリンバリンと音をたてて瓦屋根が砕けていく。
このあたりは、ノイズが走るだけじゃなくて、実際に崩れるように出来ているらしい。
屋根は穴だらけになっていた。ノウノは屋根から下りた。石灰の壁。一部が崩れて、屋内が見通せるようになっていた。もう1人の蛇女がいた。
「よくもお姉さまを!」
蛇女は2人とも似たようなアバターであるから、差異は見ただけでは、わからなかった。いまの言葉で残されているほうが妹だということはわかった。
妹の蛇女が壁穴から飛び出してきた。まさに蛇のような跳躍だった。
ノウノにつかみかかってきた。
いや。つかみかかって来ようとした。
その動きがノウノにはハッキリと見てとれた。軽く身体を横にかわして、蛇女から逃れた。
蛇女はノウノをつかみ損ねて、通り過ぎようとしていた。すれ違いざまに蛇女の尻尾を抱きかかえた。
そのまま自分の身体を軸にして、グルグルと蛇女を時計の針みたく振り回した。
ジャイアント・スイングである。
蛇女の身体を放り投げると、壁面に衝突していた。石灰の壁をぶっ壊して、蛇女の上半身が壁に埋まっていた。
ブーッ
甲高い機械音が鳴りひびいた。上空のディスプレイには、「WIN」の文字とノウノの顔が映し出されていた。
エダが歩み寄ってくる。
「AIによって、バトルの勝者が判断される。このバトルは、オヌシの勝利として判断された。見事じゃった」
「私が勝った……」
「やはり吾輩の目に狂いはなかったな。オヌシの意識モデルに宿された脳内アルゴリズムは、他人よりも優れた物を持っておる」
「私、そんなに頭は良くないけど」
「後頭一次野である視覚から、運動連合野に伝達されて、動かそうという意識になるまでの脳内伝達速度が尋常ではない。その計算速度は、吾輩の開発したアバターを十二分に生かしてくれる」
エダは興奮したようにそう言っていた。
「つまり、運動神経が良いってこと?」
「まぁ、そうじゃな。頭が良いというより、オヌシは脳筋ゴリラ女なのかもしれん」
「なんか他に言い方なかったわけ?」
「わかりやすいかと思うてな」
「でもまぁ、たしかに、言われてみれば、そうかも」
いままでウサギの着ぐるみのアバターを使っていたとき、動こうと思っても、アバターが付いて来ないことが多々あった。あれはノウノの計算処理に、アバターが追いついていなかったのだ。
あらためて自分の手のひらを見つめてみた。この身体ならば、ノウノの考えに付いて来てくれる。
手のひら。指先の1本1本にまで、感覚がある。
ノウノが投げ飛ばした蛇女を見る。壁に埋まったまま、尻尾がせわしなく動いている。壁から抜け出そうともがいているのだろう。
ピロロロロ……と、電子音が鳴っていた。
何の音だ?
ノウノはあたりを見渡した。音が鳴っているのは、ノウノの頭上だった。数字がどんどん上昇している。フォロワー数だ。
「5万……。うわぁ、すご! 5万人もフォローしてくれてる!」
と、ノウノは跳びはねた。
数字の伸びは5万人を少し超えたあたりで落ち着いたようだ。
「無名のアバターが、ロジカルンのアバターを圧倒したんじゃからな。そりゃ世間にとっては、大事件じゃろう。いまごろロジカルンの本社は、あわてふためているに違いない」
「大丈夫? エルシノア嬢みたくBANされたりしない?」
「女王を超えることがなければ問題はなかろう。それに、向こうが動いてくれるのならばありがたい。動いて来たところを、証拠をおさえる準備はできておるからな」
「そっか。動いてくれたほうが良いのか」
白い服を着た男たちが駆け寄ってきて、蛇女を壁から引き抜こうとしていた。
ロジカルンの技術者たちだろう。ノウノが応募した24社のなかには、ロジカルンも入っていた。
へへへ。ざまあ見やがれ――と、内心でほくそ笑んだ。あんたの会社は、みすみす大物を逃したのよ。いまにあんたの会社の看板である女王も踏み越えてやるんだから、と我ながら下卑た優越感に浸った。
「あ……」
悪役令嬢みたいな優越感に浸っているノウノは、急に衝撃をおぼえた。心臓を殴られたような衝撃であった。
物理的なものではない。精神的な衝撃である。
蛇女と戦っていた廃墟の裏路地。歩み寄って来る者がいた。紫色の長い髪を揺らめかせている。
女王である。
壁に埋まって悶えている蛇女の尻尾を、女王は興味深げに見つめていた。女王も蛇女もロジカルン製のアバターであるから、いちおう仲間なのだろう。
「女王……」
と、ノウノはつぶやいた。
お披露目会から戻ってきていたようだ。そのお披露目会で一発KOされたのは、ついさきほどのことである。
圧倒的な女王のパワーと、ザコと言われた屈辱を思い出して、心が乱れた。まるで恋してるみたく、心臓が音を立てていた。
怖れるな、私。とノウノは己を叱咤した。いずれは戦わなくてはならない相手である。
「しょ、勝負よ!」
と、ノウノは女王を指さしてそう言った。緊張していたから、変に上ずった声音になってしまった。
女王が振り向く。
覇気のある顔立ちではない。どことなく気だるげな表情をしている。
気だるげな感情が透けて見えるということではない。デフォルトの表情が、倦怠的な気配をはらんでいるのだ。
「なに?」
と、女王が無機質な声音で尋ねてきた。
「私とバトルしてよ。今度は負けないから」
ノウノがそう言うと、女王は首をかしげた。
「あんたとバトルしたこと、今までないと思うけど?」
あ、そうか。
ノウノがさきほど戦ったときは、ウサギの着ぐるみを使っていた。あのウサギの着ぐるみと、今のノウノが同一人物であることに、女王は気づいていないのだ。
そうとわかると、ノウノは少し心に余裕ができた。一発KOの黒歴史がチャラになったような気分になったのだ。
「あんたにバトルと申し込むわ。女王さま」
風が路地をビュと吹き抜けた。砂が舞い上がって、ノウノと女王のあいだを吹き抜けていった。蛇女はようやく石灰壁から引っこ抜けたようだ。技術者たちに運ばれていた。
「お断りよ」
と、女王は肩をすくめた。
「えぇぇ。なんでよ。私はロジカルン製のアバターをブッ飛ばしたし、実力はあるのよ。相手してよ」
「バカね。あんたと勝負して、私に何の得があるのよ。フォロワー数が5万程度の相手となんかやっても、たいした宣伝にもならないし」
「うっ」
言われてみれば、その通りである。
蛇女とのバトルの名残で、ノウノの頭上にはまだフォロワー数が表示されていた。5万。自分のフォロワー数とは思えないほどの人数である。
その数字に恍惚としていたのだが、女王の前で表示させているのが恥ずかしくなってきた。
300万フォロワーに比べたら、塵みたいなものである。クローズボタンをタッチして、フォロワー数を閉じておいた。
蛇女がノウノとのバトルに乗ってくれたのは、挑発に乗ってくれたからだ。宣伝効果の少ない相手とバトルしても、大手企業のアバターからすれば、たいしたメリットがないのは事実である。
「そもそも、私はこの学園でトップに君臨してるのよ。私とバトルしたかったら、予選を勝ち抜くこと。そういう決まりよ」
「決まり?」
「編入してきたところなんだっけ? 知らないのも無理はないわね。私と勝負したいって、VDOOLは多いのよ。私に勝てば、宣伝効果も大きいし。だけど、私の身体はひとつしかないんだし、いちいち全員の相手なんてしてられないでしょ」
「それもそうね」
「だから、私と戦うためには、予選選考があるのよ。VDOOL学園祭までに、フォロワーがもっとも高い人とだけ、私はバトルすることになってるの」
私とバトルしたいのなら、這い上がって来ることね――と、恬淡と言うと、女王は立ち去ってしまった。
しかし、あの女王の速度とは比べものにならない。女王も初手に間合いを詰めてきたが、あのときは目で追うのがやっとだった。
今回は、充分に反応できる。
ノウノは跳びあがって、蛇女から距離をとった。ノウノの身体は思ったよりも大きく飛び上がった。
軽くジャンプしたつもりだったのに、建物の屋根の上にまでのぼってきた。
「へえ」
と、自分のアバターの性能に感動した。
まるで質量が0になったような身軽さであった。
屋根のうえに上がると、周りの景色が良く見渡せる。
学園の外にあった森も見ることができたし、学園の本校舎も見上げることが出来た。
まわりには、廃墟があり、ノウノと同じようにバトルしているアバターもいるようだった。
周囲の景色を堪能している場合ではない。2匹の蛇女がするすると、壁を這い上がってくる。
足首をつかまれそうになったので、「おっと」と後ろに跳びずさった。
瓦屋根ががらがらと崩れ落ちる。足場が悪くて、あやうく転げそうになった。ノウノが態勢を崩しそうになったところを、蛇女は見逃さなかった。
「しゃっ」
と、蛇女は口から舌を伸ばした。その舌はまるで鞭のようにしなって、ノウノの足首に絡みついたのだった。
「うわっ、なにその舌! 気色悪ぅ!」
「他人のアバターを気色悪いとか言うんじゃないわよ」
足首を引っ張られて、ノウノは尻餅をついた。そのまま、屋根から滑り落ちるように、蛇女のもとに引き寄せられていく。
ノウノは蛇女から伸びているその舌を両手でつかんだ。逆に、蛇女を引き寄せてやった。
すると、ノウノのほうへと、蛇女の身体が引っ張られた。
蛇女の身体がノウノめがけて飛んでくる。それに合わせて、ノウノは拳を突き出した。
拳が蛇女の顔面に直撃した。
ノウノの拳に、蛇女の顔面に食い込む感触があった。まるでゴムみたいな感触である。
たいしたチカラを入れたつもりはなかったが、蛇女は空高く吹っ飛ばされた。
ノウノの足首に巻きつけられていた舌は解けている。その舌が出たまま、蛇女は空へと吹き飛ばされたので、まるで空中をのたうちまわるミミズみたいに見えた。
ノウノと蛇女のバトルを映している上空のディスプレイに、蛇女は当たっていた。当たるというか、貫通していた。ディスプレイには、ジジジ……と軽くノイズが走っている。蛇女は学園の領内のどこかに落っこちたようだが、もう視認することはできなかった。
「わお」
と、ノウノは自分の拳を感心して見つめた。
たいしてチカラを込めたつもりはなかった。アバターのチカラなんだろう。気が付くと、ノウノの頭上には数字が出ている。
0だった数字が20000まで上がっていた。
胸裏にて、ドクンと心臓が高鳴った。
フォロワー数だ。
2万人増加したのだ。
このバトルはバイナリー・ワールドに配信されており、けっこうな視聴者数がいるのだろう。
無名のアバターが、ロジカルンのアバターをブッ飛ばしたのである。
その衝撃が、フォロワー数という数値で表現されているのだった。
世界が、私に、注目している!
ノウノのなかに、脳汁があふれ出ていた。
まだ、バトルは終わっていない。
蛇女はもう1人いるのだ。
下。
そう直感した。
ノウノはバク転をするようにして、後ろに移動いた。ノウノが立っていた場所の真下。屋根を突き破るようにして、蛇女の舌が突き上げてきた。
「うわ、危なっ」
舌は屋根を突き破る勢いである。アバターに直撃していたら、肛門から串刺しになっていたことだろう。
さらに連打するように、舌が何度か屋根の下から突き上げてくる。バリンバリンと音をたてて瓦屋根が砕けていく。
このあたりは、ノイズが走るだけじゃなくて、実際に崩れるように出来ているらしい。
屋根は穴だらけになっていた。ノウノは屋根から下りた。石灰の壁。一部が崩れて、屋内が見通せるようになっていた。もう1人の蛇女がいた。
「よくもお姉さまを!」
蛇女は2人とも似たようなアバターであるから、差異は見ただけでは、わからなかった。いまの言葉で残されているほうが妹だということはわかった。
妹の蛇女が壁穴から飛び出してきた。まさに蛇のような跳躍だった。
ノウノにつかみかかってきた。
いや。つかみかかって来ようとした。
その動きがノウノにはハッキリと見てとれた。軽く身体を横にかわして、蛇女から逃れた。
蛇女はノウノをつかみ損ねて、通り過ぎようとしていた。すれ違いざまに蛇女の尻尾を抱きかかえた。
そのまま自分の身体を軸にして、グルグルと蛇女を時計の針みたく振り回した。
ジャイアント・スイングである。
蛇女の身体を放り投げると、壁面に衝突していた。石灰の壁をぶっ壊して、蛇女の上半身が壁に埋まっていた。
ブーッ
甲高い機械音が鳴りひびいた。上空のディスプレイには、「WIN」の文字とノウノの顔が映し出されていた。
エダが歩み寄ってくる。
「AIによって、バトルの勝者が判断される。このバトルは、オヌシの勝利として判断された。見事じゃった」
「私が勝った……」
「やはり吾輩の目に狂いはなかったな。オヌシの意識モデルに宿された脳内アルゴリズムは、他人よりも優れた物を持っておる」
「私、そんなに頭は良くないけど」
「後頭一次野である視覚から、運動連合野に伝達されて、動かそうという意識になるまでの脳内伝達速度が尋常ではない。その計算速度は、吾輩の開発したアバターを十二分に生かしてくれる」
エダは興奮したようにそう言っていた。
「つまり、運動神経が良いってこと?」
「まぁ、そうじゃな。頭が良いというより、オヌシは脳筋ゴリラ女なのかもしれん」
「なんか他に言い方なかったわけ?」
「わかりやすいかと思うてな」
「でもまぁ、たしかに、言われてみれば、そうかも」
いままでウサギの着ぐるみのアバターを使っていたとき、動こうと思っても、アバターが付いて来ないことが多々あった。あれはノウノの計算処理に、アバターが追いついていなかったのだ。
あらためて自分の手のひらを見つめてみた。この身体ならば、ノウノの考えに付いて来てくれる。
手のひら。指先の1本1本にまで、感覚がある。
ノウノが投げ飛ばした蛇女を見る。壁に埋まったまま、尻尾がせわしなく動いている。壁から抜け出そうともがいているのだろう。
ピロロロロ……と、電子音が鳴っていた。
何の音だ?
ノウノはあたりを見渡した。音が鳴っているのは、ノウノの頭上だった。数字がどんどん上昇している。フォロワー数だ。
「5万……。うわぁ、すご! 5万人もフォローしてくれてる!」
と、ノウノは跳びはねた。
数字の伸びは5万人を少し超えたあたりで落ち着いたようだ。
「無名のアバターが、ロジカルンのアバターを圧倒したんじゃからな。そりゃ世間にとっては、大事件じゃろう。いまごろロジカルンの本社は、あわてふためているに違いない」
「大丈夫? エルシノア嬢みたくBANされたりしない?」
「女王を超えることがなければ問題はなかろう。それに、向こうが動いてくれるのならばありがたい。動いて来たところを、証拠をおさえる準備はできておるからな」
「そっか。動いてくれたほうが良いのか」
白い服を着た男たちが駆け寄ってきて、蛇女を壁から引き抜こうとしていた。
ロジカルンの技術者たちだろう。ノウノが応募した24社のなかには、ロジカルンも入っていた。
へへへ。ざまあ見やがれ――と、内心でほくそ笑んだ。あんたの会社は、みすみす大物を逃したのよ。いまにあんたの会社の看板である女王も踏み越えてやるんだから、と我ながら下卑た優越感に浸った。
「あ……」
悪役令嬢みたいな優越感に浸っているノウノは、急に衝撃をおぼえた。心臓を殴られたような衝撃であった。
物理的なものではない。精神的な衝撃である。
蛇女と戦っていた廃墟の裏路地。歩み寄って来る者がいた。紫色の長い髪を揺らめかせている。
女王である。
壁に埋まって悶えている蛇女の尻尾を、女王は興味深げに見つめていた。女王も蛇女もロジカルン製のアバターであるから、いちおう仲間なのだろう。
「女王……」
と、ノウノはつぶやいた。
お披露目会から戻ってきていたようだ。そのお披露目会で一発KOされたのは、ついさきほどのことである。
圧倒的な女王のパワーと、ザコと言われた屈辱を思い出して、心が乱れた。まるで恋してるみたく、心臓が音を立てていた。
怖れるな、私。とノウノは己を叱咤した。いずれは戦わなくてはならない相手である。
「しょ、勝負よ!」
と、ノウノは女王を指さしてそう言った。緊張していたから、変に上ずった声音になってしまった。
女王が振り向く。
覇気のある顔立ちではない。どことなく気だるげな表情をしている。
気だるげな感情が透けて見えるということではない。デフォルトの表情が、倦怠的な気配をはらんでいるのだ。
「なに?」
と、女王が無機質な声音で尋ねてきた。
「私とバトルしてよ。今度は負けないから」
ノウノがそう言うと、女王は首をかしげた。
「あんたとバトルしたこと、今までないと思うけど?」
あ、そうか。
ノウノがさきほど戦ったときは、ウサギの着ぐるみを使っていた。あのウサギの着ぐるみと、今のノウノが同一人物であることに、女王は気づいていないのだ。
そうとわかると、ノウノは少し心に余裕ができた。一発KOの黒歴史がチャラになったような気分になったのだ。
「あんたにバトルと申し込むわ。女王さま」
風が路地をビュと吹き抜けた。砂が舞い上がって、ノウノと女王のあいだを吹き抜けていった。蛇女はようやく石灰壁から引っこ抜けたようだ。技術者たちに運ばれていた。
「お断りよ」
と、女王は肩をすくめた。
「えぇぇ。なんでよ。私はロジカルン製のアバターをブッ飛ばしたし、実力はあるのよ。相手してよ」
「バカね。あんたと勝負して、私に何の得があるのよ。フォロワー数が5万程度の相手となんかやっても、たいした宣伝にもならないし」
「うっ」
言われてみれば、その通りである。
蛇女とのバトルの名残で、ノウノの頭上にはまだフォロワー数が表示されていた。5万。自分のフォロワー数とは思えないほどの人数である。
その数字に恍惚としていたのだが、女王の前で表示させているのが恥ずかしくなってきた。
300万フォロワーに比べたら、塵みたいなものである。クローズボタンをタッチして、フォロワー数を閉じておいた。
蛇女がノウノとのバトルに乗ってくれたのは、挑発に乗ってくれたからだ。宣伝効果の少ない相手とバトルしても、大手企業のアバターからすれば、たいしたメリットがないのは事実である。
「そもそも、私はこの学園でトップに君臨してるのよ。私とバトルしたかったら、予選を勝ち抜くこと。そういう決まりよ」
「決まり?」
「編入してきたところなんだっけ? 知らないのも無理はないわね。私と勝負したいって、VDOOLは多いのよ。私に勝てば、宣伝効果も大きいし。だけど、私の身体はひとつしかないんだし、いちいち全員の相手なんてしてられないでしょ」
「それもそうね」
「だから、私と戦うためには、予選選考があるのよ。VDOOL学園祭までに、フォロワーがもっとも高い人とだけ、私はバトルすることになってるの」
私とバトルしたいのなら、這い上がって来ることね――と、恬淡と言うと、女王は立ち去ってしまった。
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