鑑定能力で恩を返す

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第一章

エレンの憂鬱

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「エ、エレンさん。あ、あれは何かの間違いで……」

「間違いなんかじゃありませんよ! サト様は貴族の御令嬢から求婚を受けたんです! それがどういう事かお分かりですかっ!?」

 エレンの語気は強く、表情は苦々しいものへと変わっていた。
 エレンが気に病むのも無理はない。
 本来であれば平民が貴族と結婚する事などあり得ない話だ。
 貴族は血統や家門を重んじ、伝統と特権の中で生きている。
 平民を支配する立場であり、平民と交わうのは性の時のみ。
 それだけ貴族社会とは閉鎖的で特権階級を遵守する社会体制となっている。
 それだけにオリーヴィアの申し出は双方にとって危険なものであった。
 リハルトがマイヤーハイムの家督を継げば彼女は伯爵家当主の妹となり、貴族の一員とみなされる。
 その夫が平民であれば他の貴族家からは蔑視の対象となり、マイヤーハイム伯爵家は社交会から孤立する可能性がある。
 更にサトにとっても危険である。
 伯爵家に取り入った分不相応な輩として、貴族達から害される可能性もある。
 エレンにとってマイヤーハイム家がどうなろうと知った事ではないが、自分の愛する者が害されるのを黙って見過ごすわけにはいかない。
 しかし、貴族家からの申し出を無碍にすればそれはそれで問題となり、下手をすれば不敬罪ともなりかねない。
 エレンはどうすればこの状況を打開できるか思案を巡らせていた。

「一番簡単なのはマイヤーハイム家が没落してしまう事ですが……」

「エレンさん。それはダメだよ。この仕事は公爵様やアルヴォード家のカミル様からの依頼だ。下手に失敗すればそれこそ大問題だよ」

「むぅ……でも、返還する資産が足りなければ致し方ないのではありませんか?」

「ざっと見た感じだけどこの部屋にある物全部高値で売れれば50億には届きそうだよ。それを誤魔化す事は俺には出来ない。それにリハルト様やオリーヴィア様が路頭に迷う事になる。そんな事俺には出来ない」

 真面目で優しく、損な役回りでも精一杯やる不器用な男。
 しかし、それがエレンの好いた男であった。
 エレンは自身の胸が熱くなるのを感じながら、やはり自分の目が節穴ではなかったことを再確認しつつ、サトを優しく見つめた。

「エレンさん? 大丈夫ですか?」

[……本当に不器用な方。でも、大丈夫です! エレンはサト様に一生を捧げた身です。例え貴方の進む道が荊であっても、私は絶対にお側を離れませんから」

「い、荊って……そんな困難な道を行く気はないんだけど。俺は出来たらのんびりとした道を……」

 そう言いかけたサトの耳に遠くから低く重く、激しく大地を蹴る音が聞こえてきた。

「こ、この音はまさか……」
 
 
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