鑑定能力で恩を返す

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第一章

命の危機

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「な、何で命を狙われる事になるんですかっ!?」

 悟は命の恩人であるロンメルに対して礼節を忘れて怒声を上げた。
 折角、助かったと思った命が再び危険に晒される。
 悟にとっては受け入れ難い事だった。

「落ち着きなさい。何も今すぐ暗殺者が差し向けられるわけではない」

「あ、暗殺者……そんなのがいるんですか?」

 まるでドラマかゲームの話である。
 しかし、悟は事実、異世界に転移している。
 『事実は小説より奇なり』
 悟はその言葉の意味を痛いほど実感した。

鑑定能力かんていスキル自体は重宝されるじゃろう。王宮に仕えても厚遇される事間違い無しじゃ」

「じゃ、じゃあ……」

「じゃが、それは敵対する者からすれば非常に厄介なものとなる。商人達は安物を高額で売りつける事が出来なくなる。暗殺者は毒殺が困難になる。能力スキルを持たない鑑定士達は職を失う。そういった者達にはお主の能力スキルは邪魔でしかないじゃろうな。邪魔者は即排除、それが鉄則なんじゃよ」

 話を聞いた悟は全身が冷たくなっていくのを感じた。
 自分の身……いや、自己の利権を守るためなら他人の命などどうでもいいという思考が恐ろしかった。
 しかし、納得もできる。
 自身の元の世界での最後の記憶。
 ハゲ課長が部下に尻拭いをさせるのも、程度の違いはあっても同じ事だからだ。
 そういう意味では元の世界も異世界も変わらないという事になる。

「どこも同じなんですね……」

「お前さんの世界でも同じか……やれやれ、これでは救いようがないのぅ」

 ロンメルの戯けたような仕草に少しばかり笑ってしまった悟だったが、これからの事を思うと、また気持ちは沈んだ。
 自分にはこの世界で生きていく力がない。
 唯一使えそうな能力スキルはバレれば命が危ない。
 悟は五里霧中に陥っていた。
 しかし、次の瞬間、彼の耳に一筋の光明が入ってきた。

「どうじゃ? お前さん、ウチに来んか?」

「……えっ?」

 突然のロンメルの申し出に悟は困惑する。
 顔を上げた先にいる老人は優しそうな目で此方を見ている。
 悟に理解できたのはそれだけだった。
 
「ウ、ウチに……って」

「さっきも言ったが、儂はこの先の公都ハメルンで小さな店をやっておる。武具でも魔道具マジックアイテムでも何でもありの小さな雑貨屋じゃが、儂も歳でな。一人で店をしていくのは大変なじゃよ。お前さんが良かったらウチで働いてみんか? まぁ、住み込みの給料は安いがのぅ」

 ロンメルは笑いながらそう言った。
 
「で、でもご迷惑じゃ……俺は命を狙われるかもしれないんでしょ? ロンメルさんまで巻き込む事になったら……」

「はっはっはっ! そんな事は気にせんでいいぞ。殺さんでも、その内勝手にくたばる爺いじゃ! 殺すだけ労力の無駄じゃよ」

 屈託なく笑う老人が少年のように見える。
 そんな奇妙な感覚を悟は味わっていた。
 しかし、そんな人だからこそ迷惑をかけたくないと一層思ってしまった。
 
「それに、お前さんの鑑定能力かんていスキルを隠したまま働けば何の問題もないわい」

「で、でも俺はこの世界のこと何にも知らなくて……」

「お前さんの能力スキルは人の目に見えるものなのか?」

 ロンメルの言葉に悟はようやく意味を理解した。
 悟の鑑定能力かんていスキルは悟の脳裏に浮かぶものであり、他者の目には写らない。
 この能力スキルの事を知っているのは自分とロンメルだけだ。
 そして、ロンメルは自分の店に悟を雇うと言うことは一連托生、つまり鑑定能力かんていスキルの事をバラせばロンメルの身にも危険が及ぶ。
 だからバラさない。
 ロンメルは己の命を賭けて悟の能力スキルの秘密を守ると言っていたのだ。
 
「な、何でそこまで……」

「ん? まぁ、同じ天涯孤独者同士じゃ。これも何かの縁じゃろう。2人なら多少は寂しさが紛れるじゃろうからな。はっはっはっはっはっ!」

 ロンメルはまた笑った。
 悟も笑った。
 頬に涙を伝わらせながら笑った。
 こうして、悟は異世界で自分の居場所を確保したのである。
 

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