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第二章

異世界人⑫

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「素晴らしい!」

 テーブルの上に並べられた料理を前にして、アルのテンションは最高に上がっている。
 俺の悪い予感は見事に当たっていて、アルが此処に来たのは料理が目的だった。
 それも屋敷で食べた肉じゃがが気に入ったのか、これまで食べた事も見た事もない異世界の料理を御所望だとさ。
 また面倒な事になりそうだから嫌だったんだけど、相手は領主様だし、険しい山道を通って山小屋まで来たから空腹だと言われてしまっては断る事ができなくて、作れる範囲の料理を作ってしまった。
 くっ……自分の甘さが恨めしい。

「これが異世界の料理か! 本当に見た事のない料理ばかりだ! だが、見ただけで美味いのはわかるぞ!」

 そんな事があるか?
 美食の道でも極めてるのだろうか?
 おっと、そんな事よりさっさと食べて帰ってもらおう。
 俺はさっさと休みたいんだ。
 
「飲み物は何にします?」

「ん? そうか。忘れていたな。何があるのだ?」

「酒以外は水しかないです」

「ふむ。なら、何か珍しい物も頼みたい」

 また珍しい物か。
 まぁ、そうなるとこっちの世界ではまだ作られてないワインを蒸留したブランデーでいいだろう。

「では、こちらをどうぞ」

「ほぅ、良い香りだ。これは何だ?」

「ワインを蒸留した酒です。少しキツめですので、少しずつ味わって飲んでください」

「蒸留とは何だ?」

 あれ? そうか。
 ブランデーがないって事は蒸留技術自体が無いのか。
 うーん、説明が難しいな。
 俺もそんなに詳しいわけじゃないんだけど。

「えっと、簡単に言うと酒の強さを増すための技法です」

「ほぅ。そんな技法があるのか。さすが異世界だな」

 液体を加熱して気体にしてから冷却して、再び液体に戻す事を蒸留と言うのは知ってるけど、それしか知らないんだよなぁ。
 酒で言うと気体化したアルコール成分を液体に戻す事で、アルコール度数の高めるらしいけど、どういう仕組みでそうなるかまではわからない。
 まぁ俺の拙い説明でもアルには関係なかったようだけどね。
 その証拠に俺の出したブランデーに釘付けになっている。

「これがブランデーか。何とも香りが良い。この琥珀色も実に美しい」

 ちなみに蒸留したてのブランデーは無色透明だそうだ。
 それを樽に入れて熟成させる事で琥珀色に変わるらしい。
 ちなみに俺は樽に入れて【調整】と【鑑定】の力によって熟成させている。
 何でかって言うと蒸留したてのブランデーはアルコール度数が70を超えていたからだ。
 つまりブランデーを作るには【蒸留】【調整】【鑑定】の3つの工程が必要だから、はっきり言って作るのは俺でも大変なんだ。
 だから、本当はあんまり飲ませたくないんだよね。

「うん! これは素晴らしい! コクがあって、何より味わい深く香りが良い。このような上品な酒は初めてだ」
 
「気に入ってもらえたようで何よりです。でも、これも希少な物なので」

「むっ……まぁ、確かにそうだろうな。これだけの物がおいそれとあるとは思えん。料理と共にじっくり味わわせてもらおう」

 そう言うとアルは料理に手をつけ始めた。
 まぁ、今日は急だったから大したものはないんだけどね。

「美味い! この魚の味付け! これは誠に美味である!」

「それは煮付けです。味付けは肉じゃがに近いかと」

「おおおっ! この黄色いものはサクサクとしていて食感も面白く、揚げ物なのにふんわりと軽くて味もしっかりしている!」

「天ぷらと言います。つけているつゆのベースは肉じゃがと同じですよ」

 アルはテーブルの上の料理を上品ながら次々と食べていった。
 特に醤油の味が好きなようで和食を中心にどんどんと食べている。
 うーん、そうなると合うのはブランデーじゃないよなぁ。

「アル。これも試してみるか?」

 俺はグラスに注いだ透明な液体をアルに差し出した。

「水か? ちょうど良い。どれ……っ!? な、なんだ、これはっ!?」

 口に含んだ瞬間、アルの目ん玉が面白いように見開いた。
 あれ? 口に合わなかったか?

「リョ、リョウ! お前、私に何を飲ませた!?」

「何って、龍酒だよ。和食が好きみたいだから、合うのはこっちかと思って」

「なっ……ば、馬鹿者! 幻の酒と言われている龍酒をこんなあっさりと出す奴があるか!」

「不味かったか?」

「美味かったに決まってるだろ! なんだ、これは! 清流を思わせる瑞々しさと、クセがなくキレのある味わいに果物のような爽やかな香りが……ええい! まどろっこしい! とにかく美味いのだ! こんなに素晴らしい物は飲んだことがないわ!」

 怒ってるのか喜んでいるのかわからないけど、とりあえず美味かったのならいいか。
 それにしてもクールで気品漂う領主様だと思っていたけど、今の姿は意外と可愛い。
 俺としてはこっちの方が好みだな。
 
「お前、こんな物を出して……何が望みだ? 金か? 名誉か?」

「どれも必要ないよ。アルの可愛らしい一面が見れただけで十分だ」

「なっ!?」

 あっ……しまった。
 つい油断して領主様って事を忘れて軽口を叩いてしまった。
 なんかめっちゃ複雑な顔で見つめられてる。

「私に可愛いなどとよく言えたものだ。怖いもの知らずとはお前の事を言うのだろうな」

「失礼しました。どうかお許しを」

「よせ。頭を上げろ。ここにいるのはただのアルだ。我々に身分の差などない。今はな」

 そう言うとアルはにっこりと笑って人差し指を唇の前に立てた。
 内緒と言うわけか。
 そうしてもらえると俺としても有り難い。
 屋敷の使用人達に知られたら、どうなるか分かったもんじゃないからな。

「さて、随分と堪能させてもらった。今日はここらで帰るとしよう」

 おっ、もう帰るのか?
 まだ料理が残って……げっ! いつの間にか全部無くなってる!
 魚の煮付けや天ぷら、肉じゃがに玉子焼きとか色々あったのに。
 な、なんて胃袋だ。

「馳走になった。この借りは必ず返すからな」

「別に借りなんて……」

「そうはいかん。それに私は肉じゃがの褒美も忘れておらんからな」

 そう言えば肉じゃがの褒美はまた今度とかって話になってたんだっけ?
 別にいらないんだけどなぁ。

「しかし、このまま借りが溜まっていけばとんでもない褒美を与えねばならなくなるな。少々怖いな」

 褒美って加算式だったのか?
 でも大金なんて貰うと周りから狙われそうで怖いし、名誉なんてもっといらない。
 のんびり生活できるようにしてもらえるだけでいいんだけどね。

「では、また来る。さらばだ」

「あっ、はい。お気をつけて……って、もういない」

 アルは扉を開けると颯爽と闇の中に消えていった。
 なんか急に来て急に帰って行ったな。
 用事でも思い出したんだろうか?
 まぁいいか。
 また今度来た時に聞いてみれば……ん?
 また来た時?

「あ、あいつ……帰り際に『また来る』って言ってなかったか? まさか、また此処に来るつもりか? お、おいおい! 冗談じゃないぞ! また此処に来る奴が増えたじゃないかぁああああああ!」

 俺の悲鳴は静まり返る夜の山に響き渡って、そして消えて行った。
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