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第二章

異世界人⑦

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 勲章の授与は思っていたより呆気なく終わって、他のみんなはサロンで冒険好きの若い貴族達と歓談する事になり、俺だけ厨房に連行される運びとなった。
 理不尽な事この上ないが、最早逃げられるわけもない。
 こうなったら覚悟を決めるしかないか。
 嫌だけど。

「ここが厨房です。どう……」

「あんたがリョウか?」

 厨房に着くや否や案内してくれた使用人を押し退けて俺の前に立ったのは、コックの格好をした妙齢の女性だった。
 顰めっ面の仁王立ち、どうやら俺は歓迎されていないようだ。

「聞こえてるのか? それとも怖くて声が出ないのかい?」

 女性の後ろにいた料理人らしき男達が馬鹿にしたような笑い声を上げた。
 この人達はそんなに暇なのか?

「ふん! 腰抜けが! いいかい? 伯爵様の命だから、あんたに一品作らせてやる。だけど、ここを使わせるわけにはいかない。汚い格好で厨房を汚されたら堪らないからね!」

 その通りだ。
 厨房にばい菌を持ち込んで食中毒にでもなったら大変だからな。
 料理に清潔は何より大事!
 ふむ、意外と話がわかる人なのかもしれないな。

「あんたには使用人用の厨房を使ってもらう。道具は揃ってるはずだ。材料は言えば出してやるよ」

 なんだ。
 ちゃんと代わりの場所を用意してくれるんじゃないか。
 それに人目が少ない方がやりやすいから、俺にとっては好都合でしかない。
 もしかして、この女性はすごく良い人なんじゃないか?

「ほら! グズグズしてないでさっさと材料を言いな!」

 そう言われてもまだメニューを決めてないんだよなぁ。
 でも、せっかくアレが手に入ったんだから煮物でもするか。

「オーク肉はあるか?」

「ああ、とびっきり最上級の物がある」

「じゃあ、それに玉葱ツヴィーべル人参カロッテ、それから馬鈴薯カルトッフェルを頼む」

 俺の注文に女性の眉がピクっと動いた気がした。
 顰めっ面が更に険しくなって、般若みたいに変化していった。
 何を怒ってるんだろ?

「あんた……まさかとは思うけど、伯爵様の前に馬鈴薯カルトッフェルを出す気じゃないだろうね?」

「いや、出すよ?」

「ふざけるんじゃないよ!」

 般若が宿った女性は俺の胸ぐらを掴んで、周りの目も気にせずに怒鳴り散らした。
 でも、ここまでされても何を怒っているのかわからないんだよなぁ。
 っていうか、俺は何でこんなに平然としているんだ?
 いつもならビビって半泣きになっててもおかしくないのに、なんと言うか全く怖さを感じない。
 今回の旅で度胸でもついたのかな?
 
「ちっ……銅級でも冒険者ってか? 私なんか怖くないって顔だね。良い根性してるじゃないか。だけどね! 私だって料理長を任されてるんだ! 伯爵様に馬鈴薯カルトッフェルを出すなんて許さないからね!」

 料理長だったのか。
 でも、なんで馬鈴薯カルトッフェルが許されないんだ?
 ここにあるって事は普段から食べるんだろうし、怒られる理由が思いつかない。

「何が問題なんだ?」

「あんたら平民は普段から食べ慣れてるから気にならないだろうけど、馬鈴薯カルトッフェルは基本的には救荒作物だ。それを領主が食べているとなれば、その領地が貧しいという印象を持たれる。そうなったら、他の貴族や商人から軽んじられる事になるんだ! わかるかっ!? 伯爵様の名誉を傷つける事になるんだよ!」

 芋を食ったら貧しい? 何だそれ?
 芋が救荒作物にしか見えてないのは、美味い芋料理を知らないからじゃないのか?
 好き嫌いは別に気にならないけど、そんな捻くれた価値観で食べ物を判断するのは納得できない!

「悪いけど、俺は馬鈴薯カルトッフェルを使うぞ」

「き、貴様……っ!?」

「俺は伯爵様からの命令で飯を作るんだ。使う食材も任されてる。それをあんたのせいで出来なくなったら、料理長あんたが責任とってくれるのか?」

「な、なんだと……」

馬鈴薯カルトッフェルを使うのは俺の責任だ。それが不敬なら俺の首を差し出す。そんだけの覚悟があるのか?」

 料理長は歯を食いしばり、苦虫を噛み潰したかのような顔で俺を睨んでから、俺を突き飛ばすように手を離した。

「勝手にしろ! おい! この男を使用人の厨房に案内してやれ! それおこいつの責任でこいつの好きな食材を渡してやんな!」

 周りの奴ら全員に聞こえるような大声でそう言うと、料理屋は厨房の奥へと去っていった。
 やれやれ、面倒な事だよ。
 さて、気を取り直してやりますか!
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