38 / 103
第一章
元気な人間娘④
しおりを挟む
背後から血に濡れた小剣が俺の首筋に当てられる。
さっきの動きといい、この人は只者じゃない。
俺の首なんかあっという間にすっ飛ばせるだろうな。
これは逃げられないな。
「危うく見逃すところだった。気配の消し方が尋常じゃない。何者?」
昼間に出会った時とは全然違う雰囲気と声。
低く冷たい声は暗い地底から這い上がってきた怪物のようだ。
「答える気はないようだな。なら、別にいい。悪いが死んでもらう」
ついに死ぬ時が来たか。
路地裏で厄介事に巻き込まれて死ぬなんて、なんともつまらない俺らしい死に方じゃないか。
おまけに相手は名前も知らない女の人だなんて、本当につまらない男だよ、俺は。
「ここまで殺気を当てても震えすら起こさないとは、大したもんだ。やはり、生かしてはおけない。でも、その胆力に免じて最後に言い残すことがあれば聞いてやる」
最後に言い残す事、か。
うーん、特にないなぁ。
あっ、そうだ。
あれだけ言っておこう。
「手伝ってくれて、ありがとうな」
「なに? き、君は……っ!?」
言いそびれていたお礼を言ったら、彼女はすぐに後ろに跳んで、俺から離れた。
殺すんじゃなかったのかと、ゆっくり振り返ると、そこには驚きとも悲しみともとれる複雑な表情をした昼間出会った彼女がいた。
「き、君は……な、何でこんな所に……」
「たまたま路地裏から声がしたなら気になっただけ。一応言っておくけど、そいつらとは何の関係もないよ」
殺されるにしても、下衆と一緒にされたくはない。
名誉なんて無いけど、死んでまで弄られるのは嫌だ。
「そんな……で、でも……ここには結界が張ってあるはずなのに、どうして? しくじった? 私が?」
めっちゃテンパってる。
どうやら彼女の自尊心を傷つけてしまったらしい。
まさか結界があったとは……やらかしたのは俺の方だな。
俺がカミさんから貰った能力の中に、呪いなんかのデバフを受けないってのがある。
多分だけど、この人が使った結界は人を寄せつけないか、もしくは結界の内外を隔絶するものだったんだろう。
どちらも、俺には効かない力だ。
普段なら結界とは通れば、違和感くらい感じるんだろうけど、今日は疲れてたし、嫌なことを思い出して凹んでたから気づかなかったみたいだ。
「どうしよう……どうしよう……対象と任務を妨害する者以外に手を出すわけにはいかない。でも、見られちゃった……どうしよう……どうしよう!」
俺もどうしよう。
この人、さっきよりも激しくテンパってるし、このままだと錯乱しそうだぞ。
血塗られた小剣持って、錯乱なんて危なすぎるだろ。
それと任務って言ってたな。
これって仕事なのか?
「ううぅ……どうしよう……もう無理! わかんない! どうしたらいいんの!」
自暴自棄になり始めた。
何を迷うことがあるんだろ?
答えは明白じゃないか。
「俺を殺せばいい」
俺は錯乱しかけている彼女に声をかけた。
目ん玉が飛び出るかってくらい目を見開いて俺を見る彼女の顔もなかなか良い。
こんなに目を見開いても可愛いって、反則だよな。
「なに……なに言ってるの? 殺せばいい? どういうこと? 意味わかんない」
「いや、だって何か困ってるんでしょ? 俺はさっき背後をとられた時に覚悟してるから別にいいよ。あっ、痛くはしないで。特にさっきのぐりぐりは勘弁ね」
さっきのを思い出すとゾッとする。
あれだけはマジで勘弁してほしい。
「なに言ってるの? 死ぬんだよ? 怖くないの? そんな簡単に……」
「俺は一回死んだようなもんだからね。二度目はいつ死んでもいいって決めてたんだ。一人で孤独に死ぬのも、ここでパッと死ぬのも変わらないさ。だから、いいんだ」
そう、この世界に来て俺はのんびり生きてた。
そして、生きるだけ生きたら、あとは野垂れ死のうと思っていたんだ。
一年にも満たない異世界生活だったけど、日本にいた頃に比べたら何倍も充実した日々だった。
悔いはない。
「だから気にせず、どうぞ。手間をかけて悪いけどね」
俺は彼女の前に背を向けて胡座をかいて座った。
なんか切腹みたいだな。
『介錯お願いつかまつる』とか言いたくなる。
日本人らしく最期を迎えられるのも悪くない。
「さぁ、いつでもいいよ。首をストンって落としてくれ」
俺は目を瞑った。
恐怖はない。
さっき人が殺される場面を見ても動じなかったのも、カミさんの能力のおかげだろう。
おかげで醜悪な最期を迎えずに済むんだから、カミさんには感謝だな。
「ううぅ……」
カチャカチャという金属音が聞こえる。
震えているようだ。
さっきみたいに気にせずやればいいのに。
でも、これ以上口を開くのは野暮だな。
あとは任せよう。
「はぁはぁ……っ! ふぅ、ふぅう……ふぅうううう」
荒い息遣いの後に、大きく深い呼吸が聞こえた。
どうやら落ち着いたようだ。
覚悟が決まったかな?
「ありがとう。君は本当に優しいんだね。最後の最後まで人のために。心から尊敬するよ」
尊敬されて死ぬのか。
悪くない。
俺の死に方としては百点だ。
「だから、君みたいな人が死んじゃいけない。ありがとう。最後に私を人間に戻してくれて……」
「っ!?」
俺の頭の中の何かが弾け飛んだ。
身体の重さを感じなくなり、視界が一瞬で流れ、いつの間にか俺の左手は何かを掴んでいた。
ゆっくり視線を落とすと、自分に刃を向けた彼女の右腕だ。
そう思った瞬間、乾いた音が響く。
俺の右手は彼女の頬を叩いていた。
さっきの動きといい、この人は只者じゃない。
俺の首なんかあっという間にすっ飛ばせるだろうな。
これは逃げられないな。
「危うく見逃すところだった。気配の消し方が尋常じゃない。何者?」
昼間に出会った時とは全然違う雰囲気と声。
低く冷たい声は暗い地底から這い上がってきた怪物のようだ。
「答える気はないようだな。なら、別にいい。悪いが死んでもらう」
ついに死ぬ時が来たか。
路地裏で厄介事に巻き込まれて死ぬなんて、なんともつまらない俺らしい死に方じゃないか。
おまけに相手は名前も知らない女の人だなんて、本当につまらない男だよ、俺は。
「ここまで殺気を当てても震えすら起こさないとは、大したもんだ。やはり、生かしてはおけない。でも、その胆力に免じて最後に言い残すことがあれば聞いてやる」
最後に言い残す事、か。
うーん、特にないなぁ。
あっ、そうだ。
あれだけ言っておこう。
「手伝ってくれて、ありがとうな」
「なに? き、君は……っ!?」
言いそびれていたお礼を言ったら、彼女はすぐに後ろに跳んで、俺から離れた。
殺すんじゃなかったのかと、ゆっくり振り返ると、そこには驚きとも悲しみともとれる複雑な表情をした昼間出会った彼女がいた。
「き、君は……な、何でこんな所に……」
「たまたま路地裏から声がしたなら気になっただけ。一応言っておくけど、そいつらとは何の関係もないよ」
殺されるにしても、下衆と一緒にされたくはない。
名誉なんて無いけど、死んでまで弄られるのは嫌だ。
「そんな……で、でも……ここには結界が張ってあるはずなのに、どうして? しくじった? 私が?」
めっちゃテンパってる。
どうやら彼女の自尊心を傷つけてしまったらしい。
まさか結界があったとは……やらかしたのは俺の方だな。
俺がカミさんから貰った能力の中に、呪いなんかのデバフを受けないってのがある。
多分だけど、この人が使った結界は人を寄せつけないか、もしくは結界の内外を隔絶するものだったんだろう。
どちらも、俺には効かない力だ。
普段なら結界とは通れば、違和感くらい感じるんだろうけど、今日は疲れてたし、嫌なことを思い出して凹んでたから気づかなかったみたいだ。
「どうしよう……どうしよう……対象と任務を妨害する者以外に手を出すわけにはいかない。でも、見られちゃった……どうしよう……どうしよう!」
俺もどうしよう。
この人、さっきよりも激しくテンパってるし、このままだと錯乱しそうだぞ。
血塗られた小剣持って、錯乱なんて危なすぎるだろ。
それと任務って言ってたな。
これって仕事なのか?
「ううぅ……どうしよう……もう無理! わかんない! どうしたらいいんの!」
自暴自棄になり始めた。
何を迷うことがあるんだろ?
答えは明白じゃないか。
「俺を殺せばいい」
俺は錯乱しかけている彼女に声をかけた。
目ん玉が飛び出るかってくらい目を見開いて俺を見る彼女の顔もなかなか良い。
こんなに目を見開いても可愛いって、反則だよな。
「なに……なに言ってるの? 殺せばいい? どういうこと? 意味わかんない」
「いや、だって何か困ってるんでしょ? 俺はさっき背後をとられた時に覚悟してるから別にいいよ。あっ、痛くはしないで。特にさっきのぐりぐりは勘弁ね」
さっきのを思い出すとゾッとする。
あれだけはマジで勘弁してほしい。
「なに言ってるの? 死ぬんだよ? 怖くないの? そんな簡単に……」
「俺は一回死んだようなもんだからね。二度目はいつ死んでもいいって決めてたんだ。一人で孤独に死ぬのも、ここでパッと死ぬのも変わらないさ。だから、いいんだ」
そう、この世界に来て俺はのんびり生きてた。
そして、生きるだけ生きたら、あとは野垂れ死のうと思っていたんだ。
一年にも満たない異世界生活だったけど、日本にいた頃に比べたら何倍も充実した日々だった。
悔いはない。
「だから気にせず、どうぞ。手間をかけて悪いけどね」
俺は彼女の前に背を向けて胡座をかいて座った。
なんか切腹みたいだな。
『介錯お願いつかまつる』とか言いたくなる。
日本人らしく最期を迎えられるのも悪くない。
「さぁ、いつでもいいよ。首をストンって落としてくれ」
俺は目を瞑った。
恐怖はない。
さっき人が殺される場面を見ても動じなかったのも、カミさんの能力のおかげだろう。
おかげで醜悪な最期を迎えずに済むんだから、カミさんには感謝だな。
「ううぅ……」
カチャカチャという金属音が聞こえる。
震えているようだ。
さっきみたいに気にせずやればいいのに。
でも、これ以上口を開くのは野暮だな。
あとは任せよう。
「はぁはぁ……っ! ふぅ、ふぅう……ふぅうううう」
荒い息遣いの後に、大きく深い呼吸が聞こえた。
どうやら落ち着いたようだ。
覚悟が決まったかな?
「ありがとう。君は本当に優しいんだね。最後の最後まで人のために。心から尊敬するよ」
尊敬されて死ぬのか。
悪くない。
俺の死に方としては百点だ。
「だから、君みたいな人が死んじゃいけない。ありがとう。最後に私を人間に戻してくれて……」
「っ!?」
俺の頭の中の何かが弾け飛んだ。
身体の重さを感じなくなり、視界が一瞬で流れ、いつの間にか俺の左手は何かを掴んでいた。
ゆっくり視線を落とすと、自分に刃を向けた彼女の右腕だ。
そう思った瞬間、乾いた音が響く。
俺の右手は彼女の頬を叩いていた。
7
お気に入りに追加
560
あなたにおすすめの小説

幸子ばあさんの異世界ご飯
雨夜りょう
ファンタジー
「幸子さん、異世界に行ってはくれませんか」
伏見幸子、享年88歳。家族に見守られ天寿を全うしたはずだったのに、目の前の男は突然異世界に行けというではないか。
食文化を発展させてほしいと懇願され、幸子は異世界に行くことを決意する。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞

異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!
あるちゃいる
ファンタジー
山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。
気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。
不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。
どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。
その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。
『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。
が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。
そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。
そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。
⚠️超絶不定期更新⚠️

【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです
yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~
旧タイトルに、もどしました。
日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。
まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。
劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。
日々の衣食住にも困る。
幸せ?生まれてこのかた一度もない。
ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・
目覚めると、真っ白な世界。
目の前には神々しい人。
地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・
短編→長編に変更しました。
R4.6.20 完結しました。
長らくお読みいただき、ありがとうございました。

異世界転移したけど、果物食い続けてたら無敵になってた
甘党羊
ファンタジー
唐突に異世界に飛ばされてしまった主人公。
降り立った場所は周囲に生物の居ない不思議な森の中、訳がわからない状況で自身の能力などを確認していく。
森の中で引きこもりながら自身の持っていた能力と、周囲の環境を上手く利用してどんどん成長していく。
その中で試した能力により出会った最愛のわんこと共に、周囲に他の人間が居ない自分の住みやすい地を求めてボヤきながら異世界を旅していく物語。
協力関係となった者とバカをやったり、敵には情け容赦なく立ち回ったり、飯や甘い物に並々ならぬ情熱を見せたりしながら、ゆっくり進んでいきます。

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。
彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。
最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。
一種の童話感覚で物語は語られます。
童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

異世界でのんびり暮らしてみることにしました
松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

異世界でゆるゆるスローライフ!~小さな波乱とチートを添えて~
イノナかノかワズ
ファンタジー
助けて、刺されて、死亡した主人公。神様に会ったりなんやかんやあったけど、社畜だった前世から一転、ゆるいスローライフを送る……筈であるが、そこは知識チートと能力チートを持った主人公。波乱に巻き込まれたりしそうになるが、そこはのんびり暮らしたいと持っている主人公。波乱に逆らい、世界に名が知れ渡ることはなくなり、知る人ぞ知る感じに収まる。まぁ、それは置いといて、主人公の新たな人生は、温かな家族とのんびりした自然、そしてちょっとした研究生活が彩りを与え、幸せに溢れています。
*話はとてもゆっくりに進みます。また、序盤はややこしい設定が多々あるので、流しても構いません。
*他の小説や漫画、ゲームの影響が見え隠れします。作者の願望も見え隠れします。ご了承下さい。
*頑張って週一で投稿しますが、基本不定期です。
*無断転載、無断翻訳を禁止します。
小説家になろうにて先行公開中です。主にそっちを優先して投稿します。
カクヨムにても公開しています。
更新は不定期です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる