今日も誰かが飯を食いに来る。異世界スローライフ希望者の憂鬱。

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第一章

元気な人間娘④

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 背後から血に濡れた小剣が俺の首筋に当てられる。
 さっきの動きといい、この人は只者じゃない。
 俺の首なんかあっという間にすっ飛ばせるだろうな。
 これは逃げられないな。
 
「危うく見逃すところだった。気配の消し方が尋常じゃない。何者?」

 昼間に出会った時とは全然違う雰囲気と声。
 低く冷たい声は暗い地底から這い上がってきた怪物のようだ。
 
「答える気はないようだな。なら、別にいい。悪いが死んでもらう」

 ついに死ぬ時が来たか。
 路地裏で厄介事に巻き込まれて死ぬなんて、なんともつまらない俺らしい死に方じゃないか。
 おまけに相手は名前も知らない女の人だなんて、本当につまらない男だよ、俺は。

「ここまで殺気を当てても震えすら起こさないとは、大したもんだ。やはり、生かしてはおけない。でも、その胆力に免じて最後に言い残すことがあれば聞いてやる」

 最後に言い残す事、か。
 うーん、特にないなぁ。
 あっ、そうだ。
 あれだけ言っておこう。

「手伝ってくれて、ありがとうな」

「なに? き、君は……っ!?」

 言いそびれていたお礼を言ったら、彼女はすぐに後ろに跳んで、俺から離れた。
 殺すんじゃなかったのかと、ゆっくり振り返ると、そこには驚きとも悲しみともとれる複雑な表情をした昼間出会った彼女がいた。

「き、君は……な、何でこんな所に……」

「たまたま路地裏から声がしたなら気になっただけ。一応言っておくけど、そいつらとは何の関係もないよ」

 殺されるにしても、下衆と一緒にされたくはない。
 名誉なんて無いけど、死んでまで弄られるのは嫌だ。

「そんな……で、でも……ここには結界が張ってあるはずなのに、どうして? しくじった? 私が?」

 めっちゃテンパってる。
 どうやら彼女の自尊心プライドを傷つけてしまったらしい。
 まさか結界があったとは……やらかしたのは俺の方だな。
 俺がカミさんから貰った能力の中に、呪いなんかのデバフを受けないってのがある。
 多分だけど、この人が使った結界は人を寄せつけないか、もしくは結界の内外を隔絶するものだったんだろう。
 どちらも、俺には効かない力だ。
 普段なら結界とは通れば、違和感くらい感じるんだろうけど、今日は疲れてたし、嫌なことを思い出して凹んでたから気づかなかったみたいだ。

「どうしよう……どうしよう……対象と任務を妨害する者以外に手を出すわけにはいかない。でも、見られちゃった……どうしよう……どうしよう!」

 俺もどうしよう。
 この人、さっきよりも激しくテンパってるし、このままだと錯乱しそうだぞ。
 血塗られた小剣持って、錯乱なんて危なすぎるだろ。
 それと任務って言ってたな。
 これって仕事なのか?

「ううぅ……どうしよう……もう無理! わかんない! どうしたらいいんの!」

 自暴自棄になり始めた。
 何を迷うことがあるんだろ?
 答えは明白じゃないか。
 
「俺を殺せばいい」

 俺は錯乱しかけている彼女に声をかけた。
 目ん玉が飛び出るかってくらい目を見開いて俺を見る彼女の顔もなかなか良い。
 こんなに目を見開いても可愛いって、反則だよな。

「なに……なに言ってるの? 殺せばいい? どういうこと? 意味わかんない」

「いや、だって何か困ってるんでしょ? 俺はさっき背後をとられた時に覚悟してるから別にいいよ。あっ、痛くはしないで。特にさっきのぐりぐりは勘弁ね」

 さっきのを思い出すとゾッとする。
 あれだけはマジで勘弁してほしい。

「なに言ってるの? 死ぬんだよ? 怖くないの? そんな簡単に……」

「俺は一回死んだようなもんだからね。二度目はいつ死んでもいいって決めてたんだ。一人で孤独に死ぬのも、ここでパッと死ぬのも変わらないさ。だから、いいんだ」

 そう、この世界に来て俺はのんびり生きてた。
 そして、生きるだけ生きたら、あとは野垂れ死のうと思っていたんだ。
 一年にも満たない異世界生活だったけど、日本にいた頃に比べたら何倍も充実した日々だった。
 悔いはない。

「だから気にせず、どうぞ。手間をかけて悪いけどね」

 俺は彼女の前に背を向けて胡座をかいて座った。
 なんか切腹みたいだな。
 『介錯お願いつかまつる』とか言いたくなる。
 日本人らしく最期を迎えられるのも悪くない。

「さぁ、いつでもいいよ。首をストンって落としてくれ」

 俺は目を瞑った。
 恐怖はない。
 さっき人が殺される場面を見ても動じなかったのも、カミさんの能力のおかげだろう。
 おかげで醜悪な最期を迎えずに済むんだから、カミさんには感謝だな。

「ううぅ……」

 カチャカチャという金属音が聞こえる。
 震えているようだ。
 さっきみたいに気にせずやればいいのに。
 でも、これ以上口を開くのは野暮だな。
 あとは任せよう。

「はぁはぁ……っ! ふぅ、ふぅう……ふぅうううう」

 荒い息遣いの後に、大きく深い呼吸が聞こえた。
 どうやら落ち着いたようだ。
 覚悟が決まったかな?

「ありがとう。君は本当に優しいんだね。最後の最後まで人のために。心から尊敬するよ」

 尊敬されて死ぬのか。
 悪くない。
 俺の死に方としては百点だ。

「だから、君みたいな人が死んじゃいけない。ありがとう。最後に私を人間に戻してくれて……」

「っ!?」

 俺の頭の中の何かが弾け飛んだ。
 身体の重さを感じなくなり、視界が一瞬で流れ、いつの間にか俺の左手は何かを掴んでいた。
 ゆっくり視線を落とすと、自分に刃を向けた彼女の右腕だ。
 そう思った瞬間、乾いた音が響く。
 俺の右手は彼女の頬を叩いていた。
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