今日も誰かが飯を食いに来る。異世界スローライフ希望者の憂鬱。

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第一章

狐獣人③

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「リーディア会長! 本日はこのような素晴らしい席にお招きいただき、本当にありがとうございます!」

 そう言いながら、美味しそうに料理を食べているのはエムレス商会会長の長子ナバール様。
 初めてお会いした時は、端正な彫りの深いお顔の大人の魅力溢れる方とお見受けしましたが、今はその面影がありませんわね。

「いや、本当に美味しいです。この、サンドイッチ……でしたか? 色んな具材を楽しめて、しかもほとんど手を汚さなくて済むなんて、凄いですよ! こんな料理はラジール王国にもありません! 本当に素晴らしいですよ!」

 眼を輝かせながら、両手にサンドイッチを持って豪快にかぶりつく姿は、どちらかと言えば育ち盛りの少年のようですわね。
 これはこれで可愛らしくありますけど。
 それにしても、こんな料理があるなんて想像も出来ませんでしたわ。
 サンドイッチ。
 四角い型で作った白パンを薄く切って、肉や魚や野菜、卵料理に果てはフルーツまで挟んだ手掴みでも食べられる料理。
 最初に聞いた時は、正直半信半疑でしたけど、実際に試食してみて驚きましたわ。
 
「この揚げた肉を挟んだカツサンドとやらは、実に美味い! 揚げたての肉など熱くて、とても手では食べられないのに、これなら熱々の肉を手掴みで食べられる! しかも、濃厚な黒いソースと合わさって、この美味さは正に絶品だ!」

「いやいや! こっちのたまごサンドの方が美味いに決まっている! 細かく刻んだ茹で卵と、クリーミーな白いソースが合わさって、それを柔らかい白パンが優しく包み込んで、それを一緒に食べると堪らないのだ! これなら何個でも食える!」

「私はこっちのレタスサンドがいいわ。葉野菜と赤唐柿、それにチーズの組み合わせは最高よ! あっさりしてるし、ヘルシーだし、美味しいし、言うことないわ!」

 商会の方々の評判も上々。
 こんなに喜んでくださるなんて思ってもみませんでした。
 というより、どれだけ食べるのか心配になってくるくらいです。
 足りるか心配ですわ。

「リーディア会長」

「あっ、これはエムレス会長。失礼しました。どうかなさいましたか?」

 新しく取引をするエムレス商会の現会長、エムレス・ロック様。
 御歳60は越えておられるのに、ガッチリとした体格で、全く老いを感じさせない佇まいは、さすが一代でラジール王国有数の大商会を作り上げた御仁なだけあります。
 初めてお会いした時は、堂々とした姿が少し怖かったですけど、今はもう怖くありません。
 だって、ナバール様と同じように、両手に料理をお持ちなんですから。

「いえ、このような素晴らしい席を設けていただいた事に感謝を申し上げたくて参ったのです」

「それは光栄ですわ。エムレス会長から直々にお褒めの言葉を頂けるなんて、料理人一同に代わって御礼申し上げます」

 エムレス会長にも満足していただけたようで、会食は大成功。
 これで取引は安泰、なんの問題もない。
 ただ、一つだけ悔しい事がある。
 この会食の成功は全てリョウさんの手柄です。
 サンドイッチのレシピだけでなく、盛り付けの仕方や、会場設営のアドバイスなど、この会食のコンサルタントを全てしてくださったんですから。
 でも、それを口にしてはいけないのが悔しいんです。
 
『サンドイッチの作り方をお教えする条件は、俺の事を表に出さない事です。それだけは絶対に守ってください』

 どうしてですの?
 どうして貴方は自分を隠そうとするのですか?
 貴方には素晴らしい才能があります。
 素材採取の腕も、料理の腕も素晴らしいですが、何より困っている人を決して見捨てない愛情の深さ。
 それが貴方の最大の魅力なのです。
 だってそうでしょう?
 表に出たくないなら、私なんか見捨てておけばよかったんです。
 なのに、貴方は助けてくれた。
 そんな貴方を、私は……
 
「リーディア会長」

「は、はい! なんでしょうか? エムレス会長」

「この会食でリーディア商会、ひいてはリーディア会長のお人柄がよくわかりました。貴女とは良きパートナーとなれそうです」

「それは光栄ですわ。エムレス会長。これからも、よろしくお願い致します」

「しかし、残念な事が一つだけあります」

 エムレス会長が不満気な顔で視線を逸らした。
 何か失礼があった?
 言えないとはいえ、リョウさんの成功に私が泥を塗るわけにはいかない。
 なんとしても挽回しないと!

「何か失礼がありましたでしょうか? 不手際でしたらお詫び致します」

「いやいや! そうではありません。ただ、貴女の商会とは末永くお付き合いさせていただきたく思いまして、これを機にうちの倅をどうかと思ったのです」

「倅……と仰いますと?」

「ラジール王国のエムレス商会、ヴァルト王国のリーディア商会が一つになれば、国家を跨いだ一大商会となるでしょう。二国の商圏を掌握し、ゆくゆくは他の国々にも商圏を拡げ、大陸一の大々商会となれる事は疑いようもありません! そして、親バカかもしれませんが、倅はそれなりに美男子ですし、商才もあると思います。リーディア会長は独身とお聞きしましたので、如何かと考えたのです」

 ……まさか政略結婚の申し出とは思いませんでした。
 確かにエムレス商会とリーディア商会が一つになれば、大商会となる事は間違いない。
 エムレス会長が顔を真っ赤にして、興奮しながら話すのも、それこそが、会長自身の夢だからでしょう。
 私の夢もヴァルト王国一の大商会でしたから、気持ちはわかりますわ。
 きっと少し前の私なら、今すぐにでも、この申し出を受けたでしょう。
 でも、今の私は……私には……

「ですが、それは止めておきましょう」

「えっ? あ、あの……」

 急に穏やかになったエムレス会長の言葉に、私の思考は完全に停止してしまいました。
 さっきまであんなに熱く語っておられたのに、それをあっさり覆すなんて。

「会長、それはどうして……」

「貴女には想い人がおられる。だからですよ」

「想い人……なっ!」

 言われてすぐにリョウさんの顔が思い浮かんでしまった私は、急に全身がカッと熱くなった。
 な、なんで! いきなり出てくるんですのっ!?

「か、会長! べ、別に私はあんな冴えない男なんか……っ!」
 
「はははっ、リーディア会長がそのようなお顔をされるとは少々意外でした。普段の凛とした御姿もお美しいですが、今の熟れた桃のようなお顔も実に可愛らしい!」

「か、会長! 揶揄わないでください!」

「はははっ、失礼。ですが、商人として相手の望まぬものを提供する事は出来ません。さっきの事は年寄の独り言と思って、聞き流してください」

 会長はなんとも爽やかな笑顔でそう言った。
 誠実な方だ。
 この誠実さは商売人としては少し不安ですが、買い手の立場になれば何とも安心感があります。
 良いものを安定して供給できる。
 これがエムレス商会の強みですか、見習うべき点がありますわね。

「さて、私はそろそろ失礼させていただきます。あっ、御結婚の際には是非、御一報ください。盛大にお祝いをさせていただきますので。では」

 会長が笑顔で去っていった。
 意外でしたわね、会長があんな事を言う方だったなんて。
 でも、とりあえず会食は成功したようでホッとしましたわ。
 安心したら少しお腹が空きましたわね。
 私もサンドイッチを頂こう。
 
「御結婚……かぁ」

 さっきのエムレス会長の言葉を考える。
 そりゃ、私にだって結婚願望くらいあります。
 お相手は今のところいません。
 候補ならいますけど。
 あの表に出てこない朴念仁をどうにかしない事には、私に結婚の未来はない。
 
「どうしましょう……」

 考えながら、テーブルの上にあったサンドイッチを食べる。
 本当に美味しい。
 このテリヤキチキンサンドは絶品です。
 甘辛いソースとマヨネーズなる調味料たっぷりなのに、手を汚さずに食べられる。
 本当に画期的なアイデアです。
 これだけの具材が入っていても、手が汚れないのは、パンがしっかり中の具材を挟んみ込んで逃さないからなんですね。
 挟み込んで逃がさない……
 逃がさない……そうですわ。
 これです! 要はあの方の逃げ場がないように包み込んでしまえば良いんですわ!
 このサンドイッチのように!

「ふふふっ、リョウさん。ありがとうございます。サンドイッチ、本当に素敵なアイデアですわ。絶対に逃しません事よ!」

 さぁ、明日から忙しくなりますわ。
 狼獣人やエルフ、巨人族の女達も油断できませんからね。
 でも、私はこの王国一の大商人となる女。
 狙った獲物は絶対に逃しませんわ!
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