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第一章

狐獣人②

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 ギルドの中に入ると、そこに2人の姿はなかった。
 何処かとキョロキョロしていると、建物内の奴等と視線が合う。
 ニヤニヤした視線、興奮した視線、怨みがましい視線と、様々な想いがひしひしと感じられる。
 どうやら、さっきのリーディアさんの声はギルドの中まで聞こえていたらしい。
 恥ずい、2人はどこに消えたんだ?
 早くこの場を離れないとっ!

「リョウさん、コッチです」

 周りの視線から逃れていると、商談用の個室からミューさんが手招きしていた。
 2人はさっさとこの空間から逃れたらしい。
 周りの奴等から逃げるように移動して、俺は個室にサッと入った。
 ん? 中に入ると妙に静かになったな。
 さっきまでの外のざわつきが嘘のようだ?

「安心してください。この個室は特別な部屋で、【密室シークレットベース】という魔法がかけられているんです。内部と外部が完全に遮断されるので、透視や盗聴の心配もありません」

 そんな特別な個室があったのか。
 さすがギルド。
 密談用の部屋まで用意してるとはね。
 ふぅ、これでやっと一息つける。

「落ち着いている場合じゃありませんよ、リョウさん。早くリーディアのお話を聞いてください!」

 今日は妙に圧の強いミューさんが、俺に捲し立ててくる。
 そもそも何でミューさんがいるのかが、わからないんだけど、とりあえず今はリーディアさんの話を聞くか。

「俺に頼みたい事ってなんですか?」

「はい……実は、今度開かれる大市に向けて、新しく他国の商会と取引する事になったんですが……」

 あぁ、この流れはアレだな。
 取引相手が悪かったって話だろ?
 でも、それは俺にはどうしようもない話だ。
 ハウデルに話を通してやるくらいしか出来ないぞ。

「相手が非合法組織、もしくは急に値段をつり上げてきた、って話ですか? それなら衛兵隊長に……」

「いえ、そんな事はなくて」

 ないんかいっ!
 ここはそうであってくれよ!
 紛らわしいなっ!

「先方にも取引自体にも問題はないんです。ですが、今度、あちらの方々を此方こちらに招いて、会食をする予定があるんです。ですが、その会食メニューに困ってまして……」

「会食のメニュー? どういう事ですか?」

 リーディアさんはリーディア商会の会長だし、これまでだって貴族の方々や他の商会とも何度も会食した事があるはずだ。
 料理だって、専属の料理人がいるし、一流料理店にツテだってあるだろう。
 悩む理由があるとは思えないけどなぁ。

「リーディアさん。それは料理人と相談すべき事で、リョウさんに頼むのはどうかと思うんですけど。何でしたらギルドから良い腕の料理人を紹介しますよ?」

「ミューさん、それがダメなのよ。私も色んなお店に声をかけたわ。それこそ王都の一流料理店や一流料理人にもね。でも、誰もあちらの要望に応える品を提示できなかったのよ」

「お、王都のお店でも駄目なんですか? そんなの、いくらリョウさんが有能で才能豊かでも無理ですよ」

 変に持ち上げられてるのが気になるけど、ミューさんと同意見だね。
 これは俺の出る幕じゃない。

「そうですわよね……でも、私があちらに行った時に、向こうの人達は慣れない私達の趣向に合わせた会食を開いてくださったのよ。それをこちらに招いておいて、できませんなんて、とても言えませんわ」

 うーん、それは確かに辛い。
 相手はこっちのためにしてくれた事を、こっちはしないなんて心象が悪くなるどころか、下手すれば関係破綻。
 取引停止の可能性だって、あり得なくはない。
 それにリーディア商会の評判だって、どうなるか……助けてあげたいけど、こればっかりはなぁ。

「それで、先方はどんな要望をされたんですか? すごく希少な食材とか、それとも難しい調理法が必要とかですか?」

「と、いうよりはメニューそのものですわ。だって『手掴みで食べられる物』ですもの」

 うん? 手掴み?
 それって、手で食べるってことか?

「て、手掴みですかっ!? そ、それは確かに難しい要望ですね。冒険者の携帯食ならともかく、会食で出せる手掴みの料理なんて……王都の料理人どころか、誰にも無理ですよ!」

「でも、取引をする商会があるラジール王国では、局地的ではありますが、今もそういったマナーが残っているんですわ。ここ、ヴァルト王国でも、王侯貴族が手掴みで食事をしていた歴史がありますしね」

 そういや、中世ヨーロッパでも昔は手掴みがテーブルマナーだった、って聞いた事がある。
 汚れた手をテーブルクロスで拭いてたって話だ。

「でも、それは何百年も昔の話ですよ!? 今はちゃんとナイフとフォークを使ってますし。今、手掴みで食べるとなると、パンとかチーズとか」

「それは会食で出せるような代物ではありませんわ。だから、困ってるんです。リョウさんは珍しい料理を知っておいでですから、もしかしたらと思ったんですが、さすがに無理ですわよね」

 落胆したリーディアさんは肩を落として、ため息を吐いた。
 藁にもすがる者は、きっとこんな眼をしているんだろう。
 なんて哀しい眼だ。
 そんな眼をされたら……断れないじゃないか。
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