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第一章

リザードマン 後編

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「今回だけだからな」

 舞い上がる気持ちを悟られないように、あえてぶっきらぼうに言ってから、俺は獲物の解体を始めた。
 栗丸猪は体長1メートル程で、特定の木の実しか食べないから臭みが少なく、程よいジビエが味わえる猪だ。
 山花大鳥は鳩みたいな見た目で嘴が鋭く、なんと花弁を餌にする珍しい鳥だ。
 可食部位が多く、肉自体からフローラルな香りがする事で、女性の人気が高い。
 両方とも売ればそれなりの金になる獲物だけど、ジョルダンは食うことが目的のようだし、遠慮なく使わせてもらおう。

「ところで、今更だが、お前は何者なんだ?」

 ジョルダンに言われて、まだ自分が名乗っていないことに気づいた。
 これは悪いことしたな。

「俺はリョウ。冒険者だよ」

「どこの都市の所属だ?」

「ツヴァイ冒険者ギルドだけど?」

「おおっ、ならば話が早い! 俺をツヴァイ冒険者ギルドに紹介してくれ」

 解体をしながら話を聞くと、ジョルダンはツヴァイから遠く離れたズィーベンからやって来たそうだ。
 3ヶ月程前まではズィーベン冒険者ギルドに所属していたそうだが、依頼のことで揉めてしまい、それを機に拠点を移す事にしたんだそうだ。
 それで移るなら環境をガラッと変えようと思って、王都まで行こうとしていたらしいが、準備を碌にしていなかったせいで、到着前に食糧が尽きてしまい、獲物を捕ろうと山に入ったところで、道に迷ったそうだ。

「いやぁ、土地勘がないというのは恐ろしいな。まさか、この俺が道に迷うとはな! ハッハッハッハッ!」

「ズィーベンから王都まで行くのに、ちゃんと準備してこないお前の方が怖いよ。それに街道を行けば、どこかの都市には着くし、行商人だっていただろ?」

「ゼクスやフュンフまではそうしていたんだがな。フィーアあたりでぼったくられそうになってな! まったく田舎者だと馬鹿にしおってっ!」

 それでへそ曲げて、金はあるのに食糧を買わず、彷徨う羽目になったわけね。
 実直というか、頑固というか、とにかく変わった奴だよ。
 あれ? でも、今の話だと王都に行くつもりだったんだよな?
 それが何でツヴァイ冒険者ギルドに紹介して欲しいんだ?
 
「俺のことはこれぐらいでいいだろ。次はお前だ。リョウとか言ったな? 何でこんな山の中に住んでるんだ?」

「別に理由はないよ。ただ、街中は騒がしすぎるだけだ」

 それは嘘じゃない。
 ただでさえ、たまにとはいえ、この家でも人が押しかけてきて飯を食っていくんだ。
 これが街中だったら、どうなる?
 毎日来るか、下手をすれば下宿にされかねない!
 それは御免だね!

「そうか。まぁ、深く詮索はせん。だが、本当に冒険者なのか? あまり剣の才能を感じないが……」

「俺は調査や魔物討伐とかは専門外でね。俺は採取依頼を専門にやってる」

「採取専門、だと?」

 あっ、これは面倒なやつだ。
 『採取依頼しか出来ない腑抜けがっ!』とか言われるんだろうな。

「そうか。それは助かるな」

「あれ? 腑抜けは?」

「腑抜け? 何の事だ? 比較的安価で回復薬などの魔法薬が出回っているのは、薬草採取などの地道な活動をしてくれている冒険者のおかげなんだぞ? それのどこが腑抜けなのだ?」

「いや、よく言われるからな……」

「まだそんな事が罷り通っているのか、ツヴァイはっ!? ギルドマスターや顔役は何をやっているのだ!? 俺が文句を言ってやる!」

「紹介する先から揉めるのはやめてくれ。まぁ、気持ちはありがたいけどな。よし、解体が済んだ。気分が良いから、めっちゃ美味いもん食わせてやるよ」

 自分でも驚くほど嬉しい気持ちになった。
 誰かに自分の仕事を認めてもらえるってのは、やっぱり気持ちのいいもんだ。
 さて、栗丸猪は分厚めに切って黒墨樹の実と砂糖、それからすりおろした縞根子しまねっこに漬け込んでおく。
 山花大鳥は切り分けてから、塩と胡椒ピッパリをよく揉み込んで、皮を下にして焼く。
 そして、水と白ワインで蒸し焼きにする。
 本当は日本酒がいいんだけど、流石に無いんだよなぁ。
 代用品すらない。
 こうなったら、自分で作るか?

「むおっ! 良い匂いがしてきたではないか!? もうすぐかっ!? まだなのかっ!?」

「落ち着けよ! まだ少しかかるから!」

 待ちきれない子どものようにソワソワするジョルダンを無視して、料理を続ける。
 大鳥を蒸し焼きにしている間に、漬け込んでいた猪肉をタレごと焼く。
 このジュワッとする音が好きだけど、焦げ付かないようにじっくり焼かないとな。
 
「ぬぉおおおお! まだかっ!? まだなのかっ!? リョウ! 早くしろぉおおお!」

「地団駄を踏むんじゃない! 暴れると家が壊れて、飯が食えなくなるぞ!」

 飯が食えなくなると聞いて、ピタッと止まるジョルダン。
 なんて食い意地だ。
 っていうか、お前はさっきシチューと焼豚も食っただろうが!
 両面にしっかり焼き色をつけて、中までじっくり火を通してから【鑑定】で見る。  
 よしっ! 最高のタイミングだ!

「出来た! 栗丸猪の縞根子焼きと、山花大鳥の白ワイン蒸しだ!」

 出来たての料理を皿にどかっと盛ってテーブルに運ぶと、待ちきれないジョルダンがナイフとフォークで皿に襲いかかった!
 気迫がゴツいよ!

「うんまぁああああ! なんだ、この猪肉は!? さっきの焼豚とは違った味だが、濃厚さと縞根子の刺激が堪らないぞ!」

 こ、こいつ、本当にどんだけ食べるんだ?
 フードファイターなんか目じゃないぞ。
 どんどん皿から猪肉が消えていってる!

「おおっ! 大鳥も花とワインの芳醇な香りが合わさって、しっとりと柔らかくさっぱりとした味になっている! こんな美味い鳥は初めてだ!」
 
 山のように盛った猪肉と大鳥肉がもう殆ど無くなっている!?

 一体、どうなってんだ? リザードマンの腹は。

「まだだっ! まだ食えるぞ!」

 ……なんか鬼気迫る感じになってきたな。
 これは、嫌な予感がする。

「リョウ! お代わりをもう一皿、いや! そこにある肉全部頼む!」

「やっぱり、そうなったか。普通なら断るんだけど、金貰ってるしなぁ……やるしかないか」

 それから俺は、本当に猪肉と大鳥肉が無くなるまで料理する羽目になった。
 ちなみに、俺は一口も食べてない。
 金なんか貰うんじゃなかったよ……
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