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第一章

エルフとミノタウロス 後編

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「待ってよぉおおおお! もう殴りに行くの止めるから、私もウランとテンプル食べるぅうう!」

「お前は何を食う気だ? うどんとテンプラな? 物騒な間違えはやめてくれ」

 追い縋ってきたヴァイオレットの言い間違いをしっかり訂正してから、俺達はオルテガに案内されてギルドの調理場へとやって来た。
 なんでギルドに調理場が? って、思ったら、以前にミューさん達と使った商談用の個室では、打ち合わせが長くなった時には軽食を出す事もあるそうで、そのための調理場があるらしい。
 軽食しか出さないとはいえ、さすがはギルドの施設だ。
 設備も器材も十分揃っている。
 これなら問題なく料理できるぞ。

「ここにある必要な物はなんでも使っていいぞ」

「食材も使っていいのか? できれば魚も欲しいんだが」

「魚は保存が効かないから普段は置いて無いな。だが、無いなら買いに行かせればいい。おい、誰か市場に行って魚を買ってこい!」

「はい! 私が行ってきます!」

 買い出しを名乗り出たのは、あの大声を上げた若い職員だった。
 悪い事をした自覚があったのかな?

「じゃあ、悪いけど白身の魚を頼む。あとは手頃なサイズの海老があれば」

「はい! すぐに!」

 オルテガから金を受け取った後に、元気な返事をしてから若者は外へ飛び出して行った。
 若いって素晴らしいね。
 さて、ここから市まではそう遠くないし、すぐに帰ってくるだろうから、今の内に他の食材の下拵えでもしておくか。
 紫瓜むらさきうりという茄子のような野菜は、縦に切って腹に切り込みを入れてから水にさらしておく。
 南瓜のような固瓜かたうりは種とワタをとって薄切りにしておく。
 それにしても、この世界って瓜が多いな。
 俺の知ってる茄子はナス科でウリ科じゃないんだけどね。
 まぁ、そんな細かい事は異世界には関係ないか。
 おっと、そうだ。
 天ぷらをカラッと揚げるために必要なアレを作らないとね。
 卵黄に塩と酢を合わせて、それをもちゃっとするまでしっかりかき混ぜる。
 もちゃっとしてきたら、油を少しずつ加えながら混ぜて、白くなってきたらマヨネーズの完成だ!
 天ぷらを揚げる衣に混ぜると、マヨネーズの油分が衣の水分をよく飛ばしてカラッと揚がるそうだ。

「買ってきました!」

 若い職員が息を切らせて帰ってきた。
 どんなのを買ってきたのか……おっ!
 めっちゃきすっぽい!
 海老もいい感じじゃないか。
 さすがはギルド職員だ、素材の目利きに慣れてるみたいだな。
 よし! とりあえず捌いていくか!

「先ずは魚から。鱗をとってから、頭を落としてっと。内臓を取り出して、腹の中を綺麗に洗う。あとは背から切り込みを入れて開いて、背骨と腹骨を取る。うん、なかなかきれいにできた。この調子でどんどんやっていくか」

「ほう、見事なもんだ。お前、解体班でも仕事できるんじゃないか?」

 俺が魚を捌くのを後ろで見ていたオルテガが感心しているようだが、それは大袈裟というものだ。
 これぐらいは漁師町の女達ならお手のものだろう。
 魚はだいたい終わったから、次は海老だ。
 殻を剥いて、背と腹のワタを取ってから、腹に軽く切れ目を入れておく。

「リョウちゃん、お腹とか結構切っちゃってるけど、大丈夫なの?」

「ああ、大丈夫だよ。これは揚げた時に丸まらないための細工だから」

「へぇ、リョウちゃんって本当に料理上手なんだね。お嫁さんは私みたいに料理出来ない人でも大丈夫ね!」

 いや、それは出来る方がいいぞ?
 さぁて、海老も全部終わったから、あとは衣の準備だけだ。
 大きめの椀にさっきのマヨネーズを入れて、【調整】で冷やした冷水を混ぜながら加えていく。
 そこにふるいにかけた小麦粉を入れて、さっくりと混ぜる。
 あんまり混ぜすぎてもいけないだったよな?
 よし、天ぷらの下準備は終わったから、次はうどんだ。
 うどんは以前に作ったものを【収納】に既に入っているから、あとは取り出して茹でるだけでいい。
 じゃあ、仕上げにかかるか。
 鍋を二つ用意して、一つには水を張って【調整】で沸かしたら、うどんを投入!
 もう一個、鍋には油を入れて【調整】で高温にしたら、衣をつけた具材を揚げていく!
 【調整】使うと、油の温度管理が楽だし、【鑑定】を使えば、うどんの茹で加減も天ぷらの揚げ加減もばっちりわかる。
 うーん、これは料理チートだな。

「さぁ、ボチボチいい加減だな。上げていくぞ!」

 揚がった天ぷらをどんどん皿に乗せていく。
 うどんは大きめの木桶に茹で湯ごと移して、最後に俺特製のつゆを【収納】から出せば完成だ!

「出来たぞ。釜揚げうどんと天ぷらの盛り合わせだ」

「やったぁあああ! リョウちゃんの料理、久しぶりだぁあああ!」

「ふむ、どれも見たこともない料理だな」

 ヴァイオレットの歓喜は別として、オルテガが不思議そうに見るのも当たり前だ。
 うどんや天ぷらなんて、この世界には流通してないからね。
 揚げるといえばフライだろうし、麺といえばパスタだからな。

「大丈夫よ、オルテガ! リョウちゃんの料理が不味かった事なんて一度もないんだから!」

「確かに不味そうには見えないな。しかし、どうやって食べればいいんだ?」

「うどんは掬って、このつゆにつけて食べるだけ。天ぷらは塩か、そのつゆに付けて食べてくれ」

 2人は迷わずフォークを持って、器用にうどんを掬うと、つゆが溢れるのも気にせずにジャボンとつけてから口に運んだ。
 いきじゃないのは仕方ないか。

「うーん! 美味しい! この麺、つるつるとしてるのに歯応えがあって、それが甘い汁と一緒になって、もう最高!」

「これはすごいな! 柔らかそうなのに、軽く歯を押し返してくる弾力! 絹の如きなめらかさと絶妙に舌に残る旨味! これだけシンプルなのに、なんと奥深い味わいだ!」

 確かに美味いんだけど、ちょっと大袈裟過ぎ。
 でも、久しぶりのうどんは美味いなぁ。
 パスタもいいけど、きっと日本人の血がうどんを求めているんだろうな。
 ちょっと日本が懐かしい、かな?
 
「うにゃああ! な、なに、これ!?」

 ヴァイオレット……人が望郷の念を募らせているというのに、無粋な声をあげやがって。
 いつの間にか、魚の天ぷら食ってるし。
 
「サ、サックサクのふっわふわ! これ、本当に揚げ物? 全然油っぽくなくて、すんごい美味しいよ!」

「美味い! 美味い! 美味い! なんて事だ!? こんな揚げ物があったとは!? 紫瓜も固瓜も、そしてこの海老も! なんて美味さだ! 素晴らしいぞ!」

「ちょ、ちょっと! オルテガ! 食べ過ぎよ! 私はまだ白雪魚しらゆきうおのしか食べてないんだから!」

 次々頬張るオルテガに負けじと、ヴァイオレットも天ぷらに手を伸ばし始めた。
 それにしても鱚って、こっちでは白雪魚って言うのか。
 これは覚えておこう……って、天ぷらの無くなる早さが尋常じゃねぇ!

「美味い! 天ぷらで口の中が少し油っぽくなっても、うどんがそれを洗い流し、さっぱりさせる。すると、また天ぷらが食べたくなる! これは、無限に食える組み合わせだ!」

「つるつるのうどん、サクサクの天ぷら! もう最高だね!」

「ああっ! 海老の天ぷら、全部食べやがったなっ!? 俺はまだ一個も食べてなかったんだぞ!」

 皿から天ぷらが消えていく。
 俺は必死に箸を伸ばすが、2人は俺が掴む前に次々と天ぷらを平らげていった。
 うどんもいつの間にか、そこが見えるくらいになっている。
 こ、こいつら……遠慮ってものを知らないのか!

「ふぅ、食った食った! 俺は満足だ!」

「オルテガ食べ過ぎ! 私はまだ少し物足りないんだけどっ!」

「俺は全然食べてねぇよ!」

 空になった皿は俺の空虚な心そのものだ。
 あれだけ手間暇かけたのに、俺が食べたのは天ぷら一個、うどん一杯だけ……
 
「お前らとは同じ釜の飯を食ったとは言えないな」

「なんだ、それは?」

「俺の故郷では、同じ釜の飯を食うほど親しい仲間ってのがあるんだよ」

「じゃあ、私達はみんな同じ釜の飯を食った仲間だね! リョウちゃんとヴァイオレットは仲良しだ! えへへっ、嬉しいな!」

「お前らなんか仲間じゃねぇえええ! 俺の天ぷら返せぇえええ!」

 俺の心の叫びは、空になった皿のように空虚に響くだけだった。
 もう二度と、外では作らん!
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