111 / 480
第二章
軍令部発表
しおりを挟む「悪魔…ですか?」
「そう、悪魔だ」
ネムルはゆっくりと広間を歩き回りながら演説を続ける。正直悪魔と言われてもピンとこない。前世の知識では漫画やゲーム、小説などあらゆる分野に出てきた存在だが、散々魔物を見慣れた後ではどう違うのかが解らない。だが、わざわざ討伐しろと言うぐらいだからそれなりに強いんだろう。少なくとも軍隊ではどうにもならないレベルだと思われる。
「知っての通りこの国は大部分が砂漠で覆われているが、この国の南、大陸の南端には緑豊かで肥沃な大地が広がっているのだ。我らの祖先は何度となくその地を自分達の物にしようとしたが、ことごとく失敗に終わっている。なぜだと思うね?」
「それが…その悪魔の仕業ってわけですか?」
自分の希望通りの答えが返ってきた事が嬉しいのか、ネムルは更に上機嫌になりながら広間をグルグルと回っている。俺は内心呆れながらその様子を観察していた。バターでも作るつもりなのかこいつは?
「その通り!かの地には圧倒的な強さを誇る悪魔が居座っていて、我等にはそれに抗する術がない。そこで君の出番だエスト殿!」
「は、はあ…」
立ち止まってビシリと俺に指を突きつけると、今の独演会に満足したのかソファーに身を預けて酒をあおる。いちいち芝居がかってて鬱陶しいおっさんだなと思うが、そんな言葉は間違っても口に出せなかった。
「その悪魔の名はアスタロト、地竜の上に人間の体を生やした強力な魔物だ。そのドラゴンの巨体もさることながら、人間部分が厄介でな。ありとあらゆる属性の魔法を連発してくるのだ。知能も高いし人間の言葉も解するが、交渉には一切応じずにただ殺戮を楽しむ奴だ。あの土地を手に入れようと思ったら、奴を殺す以外に手が無い」
ドラゴンタイプの魔物か…ディアベルやシャリーが居ない今の俺達には厳しい相手だが、断ると言う選択肢はない。しかし相手が強いと言うなら、わざわざ正面から戦う必要はないだろう。奇襲するとか巣ごと潰すとかやり方はいろいろあるはずだ。そのためには相手の情報を少しでも手に入れておきたい。弱点などがあれば楽に戦えるしな。
「その魔物の戦い方とか弱点とか、何か情報があるなら教えて欲しいんですが」
「当然だな。おい、あれを持って来い」
ネムルが傍らに控えていた女の一人に指示を出すと、女は奥に引っ込んだ後、巻物を手にして再び広間まで戻って来た。俺達が注目する中それを手に取ったネムルは朗々と歌うように読み上げる。
「記録によると、かの悪魔は己の右手を巨大な毒蛇に変えると戦士を一飲みにし、左手に持つ光り輝く槍で近寄る者を串刺しにした!地竜の口からはダンジョンから溢れ出しそうな毒の息を吐きだすと、並みいる強者達を数々の魔法で蹂躙した!我等の祖先は何度倒れようと果敢に立ち向かったが、ついには力及ばず悪魔の前に骸を晒すに至る。以上!」
…なんだそりゃ。結局弱点は何にも解らないって事じゃないのか?何度も戦っているならそれぐらい調べておいてくれと文句の一つも言いたくなるが、ここで愚痴ってもしょうがない。今の話で解ったのは魔物の戦い方だ。奴の戦法は大まかに分けて3つ、右手の毒蛇で中、長距離に対応し、近距離では左手の槍で応戦する。敵が数で押してきた場合は竜の口から毒の息を吐きつつ、人間部分が魔法を放って近寄らせないのだろう。問題は地竜の部分と人間の部分、どっちが司令塔として機能しているのかだ。頭さえ潰せば大抵の魔物は戦えなくなるから、全体にダメージを蓄積させるよりそっちを狙いたい。
「…なんとなく理解しました。それで、奴の住処はどんな所なんですか?」
「うむ、奴が住処としているのは巨大なダンジョン奥深く。地下10階の最下層だ!今10階ぐらいなら楽勝だと思ったか?それは大きな間違いだぞ!かのダンジョンは一階層ごとに強力な魔物が立ちはだかり、我等の行く手を阻んだのだ!」
つまりフロアごとにフロアマスターが居るって事か?以前戦ったデュラハン程度なら問題ないが、サイクロプスクラスの魔物が出てきたとしたら正直厳しい。こればっかりは運頼りになるが、駄目そうなら一度撤退して何か別の手を考えよう。散々声を張り上げて疲れたのか、ネムルは再びソファーに腰かけると酒をあおって一息つく。
「道案内なら用意させるので心配はいらない。明日の朝には出発できる手はずを整えておこう。ついでに土産も持たせるので期待しておくといい」
ニヤリと笑うネムルに礼を言うと、明日の戦いに備えて早めに休ませてもらう事にした。
------
翌朝、まだ日が昇りきらない内に俺達パーティーは案内役の男に先導されながら、一路大陸南のダンジョンを目指す。出発前に渡されたネムルからの土産と言うのは、装備する事で毒に強い耐性を得る事の出来る指輪だった。毒の息や毒蛇の牙を警戒しなくてもよくなるのは大変助かる。正直期待していなかっただけに、望外の喜びだ。
何日かかけて砂漠を越え、緑の大地が広がり始めた頃、悪魔の住処とされるダンジョンの入口が見えてきた。ゴツゴツした岩肌の間にある洞穴程度でしかないのだが、あの奥には高レベルの魔物が手ぐすね引いて待ち構えているので、一瞬でも油断は出来ない。俺達が倒れる事はすなわちシャリーが治癒する機会も失われると言う事を意味している。何が何でも生きて帰らなければならない。
「では私はこれで失礼します。吉報をお待ちしています」
「ありがとう」
案内役を務めた男と入口で別れ、俺達三人はダンジョンの中に足を踏み入れる。今回はディアベルが不在のために俺が魔法で明かりを用意しなければならないので、いつもより光量が足りずに薄暗く感じる。マップスキルで確認してみたが、ダンジョン内には所謂雑魚の気配は皆無であり、反応するのはネズミなどの小動物のみだった。
内部もそれほど複雑な造りではなく、ほぼ一本道に等しい。これでは迷う方がどうかしていた。明かりに照らされた通路には、所々錆びた剣や槍が突き刺さっていて、中には人骨と共に防具が放置されていたものまである。激戦の末逃げ帰ったネムルの祖先達の物だろう。心情的には弔ってやりたいが、今はその余裕が無い。心の中で黙とうするだけでその横を通り過ぎた。
一時間ほど進んだだろうか、マップスキルに最初のフロアマスターと思われる強力な反応が現れた。武器を構えて進んで行くと、立派な鎧を身に纏った一人の騎士が、下の階に続く階段の前に立ちはだかっているのが見える。あれが最初の敵らしい。
「やるぞ二人とも」
「はい!」
「ええ、わかったわ!」
気合を入れて返事を返す二人と共に、俺は鎧の騎士目がけて走り出した。
0
お気に入りに追加
962
あなたにおすすめの小説
鑑定能力で恩を返す
KBT
ファンタジー
どこにでもいる普通のサラリーマンの蔵田悟。
彼ははある日、上司の悪態を吐きながら深酒をし、目が覚めると見知らぬ世界にいた。
そこは剣と魔法、人間、獣人、亜人、魔物が跋扈する異世界フォートルードだった。
この世界には稀に異世界から《迷い人》が転移しており、悟もその1人だった。
帰る方法もなく、途方に暮れていた悟だったが、通りすがりの商人ロンメルに命を救われる。
そして稀少な能力である鑑定能力が自身にある事がわかり、ブロディア王国の公都ハメルンの裏通りにあるロンメルの店で働かせてもらう事になった。
そして、ロンメルから店の番頭を任された悟は《サト》と名前を変え、命の恩人であるロンメルへの恩返しのため、商店を大きくしようと鑑定能力を駆使して、海千山千の商人達や荒くれ者の冒険者達を相手に日夜奮闘するのだった。
辺境伯家次男は転生チートライフを楽しみたい
ベルピー
ファンタジー
☆8月23日単行本販売☆
気づいたら異世界に転生していたミツヤ。ファンタジーの世界は小説でよく読んでいたのでお手のもの。
チートを使って楽しみつくすミツヤあらためクリフ・ボールド。ざまぁあり、ハーレムありの王道異世界冒険記です。
第一章 テンプレの異世界転生
第二章 高等学校入学編 チート&ハーレムの準備はできた!?
第三章 高等学校編 さあチート&ハーレムのはじまりだ!
第四章 魔族襲来!?王国を守れ
第五章 勇者の称号とは~勇者は不幸の塊!?
第六章 聖国へ ~ 聖女をたすけよ ~
第七章 帝国へ~ 史上最恐のダンジョンを攻略せよ~
第八章 クリフ一家と領地改革!?
第九章 魔国へ〜魔族大決戦!?
第十章 自分探しと家族サービス
家ごと異世界ライフ
ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!
テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】
永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。
転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。
こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり
授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。
◇ ◇ ◇
本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。
序盤は1話あたりの文字数が少なめですが
全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
補助魔法しか使えない魔法使い、自らに補助魔法をかけて物理で戦い抜く
burazu
ファンタジー
冒険者に憧れる魔法使いのニラダは補助魔法しか使えず、どこのパーティーからも加入を断られていた、しかたなくソロ活動をしている中、モンスターとの戦いで自らに補助魔法をかける事でとんでもない力を発揮する。
最低限の身の守りの為に鍛えていた肉体が補助魔法によりとんでもなくなることを知ったニラダは剣、槍、弓を身につけ戦いの幅を広げる事を試みる。
更に攻撃魔法しか使えない天然魔法少女や、治癒魔法しか使えないヒーラー、更には対盗賊専門の盗賊と力を合わせてパーティーを組んでいき、前衛を一手に引き受ける。
「みんなは俺が守る、俺のこの力でこのパーティーを誰もが認める最強パーティーにしてみせる」
様々なクエストを乗り越え、彼らに待ち受けているものとは?
※この作品は小説家になろう、エブリスタ、カクヨム、ノベルアッププラスでも公開しています。
女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません
青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。
だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。
女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。
途方に暮れる主人公たち。
だが、たった一つの救いがあった。
三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。
右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。
圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。
双方の利害が一致した。
※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております
無能スキルと言われ追放されたが実は防御無視の最強スキルだった
さくらはい
ファンタジー
主人公の不動颯太は勇者としてクラスメイト達と共に異世界に召喚された。だが、【アスポート】という使えないスキルを獲得してしまったばかりに、一人だけ城を追放されてしまった。この【アスポート】は対象物を1mだけ瞬間移動させるという単純な効果を持つが、実はどんな物質でも一撃で破壊できる攻撃特化超火力スキルだったのだ――
【不定期更新】
1話あたり2000~3000文字くらいで短めです。
性的な表現はありませんが、ややグロテスクな表現や過激な思想が含まれます。
良ければ感想ください。誤字脱字誤用報告も歓迎です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる