食うために軍人になりました。

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第一章

怒りの頂点

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 自分以外誰もいなくなった廊下を真っ直ぐ進むと、突き当たりに重厚な造りの両開きの扉が見える。
 あの部屋にマックロン男爵がいるはずだ。
 それを討つ事ができれば今回の俺の任務は終わる。
 さっさと終わらせたい。
 酷い臭いで鼻が曲がりそうだ。
 廊下の窓に映る自分の姿がチラチラと見える度にそう思う。
 ―――酷い有様だ。
 ワイン樽に頭から突っ込んだように、頭の頂から足の先まで赤黒く汚れていて、元の色が何色だったかわからないくらいだ。
 歩く度に血の足跡が床を汚し、ニチャっと嫌な音をさせているのも気に入らない。
 本当にさっさと終わらせよう。
 そう思いながら扉の前まで来ると気配を感じるまでもなく、扉の向こう側に誰かいるのがわかる。
 中から金属が小刻みに震えるようなガチャガチャとした音が聞こえてきたからだ。
 俺は扉横の壁に背中をつけて刀を抜き、後ろ手に刀の柄頭を扉に思いっきり叩きつけ、扉を開けた。

「うわぁぁあああああ!」

 扉を開けた瞬間、部屋の中から鎧を着込んだ男が出てきて剣を振り下ろした。
 待ち伏せをしていた剣は虚しく空を斬り、床に当たってカァーンと乾いた金属音を響かせた。
 バランスを崩して前のめりに倒れた男の顎を蹴り上げると、男は脳震盪を起こしたか、そのまま部屋の中に後退りして仰向けに倒れた。
 すぐに目を覚ますことはないだろうが、一応武器は取り上げておこう。

「み、見事ではないか。し、し、称賛に値するぞ」

 剣を拾い上げた俺に別の男が声をかけてきた。
 立派な書斎机の奥に、冷や汗を浮かべた男が椅子に座っている。
 その男は何故か鎧をつけず、金の刺繍をあしらった服を着ていた。
 机の上には何枚かの書類と何かが入った麻袋、ワインボトルに美しいグラスが置いてあり、とても戦場の一室とは思えなかった。
 戦の最中にこんな事をする軍人はいない。
 こいつは戦を知らない馬鹿貴族……俺の標的に間違いないだろう。

「覚悟はいいですか? それとも自刃されますか?」

「っ! ま、ま、待て! 待つのだ! そう焦るでない! お前にいい話があるんだ!」

 刀を構えた俺に馬鹿貴族が何かを語ろうとする。
 遺言なら聞いてやらないと哀れか。
 仕方ないな。

「何か?」

「あー、オホン。お前の働きは素晴らしいものがある。どうだ? 私に仕えないか? 働きによっては貴族に取り立ててやるぞ?」

 ……何を言っているんだ?
 まさか俺を懐柔しようとするとは思わなかった。
 しかも貴族に取り立てるなんて簡単にできる話ではない。
 というより、男爵如きが平民を貴族に取り立ててれるわけない。
 要は時間稼ぎか。

「ど、どうだ? 悪い話ではあるまい? 平民から貴族に取り立てられる事なんか滅多にある事ではないのだぞ? 貴族になればそのような姿にならずに済むのだ」

 部屋にあった鏡で改めて自分の姿を見る。
 確かに酷い姿だ。
 なりたくてなった訳じゃないけど、仕方ない。
 50人以上斬ったんだ、返り血の量も相当なものだった。
 ただ気分は滅入ってるな。
 こいつの話にも段々と苛々してきた。

「さぁ! 我が前に跪くがよい。そして、軍人などというならず者を辞め、高貴なる貴族の一員となるのだ!」

 ……なに? こいつ今、なんか聞き捨てならない事言わなかったか?

「ならず者……」

「そうだ。軍人など所詮は平民など下賤な輩のためにあるものではないか。大した価値もない者達よ」

「……軍人は命賭けで国を守っているんだぞ?」

「ふぅ、まだ若いからわかっておらぬか……いや、致し方あるまい。よいか? 平民など放っておけば勝手に増える畜生も同じ。故に我ら貴族が上手く使わねば害虫の如く国を荒らすのだ。そうならぬように軍人として取り立て、程よく調整しておるのだよ。運良く生き残って上に立っている者は、まぁ、死に損ないと言ったところか……やれやれ、害虫はしぶとくていかんな」

 …………ああ、駄目だ。
 こいつを生かしておく理由が微塵も思いつかない。
 こんなに怒りを覚えたのは生まれて初めてかもしれない。
 貴族って奴らはどいつもこいつも……。
 
「このクズ野郎がぁあああああ!」

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