5 / 6
5章/夜騎士の悪夢
5章/夜騎士の悪夢
しおりを挟む
5章/夜騎士の悪夢
朝……朝って何だっけ……?
朝というものはこういう感じだっただろうか。今日ほど風が心地よく感じた朝はないかもしれない……。
足取りが軽いわけではないが、通学路を歩き続ければ学校に辿り着く。朝という当たり前の事がやたらと長く感じつつ歩みを進めていた。
もしかしたらこんなにも朝らしい朝を感じるのは人生初めてではないだろうか。
望む望まずをとわず、毎夜毎夜激闘死闘、狂気に満ちた悪夢に巻き込まれ、朝になれば満身創痍。学校なんて気が付けば放課後になっていた気がする。
放課後になれば、圭太と綾に夢の内容を話して、ストーリーの内合わせをして、モデルやって……放課後も……。それはたったの、一昨日の出来事だったはずなのに一週間も一ヶ月も昔のことのように思えた。
今日は寒さが一層と際立つ。路頭に立つカーブミラーに映るオレだけが虚像の白い蛇を巻いて登校していた。
湾曲する円盤状の鏡に間抜けた顔が、寒さに青ざめて映っている。
本当に一瞬で全てがひっくり返ってしまった。誰かから見れば違いなんてわからないだろう。
人生ってものに無関心だったが、地球上のどこかの誰かが、毎日誰かしら運命の分岐点を迎えているのかもしれない。
毎日、誰かしらの運命の分岐点。それが偶然今回オレだったのであり、次は隣にいる誰かか、あるいは全く知らない誰かが、運命の分岐点を迎えている。
自分の杓子定規じゃ測れない、本当に神様のみが知るのかもしれない。
神のみが知る世界、夢の最奥にある命の帰る場所……サシワタ。
「風太郎」
鏡に映る蛇もオレも口は動いていない。誰が話しかけているんだ?
「風太郎!」
「うぉっ」
名前を呼んでいたのは綾だった。オレの後ろにいて、いつもと同じ強い眼差しで射ぬくように見ている。
「なにボーっとしてんのよ……通学の邪魔になるでしょ」
「あ、ああ……すまん」
綾からもカーブミラーからも目を反らし通学路に目を落とし、また学校へ歩き出す。
少しばかり意識が遠くへ行ったままになっていたので綾が呼び戻してくれて助かった気がする。サシワタや漠者や彷夢来について考えが追いつかない。
まだこの朝くらいは、学生のまま朝を迎えても許されるだろう……。
一人だけだった足音が一つ増えた。隣に綾が歩いている。歩幅を狭くして距離を開けようとする。綾との距離は離れることはなく、オレが止まると綾も止まった。
「なんだよ、先に行けよ」
綾と一緒に登校する理由はない。また、圭太の一件を含め綾を巻き込まないようにするには距離を開けた方がいい。
「私は、その……昨日のことで、あれから圭太に色々言われたんだ。あと私も、その……色々と考えたんだ……」
綾の力強い視線が、珍しく前髪で隠れた。圭太の名前を聞いて、昨日のことを思い出さずにはいられなかった。
圭太の憎しみに歪んだ顔から、隠していた真実。もしかしたら綾も計画の一つのパーツとして考えているかもしれない。昨日あったことは伏せておいた方がいい。
それと、学校で圭太に会った時どんな顔をすればいいかまだ考えてない。
「ごめんなさい。私が悪かった。風太郎は何も悪い事してないのに、むしろ手伝ってくれているのに……勝手なこと言った」
性格は割と頑固な方の綾が素直に謝ったことに驚きを隠せなかった。しかし答えは決まっている。
「別に謝らなくていい、もうチーム・ナイト/ナイツ/ナイトメアは無くなったんだ。圭太には目的があって、その為にオレが必要だった。もう目的を知った以上、戻る気は無い」
「目的って圭太が? 圭太はそんなこと考えてないよ、いつも漫画のことばっかり考えてる。風太郎の思い込みじゃないの?」
どうやら綾は何も知らないようだ。
昨日の夜にあったことを知れば、綾も悲しい思いをすることは間違いないだろう。余計な事を言わず口を閉じるのも必要な事だ。どんなに話しても人に伝わらないことだってある。
「どっちにしろ、オレはもう戻らない」
「風太郎……私のことはいいから、圭太と仲直りしてよ。圭太が一番に風太郎のことを心配していたでしょ! 私はちゃんと続き描くから、圭太と話をしてよ……また三人で、漫画描こうよ」
綾の悲痛な叫びが、脳を焼くような痛みに変わる。昨日の夜見た修羅のような圭太と、オレも綾も知る昼の顔の圭太。どちらも同じ人物なのにまったく別の人物のように思えて仕方なかった。
……まったく別の人物?
「綾、一つ確認するけど……圭太 は、三人でやり直すように言っていたのか? それとも、ただオレと綾が仲直りするように言っていたのか?」
「そんなの三人でやり直したいって言ったに決まってるでしょ?」
そんな馬鹿な話があるか?
夜に言っていた圭太と矛盾している。オレごと殺そうとした圭太が、三人で仲直りしようと言う訳が無い。
自分の思い描く願いが、もしこうならという思いが、オレと圭太と綾の三人が重ねた長く複雑に絡まった絆から、
一つの仮説が浮かび上がって来る。
「……そうかわかった。仲直りをしよう。それでいきなり言うのもなんだが、手鏡を持ってないか? 鏡なら何でもいいんだ、貸してくれないか?」
綾もいきなりの事で驚いているが、相手している暇は無い。仮説を確認するのに鏡が必要だった。白蛇の意見もできれば聞く必要がある。
「持っているか持ってないか、ハッキリしろ!」
「こ、これでいいかしら?」
サブウェイバックからキャラクターの描かれた折り畳み式の鏡を取り出した。それを奪う。まずはいるはずの教室へ行かなければならないが、オレが近くにいるのが知られてもまずい。即時に慎重にやらなければならなかった。
「ありがとー! 後で返すからなー!」
真実を確かめたくて、オレの体は走り出していた。
「風太郎……!」
後ろで綾が呼んでいるが、確認をするのが先だ。何よりも重要な、話しておかなければならない事があった。
「白蛇、聞こえるか!」
走りながら鏡に向かって問いかける。
『どうしたんだ風太郎よぉ。ふぁあ~、アタシらは基本夜行性なんだよぉ……』
「お前は獏者の位置を感知できるよな、だけど人間の位置はどうだ?」
『漠者は魂が特別大きいからわかるんだけどぉ~人間が夢を食って魂を肥大化させた話なんて聞いたこと無いねぇ~。どっちにしろ、アタシからすりゃ、人の違いなんてそうありゃしないもんさぁ~』
「次の質問だ。人間の夢の中に入った獏者が昼になるとどうなる? 例えば、オレと白蛇みたいに人間と感知するか? 獏者と感知するか?」
『それはたぶん人間だろうなぁ~。簡単にそれを見極められりゃ、獏者探しも苦労しないし、獏者も必死になって人間の夢に潜ろうとしないだろうねぇ』
「最後に、お前の感覚を研ぎ澄ませて教えてくれ。アイツは人間か……獏者か」
走るのを止めて物陰に隠れる。そっとその先に鏡を向けた。
反射した鏡には校門の前で立っている同級生が映る。背中には刀が二本入るであろう刀袋を背負い、オレと同じように血の気の薄くなった顔で空を見上げている。
名前は伊藤圭太。数少ない親友であり悪友だ。
『へぇ……何で気付かなかったんだろうかなぁ……こいつは酷いってもんじゃない』
鏡に反射して見る彼は、ミイラ男の様に全身を白い糸で巻かれていた。開いているのは目と口だけ。
首元に一匹の蜘蛛が、赤錆色した蜘蛛が、今もなお糸を巻き付け続けている。
鏡と現実を交互に見れば、日常と悪夢が鏡一重に存在していた。
「圭太は獏者に喰われたのか? 圭太はどうなっているんだ、教えてくれ白蛇」
『風太郎、夜を待った方がいい。敵の拠点がどこか判った。夢の中に攻め込めば被害は本人だけで済む。でも、この状態……現実で暴れられると被害が出るぞ。接触は避けた方がいい』
「今すぐどうにかしたい!」
『大きな声を出すな。正面からぶつかるより、奇襲をかけた方が救出できる可能性が高くなる。わかってくれ風太郎』
「くっ……」
今すぐに圭太を救いたい気持ちを抑えなければならない。あんな状況を見て、見ぬフリして帰れと言われて……それが一番の方法だと理解していても……。納得できない。できないが、それをしなければ圭太は救えない。
「……わかった、夜まで待とう」
来た道を引き返そうとすると道を塞がれていた。
女子生徒が肩を並べていて、道を塞いでいるが様子がおかしい。
誰もが朧気な眼で話をする訳でもなく無表情で立ち並んでいる。
突然背後から腕を掴んで来た。驚く間も無く身動きを取れなくなる。後ろから来たこの二人にも生気が無い。
「おはよう、風太郎。せっかく学校に来たのに、どうして帰るのさ?」
手に持っていた鏡を奪ったのは圭太……あるいは、
「お前は赤錆の蜘蛛か?」
「赤錆の蜘蛛か、バレちゃったかー。こうやって話をするのは初めてですね。まったく、素直にサシワタで死んでいればここまで手の込んだ事をせずに済んだのですけどね。こんな用意をする予定は無かったのに、余計なことしてくれましたね、本当に」
笑いながら鏡を投げ捨て踏み割ったのは圭太ではなかった。
校門前だけあって、登校途中の生徒が集まって来る。
「なぁ、せめて場所変えないか? ここじゃ話も満足にできないだろ」
白蛇も言っていた。被害を最小限にする為に、接触は避けるべきだと。一人身なら逃げ出すチャンスがあるかもしれない。
「その必要はありません、ここで全てを始めましょう」
赤錆の蜘蛛は背負っていた刀袋を開けると
太刀と小太刀を取り出す。
遠巻きに集まっていた生徒は白刃を見ただけで悲鳴を上げて散らばって行き、この場に残ったのはオレと圭太以外に八人の生徒。逃げようともがくが、二人がかりで腕を固められて抜けだせない。
「まずは裁判を。被告人は髑髏の零式。罪状は夢の中で獏者を数えきれないほど殺した……というのはこの際どうでもいいです。中にいる白蛇と結託し、私の娘を殺したこと! お前らはただ殺されると思うな! 絶対に楽には殺さない……フフフフ」
夢の中で子蜘蛛を一匹倒した。
そのツケが赤錆の蜘蛛を復讐の鬼にさせたという事か。
オレが……オレが一番、恐れていた、狂気の夢が現実になってしまうこと。誰かが傷付くこと。何もかもが現実になっている。
「処刑を始めましょう。殺さないように、嬲れ」
棒立ちで壁を作っていた女子生徒らが近づいて来る。三人が持っているカバンで殴り始めた。空のカバンならまだしも中身が十分詰まったカバンは鈍器として十分に機能する。
遠心力が十分にかかったバッグは横スイングで腹に叩きつけられる。体を折って腹を守ろうとすると、振りかぶって叩き付ける。頭を持ってかれそうになる。
「ここにいる生徒らには皆、私の子が憑依している。お前が殺した子の姉妹、私の可愛い子蜘蛛たち。この男に取り憑いてサシワタを走りまわり卵を産み付け、孵化をさせるのはどれほど大変だったかお前にはわからないでしょう」
圭太から圭太の声ではない女の声。うっとりとした目。髪も瞳も、血を吸ったように赤くなり濁る。天然パーマの髪が伸びてストレートになる。輪郭すら女性らしい顔付きに変わっていく。
赤錆。……赤錆の蜘蛛。人間に取り憑いている!
「宿主が死に、魂がサシワタに帰ろうとした時、子蜘蛛達は魂を喰らう。人間の魂を得て進化する。この人間の魂はほぼ喰らったようなものだ! ふふふ、誰もが恐れる髑髏の零式も現実となれば形無し。ここまで無様を晒したところを見れたというのなら……手配した甲斐があったわね」
現実はなんて無力なんだろうか。どんなに夢の中で強くなっても、現実のオレは悪夢に怯えている弱いままだった。
何か、何でもいい、状況を変える何かが欲しい。
殴られるだけならいくらでも耐えられる。悪夢で体験した死と比べればこんなものなんてことない。
「残念なのは純白の白蛇が憑依しているのに悲鳴が聞けないことですね……。どうです、この刀を持って私と戦ってみますか?」
眼球に突き刺さる寸前に、刀を見せびらかす。
確かに刀の力を借りて白蛇の力を借れば、人間を超えた化け物の力を引き出すことはできるだろう。
チャンスがあるとしたら、これしかない。
「私はこの刀に触れたおかげで、予定よりも早く昼間でも完全に肉体を乗っ取ることができるようになりました……無力な彷夢来の子のお陰で、楽に立ち回ることができた。お前という唯一の問題を除けばね。さあどうする? 刀を取る? このまま殺されます?」
「……刀をくれ」
即答する。選択肢は一つしかない。
「そう、その眼。諦めない希望を持っている眼。ただし、最初の相手はこの子です。さあどうぞ、いらっしゃい」
どこも見ていない虚ろな目で、小太刀毒牙を持っていたのは……綾だった。圭太は太刀鋭牙を持ち、二人が立ち並ぶ。
綾にも子蜘蛛が取り憑いていたのか!
「なんで……なんでだよ……綾は関係ないだろ!」
「関係無いわけないでしょう? さ、お前の大事な友人を殴り殺さないと小太刀は手に入りません! あははははははははっははははは!」
オレの両腕を掴んでいた生徒が腕を離す。今すぐ逃げ出すことはできる。だが、逃げた場合どうなる。
「どうした逃げる気ですか? 逃げたらこの娘を殺す。お前の代わりに痛ぶって殺す。上半身と下半身にぶった切ってから、腕を切り落とし、両目を潰してから頭にションベンをかけてから学校の校門に晒しましょう」
「やめろ……やめてくれ!」
「ならば戦う事ですね。相手は憑依してようやく体を動かせる程度の幼体です。お前の人だけの力でも十分勝算はあります! さあ殴れ! 大事な友人を殴り殺して見せろ!」
殴り殺す必要は無い。刀さえ奪えれば、勝ち目は十分ある。
確かに綾の体を操っている子蜘蛛も動きが鈍い。
操り人形を無理やり動かしているのが見て分かる。
綾の攻撃をよく見て回避を続ける。
動きが単調で、タイミングを合わせれば刀を奪える!
「この程度で死ぬなよ?」
闇雲に小太刀を振り回す綾に気を取られて、背後の警戒を怠った。
「ぐああああっ!」
背中を切り付けられた。切り込もうとすれば、もっと深く傷を作れただろう。……赤錆の蜘蛛はわざと浅く切りやがった。
「うぅぅぅううう……」
「くっくっくっく、あっはっはっはっはっは! 楽しい! まだまだ、これからあと百回は切り刻んでやるんだから! あっはっはっはっは!」
傷口は浅くても切り口が広い。
こんな痛みを百回も繰り返されるのか?
そんなことされたら死ぬ。オレは本当に死ぬのか? 何年も悪夢の中で怖れてきた、現実での悪夢と本物の死。
どうかこんな事にならないように願っていた最低の結末で悪夢は終わるのだろう。
膝を付いていると綾が小太刀は大きく振り上げられた。ダメだ。死ぬ。オレはここで、死ぬ。もうリトライは効かない。
……死にたくない、誰かたすけくれ!
『ふーた』
一瞬、体の自由が無くなった。
世界の色が反転する。時間は限りなく遅くなった。今でも刃物はゆっくりと振り下ろされている。
『ふーた聞こえる? だいじょーぶだよ』
大丈夫な訳が無い。オレはここで死ぬ。もう終わりだ。現実に攻め込まれたらオレは戦う方法を知らない。
『戦いかたなら、知っているでしょ? 近い敵に有効なのは?』
「パイクホルダー」
両腕に装備された六本の杭。
大剣を振るうにも近過ぎる相手に有効な近接武器。杭を突き刺して足場にすることもできる。
でもここは現実だ。そんな物が使える訳がない。
杭の射出音。それから聞き飽きるほど聞いた杭が再装填される音がする。
『確かに現実だと戦えないよね。でも、だいじょうぶ。私たちがいるから』
小太刀を振りかぶった綾はそのままの体勢で、胸に杭が突き刺さっていた。
「……嘘だろ」
オレの両腕にはパイクホルダーが装備されている。オレは綾を撃った?
右腕のパイクホルダーは一本杭を失い、次弾装填されている。
いや、その前に現実で武器を召喚できるはずがない!
『落ち着いて。これはぜーんぶ夢だから。杭を引き抜いてみて』
綾は石像のように動く気配が無い。苦しむ訳でも血を流す訳でもない。言われた通り杭を引き抜く。
本物の鉄の触感と重みがあるのに、綾に突き刺さっていない。
貫通した穴は開いていない。
杭を抜いた綾はゆっくり目蓋を閉じて小太刀を落とした。倒れかかって来るのを支え、地面に寝かす。
「これは、どういうことなんだ……?」
「馬鹿な……どういうことだ! 何をした! それは何だ!」
状況を掴めてないのはオレだけじゃなかった。
赤錆の蜘蛛も自分の作ったシナリオから外れ始めたことに気付き始めている。
「これは、お前ら化け物を倒す為に……オレが習得した武器だ」
パイクホルダーに引き抜いた杭を装填する。
「そんな訳があるか! ここは現実で、夢の中じゃないんだぞ!」
確かにそうだ。赤錆の蜘蛛が言いたいのも分かる。
だがそれは鏡を見てから言うべきだ。現にオレの目の前には夢の中でしか現れない化け物が人間の体を借りて暴れている。
ここは現実で夢の中じゃない。
『そうだよ、その考えで合っているよ。夢の中の化け物が現実に出てくるなら、夢の中の武器も現実で使えるべきだよね』
少女が言う。トモエの声が聞こえる!
鏡はどこにも無いのにどこから少女の声が聞こえるのだろうか。
妖刀の力も借りず、どうしてトモエの声が聞こえるのか分からない。
「ふ、ふざけるな! 早く小太刀を回収しろ! 全員でかかれ、何をしている背中の傷で派手に動けない今がチャンスだ!」
八人の生徒が次々に迫って来る。連携も何も無い、近い順に攻撃を仕掛けているだけの単調な動き。
簡単に最低限の動きで攻撃を避ける。
「教えてくれ、どうしてオレは夢の中の武器で戦うことができるんだ」
『現実、夢、サシワタ。三つの領域で作られた世界。大きさや形は違っても、座標がある。同じ座標で、同じ動きをしているだけ。だから現実でも武器が使える。それだけ。あの刀も同じ。刀は現実と夢とサシワタに存在して、同じ座標にある。だから人間の場所がわかる。同じ座標に干渉することができる』
攻撃を避けながら、すれ違うように杭を打ち込む。
「つまり、この武器は現実で攻撃をしていても、同じ座標のサシワタと夢に当たるってことか」
『正解だよ。これが伊藤獏の見つけ出した技術。三位の座標。私とふーたの力だけなじゃく、サシワタでふーたのことを想っている白蛇もいるからできるの。三つの座標が重なるからできる。白蛇はサシワタから。ふーたは現実から。私は夢とその両方の座標を繋いでいるの』
六本の杭を打ち込み残り二体。杭を引き抜く余裕は無いだろう。
「トモエと白蛇は別なのか?」
『同じだよ。でも私は夢の中にしかいられない時間が止まった幽霊。でもあの子はサシワタで私の続きをしている彷夢来。私は今、ふーたの魂の中に住んでいるの。白蛇はふーたの事を思って傷を塞いだ。ふーたも白蛇のことを思ったから繋がりができた。だからこうやってお話しができるんだと思う』
「繋がり、相手を思う、不思議な言葉だ。……トータスホイール」
膝に付く円盾を取り外し、二つ同時に投げつける。盾は貫通し砕けた。
綾を含めて九人の生徒は全員、夢の中の子蜘蛛を排除し地面に倒れている。
「残るはお前だけだな。赤錆の獏者」
「……何故だ? 何故、どうして、どうやって? 子供たちはどうして死ななければならないんだ? 全部……全部お前のせいだ。お前さえいなければ、全て上手く行っていた! 計画は完璧だったのに……なぜ、こんなことになったんだ」
家族を失った赤錆の蜘蛛は失望で、最後の一人になったことに気付いていない。
「確かにお前の計画は完璧だった。オレを一人にして精神的に追い込んで倒そうって考えは一番有効だっただろう。圭太も綾もいないオレは精神的にも弱かった。白蛇と出会わなければ、孤独に押しつぶされていた。だからこそ白蛇と理解し合ったから、夢(トモエ)を共有することができたんだと思う。一歩間違えていれば、お前と圭太のように憎しみだけしか残らなかったかもしれない。……スカルフェイス」
髑髏の仮面を付ける。赤錆の蜘蛛は美里風太郎ではなく、サシワタの住人が恐れる髑髏の零式が悪夢を破壊するからだ。
「これを最後の一撃にしよう。召喚ブラストエッジ!」
左足を踏み出し右足を引き、相手から剣を隠すように剣を構える脇構え。悪夢の中なら誰もを轢き殺す鉄翼の凶器だが、今は三人の想いが重なった「生きたい」という気持ちがここにはある。
「究極奥義。三位一体・ナイト/ナイツ/ナイトメア」
「あああああ死ねぇえええええ! 髑髏の零式ィィイィイイイ!」
正直に言えば立っているのがやっとで、敵の懐に踏む込む余裕は無い。赤錆の獏者は小太刀を拾い二刀流で文字通り飛びかかって来る。
背丈を超える2m以上ある跳躍。夢と現実を重ねた座標攻撃を圭太の中にいる獏者目掛けて切り込む。
「これは殺しなんかじゃない。親友を救うための救済方法だ」
最後の一撃の軌道はオレにも見えた。
剣撃は少しの狂いも無く、悪夢の中を駆け巡り一瞬の一撃で赤錆の蜘蛛を貫く。
ブラストエッジの座標交差が無くなり、形が無くなって行く。
「ありがとな、オレは……誰も傷付けない結果を手に入れた……かな?」
赤錆の獏者、撃破。
結果を出せたことに安心して気が抜ける始める。
視界がぼやけ初め抑えようのない寒気を感じた。
オレはそこで、背中を切られていたことを思い出したが、踏ん張れる気力はもう残っていなかった。
最後は誰も立っていなかったけど、きっと誰も傷付けずに救うことができたと思う。
『その中に自分は入ってないの?』
それを言ったのはトモエか白蛇か分からなかったが、答えは決まってる。
「うるせーやい。やっとオレは、本当の騎士になれたんだ。今はこれが……精一杯だ」
トモエの記憶の中で体験した、死ぬほどの寒さに身を震わせながら目を閉じる。
また眠りに付き夢を見るなら白蛇と話がしたい。そう思いながら騒がしいサイレンの音も何もかもが……。
白い雪が積もるように消えていく……。
『ふーた、しっかしりして、ふーた! だめだよ! こっちに来ちゃだめ! あなたにはうやり残したことがあるでしょう! 私の声が聞こえる? ねえふーた! 大事な友達がいるんでしょう? お願いだから目を醒まして!』
声が聞こえる。オレは、どこへ行こうとしているんだ? でも、そっちに行っちゃいけないのか。
……この声、誰だっけ?
まあ、言われてた通りにしてみるかな。
『うん、そうだよ。こっちはダメだから! そうそう、そっち。そこをもっとまっすぐだから』
そこってどこだよ。
オレはどこへ行けばいいんだよ。
何かと戦っていた気がするけど、どうして戦ってたんだっけ。何で戦っていたんだっけ……。
もう戦うのも走るのも歩くのも疲れた。
どこに行っても、オレの居場所は無いのかよ……。
「風太郎」「風太郎!」
誰かが呼んでる。
そうだ、オレはこっちの方に行きたかった気がする。
「風太郎」「風太郎!」
こっちだ。こっちに行こう。
そうだ、そうだとも。
オレは、今まで戦ってこれたのは、
親友が二人いたからじゃないか。
失いたくない二人がいたから、オレはずっと戦って来たんだ。
今そっちいくからな。
こんなふざけた悪夢、さっさとぶっ飛ばして行くからな。
「サルベーション……これが、オレの救済方法だ」
朝……朝って何だっけ……?
朝というものはこういう感じだっただろうか。今日ほど風が心地よく感じた朝はないかもしれない……。
足取りが軽いわけではないが、通学路を歩き続ければ学校に辿り着く。朝という当たり前の事がやたらと長く感じつつ歩みを進めていた。
もしかしたらこんなにも朝らしい朝を感じるのは人生初めてではないだろうか。
望む望まずをとわず、毎夜毎夜激闘死闘、狂気に満ちた悪夢に巻き込まれ、朝になれば満身創痍。学校なんて気が付けば放課後になっていた気がする。
放課後になれば、圭太と綾に夢の内容を話して、ストーリーの内合わせをして、モデルやって……放課後も……。それはたったの、一昨日の出来事だったはずなのに一週間も一ヶ月も昔のことのように思えた。
今日は寒さが一層と際立つ。路頭に立つカーブミラーに映るオレだけが虚像の白い蛇を巻いて登校していた。
湾曲する円盤状の鏡に間抜けた顔が、寒さに青ざめて映っている。
本当に一瞬で全てがひっくり返ってしまった。誰かから見れば違いなんてわからないだろう。
人生ってものに無関心だったが、地球上のどこかの誰かが、毎日誰かしら運命の分岐点を迎えているのかもしれない。
毎日、誰かしらの運命の分岐点。それが偶然今回オレだったのであり、次は隣にいる誰かか、あるいは全く知らない誰かが、運命の分岐点を迎えている。
自分の杓子定規じゃ測れない、本当に神様のみが知るのかもしれない。
神のみが知る世界、夢の最奥にある命の帰る場所……サシワタ。
「風太郎」
鏡に映る蛇もオレも口は動いていない。誰が話しかけているんだ?
「風太郎!」
「うぉっ」
名前を呼んでいたのは綾だった。オレの後ろにいて、いつもと同じ強い眼差しで射ぬくように見ている。
「なにボーっとしてんのよ……通学の邪魔になるでしょ」
「あ、ああ……すまん」
綾からもカーブミラーからも目を反らし通学路に目を落とし、また学校へ歩き出す。
少しばかり意識が遠くへ行ったままになっていたので綾が呼び戻してくれて助かった気がする。サシワタや漠者や彷夢来について考えが追いつかない。
まだこの朝くらいは、学生のまま朝を迎えても許されるだろう……。
一人だけだった足音が一つ増えた。隣に綾が歩いている。歩幅を狭くして距離を開けようとする。綾との距離は離れることはなく、オレが止まると綾も止まった。
「なんだよ、先に行けよ」
綾と一緒に登校する理由はない。また、圭太の一件を含め綾を巻き込まないようにするには距離を開けた方がいい。
「私は、その……昨日のことで、あれから圭太に色々言われたんだ。あと私も、その……色々と考えたんだ……」
綾の力強い視線が、珍しく前髪で隠れた。圭太の名前を聞いて、昨日のことを思い出さずにはいられなかった。
圭太の憎しみに歪んだ顔から、隠していた真実。もしかしたら綾も計画の一つのパーツとして考えているかもしれない。昨日あったことは伏せておいた方がいい。
それと、学校で圭太に会った時どんな顔をすればいいかまだ考えてない。
「ごめんなさい。私が悪かった。風太郎は何も悪い事してないのに、むしろ手伝ってくれているのに……勝手なこと言った」
性格は割と頑固な方の綾が素直に謝ったことに驚きを隠せなかった。しかし答えは決まっている。
「別に謝らなくていい、もうチーム・ナイト/ナイツ/ナイトメアは無くなったんだ。圭太には目的があって、その為にオレが必要だった。もう目的を知った以上、戻る気は無い」
「目的って圭太が? 圭太はそんなこと考えてないよ、いつも漫画のことばっかり考えてる。風太郎の思い込みじゃないの?」
どうやら綾は何も知らないようだ。
昨日の夜にあったことを知れば、綾も悲しい思いをすることは間違いないだろう。余計な事を言わず口を閉じるのも必要な事だ。どんなに話しても人に伝わらないことだってある。
「どっちにしろ、オレはもう戻らない」
「風太郎……私のことはいいから、圭太と仲直りしてよ。圭太が一番に風太郎のことを心配していたでしょ! 私はちゃんと続き描くから、圭太と話をしてよ……また三人で、漫画描こうよ」
綾の悲痛な叫びが、脳を焼くような痛みに変わる。昨日の夜見た修羅のような圭太と、オレも綾も知る昼の顔の圭太。どちらも同じ人物なのにまったく別の人物のように思えて仕方なかった。
……まったく別の人物?
「綾、一つ確認するけど……圭太 は、三人でやり直すように言っていたのか? それとも、ただオレと綾が仲直りするように言っていたのか?」
「そんなの三人でやり直したいって言ったに決まってるでしょ?」
そんな馬鹿な話があるか?
夜に言っていた圭太と矛盾している。オレごと殺そうとした圭太が、三人で仲直りしようと言う訳が無い。
自分の思い描く願いが、もしこうならという思いが、オレと圭太と綾の三人が重ねた長く複雑に絡まった絆から、
一つの仮説が浮かび上がって来る。
「……そうかわかった。仲直りをしよう。それでいきなり言うのもなんだが、手鏡を持ってないか? 鏡なら何でもいいんだ、貸してくれないか?」
綾もいきなりの事で驚いているが、相手している暇は無い。仮説を確認するのに鏡が必要だった。白蛇の意見もできれば聞く必要がある。
「持っているか持ってないか、ハッキリしろ!」
「こ、これでいいかしら?」
サブウェイバックからキャラクターの描かれた折り畳み式の鏡を取り出した。それを奪う。まずはいるはずの教室へ行かなければならないが、オレが近くにいるのが知られてもまずい。即時に慎重にやらなければならなかった。
「ありがとー! 後で返すからなー!」
真実を確かめたくて、オレの体は走り出していた。
「風太郎……!」
後ろで綾が呼んでいるが、確認をするのが先だ。何よりも重要な、話しておかなければならない事があった。
「白蛇、聞こえるか!」
走りながら鏡に向かって問いかける。
『どうしたんだ風太郎よぉ。ふぁあ~、アタシらは基本夜行性なんだよぉ……』
「お前は獏者の位置を感知できるよな、だけど人間の位置はどうだ?」
『漠者は魂が特別大きいからわかるんだけどぉ~人間が夢を食って魂を肥大化させた話なんて聞いたこと無いねぇ~。どっちにしろ、アタシからすりゃ、人の違いなんてそうありゃしないもんさぁ~』
「次の質問だ。人間の夢の中に入った獏者が昼になるとどうなる? 例えば、オレと白蛇みたいに人間と感知するか? 獏者と感知するか?」
『それはたぶん人間だろうなぁ~。簡単にそれを見極められりゃ、獏者探しも苦労しないし、獏者も必死になって人間の夢に潜ろうとしないだろうねぇ』
「最後に、お前の感覚を研ぎ澄ませて教えてくれ。アイツは人間か……獏者か」
走るのを止めて物陰に隠れる。そっとその先に鏡を向けた。
反射した鏡には校門の前で立っている同級生が映る。背中には刀が二本入るであろう刀袋を背負い、オレと同じように血の気の薄くなった顔で空を見上げている。
名前は伊藤圭太。数少ない親友であり悪友だ。
『へぇ……何で気付かなかったんだろうかなぁ……こいつは酷いってもんじゃない』
鏡に反射して見る彼は、ミイラ男の様に全身を白い糸で巻かれていた。開いているのは目と口だけ。
首元に一匹の蜘蛛が、赤錆色した蜘蛛が、今もなお糸を巻き付け続けている。
鏡と現実を交互に見れば、日常と悪夢が鏡一重に存在していた。
「圭太は獏者に喰われたのか? 圭太はどうなっているんだ、教えてくれ白蛇」
『風太郎、夜を待った方がいい。敵の拠点がどこか判った。夢の中に攻め込めば被害は本人だけで済む。でも、この状態……現実で暴れられると被害が出るぞ。接触は避けた方がいい』
「今すぐどうにかしたい!」
『大きな声を出すな。正面からぶつかるより、奇襲をかけた方が救出できる可能性が高くなる。わかってくれ風太郎』
「くっ……」
今すぐに圭太を救いたい気持ちを抑えなければならない。あんな状況を見て、見ぬフリして帰れと言われて……それが一番の方法だと理解していても……。納得できない。できないが、それをしなければ圭太は救えない。
「……わかった、夜まで待とう」
来た道を引き返そうとすると道を塞がれていた。
女子生徒が肩を並べていて、道を塞いでいるが様子がおかしい。
誰もが朧気な眼で話をする訳でもなく無表情で立ち並んでいる。
突然背後から腕を掴んで来た。驚く間も無く身動きを取れなくなる。後ろから来たこの二人にも生気が無い。
「おはよう、風太郎。せっかく学校に来たのに、どうして帰るのさ?」
手に持っていた鏡を奪ったのは圭太……あるいは、
「お前は赤錆の蜘蛛か?」
「赤錆の蜘蛛か、バレちゃったかー。こうやって話をするのは初めてですね。まったく、素直にサシワタで死んでいればここまで手の込んだ事をせずに済んだのですけどね。こんな用意をする予定は無かったのに、余計なことしてくれましたね、本当に」
笑いながら鏡を投げ捨て踏み割ったのは圭太ではなかった。
校門前だけあって、登校途中の生徒が集まって来る。
「なぁ、せめて場所変えないか? ここじゃ話も満足にできないだろ」
白蛇も言っていた。被害を最小限にする為に、接触は避けるべきだと。一人身なら逃げ出すチャンスがあるかもしれない。
「その必要はありません、ここで全てを始めましょう」
赤錆の蜘蛛は背負っていた刀袋を開けると
太刀と小太刀を取り出す。
遠巻きに集まっていた生徒は白刃を見ただけで悲鳴を上げて散らばって行き、この場に残ったのはオレと圭太以外に八人の生徒。逃げようともがくが、二人がかりで腕を固められて抜けだせない。
「まずは裁判を。被告人は髑髏の零式。罪状は夢の中で獏者を数えきれないほど殺した……というのはこの際どうでもいいです。中にいる白蛇と結託し、私の娘を殺したこと! お前らはただ殺されると思うな! 絶対に楽には殺さない……フフフフ」
夢の中で子蜘蛛を一匹倒した。
そのツケが赤錆の蜘蛛を復讐の鬼にさせたという事か。
オレが……オレが一番、恐れていた、狂気の夢が現実になってしまうこと。誰かが傷付くこと。何もかもが現実になっている。
「処刑を始めましょう。殺さないように、嬲れ」
棒立ちで壁を作っていた女子生徒らが近づいて来る。三人が持っているカバンで殴り始めた。空のカバンならまだしも中身が十分詰まったカバンは鈍器として十分に機能する。
遠心力が十分にかかったバッグは横スイングで腹に叩きつけられる。体を折って腹を守ろうとすると、振りかぶって叩き付ける。頭を持ってかれそうになる。
「ここにいる生徒らには皆、私の子が憑依している。お前が殺した子の姉妹、私の可愛い子蜘蛛たち。この男に取り憑いてサシワタを走りまわり卵を産み付け、孵化をさせるのはどれほど大変だったかお前にはわからないでしょう」
圭太から圭太の声ではない女の声。うっとりとした目。髪も瞳も、血を吸ったように赤くなり濁る。天然パーマの髪が伸びてストレートになる。輪郭すら女性らしい顔付きに変わっていく。
赤錆。……赤錆の蜘蛛。人間に取り憑いている!
「宿主が死に、魂がサシワタに帰ろうとした時、子蜘蛛達は魂を喰らう。人間の魂を得て進化する。この人間の魂はほぼ喰らったようなものだ! ふふふ、誰もが恐れる髑髏の零式も現実となれば形無し。ここまで無様を晒したところを見れたというのなら……手配した甲斐があったわね」
現実はなんて無力なんだろうか。どんなに夢の中で強くなっても、現実のオレは悪夢に怯えている弱いままだった。
何か、何でもいい、状況を変える何かが欲しい。
殴られるだけならいくらでも耐えられる。悪夢で体験した死と比べればこんなものなんてことない。
「残念なのは純白の白蛇が憑依しているのに悲鳴が聞けないことですね……。どうです、この刀を持って私と戦ってみますか?」
眼球に突き刺さる寸前に、刀を見せびらかす。
確かに刀の力を借りて白蛇の力を借れば、人間を超えた化け物の力を引き出すことはできるだろう。
チャンスがあるとしたら、これしかない。
「私はこの刀に触れたおかげで、予定よりも早く昼間でも完全に肉体を乗っ取ることができるようになりました……無力な彷夢来の子のお陰で、楽に立ち回ることができた。お前という唯一の問題を除けばね。さあどうする? 刀を取る? このまま殺されます?」
「……刀をくれ」
即答する。選択肢は一つしかない。
「そう、その眼。諦めない希望を持っている眼。ただし、最初の相手はこの子です。さあどうぞ、いらっしゃい」
どこも見ていない虚ろな目で、小太刀毒牙を持っていたのは……綾だった。圭太は太刀鋭牙を持ち、二人が立ち並ぶ。
綾にも子蜘蛛が取り憑いていたのか!
「なんで……なんでだよ……綾は関係ないだろ!」
「関係無いわけないでしょう? さ、お前の大事な友人を殴り殺さないと小太刀は手に入りません! あははははははははっははははは!」
オレの両腕を掴んでいた生徒が腕を離す。今すぐ逃げ出すことはできる。だが、逃げた場合どうなる。
「どうした逃げる気ですか? 逃げたらこの娘を殺す。お前の代わりに痛ぶって殺す。上半身と下半身にぶった切ってから、腕を切り落とし、両目を潰してから頭にションベンをかけてから学校の校門に晒しましょう」
「やめろ……やめてくれ!」
「ならば戦う事ですね。相手は憑依してようやく体を動かせる程度の幼体です。お前の人だけの力でも十分勝算はあります! さあ殴れ! 大事な友人を殴り殺して見せろ!」
殴り殺す必要は無い。刀さえ奪えれば、勝ち目は十分ある。
確かに綾の体を操っている子蜘蛛も動きが鈍い。
操り人形を無理やり動かしているのが見て分かる。
綾の攻撃をよく見て回避を続ける。
動きが単調で、タイミングを合わせれば刀を奪える!
「この程度で死ぬなよ?」
闇雲に小太刀を振り回す綾に気を取られて、背後の警戒を怠った。
「ぐああああっ!」
背中を切り付けられた。切り込もうとすれば、もっと深く傷を作れただろう。……赤錆の蜘蛛はわざと浅く切りやがった。
「うぅぅぅううう……」
「くっくっくっく、あっはっはっはっはっは! 楽しい! まだまだ、これからあと百回は切り刻んでやるんだから! あっはっはっはっは!」
傷口は浅くても切り口が広い。
こんな痛みを百回も繰り返されるのか?
そんなことされたら死ぬ。オレは本当に死ぬのか? 何年も悪夢の中で怖れてきた、現実での悪夢と本物の死。
どうかこんな事にならないように願っていた最低の結末で悪夢は終わるのだろう。
膝を付いていると綾が小太刀は大きく振り上げられた。ダメだ。死ぬ。オレはここで、死ぬ。もうリトライは効かない。
……死にたくない、誰かたすけくれ!
『ふーた』
一瞬、体の自由が無くなった。
世界の色が反転する。時間は限りなく遅くなった。今でも刃物はゆっくりと振り下ろされている。
『ふーた聞こえる? だいじょーぶだよ』
大丈夫な訳が無い。オレはここで死ぬ。もう終わりだ。現実に攻め込まれたらオレは戦う方法を知らない。
『戦いかたなら、知っているでしょ? 近い敵に有効なのは?』
「パイクホルダー」
両腕に装備された六本の杭。
大剣を振るうにも近過ぎる相手に有効な近接武器。杭を突き刺して足場にすることもできる。
でもここは現実だ。そんな物が使える訳がない。
杭の射出音。それから聞き飽きるほど聞いた杭が再装填される音がする。
『確かに現実だと戦えないよね。でも、だいじょうぶ。私たちがいるから』
小太刀を振りかぶった綾はそのままの体勢で、胸に杭が突き刺さっていた。
「……嘘だろ」
オレの両腕にはパイクホルダーが装備されている。オレは綾を撃った?
右腕のパイクホルダーは一本杭を失い、次弾装填されている。
いや、その前に現実で武器を召喚できるはずがない!
『落ち着いて。これはぜーんぶ夢だから。杭を引き抜いてみて』
綾は石像のように動く気配が無い。苦しむ訳でも血を流す訳でもない。言われた通り杭を引き抜く。
本物の鉄の触感と重みがあるのに、綾に突き刺さっていない。
貫通した穴は開いていない。
杭を抜いた綾はゆっくり目蓋を閉じて小太刀を落とした。倒れかかって来るのを支え、地面に寝かす。
「これは、どういうことなんだ……?」
「馬鹿な……どういうことだ! 何をした! それは何だ!」
状況を掴めてないのはオレだけじゃなかった。
赤錆の蜘蛛も自分の作ったシナリオから外れ始めたことに気付き始めている。
「これは、お前ら化け物を倒す為に……オレが習得した武器だ」
パイクホルダーに引き抜いた杭を装填する。
「そんな訳があるか! ここは現実で、夢の中じゃないんだぞ!」
確かにそうだ。赤錆の蜘蛛が言いたいのも分かる。
だがそれは鏡を見てから言うべきだ。現にオレの目の前には夢の中でしか現れない化け物が人間の体を借りて暴れている。
ここは現実で夢の中じゃない。
『そうだよ、その考えで合っているよ。夢の中の化け物が現実に出てくるなら、夢の中の武器も現実で使えるべきだよね』
少女が言う。トモエの声が聞こえる!
鏡はどこにも無いのにどこから少女の声が聞こえるのだろうか。
妖刀の力も借りず、どうしてトモエの声が聞こえるのか分からない。
「ふ、ふざけるな! 早く小太刀を回収しろ! 全員でかかれ、何をしている背中の傷で派手に動けない今がチャンスだ!」
八人の生徒が次々に迫って来る。連携も何も無い、近い順に攻撃を仕掛けているだけの単調な動き。
簡単に最低限の動きで攻撃を避ける。
「教えてくれ、どうしてオレは夢の中の武器で戦うことができるんだ」
『現実、夢、サシワタ。三つの領域で作られた世界。大きさや形は違っても、座標がある。同じ座標で、同じ動きをしているだけ。だから現実でも武器が使える。それだけ。あの刀も同じ。刀は現実と夢とサシワタに存在して、同じ座標にある。だから人間の場所がわかる。同じ座標に干渉することができる』
攻撃を避けながら、すれ違うように杭を打ち込む。
「つまり、この武器は現実で攻撃をしていても、同じ座標のサシワタと夢に当たるってことか」
『正解だよ。これが伊藤獏の見つけ出した技術。三位の座標。私とふーたの力だけなじゃく、サシワタでふーたのことを想っている白蛇もいるからできるの。三つの座標が重なるからできる。白蛇はサシワタから。ふーたは現実から。私は夢とその両方の座標を繋いでいるの』
六本の杭を打ち込み残り二体。杭を引き抜く余裕は無いだろう。
「トモエと白蛇は別なのか?」
『同じだよ。でも私は夢の中にしかいられない時間が止まった幽霊。でもあの子はサシワタで私の続きをしている彷夢来。私は今、ふーたの魂の中に住んでいるの。白蛇はふーたの事を思って傷を塞いだ。ふーたも白蛇のことを思ったから繋がりができた。だからこうやってお話しができるんだと思う』
「繋がり、相手を思う、不思議な言葉だ。……トータスホイール」
膝に付く円盾を取り外し、二つ同時に投げつける。盾は貫通し砕けた。
綾を含めて九人の生徒は全員、夢の中の子蜘蛛を排除し地面に倒れている。
「残るはお前だけだな。赤錆の獏者」
「……何故だ? 何故、どうして、どうやって? 子供たちはどうして死ななければならないんだ? 全部……全部お前のせいだ。お前さえいなければ、全て上手く行っていた! 計画は完璧だったのに……なぜ、こんなことになったんだ」
家族を失った赤錆の蜘蛛は失望で、最後の一人になったことに気付いていない。
「確かにお前の計画は完璧だった。オレを一人にして精神的に追い込んで倒そうって考えは一番有効だっただろう。圭太も綾もいないオレは精神的にも弱かった。白蛇と出会わなければ、孤独に押しつぶされていた。だからこそ白蛇と理解し合ったから、夢(トモエ)を共有することができたんだと思う。一歩間違えていれば、お前と圭太のように憎しみだけしか残らなかったかもしれない。……スカルフェイス」
髑髏の仮面を付ける。赤錆の蜘蛛は美里風太郎ではなく、サシワタの住人が恐れる髑髏の零式が悪夢を破壊するからだ。
「これを最後の一撃にしよう。召喚ブラストエッジ!」
左足を踏み出し右足を引き、相手から剣を隠すように剣を構える脇構え。悪夢の中なら誰もを轢き殺す鉄翼の凶器だが、今は三人の想いが重なった「生きたい」という気持ちがここにはある。
「究極奥義。三位一体・ナイト/ナイツ/ナイトメア」
「あああああ死ねぇえええええ! 髑髏の零式ィィイィイイイ!」
正直に言えば立っているのがやっとで、敵の懐に踏む込む余裕は無い。赤錆の獏者は小太刀を拾い二刀流で文字通り飛びかかって来る。
背丈を超える2m以上ある跳躍。夢と現実を重ねた座標攻撃を圭太の中にいる獏者目掛けて切り込む。
「これは殺しなんかじゃない。親友を救うための救済方法だ」
最後の一撃の軌道はオレにも見えた。
剣撃は少しの狂いも無く、悪夢の中を駆け巡り一瞬の一撃で赤錆の蜘蛛を貫く。
ブラストエッジの座標交差が無くなり、形が無くなって行く。
「ありがとな、オレは……誰も傷付けない結果を手に入れた……かな?」
赤錆の獏者、撃破。
結果を出せたことに安心して気が抜ける始める。
視界がぼやけ初め抑えようのない寒気を感じた。
オレはそこで、背中を切られていたことを思い出したが、踏ん張れる気力はもう残っていなかった。
最後は誰も立っていなかったけど、きっと誰も傷付けずに救うことができたと思う。
『その中に自分は入ってないの?』
それを言ったのはトモエか白蛇か分からなかったが、答えは決まってる。
「うるせーやい。やっとオレは、本当の騎士になれたんだ。今はこれが……精一杯だ」
トモエの記憶の中で体験した、死ぬほどの寒さに身を震わせながら目を閉じる。
また眠りに付き夢を見るなら白蛇と話がしたい。そう思いながら騒がしいサイレンの音も何もかもが……。
白い雪が積もるように消えていく……。
『ふーた、しっかしりして、ふーた! だめだよ! こっちに来ちゃだめ! あなたにはうやり残したことがあるでしょう! 私の声が聞こえる? ねえふーた! 大事な友達がいるんでしょう? お願いだから目を醒まして!』
声が聞こえる。オレは、どこへ行こうとしているんだ? でも、そっちに行っちゃいけないのか。
……この声、誰だっけ?
まあ、言われてた通りにしてみるかな。
『うん、そうだよ。こっちはダメだから! そうそう、そっち。そこをもっとまっすぐだから』
そこってどこだよ。
オレはどこへ行けばいいんだよ。
何かと戦っていた気がするけど、どうして戦ってたんだっけ。何で戦っていたんだっけ……。
もう戦うのも走るのも歩くのも疲れた。
どこに行っても、オレの居場所は無いのかよ……。
「風太郎」「風太郎!」
誰かが呼んでる。
そうだ、オレはこっちの方に行きたかった気がする。
「風太郎」「風太郎!」
こっちだ。こっちに行こう。
そうだ、そうだとも。
オレは、今まで戦ってこれたのは、
親友が二人いたからじゃないか。
失いたくない二人がいたから、オレはずっと戦って来たんだ。
今そっちいくからな。
こんなふざけた悪夢、さっさとぶっ飛ばして行くからな。
「サルベーション……これが、オレの救済方法だ」
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
きのまま錬金!1から錬金術士めざします!
ワイムムワイ
ファンタジー
森の中。瀕死の状態で転生し目覚めた男は、両親を亡くし親戚もいない少女に命を救われた。そして、今度はその少女を助けるために男が立ち上がる。
これはそんな話。
※[小説家になろう]で書いてた物をこちらにも投稿してみました。現在、[小説家になろう]と同時に投稿をしています。いいなと思われたら、お気に入り等してくれると嬉しくなるので良ければお願いします~。
※※2021/2/01 頑張って表紙を作ったので追加しました!それに伴いタイトルの【生活】部分無くしました。
STATUS
項目 / 低☆☆☆☆☆<★★★★★高
日常系 /★★★☆☆ |コメディ /★★☆☆☆
戦闘 /★★☆☆☆ |ハーレム /★★☆☆☆
ほっこり /★★☆☆☆ | えぐみ /★★☆☆☆
しぶみ /★★☆☆☆
世界設定 /有or無
魔力 /有 | 使い魔/有
魔法 /無 | 亜人 /有
魔道具/有 | 魔獣 /有
機械 /無 |ドラゴン/有
戦争 /有 | 勇者 /無
宇宙人/無 | 魔王 /無
主人公設定
異世界転生 | 弱い
なぜかモテる | 人の話が聞けます
※これはあくまでも10/23の時のつもりであり、途中で話が変わる事や読んでみたら話が違うじゃないか!等もありえるので参考程度に。
この話の中では、錬金術師ではなく錬金術士という事にして話を進めています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる