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ホワイト・ツリー
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「ふん」
お兄さんが、透が(ぼくはたまに、透のことをお兄さんと呼ぶクセがある)、大きくため息を吐いた。
「何?」とぼくが聞くと、彼は寝転がったソファーから一歩も動かないで、「外を見なよ」と答えた。
外は雪景色。飾られた電飾はピカピカ。沢山の色に染まっている。楽し気に歩く人々も見えた。けれど、とくに変わった様子はない。
「何もないけど」
ぼくがそう言いながら透を見ると、彼は少し唸ってから身を捩る。
そして、
「僕はあれになれないんだ」
と言った。あれって何? と聞く前に、透はガバリと起き上がり、「そうだそうだ」と台所へ向かっていった。
ぼくは、台所で何やらごそごそやっている彼を無視して、再び窓辺に立ってクリスマスを見る。
チラチラと風に揺れる電飾は、冬のとうめいな空気に反射しているようにきれいで、ぼくはずっと見つめていた。
「まもる、そんなもの見てないで、こっちを見てくれ」
クリスマスをそんなものなんて言うの、やめなよ。
そう言おうと、透を振り向く。けれど、ぼくの口から出た言葉は「なに、それ」だった。
「どうだ!」とでも言いたげな透の前には、やけに大きな機械。
机の半分くらいの大きさのそれが、なにに使う道具なのかも、ぼくにはわからない。
「かき氷機だ」
「かき氷機?」
「そう、ここに氷をセットして、これを回せば氷ができる」
透は、嬉々としてかき氷機の性能を語る。
「なんであるの? こんなの」
「大家さんがくれたんだ。いいだろうこれ」
「なんで出したの?」
「なぜって?」
透は、目を真ん丸にしてぼくを見る。
「今、冬だよ、クリスマスだよ」
言うと、透は紙をぐしゃぐしゃにしたような顔をした。
「クリスマスにチキンを食べると誰が決めた?」
「不細工な顔!」
「なんとでも言え!」
透はそう言うと、愛でるように、年季モノのかき氷機を撫で始めた。
ぼくはその様子を、やっぱり紙をぐしゃぐしゃにしたみたいな顔で見る。
「それ、すごく古いけど……」
「それが何? はっきり言いたまえ」
「古いかき氷機って、大きな氷セットするよね?」
「……買いに行こうと思ってたさ」
「うそつけ」
「うるさいよ。早くコートを着たまえ。氷屋に行くよ」
「え、ぼくも?」
透はぼくの返事を待たずに、外へ出ていった。
透を追って、急いで外に出る。
ビュッと冷たい風に頬をなでられ、肩を上げる。ぼくは、もう道を進んでいる透のとなりに走った。
「どこにあるの?」
「商店街を抜けて、あの大きな坂道を登った所」
「あの大きな坂ね」
「あの忌々しい坂ね」
「きれいだね、イルミネーション」
ぼくは透の文句を無視して、会話をつづける。
周りの人たちとなにも変わらない。ぼくらもクリスマスを味わっていた。
それなのに、透の横顔は外に出てからずっと険しいままだ。
「サンタさん、信じてる?」
突然、透がそんなことを言う。
ぼくは、「いたらいいよね」と答える。透は「ふーん」と言って、商店街の楽し気な雰囲気を目で追っていた。
寒そうに息を吐く透は、ぼくの顔なんかぜんぜん見ない。
商店街を進んでいくと、人々の隙間から「サンタさんくるかな」「いい子にしてたらね」という会話が、何度も聞こえてきた。
優しい柔らかな空間で、ぼくらだけが無言だった。
そうしている間に商店街を抜けて、あの憂鬱な長い坂道に近づいている。
「僕のところには、サンタが来たこと、一回もないよ」
また、突然、透が言った。
そしてつづける。
「クリスマスって、楽しそうだ。みんな」
「そうだね」
ぼくはそれしか言えずに、坂道を登り始めた。透も、坂道を登り始める。
彼はさっさと登って、顔なんかちっとも見えない。
「この道沿いにあるの?」
「あの店だよ」
「わ、年季入ってる」
「趣深いだろ」
店に入って「すみません」と声をかけると、優し気なおじさんが出てきて、思っていた以上に簡単に氷が手に入った。
この季節に氷? という目では見られたけれど。
「すんなり買えたね。冒険みたいで楽しかったのに」
透が、つまらなそうにつぶやく。
「冒険? 早く帰ろう。氷溶けちゃう」
「普段買わないものを買うの、楽しいだろ」
「そうかなあ」
言いながら、ぼくらは坂道を降りていた。透は、ビニールに包まれた四角い氷を、まるでプレゼントみたいに抱えてリズミカルに坂を下っている。
「サンタさんみたい」
ぼくは言ってから、歩みを止めた。チラと、透の顔を盗み見る。
「そうだね」
けれど、彼はさして気にすることもなく、同じリズムのまま坂を下って行った。そして、ぼくがついていっていないことに気が付いて「早く」と言った。
「うん」
透は楽しそうに、えっほえっほと氷を運んでいる。
立派な氷だ。冷たくて大きい。だけど、透はそれであたためようとしている。なにか、きっと彼の大切なもの。それを家にあるチープなお皿で出してしまうのは、なんだか味気ない気がした。
「これだけ立派な氷でかき氷を作るなら、立派なお皿で食べたいもんだね」
「そうだねえ」
透はしみじみ言った。
すると、突然立ち止まってぼくのほうをくるりと振り向く。
「なに?」
「これ、持てる?」
ぐいっと氷を押し付けられ、持ってみる。
ずしり、としたけれど、持てないことはなかった。
「持てるけど」
「じゃあ先に帰っていてくれ。僕は買い物を思い出した。商店街に寄るよ」
早口でそうまくし立てると、透は急ぎ足で商店街の人混みへと消えていった。
「え、あ、お兄さん! あっ、いや、透!」
透は呼んでも、ぼくに応えることはなかった。
「えー」
ぼくは言って、ふくれっ面で帰路についた。シャンシャンとどこからか鳴り響くクリスマスソング、煌びやかな電飾、白すぎる雪のなか、ぼくは一人歩いた。
透のことを考える。彼はカレンダーがクリスマスを通るたびに、このうまく言えない、じくじくと柔らかい針で刺されているような感覚に包まれていたのかもしれない。
ぼくは透の速足よりもずっと速く商店街を歩いて、ぼくらのアパートに帰った。
シンとした部屋で、ぼくは氷を台所へと運ぶ。冷たい氷と寒い部屋、遠くから聞こえるジングルベル。
「楽しそうだ、みんな」
言って、ぼくはソファーに寝転がりながら透を待った。
しばらくすると、透が帰ってきた。彼は買い物袋をガサゴソと自分の押し入れに入れると「待たせたね」とぼくを見た。
「氷、溶けちゃうよ」
ソファーの背もたれに顔を寄せて言うと、透は「そう簡単に溶けないよ」と言いながら、いとも簡単にそれをかき氷機にセットした。
「ほら、見てごらん」
透に言われ、無言でかき氷機の元へ寄る。ゴリゴリと激しい音を立てながら、美しい新雪のような氷を生み出していた。それが、昨日ぼくらがおかずを食べたお皿に降り積もっていく。
「どうだい。きれいに入ってる?」
「うん、うん」
みるみるお皿に積もっていくそれを、ぼくは夢中になって見た。
三角に積もっていくそれは、真っ白なツリーだ。
クリスマスなんてないこの部屋で、寄り添うみたいに慎ましいツリー。
「はあ、変わってくれ。案外疲れる」
「ぼくにできる?」
「どうして、できないなんてことがあるんだい」
透は、完成したかき氷を取り上げて、もう一つのお皿を置く。
ぼくは氷を砕くレバーをぎゅっと握って、力いっぱい回す。ゴリゴリと砕いていく感覚。手のひらに伝わる振動。ぼくがこんなことをしている下で、あの美しいツリーができているのが、ぼくには信じられない。
「ね、透……」
「きれいだね、まるでツリーみたいだ」
きれいにできてる? と聞く前に、透がそう言った。ぼくは口をぎゅっと閉じて、かき氷を作る手に力を込めた。
「わ、もういいよ。こぼれる」
「あ、ごめん」
ぼくは手を止める。
「さあ食べよう」
「そういえば、シロップないよ」
「ジュースでいいよ」
透が冷蔵庫から出してきたのは、水玉模様の瓶に入った原液ジュースだった。
「夏に買ったのに忘れてたね」
「これで乾杯もしようか」
手際よくジュースを作っていく透を横目に、ぼくは二つのかき氷をソファー前のテーブルに置いた。崩れないように、そっと。
「はい、君のぶん。かき氷にもかけちゃおう、ストップ言って」
「うん」
透が、ゆっくり原液の入った瓶を傾けていく。真っ白な液体が、真っ白な氷にかかっていく。どれくらい入っているのか、さっぱりわからない。
「ストップ?」
「なんだい、その言い方」
「透もやれば分かるよ、ほら」
今度は、ぼくが瓶を傾ける。すると透は「なるほど」と小さくつぶやいて、それから少しあとに「ストップ?」と言った。
「ようし、乾杯だ」
「ただのジュースで乾杯ね」
皮肉を込めて言うと、透は片眉を上げて
「僕らにはちょうどいいだろ?」
と言った。
ぼくはそうかもね、なんて言ってグラスを掲げる。
「乾杯」
「乾杯」
白いかき氷に、白いジュース。ホワイトクリスマスには案外お似合いかもしれない。
「こんな日に何かするなんて久しぶりだ」
「まだ、こんな日とか言ってるの?」
「ふん」
「かき氷用のお皿ほしいな」
「サンタにでも頼めばいい」
透はそんなこと言って、眉間を指で押さえている。
遠くから聞こえるジングルベルが滑稽に思える光景に、ぼくは笑った。
「あは、不細工な顔」
「それ、二回目だからな、君」
「そうだっけ。あ、ねえ」
「なに」
透が食べる手を止めて、顔を上げる。
「メリークリスマス」
言うと、透はやっぱり紙をぐしゃぐしゃにしたみたいな顔して
「言わないよ」
と答えた。
翌日、目が覚めると枕元に包みが置いてあり、開けてみるとかき氷用のお皿が二枚入っていた。
透は、興味なさそうに「サンタでしょ」なんて言う。だけど、ぼくが「安上がりなサンタだなあ」と言ったら、包みの紙をぐしゃぐしゃにして投げてきた。
お兄さんが、透が(ぼくはたまに、透のことをお兄さんと呼ぶクセがある)、大きくため息を吐いた。
「何?」とぼくが聞くと、彼は寝転がったソファーから一歩も動かないで、「外を見なよ」と答えた。
外は雪景色。飾られた電飾はピカピカ。沢山の色に染まっている。楽し気に歩く人々も見えた。けれど、とくに変わった様子はない。
「何もないけど」
ぼくがそう言いながら透を見ると、彼は少し唸ってから身を捩る。
そして、
「僕はあれになれないんだ」
と言った。あれって何? と聞く前に、透はガバリと起き上がり、「そうだそうだ」と台所へ向かっていった。
ぼくは、台所で何やらごそごそやっている彼を無視して、再び窓辺に立ってクリスマスを見る。
チラチラと風に揺れる電飾は、冬のとうめいな空気に反射しているようにきれいで、ぼくはずっと見つめていた。
「まもる、そんなもの見てないで、こっちを見てくれ」
クリスマスをそんなものなんて言うの、やめなよ。
そう言おうと、透を振り向く。けれど、ぼくの口から出た言葉は「なに、それ」だった。
「どうだ!」とでも言いたげな透の前には、やけに大きな機械。
机の半分くらいの大きさのそれが、なにに使う道具なのかも、ぼくにはわからない。
「かき氷機だ」
「かき氷機?」
「そう、ここに氷をセットして、これを回せば氷ができる」
透は、嬉々としてかき氷機の性能を語る。
「なんであるの? こんなの」
「大家さんがくれたんだ。いいだろうこれ」
「なんで出したの?」
「なぜって?」
透は、目を真ん丸にしてぼくを見る。
「今、冬だよ、クリスマスだよ」
言うと、透は紙をぐしゃぐしゃにしたような顔をした。
「クリスマスにチキンを食べると誰が決めた?」
「不細工な顔!」
「なんとでも言え!」
透はそう言うと、愛でるように、年季モノのかき氷機を撫で始めた。
ぼくはその様子を、やっぱり紙をぐしゃぐしゃにしたみたいな顔で見る。
「それ、すごく古いけど……」
「それが何? はっきり言いたまえ」
「古いかき氷機って、大きな氷セットするよね?」
「……買いに行こうと思ってたさ」
「うそつけ」
「うるさいよ。早くコートを着たまえ。氷屋に行くよ」
「え、ぼくも?」
透はぼくの返事を待たずに、外へ出ていった。
透を追って、急いで外に出る。
ビュッと冷たい風に頬をなでられ、肩を上げる。ぼくは、もう道を進んでいる透のとなりに走った。
「どこにあるの?」
「商店街を抜けて、あの大きな坂道を登った所」
「あの大きな坂ね」
「あの忌々しい坂ね」
「きれいだね、イルミネーション」
ぼくは透の文句を無視して、会話をつづける。
周りの人たちとなにも変わらない。ぼくらもクリスマスを味わっていた。
それなのに、透の横顔は外に出てからずっと険しいままだ。
「サンタさん、信じてる?」
突然、透がそんなことを言う。
ぼくは、「いたらいいよね」と答える。透は「ふーん」と言って、商店街の楽し気な雰囲気を目で追っていた。
寒そうに息を吐く透は、ぼくの顔なんかぜんぜん見ない。
商店街を進んでいくと、人々の隙間から「サンタさんくるかな」「いい子にしてたらね」という会話が、何度も聞こえてきた。
優しい柔らかな空間で、ぼくらだけが無言だった。
そうしている間に商店街を抜けて、あの憂鬱な長い坂道に近づいている。
「僕のところには、サンタが来たこと、一回もないよ」
また、突然、透が言った。
そしてつづける。
「クリスマスって、楽しそうだ。みんな」
「そうだね」
ぼくはそれしか言えずに、坂道を登り始めた。透も、坂道を登り始める。
彼はさっさと登って、顔なんかちっとも見えない。
「この道沿いにあるの?」
「あの店だよ」
「わ、年季入ってる」
「趣深いだろ」
店に入って「すみません」と声をかけると、優し気なおじさんが出てきて、思っていた以上に簡単に氷が手に入った。
この季節に氷? という目では見られたけれど。
「すんなり買えたね。冒険みたいで楽しかったのに」
透が、つまらなそうにつぶやく。
「冒険? 早く帰ろう。氷溶けちゃう」
「普段買わないものを買うの、楽しいだろ」
「そうかなあ」
言いながら、ぼくらは坂道を降りていた。透は、ビニールに包まれた四角い氷を、まるでプレゼントみたいに抱えてリズミカルに坂を下っている。
「サンタさんみたい」
ぼくは言ってから、歩みを止めた。チラと、透の顔を盗み見る。
「そうだね」
けれど、彼はさして気にすることもなく、同じリズムのまま坂を下って行った。そして、ぼくがついていっていないことに気が付いて「早く」と言った。
「うん」
透は楽しそうに、えっほえっほと氷を運んでいる。
立派な氷だ。冷たくて大きい。だけど、透はそれであたためようとしている。なにか、きっと彼の大切なもの。それを家にあるチープなお皿で出してしまうのは、なんだか味気ない気がした。
「これだけ立派な氷でかき氷を作るなら、立派なお皿で食べたいもんだね」
「そうだねえ」
透はしみじみ言った。
すると、突然立ち止まってぼくのほうをくるりと振り向く。
「なに?」
「これ、持てる?」
ぐいっと氷を押し付けられ、持ってみる。
ずしり、としたけれど、持てないことはなかった。
「持てるけど」
「じゃあ先に帰っていてくれ。僕は買い物を思い出した。商店街に寄るよ」
早口でそうまくし立てると、透は急ぎ足で商店街の人混みへと消えていった。
「え、あ、お兄さん! あっ、いや、透!」
透は呼んでも、ぼくに応えることはなかった。
「えー」
ぼくは言って、ふくれっ面で帰路についた。シャンシャンとどこからか鳴り響くクリスマスソング、煌びやかな電飾、白すぎる雪のなか、ぼくは一人歩いた。
透のことを考える。彼はカレンダーがクリスマスを通るたびに、このうまく言えない、じくじくと柔らかい針で刺されているような感覚に包まれていたのかもしれない。
ぼくは透の速足よりもずっと速く商店街を歩いて、ぼくらのアパートに帰った。
シンとした部屋で、ぼくは氷を台所へと運ぶ。冷たい氷と寒い部屋、遠くから聞こえるジングルベル。
「楽しそうだ、みんな」
言って、ぼくはソファーに寝転がりながら透を待った。
しばらくすると、透が帰ってきた。彼は買い物袋をガサゴソと自分の押し入れに入れると「待たせたね」とぼくを見た。
「氷、溶けちゃうよ」
ソファーの背もたれに顔を寄せて言うと、透は「そう簡単に溶けないよ」と言いながら、いとも簡単にそれをかき氷機にセットした。
「ほら、見てごらん」
透に言われ、無言でかき氷機の元へ寄る。ゴリゴリと激しい音を立てながら、美しい新雪のような氷を生み出していた。それが、昨日ぼくらがおかずを食べたお皿に降り積もっていく。
「どうだい。きれいに入ってる?」
「うん、うん」
みるみるお皿に積もっていくそれを、ぼくは夢中になって見た。
三角に積もっていくそれは、真っ白なツリーだ。
クリスマスなんてないこの部屋で、寄り添うみたいに慎ましいツリー。
「はあ、変わってくれ。案外疲れる」
「ぼくにできる?」
「どうして、できないなんてことがあるんだい」
透は、完成したかき氷を取り上げて、もう一つのお皿を置く。
ぼくは氷を砕くレバーをぎゅっと握って、力いっぱい回す。ゴリゴリと砕いていく感覚。手のひらに伝わる振動。ぼくがこんなことをしている下で、あの美しいツリーができているのが、ぼくには信じられない。
「ね、透……」
「きれいだね、まるでツリーみたいだ」
きれいにできてる? と聞く前に、透がそう言った。ぼくは口をぎゅっと閉じて、かき氷を作る手に力を込めた。
「わ、もういいよ。こぼれる」
「あ、ごめん」
ぼくは手を止める。
「さあ食べよう」
「そういえば、シロップないよ」
「ジュースでいいよ」
透が冷蔵庫から出してきたのは、水玉模様の瓶に入った原液ジュースだった。
「夏に買ったのに忘れてたね」
「これで乾杯もしようか」
手際よくジュースを作っていく透を横目に、ぼくは二つのかき氷をソファー前のテーブルに置いた。崩れないように、そっと。
「はい、君のぶん。かき氷にもかけちゃおう、ストップ言って」
「うん」
透が、ゆっくり原液の入った瓶を傾けていく。真っ白な液体が、真っ白な氷にかかっていく。どれくらい入っているのか、さっぱりわからない。
「ストップ?」
「なんだい、その言い方」
「透もやれば分かるよ、ほら」
今度は、ぼくが瓶を傾ける。すると透は「なるほど」と小さくつぶやいて、それから少しあとに「ストップ?」と言った。
「ようし、乾杯だ」
「ただのジュースで乾杯ね」
皮肉を込めて言うと、透は片眉を上げて
「僕らにはちょうどいいだろ?」
と言った。
ぼくはそうかもね、なんて言ってグラスを掲げる。
「乾杯」
「乾杯」
白いかき氷に、白いジュース。ホワイトクリスマスには案外お似合いかもしれない。
「こんな日に何かするなんて久しぶりだ」
「まだ、こんな日とか言ってるの?」
「ふん」
「かき氷用のお皿ほしいな」
「サンタにでも頼めばいい」
透はそんなこと言って、眉間を指で押さえている。
遠くから聞こえるジングルベルが滑稽に思える光景に、ぼくは笑った。
「あは、不細工な顔」
「それ、二回目だからな、君」
「そうだっけ。あ、ねえ」
「なに」
透が食べる手を止めて、顔を上げる。
「メリークリスマス」
言うと、透はやっぱり紙をぐしゃぐしゃにしたみたいな顔して
「言わないよ」
と答えた。
翌日、目が覚めると枕元に包みが置いてあり、開けてみるとかき氷用のお皿が二枚入っていた。
透は、興味なさそうに「サンタでしょ」なんて言う。だけど、ぼくが「安上がりなサンタだなあ」と言ったら、包みの紙をぐしゃぐしゃにして投げてきた。
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