輪廻血戦 Golden Blood

kisaragi

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第十一章 Month Living In Seclusion

第七夜 有明月

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 細かな瓦礫が降ると同時に、侍はぴょんぴょんと着地する。

 展望台はボロボロだ。

「え……」

 そんな愁一を英治は見上げる。
 愁一は斬撃で屋上を破壊したのだ。

 それは見事に。瓦礫の山。

 そのまま侍の姿で類を抱えながら展望台の中に着陸する。

 英治も元の姿に戻っていた。

 愁一ならばどうにかするだろうとは思ったが、どうにも彼らしい一撃突破だ。

「今回はちょっと危なかったっすね」
「仕方ないさ。元々綱渡りだ」

 二人は立ち上り、埃を払って構える。

「え……あれ? ライオンは??」
「それは目眩ましのアバターだよ。この世界、ゲーム感覚で多少設定出来たからね」
「そういうこと」
「それじゃあ……今のお前は……」

 頼は二人を見上げる。

「ライオン師匠と」
「ペンギン岡引っすね」

 風に靡く黒髪。光る真紅の目。白い羽織。それは正に侍だった。
 月明かりに光る真紅の目の優男とえらく美形な切れ目の男。これが彼らの本当の姿だったのだ。

「それより、君、妹さんのこと知ってたね?」
「……だって! 頼が……頼の魂があるなら、助けたいって思うだろ!!」

 類は叫ぶ。

 生き残りたい。だから欺いた。だから隠れた。ひそひそと。それだけを思い。

「鳩里桂一からその情報を聞き出した、って訳か」
「……っ!」
「鳩里先生まで騙してたのかは、置いておいて。随分な時間稼ぎだけど、まだ何かあるの?」

 愁一は刀をゆっくり抜いて満月に向かって突き付ける。ずっと怪しい気配はした。あれは月に見えるが、月ではない。月影から、目が出て人影が現れる。

 space mirageを自称する男はとん、と展望台にたった。

『こんばんは、皆様』


 男の声は段々と上杉寧斗の声になっていた。

「ねい……と……」

 英治の拳銃がぶれる。こんなこと、今まで無かったのに。

 愁一は刀を地面に刺し、膝を付く。

 人々の血統プログラムは赤い転々となり、上杉寧斗の手中に集まっていた。

 あの男と同じ。血を血として操る技か。


「さあ!! 面白いもの、見せてあげる。この血統を組み合わせて、最強の戦士を作るのさ!!」

 それはもう、上杉寧斗だか、刀飾だかもはや分からない存在だった。

「最強の……戦士?」

 愁一は刀を構える。

 赤い血が集まる。形になる。人のような形に。


 その姿。その姿は己の姿だった。

 そう。『獅道愁一』だったのだ。


 英治の拳銃を持つ手は震えている。

「頼を……頼を返せ!!」

 類は叫ぶ。

「駄目だ! 無謀だ!!」

 愁一が止めるが、虚しく類はライフルを持って上杉寧斗に突っ込んだ。銃弾は外れる。掠りもしない。

「……くそっ!!」
「英治君、その子連れて離れて!」
「了解っす!!」
「ちょ!!」

 類は当然、抵抗する。

「馬鹿、死ぬぞ!」

 寧斗は嘲笑うかのように笑う。

「全く、異物が二、三あったので上杉と獅道の特定に時間がかかりました。まず、その女から」

「頼……!!」

 頼は死んだ目で姉に向かって狙撃した。
 自分の体の反動なんて考えていない。声も、目も、死んでいる。

 英治は素早く類を抱え、展望台奥に素早く移動する。

 もはやどちらがどっちかなんて分からない。どちらかが生きているというのは確実だ。今、錯乱した状態で斬るより正確に判断出来る時がいい。

 愁一の瞳は慈悲も光も無く、ただ、目の前の血の人形に向けて刀を向ける。
 対立する血の集合には表情もない。ただ、『獅道愁一』を模しているだけ。

 英治は愁一のそんな表情を初めて見る。いや、初めて、ではない。
 彼が獲物を狩る瞬間の目だ。

「その血。返して貰うよ」
「結構! 私は殺せぬが、自分は殺せると!!」


 愁一は力を全て解放する。

 上杉寧斗の小刀を全て打刀で弾きながら、血の塊に向かって踏み込む。

 千年、それ以上。戦いに身を投じた体とただの血の人形。
 そんな人形が刀を振るっても弾かれるのは簡単だ。

 愁一は二本の刀で巧みに攻撃を弾く。
 人形のナイフを直刀の片手でくるりと回して簡単に落とし、その隙に攻撃して来た寧斗は打刀を振り回して一瞬手放してそのまま柄を拳で殴った。
 刀が寧斗の衣装ごと貫通する。

 衝撃で更に展望台が崩壊する。

「……凄い」

 思わず、類は呟く。
 その攻撃には統一性は無く。流派も無く。ただ、敵を射つ為だけの動き。

 その瞬間、愁一は漆黒の直刀の力を解放する。
 黒い刃が白銀に変わり光る。
 それは東京タワーをも貫き、そしてそれは人形に向かって貫かれた。

「英治君!!!」

 英治は素早く冥界へのゲートを展開する。
 英治の能力は空間把握能力。それは何処であろうと関係なくゲートが開ける。ステッキをかざして、そのまま東京タワーの頂上にゲートを開いた。





『さすがに、こんな張りぼての世界じゃお気に召しませんでしたか?』

 仮面の男はまるで道化師だった。靡くマント。

「こんなこと、もう止めろ、寧斗!!」

 英治は叫んで拳銃を構える。
 あの時と同じ。

『しかし、君たちに俺は殺せない。少しでも『上杉寧斗』である可能性が残っているのなら』

「……っ!」
「それは……!」
「特に、獅道愁一。君に俺が殺せるかい? 望まざるものを殺せるかい? 君が一閃放てば、この体は消滅する」


「……何」


「だって、君は削減プログラムだ。やろうと思えば、この五百人。全ての魂を殺せる」

「そんな……!」


 愁一はその瞬間、刀を握る手が緩む。その瞬間、上杉寧斗は愁一の刀を弾いた。

 愁一の動きの鈍さに英治は叫ぶ。

「迷わないでください! 先輩!!」
「そんなの、無理だよ! 君のお兄さんを殺せない! だって、彼はまだ死を望んでいなかった! 君を、兄弟を守るって、……俺に言ったんだ。みんなの安全が分かるまで、みんなを取り戻すまで死ねないって……俺に……」

 愁一は初めて、刀を振るうことを躊躇った。刀がカラン、と床に落ちる。

「それでも!」

 英治は叫ぶ。


 しかし、止めたのは意外にも類だった。

「アンタ、他人に自分の兄弟を殺せ、なんて良く頼めるな」

「……え?」

 その声、姿。立ち振舞い。

 確かに類だ。
 しかし、何処かが違って見えた。


『お前、何者だ!! 無い、登録者に無い血統だと!?』

 寧斗が混沌とした声で叫ぶ。


 類はこれまでの怯えた様子と打って変わって堂々と上杉寧斗の前に立った。

「全く。私の生徒に良くも手を出してくれましたね」

「え……?」

 その声。その声は愁一も知っている。

 月明かりの下、上杉寧斗の銃弾は風によって弾かれた。

 泉類の姿が変わる。靡くネクタイ。偽造の月に光る眼鏡。

「……鳩里……桂一?」

 英治は呆然とその姿を見上げる。

「ええ。ごきげんよう」

 桂一は展望台の上に立つ。

 泉類の姿が、鳩里桂一の姿に変わったのだ。

「えっ……っ、類さんは……!?」
「彼女は私のアバターでした。偽造プロテクトによる上杉の血統解放プログラムの解除まで時間を稼いで頂いたのです」

 桂一は、普段通りの桂一だった。少し野暮ったい眼鏡にシャツとネクタイ。そして、彼の周囲には流れる風。

「これは確かに驚きだ。しかし、一人増えた所で何の意味が……」
「意味なら大いにあります。上杉英治、獅道愁一。彼らでは上杉寧斗は殺せません。しかし、私は上杉寧斗から刀飾を追い出せる」

 その言葉に上杉寧斗は仮面からも隠しきれない表情で笑った。

「ハハ、馬鹿言っちゃ行けないよ、私から刀飾を追い出す?」
「それも少し違いますね。お久しぶりです。ええと、ああ、そうです。あの時、死体をオモチャに遊んでいた殺人鬼ではないですか。確かに、私はあの時死の因果には追いやりました。まさかまだこんなことをしているとは情けもありませんね」

 ピチャリ、と血の音がする。
 桂一はその血に向かって笑顔で語りかける。

 まさか、泉頼が殺人鬼だったのか……ならば納得は行く。姿が変わり、血の錆をまとい。血で人形を作る殺人鬼。

 仮面が崩れる。姿が寧斗と頼が混ざったような概念に変わる。

 類は思わず、顔を伏せる。

 あんなに、アイドルが好きで、ちょっと気弱で、真面目な妹が。
 類はただ震えた。何もかも分からない。しかし、桂一は類を信じたのだ。
「な、んで! お前は俺なんか信じようとしたんだ!」

 苦痛に顔が歪む。そんな類を見て桂一は優しく言った。

「簡単です。他は死のうとしていた。殺そうとしていた。純粋に生きようともがいていたのは貴女だけです。そう思った時。誰を助けたいか」

 そんな類の前に桂一は立つ。

「なんだと! そんな、そんなことで……」

 どろどろと泉頼だったものが姿を変える。

「ええ。貴方には幾つか誤算があります。ひとつ目、選んだアバターが上杉寧斗であること。彼は上杉の中のプログラムの中で何を担当していたか分かりますか?」
「それは……」
「無、です。何もないのです。それは獅道愁一の力とは違います。完全なゴミ箱と同じ。力の飽和。貴方はその隙間に侵入した」
『……何故、そこまで知ってる……!?』
「私の生徒を弄んだ罪は重いですよ」

 鳩里桂一はにっこり微笑んだ。

「知っていましたよ。全部。泉類が私に近付いた本当の目的も……泉頼を利用して私に近付けさせた」

『……そう、そうかい……』


「さて。たまには働きましょう。今回は私はアレをどうにかします」

「待て、勝ち目はあるのか!?」

 桂一の姿を見て英治は叫ぶ。

「……君達よりは」

 桂一は眼鏡の位置を直し、上杉寧斗を見定める。正確には上杉寧斗の中にある刀飾を、だ。それは既に泉頼と混ざり、人という形を成していない。

「尋常に、勝負」

 風の血統を解放する。

 古くから、大気さえあれば生まれる風。
 その神の血統を。

『この俺(私)を攻撃出来るのか!!』
「無駄です。上杉寧斗には私の力は通用しません。貫通するのですから」

 飛び回るように桂一を狙って、犠牲となった血を上杉寧斗の中の刀飾は放つ。桂一はそれを全て風でいなした。


「でも待って、泉頼は……頼さんは!!」

 愁一は叫ぶ。彼女の妹は始めから存在しなかった訳ではない。本当ならば、可愛いらしい双子の姉妹として二人並んでいた筈だ。

 しかし、血の傀儡を見て類は言った。

「……妹はもう死んでいる!! アレはただの傀儡だ!! だから切って!!」
「ええ。そうです」

 自分を抱き締める類の肩に桂一は手を置いた。

「……因果……」
「そうすれば、ちゃんと天国に逝ける。私は看取れる。こんな、こんな偽造の世界に永遠と閉じ込められれば、自我が崩壊するだけだ!!」
「……っ!」

 類の言葉に愁一は再び刀を構える。


 東京タワー、展望台屋上。電子掲示板が示す人数は4。死の数字とは何とも縁起が悪い。


「さて、この時を待ちましたよ」
「風の神の化身ごときが、我ら刀飾を倒せるとでも!?」
「誤算その2。私はいつ、アナタを倒す、と言いましたか? 捕獲、するのですよ」

 ごうごうと風の音がする。大気さえ乱す空気の音。それを見て英治は言った。

「ありゃ、ガチキレだ……」
「……俺も初めて見た……鳩里先生があんなに怒るなんて……っ!」
「旋風だ。大丈夫か?」

 愁一は首肯く。


「フザケルナー!!」

 刀飾は急に叫んだ。

 寧斗と頼と血と混ざり、最早何も分からない存在。悪魔か、人か
 刀飾か。

 劣化した血統を桂一にぶつける。しかし、それはもうただの血だった。既に愁一がほとんど浄化し英治が魂送した。

 劣化し崩壊した東京タワーが逆に足場になる。

「まだそんな力がありましたか」

 桂一は立ったまま、その血を風圧で押し返す。

「風とは大気。風とは空気。ではお見せしましょう。風とは、全てを風化する空気」

 手を翳すと目にも見えるほどの風圧が刀飾を襲った。

 上杉寧斗の体を貫通する。

「……捉えた! ……宗滴!!」
「あいよ! 人使いが荒いぜ!!」

「……え?」

 東京タワーその上に立つのは朝倉宗滴だった。

「なんで……」

『我々は風神と雷神。二つで一つ。上杉家直伝、超微量電流による患部麻痺、いっくぜー!!』

 風と電流。それぞれに拘束された上杉寧斗の中の刀飾は等々姿を現した。

 血が剥がれ、寧斗という面が剥がれ。

 白い女。

 術の塊。

 刀飾でもこの風と雷は解けなかった。二つが混ざり、超強力な物理拘束術になっている。


「朝倉君!!」

「よっ! イッチーおっひさー! 行け、そのまま刀飾を斬れ!!」


 愁一は首肯く。

 刀を掲げ、目一杯霊力を高める。

「待て、貴様、この空間ごと……」
「……そう。そうなんだ。俺が斬るのは魂と現世の因果。その罪。肉体ではなく、その因果」
「それは、死と同じだ! 貴様は人殺し、罪人だ!!」

 その言葉に英治は怒る。

「何だと!!」

 しかし、愁一は否定しなかった。

「そうだよ。それが俺の因果」



 そして迷わず、一閃を放つ。
 赤い血はまるで星の様だった。
 それらを迷わず、一滴も残さず。愁一は刀を振り下ろす。


「くっ……そぉおおおおお!!!」


 その断末魔と共に空間が歪む。



 そこは本当にただの東京タワーだった。
 倒れた寧斗を英治が支える。

「兄貴!!」
「……本当、お前は馬鹿だよ……俺なんて……」
「馬鹿はお前だ! 俺たちはたった数人の上杉家。誰が欠けたっていい訳ねぇだろ!!」

「ま、今回はちっと大変だったな」

 宗滴は少し大人っぽくなったがそれでも変わらぬ表情で笑った。

「……俺なんて、何も」
「愁一さん?」
「……躊躇った。一瞬でも、上杉寧斗を殺せない、と刀を止めた。……俺は、それしか出来ないのに!!」

 刀を持つ手が震える。そんな姿に英治はなんと声をかけるべきか迷った。
 しかし、その言葉を遮ったのは桂一だった。
 優しく、愁一の肩を叩く。

「それは違いますよ」

「……え?」

「君は、その因果を断つ為に戦っているのですよ。それを忘れてはなりません」
「……鳩里……先生」

「ま、今回は我らが主もそこそこ頑張っただろ? 膨大な霊力を維持しつつ、俺と桂一をセットにしてここまで服従したんだからさ」
「あの……天草さんが……?」

 桂一と宗滴は頷いた。

「ええ。本来、高校の校舎の悪霊にしか関与出来ない私がここまで力を出せたのも彼女の力が大きいのですよ」
「イッチーの味方は一人じゃないんだからさ。そう気負うなよ!」

 そしてバシーンッ、とその背中を叩く。

「痛っー!?」
「そう悄気んな! それと、上杉に借り一つな!」

 ビシリ、と宗滴は英治と寧斗を指差した。

「先輩は変わりませんね……」
「まぁ、これで油断しないことです。今回はあくまで偽造プログラムだったのですから。上杉へのハッキングの精度を見るに悠長にはしてられません」

 その言葉に英治は首肯く。

「……そうですね。……愁一さん」
「……え?」
「貴方に、全上杉家のプログラム解除コードを教えます」
「え、えぇえ!?!」
「俺の強制遮断プログラムは確実に弱まっている。今回、鳩里先生がここまで自由に動けたのはそのコードを知っていたからですね?」
「ご名答。私は学生時代に尋也から聞いていましたから」
「そんなものが……」
「あるだろうさ。プログラムならな」

 英治は愁一と向き合う。

「たとえ上杉が滅びても、愁一さんがいれば世界は混沌から救える。だから迷わないで下さい」
「……英治君」

 何やら、宗滴のデバイスが騒がしい。サムライ、サムライ。この感覚は……。


「あ、それとイッチー、有名人だぜ。刀飾が今回の色々、映像コンテンツとしてネットに大量拡散。イッチーは謎の侍ってことで刀飾の目論みに一役借っちゃったな」
「……えぇええええ!!!!!?」
「うんうん、ぬいぐるみがイケメンに大変身。それだけでも相当なプロモーションだ」
「……つまり、今回ので刀飾は完全に仕留め切れてないと」
「その通り。また、上杉の穴に逃げ込んだと考えるのが妥当」

「また調査か……もー、めんどくさい」

 上杉英治は項垂れる。

「上杉寧斗から追い出せただけ、良しとしましょう。彼ならどうにか出来ます。いい意味で上杉のクッション的役割でしたね?」

 その言葉に寧斗は首肯く。

「あ、あの姉妹は……」
「彼女らは私の生徒です。お任せあれ。ねぇ。万年補講すっぽかし常連の泉頼さん」

 桂一は風に遊ばれながら不適に微笑んだ。

「……え?」

 愁一はきょとん、と彼女を見つめる。

「……げ」
「彼女は泉頼です。ええと、死んだのが泉類なのです。当然ですね。我々が生きている血統をあれこれしようがどうにもならない。『生きている泉類』をわざわざ深い所までハッキングはしません」
「んー、頭痛くなって来た……」
「それが彼女の目的なのです。双子であることを最大限に生かし、刀飾に堕ちた姉を救うことが彼女の最大の生きるための策という訳です。……ねぇ、頼さん」

 こっそり、去ろうとしていた頼は動きが止まる。

「……あんた、いつから」
「さあ。双子で私を随分弄んでくれましたので……いつからでしょう?」

「ま、まさか根に持って……」
「まさか。私は私の生徒を助けただけです」


 桂一は目を細めて言った。

 その姿に皆は脱力する。
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