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最終章 道化師は神逆する
最終話 別れと始まり
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「懐かしいです」
「相変わらずとてもいいニオイがする場所ね」
「全く、突然私達を呼びつけてどこへ連れて行くかと思ったらまさかこことはね。少しは乙女心がわかってきたのかしら?」
「まあな。もう焦げ臭いニオイはうんざりだろ。俺もこっちの方が心が落ち着く」
雪姫と別れたクラウンがリリス、ベル、エキドナを連れてやって来たのは砂漠の国バレッジデザートからバリエルート村に行く道中で見つけた花畑だ。
ラズリという強敵に出会い、初めて敗北を知り、そしてベルの祖父が眠る場所。
色とりどりの花束が絨毯のように敷き詰め合っていて、花の甘い香りを漂わせる。風にゆらゆらと揺れて、太陽の笑顔を見せるように花を咲かせている。
そこにクラウンが三人を呼びつけたのは大事な話があるためなのだが、少しは心地よい空間に包まれるのは良いだろう。
それに、ここにはもう一つ目的がある。まずはそちらから解消してしまおうか。
「リリス、実はこれをお前に渡したかったんだ」
「それって、あんたがここに私達を連れて行く前に持っていた大きい袋よね? それって私のだったの?」
「ああ、勝手ことをしたかもしれないが、これはお前が建てるべきものだ」
「建てる?」
クラウンは小脇に抱えている五十センチほどの大きさのある袋を地面に立てると閉じていた口紐をほどき、中身を見せる。
それは丁寧に加工されたやや丸みを帯びた石でそこには「リゼリア」と書かれていた。そうこれは―――――墓石だ。
「お前の話を聞いてな。亡骸は光に消えてなくなってしまったんだろ? だから、本当の墓石になりはしないが、それでもリゼリアが見たかった世界が今なんだ。そういうわけで、お前の許可を取らずに勝手に作らせてもらった。ここを選んだのは美しいものを見せたかったからとそれにあの兵長も話し相手が欲しいだろうなと勝手に思っただけだ」
「「!」」
リリスとベルは思わず声を失った。それは胸から湧き起こる熱量によって言葉が塞き止められてしまったからだ。
代わりに出てきたのはボロボロと流れる涙。声を上げることもままならずに瞳から勝手に流れ落ちて頬を伝う。
そして、衝動に身を任せてクラウンに抱きつく二人。言葉にできない熱のこもった想いを心臓と心臓で届けようとする。
しがみつく強さは次第に強くなり、その強さの分だけ想いが募る。そんな二人にクラウンはそっと腕を回し、見ていたエキドナももらい泣きをしている。
「本当に......本当に勝手よ......私が頑張って塞き止めていた想いをこんなにも壊してくれるなんて......鬼、悪魔.......でも、それ以上に嬉しい。こんなにも私を思ってくれたことが嬉しい。本当にもう.......言葉で出来ないわよ、ばかぁ」
「主様......本当にありがとうです。私は......私は......主様の近くに入れて本当に幸せ者です......これ以上にない幸福です......じいじを、じいじのことも気遣ってくれてありがとうです.......」
「受け入れてもらえたなら良かった。それに気遣いなんて、俺の方がお前らによっぽどしてもらっているだろ? これぐらいはしないと俺も気が済まなかっただけさ。だから、好きなだけ泣いてもいいんだ。もうお前らを阻むものはない」
「う"ぅぅう"わ"あ"あ"あ"あ"あ"~~~~~~ク"ラ"ウ"ン"がや"さ"じい"~~~」
「う"ぅぅう"わ"あ"あ"あ"あ"あ"~~~~~~あ"る"じさ"ま"がや"さ"し"い"~~~」
「お前らなぁ.......それに俺の名はもうクラウンじゃない仁でいい。その名前は神を殺した時にもう捨てたんだ。お前らのおかげで目的を果たしたからな」
クラウン―――――否、仁は二人が泣き止むまでそっと抱き続けた。そして、二人は泣き止むと「少し時間が欲しい」と言ってそれぞれバラバラに花畑を散歩し始めた。
恐らく気持ちの整理をしたいのだろ。そう思うとそっとしておき、リゼリアの墓を兵長の墓が置いてある木陰の下に設置する。
それが終わると空いている木陰の場所に座り、そっと幹に寄り掛かる。すると、目の前に少し泣き腫らしたエキドナが現れた。
「全く罪作りな男よね。女の子をあんなにも泣かせるなんて」
「そういうお前も泣いてたじゃないか。それに俺のそばに寄ってきたのは二人のように何か欲しがったからか?」
「私はそこまでがめつくないわよ。それに貰ったものはもう十分すぎるほどよ.......嘘、少しは温もりを求めていたのかもしれないわ。時間が来る前にね」
「......お前はそう考えているのか?」
「まあね」
仁はエキドナの言った意味を理解していた。それは仁がもとの世界に帰るかどうかということ。本来の目的はそれに対する三人の考えを聞くためにやって来てのだが、どうやらエキドナはそう考えているらしい。
「だって、旦那様の世界じゃ、旦那様はまだ未成年なんでしょ? 雪姫ちゃんや朱里ちゃんから聞くとまだ結婚できない年齢みたいじゃない」
「それを気にしてるのか?」
「ええ、ここまでやって来て竜人族の私が逃すはずないもの......それに待っている人がもとの世界にもいるのでしょ? その人達を蔑ろにしてはいけないわ」
「だが―――――」
「クラウンーーーーー! これ見てくれないーーーーーー?」
仁が返答しようとした時、突然リリスの大声が聞こえてきた。その方へと視線を移すとリリスとベルが小走りで戻って来ていて、リリスは白い獣の赤ちゃんを抱えている。
そして、リリスが仁のもとまでやってくるとその抱えている獣を見せた。
「ねぇねぇ、このオオカミ、ロキちゃんに似てない?」
「キャン!」
その真っ白いモフモフしたオオカミはリリスの拘束から逃れると短い足をばたつかせながら、クラウンに向かって飛び込んでいく。そして、短い尻尾をフリフリ。
「やっぱし。あんたが強くなり過ぎて潜在的恐怖で魔物が寄り付かなかったにもかかわらず、この子は寄り付いた。もしかしたら、ロキちゃんの生まれ変わりかもしれないわね」
「キャン!」
リリスの言葉に相槌を打つようにオオカミ赤ちゃんは吠える。それを見て思わず脇をもって抱えるとスッと抱きしめる。頬を舐められた。
「そうかもな。なら、ロキ二号とするか」
「相変わらずセンスないわね~。この子は私が見つけたんだし、私が名前を付けておくわ。ね、センスのない男でしょ~?」
「キャン」
「『すごいわかる』と聞こえたです」
「マジか......」
「ふふふっ、やっぱり楽しいわね」
穏やかな空気が流れる。それは誰しもが同じ気持ちで、そして誰しもが決断の時が刻一刻と近づいていることを理解していた。
クラウンはオオカミ赤ちゃんをベルに渡すと立ち上がり、木陰を出る。そして、太陽の日差しを背に改めて三人に聞いた。
「なあ、俺はもとの世界に戻るべきか?」
「「「戻るべき」」」
クラウンの言葉に三人は即答した。そのことにクラウンは思わず目を見開きながらも、すぐに尋ねる。
「どうしてだ? 俺はもうこの世界に染まったような人間だ。復讐のために生き、その道中で人を殺した。最初の方なんて特にそうだ。外道へと落ちたんだ。俺はもうもとの世界の倫理観から外れているような気がしているんだ。だから、もうここがあっている気がして......」
「あら、いつもの仁らしくないんじゃない? ここに私達を呼んだのだって雪姫に何か言われたからでしょ?」
「......!」
「主様は存外わかりやすい人です。それは自分の行動や発言に真っ直ぐであるからです。だから、今の言葉は本音じゃないことはすぐにわかるです」
「まあ、大方わかるわよ。旦那様が悩んでくれることは大抵私達の気持ちのことなんだから。そして、旦那様が今悩んでいるのは私達の気持ちを蔑ろにできないから、もとの世界に戻れないってことじゃないかしら?」
「......」
「はあ、そんなにも私達のことが好きなのね。まあ、これもサキュバスである私の色香かしら......とまあ、本音を隠すのはここまでにして、私達だってもっといて欲しいわよ。でも、ここがあんたの生まれ育った場所じゃないでしょ?」
「そうだが......でも、それでも―――――」
「主様。実は神となった大精霊様からこんなことを聞いているです。『私は神として全ての権能を得ました。そして、私は一時的にでもクラウン様と契約してその魔力を知っています。故に、クラウン様が『戻りたい』と魔力を念じればすぐにでもこの世界と次元を繋げて行き来できるようになります』と」
「そう......なのか。いや、だがまだ――――――」
「この世界の時間ともとの世界の時間を気にしているのなら問題ないわ。一年ぐらいはあっちの方が早いらしいけど、大きな差はないわ。だから、安心していってきていいのよ」
「......」
「だああああ! もう! 最後ぐらいはあんたらしくしていなさいよ! あんたはもとの世界でやるべきことが残ってるんでしょ! さっさと終わらせて、そしたらまた好きにこっち来ればいいでしょ! 私は男らしいあんたが好きなの! さらに格好良くなってもう一度私達を惚れさせに戻ってきなさい! いいわね! わかった!?」
リリスはすごい剣幕で指先を向けながら仁に告げる。しかし、別れる辛さが堪えきれなかったのか泣きながら言っていたため、あまり説得力は無くなってしまった。
しかし、リリスの想いはしっかりと仁に届いた。だから、仁は溢れ出る涙を堪えながら、いつものようにカッコよく告げる。
「ああ、わかった」
************************************************
帰還当日、仁達は一同は召喚された王の間にやって来ていた。
王の間に敷かれた大きい魔法陣には雪姫、朱里、響、クラスメイトと乗っており、そのそばには神となった大精霊の姿がある。
そして、見送りはリリス、オオカミ赤ちゃんを抱えたベル、エキドナ、カムイ、リルリアーゼといった旅のメンバーを始め、聖女スティナと騎士団長ガルド、獣人族の王や帝国のエルザ姫、商業国のシュリエール、エルフの一同、かかわったドワーフ達、鬼人族のルナ、魚人族のラグナとシスティーナ、竜人族のシルヴィーと全種族がこの地に集まっていた。
「響、雪姫、朱里......言葉は済ませたか?」
「ああ、済ませた」
「私もだよ、仁」
「あ"、あ"か"り"も"ぉ~~~~~」
仁は後ろを振り向き三人に尋ねた。朱里は号泣しているが、雪姫がいるので大丈夫だろう。すると、「少しだけ待っててくれ」とクラウンは告げて魔法陣から歩き出す。
そして、リリス、ベル、エキドナを腕で抱き寄せる。
「ありがとう。ここまで戻れたのはお前達のおかげだ。本当にありがとう。だから、行ってきます」
「「「いってらっしゃい」」」
三人は声をそろえてそう告げた。その声はやや震えていた。しかし、目に涙を浮かべても決して流そうとしなかった。流してしまったら、仁はまた戻って来てしまうだろうから。
仁は魔法陣に戻る。そして、大精霊に視線を送ると足元の魔法陣が眩く白い光を放つ。幻想的な光は召喚されたときと同じであった。
その時、仁は見た。目の前にいるリリスがサムズアップしているのを。そして、聞いた。
「戻ってきたら、私達の冒険をまた始めましょ」
光は仁達を飲み込んでいく。そして、仁達がいたのは夢だったようにそこには魔法陣だけで何もない空間が広がっていた。
「待ってるわよ、クラウン。いいえ―――――仁」
************************************************
――――――数年後
仁達は人気のない広場に集まっていた。そして、そこにいるのは数年前に一緒に異世界に飛んだ雪姫、朱里、響、そしてクラスメイトの姿があった。
全員が大人っぽくなりつつも、その時の幼さをやや残した様子で、要するに見た目以外あまり変わらないということだ。
「皆、どうなってるか楽しみだね」
「そうだな。スティナはきっともっと美人になってる」
「ど、どどどどうしよう!? これから、カムイさんに会うとなると心臓がバックバクで―――――」
「よし、準備は良さそうだな。それじゃあ、行くぞ」
「ま、まま待って!? まだ心の準備がぁぁぁぁぁ――――――」
朱里の悲し気な声を残しつつ、仁達は突然足元に現れた魔法陣の光に飲み込まれた。
そして、光が消えると同時に一人の少女の面影を残した妙齢の女性が立っていた。
その女性は赤髪のサイドテールでやや釣り目をしており、スラッとした長い足に美を象徴したようなスタイルは母譲りなのかもしれない。
その女性―――――リリスはクラウンの手を引くと告げる。
「さあ、私達の冒険をまた始めましょ!」
「相変わらずとてもいいニオイがする場所ね」
「全く、突然私達を呼びつけてどこへ連れて行くかと思ったらまさかこことはね。少しは乙女心がわかってきたのかしら?」
「まあな。もう焦げ臭いニオイはうんざりだろ。俺もこっちの方が心が落ち着く」
雪姫と別れたクラウンがリリス、ベル、エキドナを連れてやって来たのは砂漠の国バレッジデザートからバリエルート村に行く道中で見つけた花畑だ。
ラズリという強敵に出会い、初めて敗北を知り、そしてベルの祖父が眠る場所。
色とりどりの花束が絨毯のように敷き詰め合っていて、花の甘い香りを漂わせる。風にゆらゆらと揺れて、太陽の笑顔を見せるように花を咲かせている。
そこにクラウンが三人を呼びつけたのは大事な話があるためなのだが、少しは心地よい空間に包まれるのは良いだろう。
それに、ここにはもう一つ目的がある。まずはそちらから解消してしまおうか。
「リリス、実はこれをお前に渡したかったんだ」
「それって、あんたがここに私達を連れて行く前に持っていた大きい袋よね? それって私のだったの?」
「ああ、勝手ことをしたかもしれないが、これはお前が建てるべきものだ」
「建てる?」
クラウンは小脇に抱えている五十センチほどの大きさのある袋を地面に立てると閉じていた口紐をほどき、中身を見せる。
それは丁寧に加工されたやや丸みを帯びた石でそこには「リゼリア」と書かれていた。そうこれは―――――墓石だ。
「お前の話を聞いてな。亡骸は光に消えてなくなってしまったんだろ? だから、本当の墓石になりはしないが、それでもリゼリアが見たかった世界が今なんだ。そういうわけで、お前の許可を取らずに勝手に作らせてもらった。ここを選んだのは美しいものを見せたかったからとそれにあの兵長も話し相手が欲しいだろうなと勝手に思っただけだ」
「「!」」
リリスとベルは思わず声を失った。それは胸から湧き起こる熱量によって言葉が塞き止められてしまったからだ。
代わりに出てきたのはボロボロと流れる涙。声を上げることもままならずに瞳から勝手に流れ落ちて頬を伝う。
そして、衝動に身を任せてクラウンに抱きつく二人。言葉にできない熱のこもった想いを心臓と心臓で届けようとする。
しがみつく強さは次第に強くなり、その強さの分だけ想いが募る。そんな二人にクラウンはそっと腕を回し、見ていたエキドナももらい泣きをしている。
「本当に......本当に勝手よ......私が頑張って塞き止めていた想いをこんなにも壊してくれるなんて......鬼、悪魔.......でも、それ以上に嬉しい。こんなにも私を思ってくれたことが嬉しい。本当にもう.......言葉で出来ないわよ、ばかぁ」
「主様......本当にありがとうです。私は......私は......主様の近くに入れて本当に幸せ者です......これ以上にない幸福です......じいじを、じいじのことも気遣ってくれてありがとうです.......」
「受け入れてもらえたなら良かった。それに気遣いなんて、俺の方がお前らによっぽどしてもらっているだろ? これぐらいはしないと俺も気が済まなかっただけさ。だから、好きなだけ泣いてもいいんだ。もうお前らを阻むものはない」
「う"ぅぅう"わ"あ"あ"あ"あ"あ"~~~~~~ク"ラ"ウ"ン"がや"さ"じい"~~~」
「う"ぅぅう"わ"あ"あ"あ"あ"あ"~~~~~~あ"る"じさ"ま"がや"さ"し"い"~~~」
「お前らなぁ.......それに俺の名はもうクラウンじゃない仁でいい。その名前は神を殺した時にもう捨てたんだ。お前らのおかげで目的を果たしたからな」
クラウン―――――否、仁は二人が泣き止むまでそっと抱き続けた。そして、二人は泣き止むと「少し時間が欲しい」と言ってそれぞれバラバラに花畑を散歩し始めた。
恐らく気持ちの整理をしたいのだろ。そう思うとそっとしておき、リゼリアの墓を兵長の墓が置いてある木陰の下に設置する。
それが終わると空いている木陰の場所に座り、そっと幹に寄り掛かる。すると、目の前に少し泣き腫らしたエキドナが現れた。
「全く罪作りな男よね。女の子をあんなにも泣かせるなんて」
「そういうお前も泣いてたじゃないか。それに俺のそばに寄ってきたのは二人のように何か欲しがったからか?」
「私はそこまでがめつくないわよ。それに貰ったものはもう十分すぎるほどよ.......嘘、少しは温もりを求めていたのかもしれないわ。時間が来る前にね」
「......お前はそう考えているのか?」
「まあね」
仁はエキドナの言った意味を理解していた。それは仁がもとの世界に帰るかどうかということ。本来の目的はそれに対する三人の考えを聞くためにやって来てのだが、どうやらエキドナはそう考えているらしい。
「だって、旦那様の世界じゃ、旦那様はまだ未成年なんでしょ? 雪姫ちゃんや朱里ちゃんから聞くとまだ結婚できない年齢みたいじゃない」
「それを気にしてるのか?」
「ええ、ここまでやって来て竜人族の私が逃すはずないもの......それに待っている人がもとの世界にもいるのでしょ? その人達を蔑ろにしてはいけないわ」
「だが―――――」
「クラウンーーーーー! これ見てくれないーーーーーー?」
仁が返答しようとした時、突然リリスの大声が聞こえてきた。その方へと視線を移すとリリスとベルが小走りで戻って来ていて、リリスは白い獣の赤ちゃんを抱えている。
そして、リリスが仁のもとまでやってくるとその抱えている獣を見せた。
「ねぇねぇ、このオオカミ、ロキちゃんに似てない?」
「キャン!」
その真っ白いモフモフしたオオカミはリリスの拘束から逃れると短い足をばたつかせながら、クラウンに向かって飛び込んでいく。そして、短い尻尾をフリフリ。
「やっぱし。あんたが強くなり過ぎて潜在的恐怖で魔物が寄り付かなかったにもかかわらず、この子は寄り付いた。もしかしたら、ロキちゃんの生まれ変わりかもしれないわね」
「キャン!」
リリスの言葉に相槌を打つようにオオカミ赤ちゃんは吠える。それを見て思わず脇をもって抱えるとスッと抱きしめる。頬を舐められた。
「そうかもな。なら、ロキ二号とするか」
「相変わらずセンスないわね~。この子は私が見つけたんだし、私が名前を付けておくわ。ね、センスのない男でしょ~?」
「キャン」
「『すごいわかる』と聞こえたです」
「マジか......」
「ふふふっ、やっぱり楽しいわね」
穏やかな空気が流れる。それは誰しもが同じ気持ちで、そして誰しもが決断の時が刻一刻と近づいていることを理解していた。
クラウンはオオカミ赤ちゃんをベルに渡すと立ち上がり、木陰を出る。そして、太陽の日差しを背に改めて三人に聞いた。
「なあ、俺はもとの世界に戻るべきか?」
「「「戻るべき」」」
クラウンの言葉に三人は即答した。そのことにクラウンは思わず目を見開きながらも、すぐに尋ねる。
「どうしてだ? 俺はもうこの世界に染まったような人間だ。復讐のために生き、その道中で人を殺した。最初の方なんて特にそうだ。外道へと落ちたんだ。俺はもうもとの世界の倫理観から外れているような気がしているんだ。だから、もうここがあっている気がして......」
「あら、いつもの仁らしくないんじゃない? ここに私達を呼んだのだって雪姫に何か言われたからでしょ?」
「......!」
「主様は存外わかりやすい人です。それは自分の行動や発言に真っ直ぐであるからです。だから、今の言葉は本音じゃないことはすぐにわかるです」
「まあ、大方わかるわよ。旦那様が悩んでくれることは大抵私達の気持ちのことなんだから。そして、旦那様が今悩んでいるのは私達の気持ちを蔑ろにできないから、もとの世界に戻れないってことじゃないかしら?」
「......」
「はあ、そんなにも私達のことが好きなのね。まあ、これもサキュバスである私の色香かしら......とまあ、本音を隠すのはここまでにして、私達だってもっといて欲しいわよ。でも、ここがあんたの生まれ育った場所じゃないでしょ?」
「そうだが......でも、それでも―――――」
「主様。実は神となった大精霊様からこんなことを聞いているです。『私は神として全ての権能を得ました。そして、私は一時的にでもクラウン様と契約してその魔力を知っています。故に、クラウン様が『戻りたい』と魔力を念じればすぐにでもこの世界と次元を繋げて行き来できるようになります』と」
「そう......なのか。いや、だがまだ――――――」
「この世界の時間ともとの世界の時間を気にしているのなら問題ないわ。一年ぐらいはあっちの方が早いらしいけど、大きな差はないわ。だから、安心していってきていいのよ」
「......」
「だああああ! もう! 最後ぐらいはあんたらしくしていなさいよ! あんたはもとの世界でやるべきことが残ってるんでしょ! さっさと終わらせて、そしたらまた好きにこっち来ればいいでしょ! 私は男らしいあんたが好きなの! さらに格好良くなってもう一度私達を惚れさせに戻ってきなさい! いいわね! わかった!?」
リリスはすごい剣幕で指先を向けながら仁に告げる。しかし、別れる辛さが堪えきれなかったのか泣きながら言っていたため、あまり説得力は無くなってしまった。
しかし、リリスの想いはしっかりと仁に届いた。だから、仁は溢れ出る涙を堪えながら、いつものようにカッコよく告げる。
「ああ、わかった」
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帰還当日、仁達は一同は召喚された王の間にやって来ていた。
王の間に敷かれた大きい魔法陣には雪姫、朱里、響、クラスメイトと乗っており、そのそばには神となった大精霊の姿がある。
そして、見送りはリリス、オオカミ赤ちゃんを抱えたベル、エキドナ、カムイ、リルリアーゼといった旅のメンバーを始め、聖女スティナと騎士団長ガルド、獣人族の王や帝国のエルザ姫、商業国のシュリエール、エルフの一同、かかわったドワーフ達、鬼人族のルナ、魚人族のラグナとシスティーナ、竜人族のシルヴィーと全種族がこの地に集まっていた。
「響、雪姫、朱里......言葉は済ませたか?」
「ああ、済ませた」
「私もだよ、仁」
「あ"、あ"か"り"も"ぉ~~~~~」
仁は後ろを振り向き三人に尋ねた。朱里は号泣しているが、雪姫がいるので大丈夫だろう。すると、「少しだけ待っててくれ」とクラウンは告げて魔法陣から歩き出す。
そして、リリス、ベル、エキドナを腕で抱き寄せる。
「ありがとう。ここまで戻れたのはお前達のおかげだ。本当にありがとう。だから、行ってきます」
「「「いってらっしゃい」」」
三人は声をそろえてそう告げた。その声はやや震えていた。しかし、目に涙を浮かべても決して流そうとしなかった。流してしまったら、仁はまた戻って来てしまうだろうから。
仁は魔法陣に戻る。そして、大精霊に視線を送ると足元の魔法陣が眩く白い光を放つ。幻想的な光は召喚されたときと同じであった。
その時、仁は見た。目の前にいるリリスがサムズアップしているのを。そして、聞いた。
「戻ってきたら、私達の冒険をまた始めましょ」
光は仁達を飲み込んでいく。そして、仁達がいたのは夢だったようにそこには魔法陣だけで何もない空間が広がっていた。
「待ってるわよ、クラウン。いいえ―――――仁」
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――――――数年後
仁達は人気のない広場に集まっていた。そして、そこにいるのは数年前に一緒に異世界に飛んだ雪姫、朱里、響、そしてクラスメイトの姿があった。
全員が大人っぽくなりつつも、その時の幼さをやや残した様子で、要するに見た目以外あまり変わらないということだ。
「皆、どうなってるか楽しみだね」
「そうだな。スティナはきっともっと美人になってる」
「ど、どどどどうしよう!? これから、カムイさんに会うとなると心臓がバックバクで―――――」
「よし、準備は良さそうだな。それじゃあ、行くぞ」
「ま、まま待って!? まだ心の準備がぁぁぁぁぁ――――――」
朱里の悲し気な声を残しつつ、仁達は突然足元に現れた魔法陣の光に飲み込まれた。
そして、光が消えると同時に一人の少女の面影を残した妙齢の女性が立っていた。
その女性は赤髪のサイドテールでやや釣り目をしており、スラッとした長い足に美を象徴したようなスタイルは母譲りなのかもしれない。
その女性―――――リリスはクラウンの手を引くと告げる。
「さあ、私達の冒険をまた始めましょ!」
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