神逆のクラウン~運命を狂わせた神をぶっ殺す!~

夜月紅輝

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最終章 道化師は神逆する

第302話 後悔しない選択肢

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 戦いから数日が経った。聖王国の復興は順調に進んでおり、世紀の戦いを終えた後だからか城下町は余計に色めき立っている。

 たとえトウマがこの世界からいなくなろうと全員が幸せな道を辿るとは限らない。ただトウマによって不幸に弄ばれる人が減っただけというもの。

 しかし、こんなものなのかもしれない。結局のところ、幸せを手にするかどうかはその人次第の努力なのだ。

 そして、その努力の一つが今もこうして続いている未来の一ページとなっている。負ければ賑わう城下町など見られなかったのだから。

 そして、その町の喧騒を聞きながら、聖王国の一角にある巨大な慰霊碑を見る二人の姿があった。

「なんというか、終わったら終わったであっという間に時が過ぎるもんなんだな」

「そうだな。あんな色濃い時間が嘘のような。だが、夢でも幻でもなかったんだ」

 クラウンとカムイは慰霊碑を見ながらしみじみと感想を告げる。今も思い出すのは神を相手にした世紀の一戦。

 どの戦いよりもきつく、辛く、苦しく、秘策や全力をもってしてもギリギリの相手だった。それはそれほどまでに相手の絶望が強大だったという裏付けでもある。

「たくさんの犠牲があった。その犠牲の上でこの未来は成り立っている。俺達はその未来を勝ち取るために犠牲を出してまで戦いを挑むことを選んだ。だから、この未来は蔑ろにしてはいけない。一つ一つ後悔のない選択をしながら、俺は進んでいく.......ことにした」

「良い心構えだと思うぜ。お前さんなら、出来る。それはもう疑いようもないな。まあ、それでも間違うこと失敗することはあるだろう。それは人間だから当たり前。しかし、その結果を知ってどう動くかを俺達は知っている。そして、何より折れない心を持っている。案外、魔法とかなくてもそれだけで生きていくには十分なんだよな」

「魔法は便利だが、便利すぎるというのもまた厄介なものだな。もっとも、もともと魔法というものが無かった世界からやって来た俺には深く考えさせられることだったってだけだ。ようは使いようだな。それはどこの世界でも変わらないってことだ」

 快晴の空から日差しが刺す。その光はこの町でなく、世界にも光を照らしていく。希望という光に包まれているようだ。

「そういえば、お前は神にならなくて良かったのか? ほら、トウマってやつは最高神を倒したから、その権能を奪ったんだろ? だけど、お前さんがそのトウマが倒したからお前に力が移ったはずだ」

「それこそ、さっき言ったことだ。強すぎる力というのもまた人を惑わす。俺も人である以上、惑わされることもある。その勘違いは自分だけじゃなく、周囲にも被害が及ぶ。俺が守りたいものを俺が壊してしまったら元も子もないからな。それは信頼できる奴に渡しただけだ」

「なるほど、それであの精霊か。でも、あの精霊は神の権能を渡されて誰よりも位が高いはずなのに、お前には下手だったな」

「もともと眷属だったから居心地がいいんだと。それに一瞬とはいえ、俺は一度最高神となった。そして、譲渡したとならば、それは元最高神として敬わなければならないとも言っていたな。まあ、そこら辺はめんどくさいから適当に合わせている」

「そんなことやっていると後悔するぞ?」

「なにニヤけた顔をしてんだ。単純に面白がっているな? 後悔も何もあの精霊どもが断固として譲らないから、仕方なく俺が折れったってだけだ。まあ、別に負担になるようなことはないから放っておいてるだけだ。それよりも、お前の方はこれからどうする?」

 クラウンはそろそろ時間が迫っていることを知っていた。それは当然もとの世界に戻る準備のこと。神への復讐もあったが、憑き物が取れてからはそれも視野に入れていたのだ。

 もっとも、他にも問題はあるが。

 故に、別れの時がやって来たのだ。今はどこも聖王国の復興の支援をしてくれたりしているが、それが終われば、皆母国へと帰っていく。

 もちろん、そればかりではないが、少なくともカムイはどうするのか気になったのだ。一期一会なのだ。せっかくならば聞いておきたい。

「そうだな.......まあまず、まだ母国には帰らないかな。せっかく本土にルナがいるんだ。それに、氷絶グレンもいるしな。三人で楽しくパーッとこの世界を旅するのも悪くねぇかなって。今度はゆっくりと出来そうだし」

「......そうだな」

 明るい声で告げるカムイとは対照的にクラウンはやや暗い顔をした。それはトウマを倒す際にカムイの友グレンのもう一つの形見である「守狩」を失ってしまったからだ。

 もちろん、そのことはすでにカムイも話してある。しかし、たとえ倒すためであったとはいえ、カムイが持っているべきだった形見を無くしてしまったことには罪悪感を感じるのだ。

 そんなクラウンを見て、カムイは「仕方ないな」といったため息を吐いた。

「気にすんな、とは言わない。俺がどうこう言おうとお前は勝手に罪悪感に駆られて気にするだろうから。なら、気にならなくなるように他のことで償え。お前の罪悪感が消えるまでお前の好きなようにしろ」

「......なんか聞いたことある言葉だな。それになんだその声は?」

「かつてのお前が言いそうな言葉に、お前の声をまねて言ってみた」

「そんな低い声じゃないんだが......まあいいか。そうだな。かつての俺は良いことを言う」

「自画自賛かよ。けど、やっぱり下手に落ち込んでいるより明るい声の方がお前さんらしいぜ」

 カムイはクラウンの背中を軽くたたく。そして、クラウンにニカッと明るい笑顔を見せる。その笑顔にクラウンも思わず笑った。

 すると、ふと二人は後ろに気配を感じた。振り返るとそこには雪姫と朱里の姿があった。

「互いの客人らしい」

 カムイはそう言うとクラウンの肩をポンと叩いて朱里に話しかけに行く。朱里はキョドる様子を見せながらも、カムイに手を引かれ移動し始めた。

 そして、慰霊碑の前に残ったのはクラウンと雪姫の二人。

「少し移動していいか?」

「いいよ」

************************************************

 クラウンと雪姫が移動してきた場所は神話に残される戦いをしたという場所で建物や多くの兵士によって警備されている聖王国近くの大草原。

 どうやら各国はこの大草原を歴史的遺産の場所として残すようだ。といっても、残っているのは―――――

「相変わらずデカいクレーターだな」

 クラウンと雪姫は顔パスで立ち入り禁止区域に入ると目の前に広がる巨大な爆発後を見た。それは遥か彼方までありそうなほど大きく、大地を跡形もなく抉っている。

 今やただのへこんだ大地となっているが、爆発当時やその翌日はこの草原一帯が凄まじいほどの熱気に包まれていた。

「これだけ見てると凄いことやっちゃったみたいに感じるよね」

「まあ、実際やったからな。否定しようもないほどに」

 二人は吹き抜ける風に髪を揺らしながら、巨大なクレーターを見る。少しの沈黙が流れる。聞こえてくるのは風の音と遠くの兵士の声のみ。

 しかし、ハザドールで出会った頃に比べれば居心地は段違いに心地よい。ギクシャクとした感じもなく自然と身をゆだねたくなる。

 雪姫はクラウンに少しだけ寄り掛かると頭を肩に乗せるように少し傾けた。それにクラウンは驚きながらも嫌がる様子はない。

「終わったんだね、仁。何もかもんだね」

「......そうだな。不思議なことに名残惜しいけどな」

 クラウンの旅も終わり、仲間とのわだかまりも終わり、最終目的の神殺しも終わった。ミッションは全てコンプリートし、ゲームで言えば文字通りの完全クリアである。

 しかし、ゲームと違って二週目もなければ、セーブもない。ずっと止まることなくロード中なのだ。しかも、ゲームよりも都合よく前には進めないというお墨付きで。

 とはいえ、それが本来当たり前なのだ。当たり前すぎて頭の中から抜けているように。しかし、クラウン達は少し特殊だ。

 クラウン達は異世界転生で新たな世界に思考もしっかりしているままにレベル1から始まった。そして、その中での全ての冒険を記憶きろくに収め、終わらせたのだ。

 戻れば始まるのは本来の世界。いわば二週目といっても過言ではない。しかも、この記憶を全て引き継いだまま。

 不思議なことにここまで酷い目にあっておきながら、この旅を惜しんでいる自分がいる。今度は違う形でもう一度同じメンバーでのんびり旅をしたいと思えている。

「仁はどうしたい?」

「......」

 雪姫は的確に見抜いていた。仁の心理状態を。

 クラウンは迷っている。この世界に留まるべきか、それとも帰るべきか。それは様々な想いが複雑に絡み合った結果で、今のクラウンを一番に悩ませている悩みと言っても過言ではない。

 それは戦いが終わり数日経った今でも答えが出ていない。それほどまでの難問なのだ。

 すると、雪姫はクラウンから少し離れると正面に立つ。そして、俯いているクラウンの顔を両手でそっと上げる。

「仁、キスしていいかな?」

「......は?」

「ふふっ、冗談だよ。冗談。ただ深く考え過ぎてるみたいだったからね。でも、隙あればやろうとしていたのも事実」

「どうした急に?」

「仁はきっと今こう悩んでいる。私を取るかリリスちゃん達を取るか」

「.......!」

「まあ、厳密に言えば戻るか戻らないかってことだけど。その判断を悩ましている原因はきっと私達の想いを知っているから。でも、忘れてないかな? その悩みをリリスちゃん達がどう考えてるかを」

「......それは」

「もし悩んでいるなら聞いてみるといいよ。リリスちゃん達がどんな考えを持っているかを。判断するのは仁自身。それに、もしこれが最後の別れになるだったら言いたいことも言えなかったらきっと後悔するよ」

 クラウンは雪姫の視線に強く射抜かれる。それほどまでに真剣な眼差しで雪姫は告げたのだ。

 強く風が吹き抜ける。太陽に照らされた草原は明るい黄緑色の葉を左右に揺らしていく。森がさざめく音が聞こえる。

 雪姫はクラウンの顔から手を離すと肩を掴んで、クラウンを一回転させる。そして、「行った行った」と言いながら背中を押す。

「たっぷり悩んでしっかり答えを出しなさい。後悔しない選択肢を」

「ありがとう。行ってくる」

 クラウンは走り出した。
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