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最終章 道化師は神逆する

第301話 神逆#3

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 クラウンとリリスは痛みに軋むを体を無理やり奮い立たせると闇を表すような黒紫の魔力のオーラを体に纏わせる。

 そして、そのオーラの一部は体に刻み付けるように腕やクラウンなら右目の上、リリスなら左目の上の額に天使の輪っかと翼が逆さの紫色をした紋章が浮かび上がる。

「すごいね。先ほどのは三分の時計が経過したから、痛みも三倍になったはずなのに。まあ、一分のと合わせると実際は三倍じゃなくて四倍なのかもしれないけどね」

「通りで痛てぇわけだ。傷口を逆なでされているようで、意識が飛びそうだ」

「けど、こうして立っていられるのは心に一本の絶対に曲がらない信念があるからよね。まあ、そのために半分人間やめるのはおかしな話だけどね」

「人間をやめる......?」

 トウマは意味深なことを告げるリリスに怪訝な表情を浮かべていくと二人の様子が変化していく。それは魔力のオーラが具現化し始めたのだ。

 クラウンは黒を基調とした紫のラインが入り、左胸に額と同じような紋章が入ったロングコートを着て、リリスは白のブラウスの上に同じく黒を基調とした紫のラインが入り、左胸に紋章のある袖なしのジャケットを着ていて、同じ色のミニスカートを履いている。

 その全体的なフォルムは目の前にいる白い袖なしの修道服を着ているトウマとは対照的な色をした、されど二人に合ったデザインをしている。

「その姿は?」

 トウマは二人から感じる異質な魔力に思わず眉を顰め、二人に尋ねた。すると、二人は隠す様子もなく答える。

「堕天だ」

「堕天よ」

「.......堕天? どうやって? たとえ神の使徒僕の神兵を倒していたとしても、神に至るまでの道はないはず。僕が神に至ったのだって、最高神を殺してその権限を奪ったから。それ以外の方法はないはず......まさか!?」

「ええ、そのまさかよ。私の母さん――――――女神リゼリアが地上にある唯一の神に至る泉を教えてくれたの。もっとも聖人君子のような人じゃなきゃ、あの泉の水を飲めばまず堕天するそうだけどね」

「だが、たとえ堕天であっても同じ神の頂に立ったことは変わりない。まあ、俺達の場合は半神半人といったところだけどな」

「そ、そんな.......だけど、所詮堕天だろ? 本物の神である僕には勝てるはずもない。それに攻撃力が上がってしまえば、苦しむのは君達の方だと思うけど?」

「それなら心配ねぇ」

「あいにく根性論が染みついてるからね」

 クラウンは右手に持った刀を、リリスは左手の人差し指をトウマに向けて告げる。

「その覚悟で殺すだけだ!」

「その覚悟で殺すだけよ!」

 二人はその場から消えた。そして、次に現れたのはトウマの両サイド。その先ほどとは段違いに変わった速度にトウマは思わず目を見開く。

「がっ!――――――ぐふっ!」

 クラウンはそのまま流れるようにトウマの右側から下から上へと袈裟切りしていく。それによって、トウマの体が飛ばされ始めるとトウマの左側にいたリリスが背後から重力で威力を高めた回し蹴りをかました。

 トウマの体はすぐにエビぞりになっていく。そして、そのまま吹き飛ばされ地面を転がっていく。だが、すぐに体勢を整えると空間から武器を出現させ、一斉射撃を始めた。

 クラウンとリリスは雨よりも速い速度で襲ってくるそれらを悠々と躱しながら、トウマに接近していく。その時、トウマの一分の時計が針を一周させた。

 二人にこれまでトウマに攻撃してきたダメージが反転する時間だ。与えた分だけのダメージがクラウンとリリスを襲う。

 クラウンはトウマを斬り上げた時のダメージを負って胴体から血を噴き出し、リリスは重力を乗せた一撃が背中から伝わってくる。

 二人は思わず立ち止まって口から大量の血を吐いて、雲の床を真っ赤に染める。その二人に武器が飛んでくる。

 しかし、クラウンは最初に来た槍を左手で掴むと右手に持った刀と一緒に振るって全てを弾き飛ばし、リリスは重力で全てを受け止める。

 そして、見据える先はトウマの方。「だから、何?」と言わんばかりの熱量を持った視線を送るとトウマに向かって武器を投げる。

 トウマは立ち上がると口元を歪ませ、その武器を全て受け止めようと両腕を広げた。

「そういえば、さっきは心臓が動いていたらどうのこうのって言ってたな」

「だったら、頭も心臓も同時に破壊すれば済む話じゃない?」

「なっ!?」

 トウマに向かってきたのは投げられた武器ではなく、それよりも速くに来たクラウンとリリスだった。

 そして、クラウンはトウマの背後から突きの構えをしていて、リリスは今にもトウマの顔面にハイキックしようとしている。

 トウマはいち早くそのことに気付くと右手に剣を顕現させ、二人が側面に位置するように体の向きを変えて防御に入る。

 しかし、その攻撃はトウマに向かって来ることはなかった。来るであろう重さをトウマは感じることはなかった。代わりに聞いたのはガラスを割ったような音と投げられた多くの武器。

――――――パリンッ

「これでもう俺達にダメージが返ってくることはなくなった」

「同じ神ならあんたの特別な魔力で作られた魔法にも干渉できるしね」

「それが狙いか!?」

 クラウンとリリスが割ったのはトウマの背後にあった三つの時計。一分、三分、五分とあり、その時間が経過するとこれまでトウマに与えたダメージが返って反転してくる。

 そして、三分は与えたダメージの三倍が返ってきて、五分は―――――

「僕の魔法であることを抜かったな――――反転の時計よ、即発しその罪を罰せよ!」

「「っ!!」」

 トウマは時計が完全に壊れる前に五分の時計を発動させた。そして、襲ってくるのはクラウンとリリスがトウマに与えてきた五倍のダメージ。

 それは想像を絶する痛さで声も出なければ、すぐにでも脳が痛みをこれ以上感じないように意識を閉ざそうとするレベルだ。

 クラウンとリリスからは血が噴水のように溢れ出る。もう致死量の血はとっくに流している。しかし、それでも――――――

「どうして止まらない!? 君達が僕に与え続けた五倍のダメージだぞ!?」

「さあ、どうしてだろうな?」

「自分の胸に手を当てて聞いてみなさい」

 溢れ出る血が天に昇っていく。しかし、その血越しに見える二人は不敵な笑みを浮かべていた。

 リリスがトウマの胴体を蹴りつける。するとすぐに、クラウンが袈裟切りに胴体を振るう。それによって、トウマは吹き飛ばされる。

 止まらない。

 リリスは先回りすると重力と炎を纏わせた蹴りをトウマの背中に叩きつける。そして、一瞬にして何十発もの蹴りを加えて吹き飛ばす。

 止まらない。

 トウマに反撃の隙を与えないようにクラウンはトウマに斬って斬って斬って斬り込んでいく。声を出させる余裕もないほどの無数に斬り刻んでいく。

「行きなさい、クラウン」

「貫け」

 クラウンは死に体となっているトウマの心臓に向かって刃を突き立てた。トウマの心臓から死神が持つ鎌のような鋭い刀身が背中から飛び出す。

 そして、勢いよく引き抜くとトウマは僅かに残った意識で右手を心臓で覆いながら後ずさりしていく。

 全身からは無数の血が溢れ出ており、その血は赤かった。口元から床にボトボトと血をこぼれ落ちさせていく。

「僕が.......負けるなんて......この僕が......負けることなんて―――――」

 かすれ声で告げるトウマにクラウンは大きく刀を構える。

「うるせぇ、死ね」

「ありえないぃ!!!」

 クラウンがトウマの首元に刃を通そうとすると先ほどまで通っていた攻撃が通らなくなっていた。カンッと固い壁に金属をぶつけたような音がこのタイミングで鳴った。それはもはや絶望的な音にも近かった。

 ゴゴゴゴゴッと天界が揺れていく。激しく上下に揺れ、クラウンとリリスの足元はダメージもあっておぼつかなくなる。

 すると、目の前にいたトウマの姿はどんどんと肥大化していく。それに合わせてトウマの影が二人をどんどんと飲み込んでいく。

 そのあまりの変化に二人は思わず息を呑んだ。

************************************************

「なんだこの揺れは!?」「このタイミングで地震か!?」「気をつけろ、体勢を崩している間に攻めてくるぞ!」

 場所は移って地上戦。未だ数が減らない神獣や使徒モドキに対して戦っている世界同盟軍に天界の振動がこの地まで伝わってきた。

 そのことを知らない兵士達は突然の事態に混乱を隠せないでいた。立っていられないほどの地震に注意が向き、それによって身動きが出来なくなっている兵士を神獣や使徒モドキが襲っていく。

「これは何が起こっているの!?」

「朱里ちゃん、落ち着いて! もしかしたら、仁達の方で何かが起こったのかもしれない!」

「もしかしたら、神を倒して天界が崩れているとか?」

「どうかしらね。まあ、何かあったことは確かでしょうけど」

 たまたま近くにいた朱里、雪姫、響、エキドナが周囲の敵を倒しながら会話をしていく。やはり余裕がまだありそうなのは修羅場をくぐり抜けた者達らしい。

 そして、地震が収まるまで耐えていると変化が起こった。

「敵が突然止まった?」

「見渡せる限り全ての敵が止まったです」

「生命反応はありますので、意図的に止められたみたいですね」

 別の場所では巨大化しているベル、カムイ、リルの三人が突然起こった状況に思わず混乱していた。というのも、三人が言うように敵が動かなくなったのだ。

 まるで時が止まったように今にも攻撃しようとしていた神獣も使徒モドキもどんな体勢であれ、どんな場所であれ、生命反応があるそれら全ては突然行動を停止させた。

「戦いが終わったということでしょうか」

「さあね。もしくは、最悪の始まりか」

「不吉なことを言わないでください、エルザ様」

 後方部隊にいるシスティーナはエルザの不謹慎な発言に思わず苦言を呈す。しかし、妙な胸騒ぎをするのはシスティーナ自身も同じであった。

―――――――パリンッ

 突如として空間に広がる高い音。それは空中に浮かぶ一部から発せられた音で、その場所はヒビが入って空間が割れており、その割れ目から勢いよく黒い影が吹き飛んできた。

 その影は地面に爆音を鳴らしながら叩きつけられると大量の砂煙を立ち昇らせる。その落ちた場所は雪姫達の近くだったので、雪姫達は急いで走り向かっていく。

 そこにいたのは―――――――

「仁! リリスちゃん!」

 雪姫が思わず叫んだのは先ほどまで天界で戦っていた二人の姿であった。そして、二人は満身創痍といった感じで、意識はあるがすぐには動けなさそうな様子であった。

「何があったの?」

 雪姫は出来たクレーターを滑って降りると二人に話しかけると同時に治療を開始する。しかし、反応がない。加えて、回復の治りが悪い。二人を覆う魔力が邪魔をしているようだ。

「二人ともしっかりして――――――」

「ギャア"ア"ア"ア"ア"!」

 聞こえてきたのは竜の咆哮。しかし、仲間でそんなドスの利いた声を出す竜人族はいないし、同時にバリンッとさらに大きくガラスを割ったような音も気になる。

 そして、雪姫達が見たのは悍ましい竜の姿であった。

 空間に爪を立てて飛び出している竜の上半身はまるでそれだけで地上の半分の大きさに至るであろう巨体で、肩からは数えるのも億劫になるほど無数の竜の頭を生やし、体に合わせった竜の顔は獰猛な顔つきをしていた。

 邪竜という言葉では片づけられないほど、全身黒々しい姿は見たものを絶望の色に染めあげていくためには十分だった。

「あれが.......神なのか? ただの化け物じゃないか」

 どこかの兵士が弱弱しい声でそう告げた。自分達が信じていた神の正体がそれほどの化け物としれば絶望するのはおかしくない。今にも世界を壊しそうなのだから。

「ありがとう、雪姫。もう大丈夫だ」

「私達は決着つけに行かないといけないから」

「え、二人とも.......」

 思わず呆然としていた雪姫の両肩に手が置かれる。それは意識を取り戻したクラウンとリリスの姿であった。

 そのことに雪姫は思わず言葉が詰まる。しかし、二人の目にはまだ闘志が宿っていることを雪姫はしっかりと見た。

「いってらっしゃい」

 そして、告げた言葉は一つであった。そのことに二人は微笑むとクトゥルフ神話に出てきそうな生物となったトウマの顔まで空を上っていく。

 すると、トウマは自我を失っているのか何も告げることなく、スッと口を開けるとそこに光の球体を集め始めた。さらに肩から生えている竜も同じく口を開けて光を集め始める。

「いくぞ」

「ええ」

 それに対し、クラウンとリリスはクラウンの刀を軸にクラウンは糸を纏わせ、リリスは全ての属性の魔力を当てていく。

 クラウンの糸は柄を伸ばすように伸びていって、まるでその全体を一本の槍に変えるように形成していく。それにリリスは魔力を当てながら、同時に重力で糸を操作していく。

 二人の魔力が融合していく。親和性がなければ決して融合しないはずの魔力が絡み合って、溶けていくように合わさっていく。

 そして、その出来上がった槍を二人で持つとその刃先をトウマに向ける。トウマはいつでも撃つ準備が出来ているように太陽のような巨大な光で威圧する。

「俺達の希望とお前の絶望、どっちが強いか白黒つけようぜ」

「これが最後の攻撃よ。とくと味わいなさい!」

「「一刀流奥義 龍の型――――――光の希閃!!!」」

 クラウンとリリスは阿吽の呼吸でその槍を投げる。光の龍を幻視させるそれは鋭く敵を射抜くように跳んでいく。それに対抗するようにトウマが一斉に巨大な光弾を放った。

 それは互いの中間で接触すると拮抗するようにぶつかり合う。その波動が周囲を駆け巡り、あらゆるものを吹き飛ばす。眩い光は大地を照らし、太陽のような光をもたらした。

 誰しもが固唾を飲んで見守った。運命の歴史が刻まれる新たなる一瞬を。勝っても負けても神話に残る一戦を。

 そして、希望が勝つ一閃を。

「「おらああああああぁぁぁぁ!」」

 クラウンとリリスは絞り出した魔力の波動を当てていく。その瞬間、トウマの放っていたブレスを押し込んでいく。

 そして、その槍はトウマのブレスを両断しながら直進し、目の前を阻む一切合切を振り払い、全ての希望を乗せてトウマを穿った。

「ギャアアアアアアアァァァァ!」

 一瞬の煌めく光が見えた瞬間、トウマの全身が眩い爆発の光で包まれた。
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