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第13章 道化師は奪還し、刃を立てる

第289話 トウマ降臨

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「「はあはあはあ.......」」

「く、くそぉ......なんで......この私がぁ......」

 クラウンと響は肩を大きく揺らす。疲れと高揚感から熱い息が何度も漏れる。心臓は恐ろしいほどにバクバクと鼓動を鳴らしていて、周囲に聞こえそうな勢いだ。

 やっとやっと届いた。これまで散々辛酸をなめさせられた敵に思いっきり刃を突き立てることが出来た。二つの刃はしっかりとレグリアの胸を貫いている。

 あご先から汗と血が同時に滴る。ポタポタと地面で僅かに跳ねて濡れていく。夕日があと少しというところで沈む。それほどまでに戦った時間は短かったのだろう。

 しかし、あまりにも長く感じた。それはもう一日先頭に費やしたように身も心も圧迫感や緊張感、疲労感でクタクタである。

 早く寝たいところだ。ベッドを見つければすぐに泥のように眠ることが出来るだろう。とはいえ、その前にこの邪魔をどけなければ。

「がぁあっ!」

 クラウンと響は武器を引き抜くと同時にレグリアの胴体を蹴った。レグリアは千鳥足で後ろへ下がり、両手に持った剣を落としては胸に手を当てている。

「あぁあ、私の.......私の存在が消えていく!? そんな、そんな.......こんなはずじゃあ、こんなはじゃじゃあなかった!」

「諦めろ。もうお前は仕留めた」

「それにもう足元は消えかかっている。全て消えるのは時間の問題だな」

 クラウンと響が未だ荒い呼吸を繰り返しながら、まだ足掻こうとするレグリアに嘲笑じみた目線を送る。

 散々人の生を弄んでおいて、自分は当たり前のように生に執着する。きっと自分がこういう目に遭うことは想像もつかなかったのだろう。

 だからこそ、二人は思う――――――滑稽だと。

 希望も絶望も全てはレグリアの想いのまま――――――のはずだった。この二人が反旗を翻すまでは。それがいつどのタイミングで仕掛けられていたのかをレグリアは知らない。

 しかし、本来なら知らないことが未知のまま迫ってくるのが人生のはずだ。それが自分の安全を確保された状態で、世界をマリオネットのように扱う姿はまさに神といったところだ。

 とはいえ、レグリアも神に作られた存在なのであながち間違っていないだろう。しかし、たとえ神であれ迫りくる未来が必ずしも安心とは限らない。

 たった二秒前までは生存ルートにいたはずが、一秒後には死亡ルートに突入しているかもしれない。それをレグリアは見誤ったのだ。

 いくら安全を確保しようとその安全は絶対ではない。九十九パーセント安全でも、残りの一パーセントを突かれる可能性はある。

 それが今回だったというだけだ。レグリアは神の使徒としての力もあり、最強モードになったクラウンと響でもほとんど歯牙にもかけないほど圧倒的な力を有していた。

 魔法でもないただの力技の差。それは魔法で圧倒されるよりも二人の精神に大きく響くものだっただろう。

 しかし、もしレグリアと反逆者二人に決定的な差をもたらすとしたら、その一つは信念の差だろう。

 二人はこれまで恨みをたっぷりお返しするようにレグリア打倒を掲げてた。しかし、それは邪魔立てする二人を殺そうとしていたレグリアとて同じこと。

 抱く気持ちは一緒。しかし、それを持ち続けることに僅かながら差が生まれたのだ。

 クラウンと響は攻めに攻めた。いくらぶっ飛ばされようとも、斬られようともすぐに体勢を立て直してレグリアに挑んでいく。

 吹き飛ばされても立ち上がり、民家に突っ込んでも立ち上がり、地面を転がろうともすぐに立ち上がった。

 その信念を貫く気迫にレグリアは次第に圧倒され始めた。ほんの些細な心のブレだったかもしれない。しかし、一度ヒビが入れば、そのヒビに刃を突き立てればあとは叩くだけで容易く壊れる。特に精神というものは。

 レグリアが圧倒され始めたのはそういう些細な精神の機微によるものかもしれない。それ故に、二人の勢いに飲まれ始めた。

 そして、もう一つ差が生まれた要因はやはり人数の差であろう。

 クラウンと響は二人で戦っていた。しかし、最後にレグリアを仕留める瞬間のように二人は別に

 実のところ、レグリアが二人が攻めてくる感覚が早くなったと感じたのはあながち間違ってもいない。

 というのも、最初こそクラウンと響はすぐに体勢を立て直していたが、それでもどんどんと速度を上げていくには限界がある。それこそ、レグリアを圧倒できるほどには。

 そして、レグリアが知らない裏話としてはクラウンもしくは響が吹き飛ばされたとき、「結界の壁」によって大きく吹き飛ばされないようになっていたのだ。

 そう雪姫の仕業である。それによって、二人は近くに雪姫がいることを確認。となれば、きっと朱里も近くにいる。

 それを理解した二人はレグリアにその存在を悟らせないようにひたすら攻め続けた。仲間が決定的な隙を生み出してくれると信じていたから。

「だから、お前の敗因は二つだ」

 クラウンが刀をレグリアに向ける。物陰に隠れていた雪姫と朱里がクラウンと響のそれぞれの肩を持つようにして支える。

「お前は俺達が二人で戦っていると見誤ったこと」

「そして、僕達の信頼を侮ったこと」

「くそがぁ、くそがぁあああああああ!」

「素が出てるな」

「それ以上は言ってやるな、仁。あいつの傲慢プライドがズタズタになる.......って、もうされてるか」

「お前も大概だな。だがまあ、それだけで済むだけお前はまだ優しい方なのかもな」

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"! 消える! 消える! 私の体がぁあああああ! 足がもうないぃぃぃぃ!」

 レグリアは半狂乱になりながらゆらゆら後退し、両足首が消えると尻もちをついた。両手と両足が光の粒子となって天へと舞っていく。

 クラウンは何だかんだで神の使徒が倒される光景を見るのは初めてであった。これまでに倒した使徒モドキはもとこの世界の住民であるために普通に斬った時点で死ぬし、ラズリに至っては自爆だ。

 永久不滅と思われている神(の使徒であるが)がこうしてしっかりと死ぬ姿が見られるというのはしっかりと殺せるという意味でもあり、希望が持てるというものだ。

 レグリアはどんどんとその身を小さくしていく。もうひざ下や肘から先は存在せず、もう身動きもロクにできずひっくり返った亀のように生を渇望する叫びを上げながら死ぬ瞬間を待っている。

 なんというか、必死こいて倒しておきながらなんとみじめな最後だ。どうせここまで痛めつけてきたのなら、傲慢を司るなら最後まで堂々として欲しいものだ。

 いや、この姿が本来のレグリアの姿かもしれないと考えたら、意外にも納得するものがある。

 普段プライドが高い奴はそのプライドの高さゆえに高スペックなことが多々あるが、同時に酷く打たれ弱いというものだ。

 一度大失敗でもやらかすとまず立ち直るには時間がかかる。しかし、そうならないために、そう周りに弱さを悟らせないためにスペックの高さが身についたとなれば、ガラスのハートも存外理解できる。

 レグリアの両手両足は消え去った。本人が言っていた通り、本当に複数あった命を一つにして高スペックな性能に変えたのだろう。

 確かにそれに見合うほどの強さだった。雪姫と朱里のアシストがあってようやく勝てたような相手だったかもしれない。

 ここでまだ「もう一つ残機がありました」とほざくならば、切り刻んでいたことは間違いないし。いや、奴が傲慢を司るならば、それは負けず嫌いという意味でもあり、そういう奴は一度吐いた言葉を絶対に守る。

 そう思うとレグリアは騙してお道化どけてがなんぼの道化師クラウンとは相性があるかったのかもしれない。後付けな話だが。

「い、いやだぁ......」

 レグリアは最後まで生に執着する言葉を吐きながら、足の先から頭の天辺まで光の粒子に変えていった。これで本当にレグリアは倒したのだ。

―――――――パチパチパチ

 クラウンと響がようやく得た束の間で疲労の吐息をしようとすると不意に拍手の音が聞こえてきた。音は一つ。それも近くからだ。

「いや~、凄いね。本当にすごいと思うよ。僕のとっておきが普通に殺られちゃうんだから。四天王一角の最弱がやられちゃうんじゃなく、最強がやられちゃうんだから。まあ、四人がかりでやっとだから残りの三人はどう相手にするか見物だけど。それでもいや~、参ったね。これは」

 近くから聞こえてくるひょうひょうとした声。言葉にあまり覇気は感じられず、されど発した言葉の内容は明らかにレグリアを知っている人物。

 クラウン達は聞こえてきた方に顔を向けると壊れた民家の瓦礫の上で座っている一人の人物がいた。

 その人物は男とも女とも言えない中性的な顔立ちと大きさをしていて、長い金髪を一つに束ねている。華奢のようにも感じるスラッとした長い手足に、両腕や頬に植物のツタなデザインをした緑色のタトゥーのようなものがある。

 そして、体の周りには神々しいまでに後光のような光が見られる。クラウンはもはや考えなくてもわかった。

「お前がトウマっていうクソ野郎か」

「ははは、クソ野郎ね。いいね、その反抗的な目。とっても気にいるよ―――――実に潰し甲斐がある」

「「「「!!!」」」」

 この場が言葉によって凍り付くのがわかった。酷く冷たく残忍で非道な感情が体の芯にまで伝わってくるように体がゾゾゾッと打ち震える。

「少しうるさいね――――――静かに」

 トウマがそう言って手を軽く動かした瞬間、遠くから聞こえてきた爆発のような音はピタッと消え、燃えていた民家の炎までその存在を消すかのように鎮火した。

「うん、やっぱり動けるのは二人だけみたいだね。いや、正確にはかな。まあ、何人いようとどっちでもいいことだけどね」

「ああ、貴様が何を言おうと構わねぇ! ここでてめぇを仕留める!」

 クラウンは刀を右手に上段に構えると突きの構えのまま一気にトウマに突っ込んだ。すると、トウマは少し目を細くするとスッと手を軽く上にあげる。

「せっかちだなぁ」

―――――――シュンッ

 何かが掠め通ったような気がした。いや、掠め通ったじゃない。。クラウンの刀を持った右腕が吹き飛んでいく。

 クラウンが瞬きもせずに通ったのは黒い斬撃。それも紙のように薄いものだ。それはほとんど音もたてずにいつの間にかクラウンの横を通り抜け、雪姫と響の間を通り抜け、遥か先の地平線まで黒い斬撃が伸びている。

 見えなかったという次元ではない。ほとんど突然現れたという表現の方が正しい。そして、突然現れた斬撃はクラウンの右腕を斬り飛ばした。

「クソ野郎!」

「ははは、まだ攻めてくるその気概。大変好みだ。だが―――――」

「がふっ!」

 クラウンは斬られてもなお左手を手刀に変えてトウマに襲いかかった。しかし、気づけばトウマの左手で首根っこを押さえられている。

 勢いと手によって器官が狭まり、息が漏れる。しかも、ものすごい力で声すら出ない。

「まだ早いかな」

「......っ!」

「仁!」

 クラウンの胴体からトウマの右手が生えてくる。胴体を貫通させたのだ。トウマの指先から血が飛び散っていき、その手から血が滴る。

 動けなかった響は咄嗟に名前ぐらいしか叫べなかった。いや、この場合は動かなかったというのが正解か。

 トウマはクラウンから右手を引き抜くと左腕を振って投げ捨てる。そして、捨て台詞のように告げた。

「君達の希望は実に良いものだ。とても破滅しがいがある。だが、今じゃない。今疲労した君達と戦っても面白みに欠けるというものだ。だから、今から一週間後、ここの近くにある草原にて明朝、この世界に進軍を開始する。この世界の命運をかけた戦いだ。僕は君達の絶望が見たくて仕方がない。是非とも戦ってくれることを願ってるよ」

 そして、スッと空間に溶け込むように消えていった。
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