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第13章 道化師は奪還し、刃を立てる

第279話 魔族と王女

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「さあ、こちらへ。私に触れられたくないのならばついてくることですね」

「外面も大変そうね。それにしてもまあ、城の地下にこんな空間があるとはね」

 リリスがやってきたのは城の地下にある巨大な倉庫のような空間であった。天上も床も碁盤の目のようなラインがあるだけで基本的に白一色である。

 部屋の端々にはたくさんの木箱が山積みにされていて、乱雑に置かれている。中身が見えるものは一つもなかった。全く何が入っていることやら。

 先行するレグリアの後を歩いて追いながら、物珍し気に周囲を眺めていく。両手は後ろ手に拘束されているし、足の錘は一時的に外されているがどうせまたつけられる。

 頑張れば走ることが出来るだろう、腕を振った時よりもいくぶんか遅くなるが。とはいえ、どちらにせよ逃げるのは愚策も愚策だ。

 逃げて生き延びられる保証はないし、そもそも逃げられない。神の使徒相手にハンデを背負って戦うのは死に行くようなものだ。

 それにあの時、あの勇者はしっかりと伝えてくれた。それは恐らく雪姫と朱里がしっかりと伝えてくれたからなのだろう。

 最初こそ「なんだ?」と思ったけど、よくよく考えてみれば勇者自身がクラウンと戦うことを自分に宣言する意味がない。

 勇者が傲慢で不遜でクズ野郎だったら話は変わってくるが、必死にもがき苦しんでそれでも希望を手にしようと抗っているから......友人であっても染められていくのだろうか。それとも一緒に成長してきたからそうなったのだろうか。

 ともあれ、ああいう風に伝えてきたということは少なからず意味があることで、その隠された意味は雪姫達から話を聞いたという意味だろう。

 そして、「仲間が死ぬことはない」って意味は伝えられた内容を私に確認させる意味合いでわざわざ言ったのだろう。

 最後に「助けを願うままに生きてみろ」だが、これはクラウン達が来るまでしっかりと生きていろという意味だろう。

 わざわざ自分に言う必要がないことをこうも立て続けに言われるとさすがに気づく。だが、それに気付くということはレグリアも気づきかねないということ。

 全く途中で理解してからは発言の危うさにヒヤヒヤしたものだ。本人は上手く演技できていると思っていそうだが、存外そうでもなかった。少しうさん臭さが残ってた。

 途中で来た雪姫と朱里は恐らく偶然なのだろうけど、二人はレグリアと面識がある。二人のことだからきっと魔王城でのことも話しているだろうから、二人がレグリアの存在に気付きながらも勇者の無茶ぶりに答えてくれなかったらバレていたかもしれない。

 はあ、思い返しただけでもため息が漏れる。少し落ち着いてきた心臓の鼓動がまた少し早くなってしまった。

 それにしても、レグリアは本当に気づいていないのだろうか。気づいていないのなら、それはそれで構わないのだが、問題は気づいていた場合だ。

 気づいた上で泳がされているとすれば、この先に待っているのは地獄よりも酷い未来だ。少なからず、まともな死に方は出来ないかもしれない。

「着きましたよ。さあ、その鉄格子の前に立ってください。逃げないようにするために施さなければいけませんから」

「はいはい」

 リリスは不自然に半分ぐらい布がかけられた鉄格子を眺める。淡いピンク色のような布は横幅二メートルほどありそうな鉄格子をまるで隠しているようだ。

 リリスは両足におもりをつけられるとレグリアに開かれた鉄格子の扉の中に重たい足を引きづって歩いて行く。

「それでは淡い希望を描きながら無慈悲な現実と無力な自分に貶められてください。ここはまず見つからない場所ですからね」

「あんた、クラウンを舐め過ぎよ。あいつは私のことになれば血眼で探すだろうからね」

「それはそれは、楽しみですね~」

 レグリアを扉を閉めると鍵をかけ、そのまま折った。そして、それを懐に入れると手を後ろに組みながら悠々と歩いて行く。

 リリスはその後ろ姿を顔だけ振り向かせて少し眺めると正面の鉄格子を見た。それは鉄格子にどのような付与がされているか調べるためだ。

 現在、リリスの両手を拘束している手錠も、足に繋げられている錘も魔力封じの付与が施されている。単純に逃げられないようにするためだろう。

 こちとら、クラウンのような筋力オバケではないのだ。魔法を封じられてしまえば少し強い乙女に早変わりするだけだ。当然ながら、古代サキュバスに変化することも出来ない。

 見た感じではほぼ同じようなものか。鉄の柱部分に文字が書かれている。これは手錠や錘にあったのと同じやつだ。

 もし何らかで手錠と錘が壊されて自由に動けるようになっても、鉄格子の外へと段出する手段はない。蹴っても恐らく壊せる強度じゃない。

「はあ、用意周到なことね......」

 リリスは思わずため息を吐くと隣からビクッと何かが動く反応がした。布がかけられた場所にいるためにやや薄暗くて見えずらい感じもするが、もともと夜目が使えるリリスには関係ない。見えている上で無視していたのだ。

 とはいえ、しばらく同じ場所で過ごすことになるのだから、無下にすることも出来ないだろう。どうせ手持無沙汰になるだろうから話しが相手が欲しかったし。

「それでどうしてこんな所にいるの――――――王女様?」

 リリスが尋ねたのはやや汚れた感じがあろうとも基本のある青を基調としたフリルのドレスを着たスティナの姿があった。

 スティナはリリスの顔を覚えているのか怯えた表情で膝をたたみながら縮こまってしまっている。そのことにリリスはため息を吐きながら、床に座る。

「ねえ、その反応だと私のことを覚えてるでしょ? 大丈夫よ。何もしないから。というか、出来ないし。暇だから話し相手になってくれない?」

「.......あなたはどうしてこんな所に?」

 スティナは震えた声ながらもそう聞いてきた。恐らく自分のことは怖がっているけど、同じ心中なのかもしれない。

「捕虜よ、捕虜。掴まったのよ。全く運が悪いったらありゃしないわ。爆発の衝撃で吹き飛ばされて、地面に叩きつけられて、意識失って。それでもギリギリ魔法で衝撃を和らげたからそれでも大した怪我にならなかったものの、あそこでレグリアに出会うとはね。咄嗟に最後の転移石を使おうとしたらその前に壊されるし」

 最悪も最悪だ。ダメージも魔力も完全でない状態で、神殿ボス以上の敵とエンカウントしたのだから。もっとも、レグリアは別の目的であった様子だが。

「爆発......それでは仁さんとは離れ離れになってしまったということですか?」

「そういうことになるわね。けど、王女様なら聡いんだしわかるんじゃない? ここに捕虜として私がぶち込まれたわけを。今頃は各地に情報を垂れ流しにしてそうだけど」

「あなた様をここに入れた理由......?」

「リリスでいいわよ。敬称もいらない」

「リリスさんをここに生かしたまま捕まえた理由......はっ、まさか!? ここをまた戦場に!?」

「そう。恐らくだけどね。クラウンを焚きつける目的でそうしたのかもしれないわ。もっとも焚きつけるだけだったら生かす理由は特にないのだけどね」

 考えられることを上げるとすれば母リゼリアに関すること。もしかしたら、何かの利用価値があると判断して生かされているのかもしれない。好都合なのは確かなのだが。

「って、そう言えば、なんであんたはレグリアと教皇を同一視したのよ? 私は一言も同じとは言ってないわよ?」

「話の流れからなんとなく......それに私がこうして掴まっているのもきっとそういう理由だとしたなら筋は通りますから」

「.......何かあったの? まあ、こうなってる以上あったんだろうけどさ」

 暗い声でスティナは答えると折りたたんだ膝をギュッと抱える。増々小さくなっていくようだ。その反応や言葉からリリスはであると判断し、聞いた。

「私は一度、お父様......教皇様の不審な行動を見たことがあるのです。ある日、たまたま執務で遅くなって執務室から自室へと戻ろうとした時、光が漏れている扉があって気になって覗いてみたら、教皇様が勇者様方の一人に魔法のようなものを施していて......妙に怖くなってその場から逃げたのです」

「それで? 逃げられたわけじゃないのよね?」

「はい。しかし、見た日から勇者様達が魔王城へと進撃するまでの間は特に何もありませんでした。今思えば急いで何かする必要が無かったのだと思われます。いつから教皇様がああなってしまったのかはわかりませんが、私のことを知っているのならば、私が本当は憶病であることを見抜いていたのかもしれません」

「勇者が消えて、城に頼れるものがいなくなったところにレグリアが現れて、ここにぶち込まれたと。でも、そうなると生かす理由はないよね?」

 レグリアの魔法は体中から手足をを生やせる気持ち悪いものだ。しかし、あれはきっとほんの一部でしかない。その気になれば分裂できるはずだ。

 さらに、その体積を変幻自在に変えられる。別人に成り代わることも不可能じゃないだろう。

「その質問に対する教皇様の答えはわかりませんが、恐らく推測は立ちます」

「それはどういう?」

「恐らくですが、しっかりと考える駒が欲しいのではないでしょうか。教えた通りにしか行動しない駒ではなく、臨機応変に対応する駒が。私のように脅せば従順になるタイプはさぞかしい利用しやすいでしょうし」

「なるほど」

 なんとなく言いたいことはわかった。レグリアが欲しがっていたのは自分と人間であると。

 結局のところ、先ほどの自分の考えだとレグリアが分裂してもその考えはレグリア自身のものだ。いわば変化がない。

 レグリアは目まぐるしく変わる状況を手のひらで楽しみながらも、時には自分の考えに及ばなかった状況になることを期待しているのだ。

 故に、生かされる人物は自分に従順であり、かつ聡い考えを持つもの。なるほど、勇者に似ているようだ。

「ねぇ、あんた。もしレグリアに一泡吹かせられるかもしれないと思ったらどうする?」

「どう......でしょうか.......」

「『はい』か『イエス』で答えなさい!」

「それどちらも同じですよ......ですが、このままでは民が危険にさらされることは火を見るよりも明らかです。出来るならば、この状況を変えたいと思います」

「なら、ともに生きましょう」

「......え?」

「なーに、簡単なことよ。私達がそれぞれ信じる男がこの状況を一変させてくれることを」
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