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第13章 道化師は奪還し、刃を立てる
第275話 渦巻く心
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時は、クラウン達がラズリと三度目の戦闘を行った日のこと。聖王国にはハザドールで別れた雪姫達の姿があった。
「ふぅー、やっと着いたみたいだね」
「お疲れ雪姫。これもカムイさんのおかげね」
「ま、俺とすればこんなもんよ。結構なショートカットになったはずだ」
「とはいえ、乙女にケモノ道を歩かせるのは妹として悲しいものがあるのですけど」
「はあ、これもマスターの命令であるとはいえ、やはり罵倒されないと気が収まらないですね。何というか物足りなくて体がゾワゾワする感じで。ミス雪姫もそう思いません?」
「私に同意を求められても......」
聖王国の門の前にやってくる一台の馬車。その中には雪姫、朱里、カムイ、ルナ、リルリアーゼの五人が乗車していた。
そして、そのまま門に近づくと門番に止められるので、雪姫と朱里が聖王国のものだとわかるエンブレムを表示して、入国していく。
久々に見た聖王国は早いことにもうほぼ在りし日の聖王国に戻りつつあった。つまり復興作業が順調であるということだ。
それは雪姫達が消えてから微々たる変化かもしれない。しかし、それでも国が直っていく光景は思い出が修正されていくようでもあり、とても気分のいいものであった。
しかし、自分達は決してただこの国に戻ってきたわけではない。果たすべき任務があってそのためにここに戻ってきたのだ。
「皆、出来る限りいつも通りね。それから、教皇様に会ったら逃げる前提で応戦して。何を考えているかわからないけど、せっかく計画していたもの目的も果たさずに目の前でとん挫させられるのは避けると思うから、逃げるとしたら人ごみが多い方がいいと思う。また、一人で行動することは避けて」
馬車を邪魔にならないところに止めると降りる前に雪姫が全体に向けて告げた。すると、その言葉にカムイが返答する。
「なら、役割を決めないとな。勇者に言伝を届けるのなら、やはりいろんな人に顔が効いて、そして同郷でもある雪姫と朱里が望ましいだろ。そして、残りは俺達」
「カムイさん達は何をするんですか?」
「私達は基本的にこの国から情報を集めることに徹底したいと思います。雪姫さん達が消えた日からここまで何か目立ったことが無かったとか。それから、外部から新たに入ってきた情報も含めて」
「もちろん、一般人であると悟られないようにね。くれぐれもレグリアに遭遇しないように気を付けて。たとえ、呪いが解けているのだとしても、あなた達が新たに呪いがつけられるようなことがあったら、またあの方がどうなるかわかりませんから.......」
ルナはうつむきがちにそう言った。それはクラウンが魔王化したのは自分が原因であると思っているからだ。
もちろん、雪姫達はそのようなことは思っていない。全てレグリアに仕組まれたことだと。しかし、自責の念が先行している以上、何を言っても慰め程度にしかならないことを知っている。特に雪姫と朱里は。
その二人もルナより少しだけ軽いだけであって、やはり海堂 仁を攻撃したことに対して未だに後悔を抱えている。
だからこそ、二人はルナの肩に手を置くとしっかりと目を合わせるように視線を置くる。今やるべきことを最優先にしよう、と。
「さて、そろそろ降りるか。いつまで経っても降りないのは不審がられるし、それに普通に暮らしている人達の邪魔だしな」
「そうだね。それじゃあ、また何かあったら」
「カムイさん達も気を付けて」
カムイ、ルナ、リルリアーゼは馬車を下りると軽く雪姫達に手を振りながら、人ごみの中に紛れていった。
そして、先ほどまで馬を操っていたリルリアーゼに代わって雪姫が手綱を握り、城の方へと走らせていく。
************************************************
同刻、ある部屋では一人の少年がベッドに寝そべっていた。
その少年からはまるで覇気が感じられない。死んでいるのではないかと見間違われそうな感じだ。ただひたすらに天井を呆然と見つめ、瞳も動かず、動くのは胸が僅かに上下するだけ。
響は無気力だった。それは圧縮されるまで小さくなった希望を自分の手で掴み取れなかったからというのが一番大きい理由だろう。
つまりは魔王城前で行われた閻魔も恐れる死も恐れぬ者達の地獄の狂戦。いや、きっと誰もが死を恐れていただろう。しかし、それを自らの気持ちを偽って望んで戦いに臨んだと思わせている。
その中で建前は「この世界を救うために魔王を倒す」という意味で行われた決戦。しかし、それは魔王よりも恐ろしい存在の手のひらで自らがマリオネットであると自覚して踊っているのだ。これほどまでに滑稽なことはない。
一言もしゃべらず、呼吸を繰り返すだけ。もちろん、今の時だけだ。食事もするし、変わらず鍛錬をやっている。
どうして魔王を倒した後でも鍛錬を続けているのかわからない。もしかしたら、まだ戦いは終わっていないと自らの肉体が悟っているからなのか。
「.......」
思い出すのはやはり地獄の大戦。そこで自分は勇者として戦い、大切な友人は魔王として戦った。本気の殺し合いだった。
今でも狂気に駆られそうな自分がいる。いや、この世界の空気に触れてから、生き物を殺すということをしている時点でとっくに狂気に飲まれていたのかもしれない......気づかなかっただけで。
しかし、戦いは結果的に負けた。「試合に勝って、勝負で負けた」という表現が一番正しいのだろうが、戦いも実質負けていた気がする。
魔王を倒すことが出来た。それで国は救われ、世界は救われた。実に喜ばしいことだと思う。しかし、自らが課されていた約束は果たせなかった。
そう「倒された」のだ。殺すことも叶わず。あの時は戦いが終わった高揚感もあったり、友が死なずに済んだ気持ちでもあって正常な判断ではなかった。
しかし、同時に気付いていた。あの時にまた守れなかったのだと。人の身を辞めるような行動をしてまで手に入れた力であの悪魔の言葉は果たせなかったと。
とはいえ、全く疑問がないわけじゃない。それはなぜ今も平然とクラスメイトが生きているのかということ。もちろん、恩師ガルドも生きている。
皆が生きていることは嬉しい。それが唯一自分の生の手綱を握っているといっても過言ではない。しかし、なぜ呪いが発動しなかったのか。
まさか嘘であったのか。確かにあまり正常な判断が出来なかったとはいえ、それぐらいは見抜けないことはないし。あの威圧からは教皇がわざわざハッタリを使うような人物には思えなかった。
つまり何らかの予想外の事態が起こっているということなのだろうか。それは一体いつから? 自分が魔王討伐を終えてから?
いや、何も今発動しなかったからといって助かった保証などどこにもない。むしろ、またいいように使われる可能性だってある。
呪いは発動しなかったのではなく、発動させなかった場合だって考えられる。つまりまた脅せばこっちが都合よく動くと思っている。
打算的な考えで、自分の行動も計算に入っている。そして、その考えは恐らく間違っていない。結局、仲間を失うことを恐れて道具とわかっていながらも従ってしまう。
「嫌だ.......嫌なんだ.......もうこれ以上、仲間が消えていくのは......」
吐き出された悲痛とも呼べる声色の言葉。どこまでも切実で、たくさんの後悔に溢れていて、何度も見た絶望が滲み出ている。
一度目は仁の時だ。言うまででもない。自分は手にかけた。生きていることが嬉しいと思っても、仁が抱いた恨みは消えることはない。
二度目はバリエルート近くの森で起きた転移爆発。何が起こったのか未だによく分かっていないが、目の前から何もかもが消えていった。
味方も敵も木も土も大気でさえ、一瞬にしてこの空間から切り取られたかのようにして白い爆発の直後残っていなかった。
最初は死んだと思っていた。跡形もなくその場に残っていたのは抉れた地面だけだったのだからそう思っても仕方ないだろう。
そして、三回目は大戦だ。魔王を殺せばクラスメイトやガルドさんにつけられた呪いを解いてくれるというものだ。
なんの効力もない口約束。いつでも裏切れるようなものだった。しかし、勇者の力が歯に立たず、異常である存在に対して恐怖しして、いいように使われる羽目になった。
それでもやはり自分の心に薄汚れた希望と呼んでもいい何かがあるのだとしたら、それはやはり呪われた人達が生きていることで、そのためにこれからも自分のことは考えず動き続けるだろう――――――もう三度も仲間を失う体験をするなんて嫌だから。
そっと天井に手を伸ばす。意味もなくふと動かした手は空を掴む。
心に活力が欲しい。心に安寧が欲しい。今願っても決して手に入らなそうな願いだ。それはこのまま教皇にいいように使われたままで生きていけると思っていないから。
きっとどこかで、気分で捨てられるような感じだ。そして、これまでにない絶望を感じさせられて自分がやってきたこと悔いながら死んでいく。
それでもいつか味わえなくなってしまう前にせめてもの癒しを感じたい。しかし、この場どころかこの国にそのような存在はいない。
自分のようなどうしようもない優柔不断な男を好きだと言ってくれた彼女の姿はどこにもない。観察眼が鋭く、人の機微に敏感で、それでいて可愛い気のあるわがままとキッパリと物事を言える彼女の姿は消えていた。
大戦前に見ていた彼女の顔が気づけば最後に会った顔になっていて、心の渇きがどうしようもなくする。
そう――――――スティナの姿がどこにもないのだ。なぜかわからない。もしかして、自分とスティナの関係性を知ってのことだろうか。
わからない。しかし、スティナの姿がこの国から消えているという事実だけがハッキリしている。
顔はうつむき、頭は惑い、心は擦り減る。もうどれから手をつければいいのかわからないし、動くための希望も見当たらなければ、あの教皇にどうやって勝てようか。
迷って迷って迷いまくって自分の居場所がわからなくなる。ここがどこかわからなくなる。すべきことがわからなくなる。自分はもはや自分なのかすらわからなくなってくる。
こんな自分ではなかったことは確かだ。人並みの自信に溢れ、活力にあふれ、それなりの思考力があったはずだ。
だが、それが今はどうだ? もう誰か―――――――助けてくれ。
――――――コンコンコン。
不意にドアがノックされる。その音にふと視線をドアに向ける。すると、ドアからメイドの声が聞こえてきた。
「響様、お会いしたいという二人がいらっしゃいます。どうなさいますか?」
「ふぅー、やっと着いたみたいだね」
「お疲れ雪姫。これもカムイさんのおかげね」
「ま、俺とすればこんなもんよ。結構なショートカットになったはずだ」
「とはいえ、乙女にケモノ道を歩かせるのは妹として悲しいものがあるのですけど」
「はあ、これもマスターの命令であるとはいえ、やはり罵倒されないと気が収まらないですね。何というか物足りなくて体がゾワゾワする感じで。ミス雪姫もそう思いません?」
「私に同意を求められても......」
聖王国の門の前にやってくる一台の馬車。その中には雪姫、朱里、カムイ、ルナ、リルリアーゼの五人が乗車していた。
そして、そのまま門に近づくと門番に止められるので、雪姫と朱里が聖王国のものだとわかるエンブレムを表示して、入国していく。
久々に見た聖王国は早いことにもうほぼ在りし日の聖王国に戻りつつあった。つまり復興作業が順調であるということだ。
それは雪姫達が消えてから微々たる変化かもしれない。しかし、それでも国が直っていく光景は思い出が修正されていくようでもあり、とても気分のいいものであった。
しかし、自分達は決してただこの国に戻ってきたわけではない。果たすべき任務があってそのためにここに戻ってきたのだ。
「皆、出来る限りいつも通りね。それから、教皇様に会ったら逃げる前提で応戦して。何を考えているかわからないけど、せっかく計画していたもの目的も果たさずに目の前でとん挫させられるのは避けると思うから、逃げるとしたら人ごみが多い方がいいと思う。また、一人で行動することは避けて」
馬車を邪魔にならないところに止めると降りる前に雪姫が全体に向けて告げた。すると、その言葉にカムイが返答する。
「なら、役割を決めないとな。勇者に言伝を届けるのなら、やはりいろんな人に顔が効いて、そして同郷でもある雪姫と朱里が望ましいだろ。そして、残りは俺達」
「カムイさん達は何をするんですか?」
「私達は基本的にこの国から情報を集めることに徹底したいと思います。雪姫さん達が消えた日からここまで何か目立ったことが無かったとか。それから、外部から新たに入ってきた情報も含めて」
「もちろん、一般人であると悟られないようにね。くれぐれもレグリアに遭遇しないように気を付けて。たとえ、呪いが解けているのだとしても、あなた達が新たに呪いがつけられるようなことがあったら、またあの方がどうなるかわかりませんから.......」
ルナはうつむきがちにそう言った。それはクラウンが魔王化したのは自分が原因であると思っているからだ。
もちろん、雪姫達はそのようなことは思っていない。全てレグリアに仕組まれたことだと。しかし、自責の念が先行している以上、何を言っても慰め程度にしかならないことを知っている。特に雪姫と朱里は。
その二人もルナより少しだけ軽いだけであって、やはり海堂 仁を攻撃したことに対して未だに後悔を抱えている。
だからこそ、二人はルナの肩に手を置くとしっかりと目を合わせるように視線を置くる。今やるべきことを最優先にしよう、と。
「さて、そろそろ降りるか。いつまで経っても降りないのは不審がられるし、それに普通に暮らしている人達の邪魔だしな」
「そうだね。それじゃあ、また何かあったら」
「カムイさん達も気を付けて」
カムイ、ルナ、リルリアーゼは馬車を下りると軽く雪姫達に手を振りながら、人ごみの中に紛れていった。
そして、先ほどまで馬を操っていたリルリアーゼに代わって雪姫が手綱を握り、城の方へと走らせていく。
************************************************
同刻、ある部屋では一人の少年がベッドに寝そべっていた。
その少年からはまるで覇気が感じられない。死んでいるのではないかと見間違われそうな感じだ。ただひたすらに天井を呆然と見つめ、瞳も動かず、動くのは胸が僅かに上下するだけ。
響は無気力だった。それは圧縮されるまで小さくなった希望を自分の手で掴み取れなかったからというのが一番大きい理由だろう。
つまりは魔王城前で行われた閻魔も恐れる死も恐れぬ者達の地獄の狂戦。いや、きっと誰もが死を恐れていただろう。しかし、それを自らの気持ちを偽って望んで戦いに臨んだと思わせている。
その中で建前は「この世界を救うために魔王を倒す」という意味で行われた決戦。しかし、それは魔王よりも恐ろしい存在の手のひらで自らがマリオネットであると自覚して踊っているのだ。これほどまでに滑稽なことはない。
一言もしゃべらず、呼吸を繰り返すだけ。もちろん、今の時だけだ。食事もするし、変わらず鍛錬をやっている。
どうして魔王を倒した後でも鍛錬を続けているのかわからない。もしかしたら、まだ戦いは終わっていないと自らの肉体が悟っているからなのか。
「.......」
思い出すのはやはり地獄の大戦。そこで自分は勇者として戦い、大切な友人は魔王として戦った。本気の殺し合いだった。
今でも狂気に駆られそうな自分がいる。いや、この世界の空気に触れてから、生き物を殺すということをしている時点でとっくに狂気に飲まれていたのかもしれない......気づかなかっただけで。
しかし、戦いは結果的に負けた。「試合に勝って、勝負で負けた」という表現が一番正しいのだろうが、戦いも実質負けていた気がする。
魔王を倒すことが出来た。それで国は救われ、世界は救われた。実に喜ばしいことだと思う。しかし、自らが課されていた約束は果たせなかった。
そう「倒された」のだ。殺すことも叶わず。あの時は戦いが終わった高揚感もあったり、友が死なずに済んだ気持ちでもあって正常な判断ではなかった。
しかし、同時に気付いていた。あの時にまた守れなかったのだと。人の身を辞めるような行動をしてまで手に入れた力であの悪魔の言葉は果たせなかったと。
とはいえ、全く疑問がないわけじゃない。それはなぜ今も平然とクラスメイトが生きているのかということ。もちろん、恩師ガルドも生きている。
皆が生きていることは嬉しい。それが唯一自分の生の手綱を握っているといっても過言ではない。しかし、なぜ呪いが発動しなかったのか。
まさか嘘であったのか。確かにあまり正常な判断が出来なかったとはいえ、それぐらいは見抜けないことはないし。あの威圧からは教皇がわざわざハッタリを使うような人物には思えなかった。
つまり何らかの予想外の事態が起こっているということなのだろうか。それは一体いつから? 自分が魔王討伐を終えてから?
いや、何も今発動しなかったからといって助かった保証などどこにもない。むしろ、またいいように使われる可能性だってある。
呪いは発動しなかったのではなく、発動させなかった場合だって考えられる。つまりまた脅せばこっちが都合よく動くと思っている。
打算的な考えで、自分の行動も計算に入っている。そして、その考えは恐らく間違っていない。結局、仲間を失うことを恐れて道具とわかっていながらも従ってしまう。
「嫌だ.......嫌なんだ.......もうこれ以上、仲間が消えていくのは......」
吐き出された悲痛とも呼べる声色の言葉。どこまでも切実で、たくさんの後悔に溢れていて、何度も見た絶望が滲み出ている。
一度目は仁の時だ。言うまででもない。自分は手にかけた。生きていることが嬉しいと思っても、仁が抱いた恨みは消えることはない。
二度目はバリエルート近くの森で起きた転移爆発。何が起こったのか未だによく分かっていないが、目の前から何もかもが消えていった。
味方も敵も木も土も大気でさえ、一瞬にしてこの空間から切り取られたかのようにして白い爆発の直後残っていなかった。
最初は死んだと思っていた。跡形もなくその場に残っていたのは抉れた地面だけだったのだからそう思っても仕方ないだろう。
そして、三回目は大戦だ。魔王を殺せばクラスメイトやガルドさんにつけられた呪いを解いてくれるというものだ。
なんの効力もない口約束。いつでも裏切れるようなものだった。しかし、勇者の力が歯に立たず、異常である存在に対して恐怖しして、いいように使われる羽目になった。
それでもやはり自分の心に薄汚れた希望と呼んでもいい何かがあるのだとしたら、それはやはり呪われた人達が生きていることで、そのためにこれからも自分のことは考えず動き続けるだろう――――――もう三度も仲間を失う体験をするなんて嫌だから。
そっと天井に手を伸ばす。意味もなくふと動かした手は空を掴む。
心に活力が欲しい。心に安寧が欲しい。今願っても決して手に入らなそうな願いだ。それはこのまま教皇にいいように使われたままで生きていけると思っていないから。
きっとどこかで、気分で捨てられるような感じだ。そして、これまでにない絶望を感じさせられて自分がやってきたこと悔いながら死んでいく。
それでもいつか味わえなくなってしまう前にせめてもの癒しを感じたい。しかし、この場どころかこの国にそのような存在はいない。
自分のようなどうしようもない優柔不断な男を好きだと言ってくれた彼女の姿はどこにもない。観察眼が鋭く、人の機微に敏感で、それでいて可愛い気のあるわがままとキッパリと物事を言える彼女の姿は消えていた。
大戦前に見ていた彼女の顔が気づけば最後に会った顔になっていて、心の渇きがどうしようもなくする。
そう――――――スティナの姿がどこにもないのだ。なぜかわからない。もしかして、自分とスティナの関係性を知ってのことだろうか。
わからない。しかし、スティナの姿がこの国から消えているという事実だけがハッキリしている。
顔はうつむき、頭は惑い、心は擦り減る。もうどれから手をつければいいのかわからないし、動くための希望も見当たらなければ、あの教皇にどうやって勝てようか。
迷って迷って迷いまくって自分の居場所がわからなくなる。ここがどこかわからなくなる。すべきことがわからなくなる。自分はもはや自分なのかすらわからなくなってくる。
こんな自分ではなかったことは確かだ。人並みの自信に溢れ、活力にあふれ、それなりの思考力があったはずだ。
だが、それが今はどうだ? もう誰か―――――――助けてくれ。
――――――コンコンコン。
不意にドアがノックされる。その音にふと視線をドアに向ける。すると、ドアからメイドの声が聞こえてきた。
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