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第12章 道化師は集めきる

第271話 一時の安寧と強襲

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 穏やかな海風が吹く。風に舞って潮のニオイが漂ってくる。髪とコートが緩やかに揺れていく。太陽の光にすかしてみる宝玉は磨いた宝石のように輝いていた。

 クラウンは宝玉を降ろすと海岸線から見える海を眺める。その海は島国で聞くようなザーッザーッという砂浜での波の動く音が聞こえてくる。

 白波はなく、コバルトブルーの海がどこまでも続いていく。太陽に照らされて透けて見える海はさぞかし観光にはもってこいの場所だろう。

 快晴の空はこれまでの状況が嘘だったかのようにスッキリとしている。一体空を埋め尽くしていた雲はどこへ行ってしまったのだろうか。

「まあ、これでここの問題も解決したことだし仲間を探しに行くとするか」

「もう行かれてしまうのですか!?」

 クラウンの呟きを聞いていたのか後ろから声が聞こえてきた。ふと背後を見てみると両手を中途半端に構えたシスティーナの姿があった。

 足は忍び足といった感じだ。つまり後ろから思いっきり抱きつこうと計画していたということだ。まあ、クラウンは知っていた上で無視していたのだが。

 システィーナの顔は明らかにショックを受けたような顔をしている。クラウンとてシスティーナの好意をしならないわけじゃないが、それでも別れを告げなくてはならない時もある。

「俺の仲間が散り散りになってしまったんだ。これまではここの問題を解決しないといけないから利害の一致で協力しなければならなかっただけで、本当の目的はそっちなんだ。悪いな。嫌味な言い方になってしまったかもしれない」

「構いませんよ! 私はむしろそういう感じの方が好きですね! 何度目かの好感度限界突破しているかもしれません!」

「ブレねぇな、お前は」

 クラウンはおもむろにシスティーナの頭に手を乗せるとその頭を撫でていく。すると、システィーナは湯だったタコのように顔が途端に真っ赤になり始めた。

 そして、先ほどのテンションが嘘であるかのように沈黙し始める。いわゆる押しに強くて、押されるのは弱いタイプとかなのだろう。

 その反応を面白がってクラウンはさらに誉め言葉を言いながら、撫で続ける。

「ありがとな。ここまで行けたのはお前の協力があってのことだ。俺やベルは魚人族みたいに空中で自在に泳ぐことはできないし、呼吸も出来ない。だから、あの水中専用装備が必要だった。しかし、あれを作るにも素材を集めるのにはお前の力がなかったら出来なかったことだ」

「い、いえ.......その.......ど、どういたしまして.......」

「それに守り神のことだってそうだ。お前の力がなかったら協力してもらうことは不可能だったかもしれない」

「あ、あれはクラウン様が.......」

「確かに、最終的に説得に持っていったのは俺かもしれない。けどな、それはそこまで辿る道に行けなければそもそもなかった話だ。お前がいてくれて助かった」

「.......ぷ」

「?」

「ぷしゅ~」

 システィーナの沸騰した脳は遂に限界に達したのか顔を真っ赤にしながらその場に崩れ落ちた。目の焦点は合っておらず、目を回したような感じだ。

 快晴の空と太陽の下でコバルトブルーの海が見える砂浜で一国の姫であり、少女を誑かした構図はクラウンをなんとも言えぬ気持ちにさせた。少なからず「やりすぎた」とは思っている。

 神殿攻略が終わって翌日の今だが、もう早いとここを出た方がいいのかもしれない。大事を取るなら次の日に確実に出立することになるだろう。

 思ったよりも爆発で散っていった日から日にちが経ってしまった。もちろん、意図した事ではないにしても、さすがにもうこれ以上はかけられない。

 リリス、エキドナ、シルヴィーは無事であろうか。リリスやエキドナは並みの修羅場を潜り抜けているので恐らく大丈夫だろう。そして、シルヴィーはエキドナと同じ竜人族なので大丈夫。

 そう思いたいという気持ちの方が強いのかもしれない。きっと無事であると信じたいのかもしれない。にもかかわらず、信用の気持ちに比例して心配の気持ちも膨れ上がるのはなんとも皮肉な話である。

 自分も随分と――――――

「丸く収まったです」

「.......ベルか」

 システィーナがいる反対側の位置に現れたのは気持ちよさそうに尻尾を揺らすベルであった。そして、まるで心を読み取ったかのように発言したベルにクラウンは少しだけ驚いている。

「どうしてそう思うんだ?」

「私達が来た時よりもとても清々しい空気が漂っているからです。空も風も海も皆、笑っているような気がするです。とってもいい笑顔でいるような気がするです。だから、万事解決。丸く収まったです」

「なるほど、そういうことか」

「ん? どういうことです?」

「いや、何でもない」

 どうやらクラウンの思っていたこととベルの思っていたことが偶然噛み合っただけのことだったらしい。

 とはいえ、ベルのこの感性もとても豊かになったような気がする。あまり表情に出ず、尻尾にだけ感情がだだ洩れしているかと思えば、言葉からも僅かに抑揚を感じる。

 つまりベルのこの状況をとても喜ばしく思っているのだ。もちろん、リリス達のことは心配に思いながらも。

「確かに変わったな」

 そのクラウンの発現は二つの意味が含まれていた。

 まず一つ目はこの竜宮城という島の現状について。これはもう先ほどから述べていることで告げるべきことではもうないだろう。

 そして、もう一つが自分達の変化だ。

 ベルはあまり意識したことはないだろうが、感情がハッキリする部分がたくさん増えた。それは尻尾以外で言うならば、やはりシスティーナと出会ったからだろう。

 ベルが珍しく割りに感情的にものをいう姿はなかった。しかし、今回のことを含めて考えてみるとそのように張り合える人物がいなかっただけなのかもしれない。

 もともとベルはほとんど親の愛というものを受けたことがない。生贄巫女の血筋というだけで幼少期から何も触れられず育てられてきた。

 しかし、それを見かねた亡きベルの祖父である兵長が救出した。それで全てが丸く収まるはずだった。

 だが、現実はどこまでも無情であった。その後に盗賊に襲われて奴隷としてう帝国に売られる存在にまで結局落ちたのだから。

「ベル、今のお前の人生は十分か?」

 何気なく聞いた一言。その脈絡もない質問にベルは怪訝に思ってクラウンの顔を見ながらも素直に質問に答えた。

「十分.......それがもし私の幸福度合いで聞いているのならば、私は間違いなく幸せ者です。主様が拾ってくれた大切な人生を悔いることなどないです」

「だが、俺が拾わなかったらこうはならなかったかもしれないぞ? お前は優秀な頭脳を持っている。もしかしたら、帝国で重宝されていたかもしれないぞ?」

「こうなっていたです。それに帝国で奴隷がそのような扱いを受けることはまずゼロと判断していいです。性別が女であれば、ほとんど年齢にかかわらず愛玩対象となっていたに違いないです。少なからず、私は性奴隷として売られていたので。でも、やっぱりこうなっていたと思うです」

「どうしてそう思うんだ?」

「私達は神が定めた運命を憎むもの『神逆者』ですが、全てが神の定めに乗っ取って動くはずがないと思うです。そうでなければ、今頃こんな盾突かれるような状況に置かれてないです。だから、私達は不遇な運命を憎むものですが――――――――主様と出会えたとなればそれだけで十分に幸運です」

「.......全く。俺の仲間ならもう少しは欲張ったっていいんだぞ?」

 クラウンは微笑むとベルの頭を撫でていく。その優しい手つきにベルは思わず目を細めて、やや激しめに尻尾をフリフリさせていく。

 そんなベルを見ながら「自分も随分と変わったもんだ」とクラウンは思わずため息を吐いた。

 最初は運命に、自分の状況に何もかもを憎んでいて邪魔する敵ならば容赦なく、相手が命乞いしようと殺していた。

 しかし、ある種で「我が強い」というべき仲間達によって自分の状況は一変していく。

 「仲間」は全て利用のための「道具」だと思っていた。だから、その道具が他の要因によって壊されてしまうのを防ぎたかった。ただ最初はその一心だった。

 しかしどうか。それは道具と認識していても、本来の道具と決定的に違う部分がある。それは生きているということだ。

 生きていれば勝手に動くこともあれば、しゃべることもあるし、食事することもある。当たり前のことだ。

 しかし、その当たり前のことがクラウンは頭から抜けていた。だから、うっとおしく思ったり、めんどくさく思ったりもした。そして、そんな道具に僅かながらの愛着も沸いた。

 きっかけはいつからかわからない。道具が理不尽に壊されるのを防いでいる延長線上でいつの間にか抱いていたのかもしれない。

 とはいえ、そういう気持ちというのは些か呪いのように苦しめていくものだ。それこそ少しずつ接し方も優しくなってきてしまうのだから。

 旅が続いていく度に時は重なっていく。その気持ちは重ねた時の分だけ膨れ上がってくるものというものだ。

 「変わった」という言葉に一番実感を抱いているのは自分自身なのかもしれない。それが自ら「変わった」のかそれとも「変えられたのか」は定かじゃない。

 しかし、今や仲間を信用しながらも心配している気持ちを抱くとは.......過去の自分が今の自分を見たらどう思うだろうか。

 それこそ呪いが囁ているように見えるのだろうか。もしかしたら、そう見えるかもしれない。ここまで信用に重きを置くことはないだろうから。

「さて、ベル。そろそろ戻るか」

「はいです。ついでに、その女はそこに置いていくです」

「いや、そんないい笑顔で言われてもな。こうしてしまったのは俺に非があるし――――――――」

―――――――ドッッッボオオオオオオンッ!

「「!」」

 突如背後から聞こえてきたのは巨大な水しぶきが上がる音。しかし、背後となれば島の反対側の一の海ということになる。

 二人は咄嗟に背後を向くともはや水しぶきではなく水柱が立っていた。天まで届くようなそれは高いところまで。そして、その何かの爆発による水柱はクラウン達の位置まで水滴を降らせる。

 それから、次第に低くなっていく水柱から見えるのは獅子のような顔がついた巨大な飛空艇であった。
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