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第12章 道化師は集めきる

第256話 素材集め(前夜)

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「さて、『十本足の化け物』の討伐に行きたいところなんだが、一つ問題がある」

 クラウンは現在ラグナの部屋にいる。。本来は妹のシスティーナをお返しに行くだけの予定だったのだが、「大事な話がある」と呼び出された挙句に言われた一言目がこれであった。

 どちらにせよ返事が決まっていたクラウンであったが、この話の切り出し方をされるのはとても意外だったので少し驚いている。

 とはいえ、問題とはどういう意味なのか。クラウンにとって問題といえばこの自然の檻に対して山ほどあるうちの何に当たるのかが気になったのだ。

「そこ、主様から離れるです」

「いーや! クラウン様に無償の愛を届けるのは恩人の務めです!」

「そんなことは聞いたことないです。今すぐその薄汚い下心にまみれた愛なんかドブに捨てるです」

「なにをー!」

「なんですー!」

 まあ、問題と言えばこちらも問題であった。それはベルとシスティーナの相性が非常に悪いことである。

 特別両者に何かあったわけではないが―――――否、クラウンが原因でおもちゃの取り合いをする子供のようになっている。

 クラウン的にはここまで感情を表に出して物言いをするベルは珍しいのでもう少し見ていた気もするが、それはシスティーナとのケンカを引っ張るという意味合いと同じなのでさすがに止めに入―――――りたいところなんだが、それがまた難しい。

 原因は自分であるからにして「とりあえず落ち着け」なんかを言っていると「主様は黙っててくださいです」とベルに言われ、「クラウン様は少しお静かに!」とシスティーナに言われる。

 クラウンに物理的にも精神的にもくっつきたがるシスティーナとそれ阻止しようとするベルの攻防はお互いが顔を合わせたところから始まるので、もはや一部では「またか」という反応になり、王妃や従者達はその二人に含めてクラウンまで生暖かく見る始末。

 その一方で、王様とラグナは身内の恥が恥ずかしいという感じで現在進行形でも出来る限り視線を妹に動かさないように、クラウンを睨みつけて眺めている。

 そして、現在はというとベルもシスティーナもクラウンの元から離れようとしないので同じラグナの部屋にいるのだが、二人は簀巻きにされてそのまま天井にぶら下がれている。

 しかし、先ほどの口論は実はその状態のままでの口論なのだ。時には体を振り子のように動かしてぶつけあっている。

 さしものクラウンも口まで封じてしまうのは気の毒に思えてしまったからしなかったのだが、この始末である。とはいえ、やはり忍びない気持ちもあるので無視して話を進めることにした。

「それで問題というのは?」

「はい。クラウンさんから感じる潜在的魔力を頼りに作戦を考えていたのだが、問題はそもそもクラウンさんが魚人族ではなかったということだったんだ」

「何を今更言ってんだ。もしお前らが水中で戦闘を行おうとするならば、まず俺達は戦力外と思ってくれて構わない」

 クラウンも水中に必要な魔法はさすがに持っていない。そもそも水中でどうこうする場所が少なかったし、霊山にある神殿で一度水中戦を行ったがあれはエキドナの助力があったからこそである。

 あの場所でもし自分一人であの水中にいればまず海面に浮上するだけで息が尽きそうなのに加え、水中なら自在に動き回れる敵もセットであれば、どれだけ地上で軸をくぐり抜けたクラウンでも死んでいた可能性は高い。

 そもそもの話カムイが出しゃばって氷の地面を壊さなければそうはならなかったのだが、過ぎた話をしたところで仕方がない。

「だが、君の戦力が無くなるのは大きな痛手だし、勝てる見込みが低くなることもまた事実だ。だから、君には水中でも呼吸ができるような服を着てもらいたい」

「そんな服があるのか?」

「ある.......とは言われている。すまん、確証はない。先代の王、つまり現代国王の父様の時代に壊れてしまったそうだ。ただ父様はその実物を見たことがあるような内容なことを言っているので、あるとすればまずはそれを作ることに協力してもらいたい」

「作るって俺の寸法を測るってことか? もちろん、ベルのと合わせて二着で」

 ラグナは申し訳なさそうに首を横に振る。

「いや、それ以前の話だ。要するにその服を作るための素材から集めてくるということ。加えて、それを作りレシピみたいなものはあるのだが、それを作れる職人がいないかもしれない」

「待て、そもそもその壊れた服はまだ取って置いてないのか?」

「あれは特殊な素材で出来ているらしく、使い物にならなくなった時点で光の粒子となって消えてしまうのだ」

「なら、レシピ本があって職人がいないってのはどういうことだ? 少なからず、その本があるということは代々その服が受け継がれてきたのだろう? それにいつか壊れてもまた作れるようにと」

「ああ、全くもってその通りだと思う。しかし、ミリ単位でズレると効力を失ってしまうらしく、鍛冶職人なら未だしもそれは金属で出来た装備じゃないので、普通に裁縫が出来る人物に頼むしかないのだ」

「そんなのいくらでもいるだろ。なんなら、普通の民家だっていい話だ」

「僕もそう思ったのですが、どうにも精霊様の祝福を受けたものにしかそれは作れないようで」

「海の守り神と来たら今度は精霊か。随分と幻想生物に愛されてんじゃないか」

「ははは、みたい。こんな姿ではあるが、水を愛する民でもあるから、そこら辺を見ずの精霊様は気に入っていただけたのだろうな。とにもかくにも、その祝福を含めて素材を集めてこないと化け物を倒すための準備にすら入れないというわけだ」

「はあ、おもくそRPGくせぇな~」

 クラウンは背もたれに寄り掛かると思いっきりため息を吐いた。もともと剣と魔法がある世界なだけにRPGの世界だと認識していたが、急に目的までの道のりが細かく示されるとそう思ってしまう。

 特に何かを成し遂げるためには、そのための何かを作らなければいけない辺り。パッといきなりボス戦には入れる感じではないのが何とも歯痒い。出来る限り早くここを出たいというのに。

「それでそれは一体どこで手に入れることが出来るんだ?」

「この城の近くある『精霊の試練場』という場所で手に入れることが出来るらしいのだが、毎回地形がランダムに作られるらしくて.......その、申し訳ないが、地図が無いんだ。手探りで探していくしかないかと」

「まあ、何か理由があるなら仕方ない。なら、明日には行けるように準備を済ませて置け。それが出来次第、これからの事を考えよう」

「わかった。では、今日は突然呼びつけてしてまって申し訳ない。ゆっくりと休んでくれ」

「謝る必要はない。事情があってのことだとしっかりとわかったからな。それから、その言葉に甘えさせてもらう」

 クラウンは未だいがみ合っているベルを簀巻きの状態のまま抱えて部屋を出ると貸し与えられた自室へと戻っていく。

 そして、ベルの拘束を解くとベッドに座りながら思わずため息を吐いた。それは先ほどの話のことでもあり、ベルとシスティーナとの関係でもある。

「ベル、『大人になれ』とは言わないが、もう少し歩み寄ってやってもいいんじゃないか? 確かにめんどくさいことは認めるけど」

「主様はあの女の実体を知らないからそう言えるです。あれはロマンティックな乙女を装った玉の輿を狙うケダモノです」

 ベルからは初めて聞くような言葉がたくさん溢れ出てきた。加えて、いら立ちを表すかのように尻尾を床に叩きつける姿も初めてだ。

 ましてや、システィーナを「あの女」呼ばわりである。なんだか昼ドラのドロドロした修羅場シーンでも見たような気分だ。

「玉の輿って.......ベル、俺は流浪の人間だ。もっといえば、「神を殺す」という概念に挑もうとしている時点で周りの人からは奇異な目で見られるのは必然。そもそも玉の輿ってのは自分より身分のイイ人と結婚することで自分の幸福基準を上げることだ。俺の場合だとむしろ下がっているような気がしなくもないんだが?」

 そういうクラウンに対してベルは鼻で笑った。その反応にはクラウンは思わず目を見開く。

「いいです? 主様の言う玉の輿が幸福の基準を上げることだとしたら、まさしく玉の輿と言えるです。なぜなら、あの女には主様に身内を助けられたという付加価値が存在するです。つまりその付加価値が現状の姫という立場よりも幸福だと思っているからです」

「いや、それは単に好意的なだけでは―――――――」

 クラウンも鈍感ではない。むしろ、あれだけハッキリとした好意に気付かない方がおかしい。それにベルの言い方だと付加価値しか存在していない。

 しかし、ベルは言い切った。まるで子供に説教する母親の如く。

「甘いです。大甘です。甘すぎて砂糖吐くレベルです」

「どこでその表現覚えた?」

「いいです? あの女は所詮自分のことしか考えていない自己中ヤローです。人の話を聞かないのがいい証拠です。主様もハッキリと態度を示さないと夜な夜なあの女に襲われるやもしれませんです。女は恐ろしいのです。狡猾なのです。一見本当のことを言っているように見えても裏では何を考えているかわからないのです。これはもちろん自論です!」

「お前の人生に一体何があったってんだ.......」

 クラウンは思わず疲れたようなため息を吐いた。よもやベルからこんなことが言われる日が来ようとは。なんだか面白いような、不思議な気分のような。少なからず珍しいという気持ちは確かだろう。

 珍しいと言えば、そう言えばベルはほとんどリリスや、エキドナ、シルヴィーに対しての心配の言葉を吐き出したことがない。

 ロキのことはベルには伝えてありそれはもう受け止めたようで何も言わないのは理解できるが、それでも三人のことに対して全く言わないのは珍しいと言わざるを得ない。

 恐らくあの三人なら大丈夫という自信があるからなのだろう。それが自分の知らぬところで強く結びついた絆と言うべきものなのだろうか。

「ベル、今日は早めに寝るぞ」

「はいです」

 少なからず何かを我慢しているような感じはしなくもない。今度それとなく聞き出すのもアリだろう。
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