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第12章 道化師は集めきる

第255話 自然の檻

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 意図せず竜宮城に来てから数日が経った。使いまくっていた魔力は回復し、それで<超回復>を使ったことにより体の方も完全復活していた。

 クラウンが目覚めてから翌日にベルも目を覚まし、ベルに泣いて抱きつかれたのを覚えている。普段表情で感情を示さないベルがそこまでということはやはりあの爆発はよっぽどのことだったのだと理解した。

 そして、今は防波堤にやって来ていた。竜宮城という名前であっても島であるので、本来なら砂浜があってもおかしくないのだが........

「荒れてるです」

「だな」

 目の前に広がる大海はまるで生き物の如くうねり、激しく白波を立てて、曇天の雷の下で荒れ狂う風と共に動いていた。

 見る限り最悪なロケーションである。にもかかわらず、雨は降っていないのだからとても不思議だ。雨のない嵐という例えが一番しっくりくるかもしれない。

 激しい風に髪も服も右左へと舞うように揺らしながらもここまでやって来たのは、暴走した妹を城に戻してきて帰ってきたラグナが話した内容を確かめるためだ。

 まずクラウン達が助けられた経緯というのが、クラウンとベルが荒れる海がたまたま砂浜に流れ着ていたらしいのだ。

 それを偶然街を巡回していた魚人族の兵士が見つけ、それを王様に報告しに行くと一緒にいた王子ことラグナが確認のために見に行くとラグナの恩人だったので救出されたという形だ。

 その時の体はどこもそこもボロボロだったのは言うまでもない。少しでも遅ければ命が無かったかもしれないというぐらいだったそうだ。

 そして、クラウンがここに来た経緯以外にもこの島の状況を簡単に説明された。

 この竜宮城には守り神がいる。それはリヴァイアサンと呼ばれ簡単に言えば巨大な海蛇である。なにやら昔に一体の手負いのリヴァイアサンを助けただけで縁を結び、貢物を捧げる代わりに島の安全を守ってくれていたらしい。

 しかし、ある日を境にリヴァイアサンが海に大量死しているのが発見された。リヴァイアサンの力は魚人族がどうこう出来る強さじゃないらしく、毒に対しても強い耐性があるらしいので魚人族にしかも大量に殺すことは出来ない。

 殺された影響で青く澄んでいた海は紅く染まり、生き残っていたリヴァイアサンは怒り狂った。とはいえ、リヴァイアサンも魚人族が犯人であるとは思っていないらしく襲うことなかった。

 だが、たとえリヴァイアサンが怒って仲間を殺した犯人を突き止めようとしても状況は変わらなかった。海に浮かぶリヴァイアサンの姿が増えていくだけだった。

 その状況を危惧した王様はリヴァイアサンとこの島を守るために調査隊を編成し、海の状況を調査させた。

 もし、敵がリヴァイアサンという巨大生物だけを狙っているのだとしたら、二十分の一のサイズである魚人族は対象外となるはずだったからだ。

 そして、戻ってきた調査隊の数は三十人だったのが八人まで減り、全員精神が狂っている様子だったらしい。

 それから、幻覚でも見ているかのように恐怖した顔で口ずさむのは「十本足の化け物」だったらしい。またそれ以来、海は徐々に荒れ始め現在に至るらしい。

 それまでの年数は約三十年間。それまでの間、海にまともに行くことが出来ない魚人族は国のほとんどを牛耳っていた沖合漁業は出来なくなり食糧難に。

 今は養殖でなんとかしのいでいるらしいが、それでも周りの環境が酷いためにそろそろ限界を迎えそうなのだという。

「どうするです? これから」

「そうだな.......一先ずここの問題をクリアしない先へは進めないな」

 クラウンは「仕方ない」といったため息を吐きながら、今この場にはいないリリス、エキドナ、シルヴィーに想いを馳せる。

 というのも、本当はクラウンは仲間探しを優先したかった。ラグナから話を聞いて可哀そうだと思った。思ったが、それよりも仲間達の方が心配だった。

 それに仲間を見つけ次第最後の神殿であるここにはいずれ来ることになる。捜索に年単位もかけるつもりは毛頭なく速攻で見つけるつもりだったので、考えはそっちにシフトしていた――――――あの言葉を聞くまでは。

「荒れ狂う海はさながら不規則に床から現れる針の山のように刺々しく波立たせる。激しい風は動きを封じる鎖に等しい」

「また突発的に魔物を出現させる海はさながら天然のモンスタースポーンです。そして、天から降り注ぐ雷の雨はさながら天井から射出される矢の如く、一撃必殺の威力を持つです」

「そんで海に落ちればそこは動きが制限される上に魔物の檻ときた。俺達でも雷に打たれれば無事じゃ済まないし、生きてても下は地獄だ」

「少なからず相当の範囲まであると思うです。それに、雷は近いところに落ちる。海鳥すら寄り付かないここは空を飛んで渡ろうとすれば私達が避雷針です」

「それに『十本足の化け物』ときたら、十中八九クラーケンだろうな。風が強すぎて立ち往生している間に捕まって海に引きずり込まれればさすがにおしまいだ。どんだけ体を鍛えようと人間の潜水時間には限界がある。ホームに引きずられた時点で終わりってことだ」

 クラウンは口に出して改めてため息を吐く。つまるところこういう理由からだ。自然によって出来た完全なる牢獄。ここに辿り着いた時点で運命は決まっていたということだ。

 クラウン達が仲間を早く探しに行きたいのならば、この突然発生するようになった天然の檻をどうにかして突破するしかない。

 <魔王化>して空中をどれだけ速く進もうとさすがに雷が落ちる速度を上回れるとは思えない。挑戦するにはリスクが高すぎるのだ。

 そして、実はこの問題に対してラグナから原因究明の協力をしてくれないかと頼まれているのだ。それはクラウンが仲間を探しに行きたいということがラグナの島を救いたいということと利害が一致すると踏んだからなのだろう。

 それに対する返事は未だ返していないが、こう改めて言葉に出して見るともはや選択肢は無いも同然であった。

「ベル、少しより道してしまうがいいか?」

「これは仕方ないです。それと私は主様のです。主様が行く場所にただついていくだけです。許可など必要ないです」

「まあ、そういうな。お前はもうただの僕じゃない」

 クラウンは横にいるベルの頭を撫でる。サラサラとした髪と一緒にあるフワフワな耳が指に触れるたびにベルはくすぐったそうにしながらも、嬉しそうに目を細めフワリフワリと尻尾を振っていく。

 この時ベルは少しだけ独占欲が強く出た。それは現段階でリリスもエキドナもいないから。もちろん、いないことに寂しいと思う気持ちもあるが、同時にいつもより構ってもらえるという気持ちで少しだけ複雑な心情であった。

 しかし、その心情とは裏腹に体は勝手に行動してしまっている。例えば撫でられている今はクラウンの手を両手で掴んで頬の辺りまで移動させると頬ずりしていく。

 そして、ベルの尻尾は先ほどよりも激しくフリフリ振っていく。本当はこんな場合じゃないにもかかわらずやってしまうのはそれだけクラウンに心酔しているためか。

 それをやられているクラウンもまんざらじゃなさそうな顔をするので、余計にその顔がベルの独占欲に火をつける。

 とはいえ実はもう一つ、ベルの独占欲を掻き立てている要因がある。その要因は今まさにクラウン達に向かって走りずらそうなドレスの裾をたくし上げて全力疾走する音を後ろから立てている人物。

 そして、間合いに入るとこれでもかというぐらいに両腕を開き、思いっきり跳躍して抱きつこうと跳んでくる。

 その人物――――――システィーナにベルが気づくとピンと尻尾を立てて、その方向を見る。

「クラウン様ー!」

「触らせぬです!」

「え? わあああああああ!」

 今にも抱きつこうとするシスティーナにサッと近づいて襟元を掴むとそのまま防波堤の外の海にポイッと勢いをそのままに投げた。

 クラウンはそのあまりの光景に思わず絶句。その一方で、ベルは「悪は滅した」とでも言いたそうないい表情をしていた。

 とはいえ、いくらシスティーナが魚人族であっても一国の姫であり、それに大人でも入ろうとしない海にるわけにはいかない。

 クラウンは咄嗟にシスティーナに糸を飛ばすと胴体に巻きつける。そして、そのまま手繰り寄せて文字通りのお姫様抱っこをした。

 そのことにシスティーナは思わず感激し、頬を赤く染めうるうるとした視線を送る。

「クラウン様!」

「と、とりあえず、大丈夫か――――――」

「はい! このシスティーナはクラウン様のおかげで五体満足です! 助けていただき何と感謝をすればよろしいのやら! これは気持ちよりも行動で誠意を示すべきだと思いますよね!? よね!?」

 システィーナはガッチリとクラウンの首に腕を絡める。その行動にベルは思わずイラッとした表情をする。

「いや、別に俺は無事ならそれでいいん―――――――」

「さすがクラウン様! 見返りを求めないとはなんと心優しき方なのでしょう! ああ、こんなお方にどんなことをすればこの溢れ出る気持ちを伝えきれるというのでしょうか! いえ、きっと言葉では足りません! ですから、行動でも示すべきだと思うのです!」

「御託はいいです。早くその腕をどけろ―――――――」

「私はどんな言葉、行動で返すべきでしょうか。まず言葉では感謝の意を述べることは大前提として、これまでの私の想いを綴ったポエムなどを呼んで差し上げるのもいいかもしれません!」

「「ぐふっ」」

 とんでもないワードを聞いた気がする。ポエムってそんなものを書いていたのか。

「次に行動はどうでしょうか! 生半可な行動では誠意どころか逆に悪態をつかれてしまうかもしれません! ならば、ここはクラウン様にして差し上げる上で一番喜んでいただけるものを考えた方がいいかもしれません! 例えばそう! クラウン様が滞在される間は姫という肩書を捨て、メイドになるとはいかがでしょうか!」

「いや、いかがでしょうかって言われてもな......」

「メイド枠はベルがいるので十分です」

「そんな枠を設けたつもりないぞ?」

 ベルも微妙にズレてた発言をしている。しかし、システィーナは止まらない。

「クラウン様のために花嫁修業で培った手料理を振舞い! クラウン様の着替えをし! お風呂では背中を流し! そして、夜では私のヴァージンを捧げ―――――――」

「死ねえええええええ!」

「かっ!」

 ベルの初めて聞く雄叫びとともにシスティーナの首筋に手刀の一撃を入れた。それによって、システィーナはようやく沈黙。二人は意味もなく疲れていた。

「主様提案があるです。そいつを海に捨てるです」

「.......やめておけ」

 クラウンは一瞬「それもありかな」と思った気持ちを払拭しつつ、システィーナを抱えたまま城へと戻っていった。
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