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第11章 道化師は狩る

第235話 リゼリアの施し

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「お母さん.......」

 リリスの声が響き渡る。クラウン達は突然の来訪者であるリゼリアの存在に思わず驚いた。正直、もう会うことはないと思っていたので、本人からこう尋ねてくることに一種の不安のようなものを感じる。

 クラウンはもともと「神を殺す」という目的があったが、そうでなくてもリゼリアによって「神を殺す」ことを頼まれていたからだ。

 それはつまり、リゼリア自身が赴いてやってくるということは何かがあったか、何かをしたかのどちらかということ。

 ただそれを理解しているのはクラウン、リリス、エキドナ、ベルのみで他のメンバーはリゼリアと初顔合わせということになる。

 そのリゼリアを見た第一印象は.......

「奇麗.......」

 雪姫が呟く。その言葉にリゼリアが激しく顔を縦に振る。また、リルリアーゼはリゼリアの存在にどこか懐かしさを感じていた。

 リゼリアの姿は例えるなら古代サキュバスのような容姿に近いだろう。光を反射するように束ねられた艶やかな髪、他に有無も言わさない圧倒的な黄金スタイル。そして、黄金比の顔立ち。まるで「女神のようだ」と雪姫達が感じるのもおかしくない。

 とはいえ、リゼリアの本当の正体は女神なのであながち間違っているわけではないが、ここではあまり必要のない情報であるためかスルーされた。

「それでわざわざここに来た理由は?」

 クラウンは地面から起き上がると適当に服の砂埃をはたいてリゼリアの尋ねた。これまでどこで何をしていたか聞かない辺りはクラウンらしい部分なのだろう。

 その相変わらずの口答えにリゼリアは安心した笑みを浮かべる。そして、クラウンに合わせるようにすぐに情報を伝えた。

「あなたた達は現状勇者がどのような状況になっているか気づいているかしら?」

「人質を取られているんだろう? そして、その人質解放条件が魔王であった俺を殺すこと。しかし、失敗した以上は........レグリアあいつのことだ。今頃は最悪なことになっている可能性の方が高い」

 それはつまり人質全てが殺されているという可能性。失敗した直後に判断が下らなかっただけで、今は違うかもしれない。

 自身の手柄ではないとはいえ、結果的に魔王を退けておきながらそういう結果ならば実に報われないだろう。

 その言葉の意味を理解した雪姫と朱里も思わず暗い顔を浮かべていく。助かったのは結局一方的なのだ。もう一方は今頃自分達と真逆の感情を抱えていると思うと胸が締め付けられる。

 そんな暗い顔を浮かべ始める雪姫と朱里を見たリゼリアは「安心しなさい」と言うと全体に告げる。

「確証があるわけじゃないけど、恐らく大丈夫よ。理由はレグリアは用心深すぎるから。レグリアはあらゆる失敗の想定を考えている。そして、その先をさらの考えながら現状においての最善策を実行している。確かに、今回勇者の魔王討伐は勇者個人からしてみれば失敗して、レグリアも良い結果とはならなかったけど結局まだあいつの手のひらの上から逃れられたわけじゃないのよ」

「ということは、まだ何かある可能性があって人質は生きているということか?」

「そういうこと。それにレグリアはもし自分と思わぬ方向に転んでも、それを出来るだけ自分のプラン通りに―――――――ために新たな策をいくつも考える。それに、ここでもう人質を殺してしまってそれによって勇者が使い物にならなくなることはレグリアがもっとも避けたいことだと思うしね」

 「そして、あなた達が生きていることも」という言葉をリゼリアはクラウン達に向けて言う必要はなかった。殺されかけていたということをわざわざ言うこともないだろう。

 しかし、この言葉だけはクラウン達に確実に言わなければいけない言葉であろう。

「今、勇者の置かれている立場を話したけど、伝えたいことはそれでもあり、けどもっと深い部分なのよ」

「どういうことだ?」

「私はあなた達がどこかへ過ぎ去っていくのを見た時、レグリアと会ったのよ。そして、少しの交戦で本人にも気づかせずにある施しをレグリアに仕掛けた」

「俺達が魔王城から逃げている間にそんなことがあったのか。それで? その施しというのは?」

「レグリアが人質を取っていると思わせることよ。私がした施しによって今勇者を縛るものはなにもないということ」

「それを他に知っている人は?」

「私とあなた達。そして、その事実を勇者に直接伝えてあげて欲しいのよ。そうすれば、戦況は一気にひっくり返る。レグリアは神の使徒を操る要。いわばリーダー格よ」

 クラウンはその言葉に思わず悩ましい顔をする。それはレグリアが神の使徒のリーダー格だとしても、こんなにも派手に動くことなのだろうかということ。

 普通なら、そう言うのはリーダーが部下に指示をしてことを収めていくはず。にもかかわらず、他にそうしなければいけない行動があるとでもいうのだろうか。

 そんなクラウンの思考を読み取ったかのようにリゼリアは伝えていく。

「大したことじゃないわよ。ただ神の使徒らが司る大罪を知っているかしら?」

「確か、お前が倒した色欲とラズリの怠惰、そしてレグリアの傲慢.......だったか?」

「そうよ。そして、それらは神の感情を分裂させて作った存在。故に、その特性が大きく引き出されるのよ。他にあるのは強欲、嫉妬、暴食、憤怒。ほら、どれも作戦を立てるとか向いていないでしょ? しかし、傲慢である―――――――つまりプライドの高いレグリアならば神に『楽しませろ』とでも言えば動きかねない。なぜなら劣っていると思われたくないからね。まあ、リーダー格と言っているのは私個人からしても作戦の立案、実行を全て一人でこなしているからに過ぎないからなんだけど」

「なら、ラズリは? あいつは怠惰を司っているはずよ。どうして私達をしつこく狙っているの?」

 リリスはその話で必ず直面するであろう疑問についてリゼリアに尋ねた。その言葉を聞いたリゼリアは至極単純な言葉で済ませる。

「それらの感情を抱えて、それに従って動くとしても結局のところ神の使徒。神に仕える者としてのプライドがあるのよ。そして、たとえどんな内容であっても、必ず実行し成功させる。人類より劣っていると思われたくないから。しかし、あなた達はラズリから一度逃げ延び、あまつさえラズリを瀕死に追いやった。もうすでにある程度のプライドを傷つけられ、さらに傷つけられたなら恐らく黙っているわけにもいかないでしょうね」

「ということは、逃げ延びた時点で俺達は標的にされていたということか? それでいて、これからも神出鬼没に現れては殺しにかかると? クソ、全くはた迷惑の奴だな。どこら辺が『怠惰』なんだよ」

 クラウンは思わず愚痴のような言葉が吐き出されていく。しかし、クラウンにもそれを言うだけの正当な立場にあるのだから仕方がない。なぜなら、兵長は殺され、雪姫は傷つけられたのだから。

 そんなことを知ってか知らずか誰もクラウンの言葉に対して告げるものはいなかった。すると、リゼリアは気分を一新させるように一度手を叩く。

「まあまあ、とにもかくにもこれで私の伝えるべきことは伝えきったわ。それじゃあ、私は他に行く場所があるからここで失礼するわね」

「待って、お母さん」

 リゼリアがこの場から立ち去ろうとするとリリスは思わずリゼリアの手を引いた。その行動にリゼリアが驚いている一方で、リリスも自分の行動に驚いている。

 何のために引いた手なのか。何を思って立ち止まらせたのか。その行動に対するあるはずの理由がリリスには見つからなかった。

 咄嗟に言葉に出そうと思っても、何をどう切り出せばいいかわからずに口をパクパクと動かしていく。そんなリリスの突然の行動にリゼリアは察したように体の向きを合わせる。

 そして、両手で優しくリリスの頬を包み込むと額に軽く口づけした。それから、優しく抱擁していく。

「大丈夫、何があっても私はあなたの母よ」

「―――――――!」

 リゼリアがそう言った瞬間、リリスはどうしてリゼリアの行動を止めたのか理由に気付いた。それはリゼリアの見る顔がどこか最後のように感じたからだ。

 ただの直感だ、それも悪い方の。刻一刻と時間が過ぎ去るとともに自分達を取り巻く現状の激しさは密度ともに増していっている。

 いわばいつ誰が死んでもおかしくないという状況でリリスは未だ単独行動を続けようとするリゼリアを止めたかったのだ。つい先日、クラウンとのごたごたがあったばかりであったからだ。

 信じていないわけでない。それでも、それ以上に不安ばかりが募っていくのだ。リゼリアは強いとわかっている。先ほどの会話の中でもレグリアと交戦したと言っていた。

 そして、五体満足でこうして目の前に現れている。しかし、それだけなのだ。いざピンチになった時の助けも、日記に書かれていたような複雑な心を支えてくれる人も近くにはいない。

 それを直感的に理解してしまったからあの行動なのだと思った。でも、それでいて自分がかける言葉はあまりにもなかった。それは自分が足手まといとわかっていたから。

 リゼリアにもリゼリアのやるべきことがあるように、リリスにも自身のやるべきことがある。だから、「一緒にいよう」なんて言葉は吐き出せない。

 ここまで来て自分の目的を変えるわけにもいかないし、それに変えてついていったとしても古代サキュバスになったとしても、大きく力の差があるように感じてしまう。

 「大丈夫だ」と思っていたリゼリアがいざやられた時、自分は動けるかわからない。もはや動けない方が確率が高い。

 リリスは不甲斐なく感じる自分を悔やみながら、言葉にならない想いを伝えるように抱きしめ返す。そして、しばらく抱き合ったところでリゼリアはリリスから少し距離を取った。

「よし、元気注入! いや、されちゃったのかな? ともあれ、リリスのおかげでまだまだ頑張れそうよ。ありがと」

「うん、私もだよ。母さん.......いってらっしゃい」

「いってきます」

 そう言うとリゼリアは背中から羽を生やして大きく羽ばたき始めた。そして、あっという間に姿が遠くなり点のようになっていく。

 その姿を見ながらリリスはどこか影があるような表情をした。
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