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第10章 決戦
第231話 最後の仮面が外れる時
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場所は戻って戦場。未だ張られている結界の外では勇者とリリスの仲間達が未だ交戦中であった。とはいえ、勇者である響に一方的にやられているのだが。
響の力は他を圧倒していた。さすが神の力を得たというべきか、クラウンを苦戦させたリルリアーゼに対しても特に苦も無く圧倒していた。
カムイが刀を振り下ろしても、ベルが気配を消して攻撃しても、ロキが俊足の攻撃をしても、エキドナが竜の力でねじ伏せようとしても、リルリアーゼが小さな島なら消滅するような高エネルギー弾を放っても響にはその一切が通用しなかった。
その一方で、力、速さ、魔力、防御の四つの能力が常人よりもはるか高い、化け物と呼ばれるレベルのステータスとなっている響はその力をフルに活かして攻撃していく。
しかし、本来ならもう決着がついているはずであろう戦力差でも決着がついていないのはもはやカムイ達の意地の話になってくる。
どれだけ攻撃が通用しなくても、どれだけ攻撃が当たらなくても、どれだけボロボロになろうともリリスが自分達の大切な存在を助けに戻るまで倒れないという精神が響を気圧させていたのだ。
もはや勝っているのはそこだけであったが、その部分がこの戦いにおいて一番重要な要因であったようだ。そして、その頑張りは結果として現れる。
―――――――パリィンッ
ガラスを勢いよく割ったかのような甲高い音が響く。その音の方向を響とカムイ達が見るとリリスの張った結界が粉々になって月明かりを反射させ、キラキラと輝きながら舞い落ちる。
そして、その中心では全く動きが無かった二人が互いの唇を離す状態まで僅かに動いている。また、変化はそれだけでは無かった。
魔王であるクラウンに変化が起きた。それは顔にある紅いラインと禍々しい黒い鎧がスッと消えていき、さらにこめかみから生えていた二本の角が先の方から粒子状になって消えていく。
虚ろになっていた目には光が宿り、体をグッタリとさせリリスにもたれかかる。その体をリリスは愛おしそうに抱きしめる。
魔王化が解けたのだ。その影響は戦場全体にも効果を及ぼし、死んでもなお多くのものを殺し続けた腕だけや脚だけ、もはやただの肉塊と呼べるようなそれらは地面へと落ちて動かなくなる。
それは事実上、戦争が終わったことを意味した。
「「「「「うおおおおおおお!!!」」」」」
多くの犠牲を果たしながら、予想だにしな展開が起こりながらも魔王は倒れた。この戦いは勇者率いる連合軍側の勝利になった。
そのことを理解した連合軍は心の底からの雄叫びを上げた。勝利に喜ぶ人もいれば、生きてて安堵する人、死んだ仲間に対して泣く人と様々な人達の声が合わさった叫びが戦場の端から端まで轟いた。
しかし、そんな中で一人敗北で膝から崩れ落ちる者がいた。
「魔王じゃ.......なくなった.......」
響は<神格化>を解きながら、絶望にも似た虚ろな瞳でリリスとクラウンの方を見つめる。それはクラウンから魔王の気配が消えたからだ。
勇者の役職の影響か魔王が放っていた禍々しい気配を敏感に感じ取っていたが、今のクラウンからそんな気配は一切しない。優しく穏やかな気配がするだけ。
つまり響は魔王を殺せなかったこと。それ即ち、ニセモノ教皇にかされた人質解放の条件を満たせなかったということに他ならない。
響は思わず地面に手をつける。すると、地面に滴が落ちる――――――響の涙だ。響は悔しそうに地面を抉るように指立て、拳を作るとその拳で地面を殴った。
何度も何度も地面を殴った。どっちつかずの感情が響を襲っていた。仁がまた生きて助かったという感情と仲間達を救えなかったということ。
本来、悔やんでも悔やみきれないことのはずなのに仁のことで僅かに喜びにも似た安堵の気持ちを抱いてしまっている。
そんな自分を響は殴りたくて仕方がなかった。しかし、そんなことをしてももう全員は助からない。
その一方で、リリスにもたれかかっていたクラウンは目を覚ました。そして、何も語らずに周囲を見渡すと響を見つけた。
クラウンは響のところまで連れて行くよう頼むとリリスに肩を借りながらゆっくりと近づいていく。それから、目の前に立つと響に告げる。
「響、久しぶりだな」
「.......仁?」
「いちいち確認しなくてもお前ならわかるだろ?」
「.......そうだな」
一度クラウンの顔を見る響であったが、すぐに後ろめたさから顔を背けていく。すると、クラウンはそんな響を見ながらそっと告げる。
「響、これまで俺は勘違いしていた。いや、実際には勘違いさせられていたというべきなのだろうが、俺がお前らに恨みを持って動いていたのは事実だし、これまで迷惑かけてすまなかった」
「―――――!」
響は思わずバッと顔を上げて見開いた目でクラウンを見る。まさか謝られるなんて、響には思ってもいなかったことだ。
しかも、本来なら仕掛けた自分が先に謝るべきにもかかわらず。そう思うと急に罪悪感と自己嫌悪が同時に襲ってきた。そして、今にも泣きそうな表情でクラウンに告げる。
「仁は謝る必要はない。むしろ謝るのは僕の方だ。僕があの時攻撃せずに、おかしかった違和感に対処出来ていればこんなことにはならなかった。それに.......僕はもう仁に顔向けできない!」
「.......どういうことだ?」
クラウンは一瞬立ち眩みを起こしながらも、響へと耳を傾けていく。すると、響は意を決して言葉にした。
「僕が仁を殺そうとしたのは人質があったからだ。その人質が―――――――ガルドさんと力を授けたクラスメイト達」
「なん.......だと.......誰が........そんなことを........」
「仁!?」
クラウンは再び激しく立ち眩みしていく。そして、急に電池が切れた人形のようにバッタリと動かなくなってしまった。
その様子に響は思わず仁を支えようと立ち上がり、手を伸ばすが自分のしたことの後ろめたさから思わず手が止まってしまう。
クラウンの体は一先ずリリスが支えることで事なきを得た。そして、リリスが精神魔法でクラウンの様態を確かめると極度の疲労による気絶とわかったので、響は一先ず安堵の息を吐いた。
とはいえ、こんなところでいつまでもこんなところにいるのはよろしくないだろう。そう思ったリリスは仲間達を招集してエキドナの背中に次々と乗り込んでいく。
すると、その乗り込んでいく人達の中には雪姫と朱里の姿があった。その姿を見た響は思わず声をかける。
「二人も行くのか?」
「うん。とりあえず、仁の傷を見てやらないといけないしね。それに恐らくまだ全員は集まってないんでしょ? だから、探しに行かないと」
「朱里は雪姫の護衛ってことで。それに皆を助けるための方法を探さないとね」
「さっきの言葉.......聞こえてたのか? けど、もう僕が失敗したから助からな―――――――」
「後ろを見てよ、響君」
雪姫は響の言葉を遮りつつ、指示をする。その言葉に響はしたがって後ろを振り向くと思わず目を見開いた。
それはまだクラスメイト達が生きていたからだ。もちろん、現段階でまだ生きているということなので油断ならないが、それでも呪いと言うならば失敗すれば即時発動のはず。もしかして、嘘をついていたのか?
いや、あのニセモノならば嘘なんかで済ませるはずがない。絶対に呪いをかけているはず。
「響君、これはチャンスだよ」
「.......チャンス?」
響は雪姫の方に向き直すと思わず首を傾げる。そして、オウム返しに聞いた質問に朱里が答えていく。
「そうそう、チャンス。本来なら何らかをかけているであろう人質の皆になにも起こらないというは、また別の何かを企んで今発動させる必要がないってことじゃないかな」
「要するに発動までの猶予が伸びたってだけで、これらも全て憶測で確証はないんだけど、もしそうだったらその時間で他で解放する方法が見つかるかもしれないということだよ」
「そういうことか」
響は納得するようにうなづいた。そして、もう一度背後にいるクラスメイトの方を見ながら「まだ希望を捨てるには早いってことか」と内心で思った。
それから、雪姫と朱里の方に顔を向けると思わず呟く。
「なんだか二人とも変わったな。前よりも前向きになったような気がする」
「ははは、そうかな? まあ、私は仁がいなくなってからそうだったかもしれないけど、朱里ちゃんは特に変わりないんじゃないかな」
「朱里も変わりましたよー。大いに変わりました。まあ、私の場合は一歩どころか二、三歩踏み出す勇気がなかったというお恥ずかしい話なんだけど」
「今が上手く変われたと思っているなら、それがいいんじゃないかな。私も今の朱里ちゃんが良いと思うよ」
「えへへ、そうかな」
「こらー! 二人ともー! そろそろ行くわよー!」
「「は、はーい!」」
少し長く話過ぎていたみたいでリリスに怒られてしまった。そして、二人は「それじゃあ、またね」と響に告げるとその場から離れていく。
すると、ふと雪姫が立ち止まり振り返って響に告げる。
「響君、私達の言葉を信じて」
それだけ告げると雪姫は走り去っていった。その後ろ姿を響は少し耽った様子で眺めていた。
***************************************************
響とクラウン達との別れを魔王城の一番高い屋根から見ていた人物がいた。その人物はスコープから雪姫と朱里がエキドナの背中に乗り込むのを見届けると引き金に指をかける。
「異世界の対戦車用と呼ばれるアンチマテリアルライフルの威力、この世界の竜の防御力を超えるのか試してみようか」
その人物――――――レグリアは。体を伏せながら、スコープからエキドナが飛び立つのを眺めていた。そして、エキドナが大きく翼をはためかせ、少し上空に浮いたところで――――――――
「あまりにも物騒なものを持っているじゃない。それはこの世界には不必要なものだわ」
上から踏みつけられアンチマテリアルライフルは壊されてしまった。そして、すぐに顎を蹴り上げられる。
レグリアは空中に蹴り飛ばされながらも、一回転しながら上手く着地した。それから、蹴り上げた人物を見る。
古代サキュバスとなったリリスにも似た妖艶な色気を醸し出し、スラッと長い脚を見せつけるように構えるスタイルの人物――――――リゼリアは少し睨んだ目でレグリアを見る。
「あんな美しい光景を死で終わらせようなんて無粋じゃない」
「全く神出鬼没だね~」
「人のこと言えないじゃない」
「人じゃないので」
「それは私も同じよ」
互いに動かない警戒したように言葉を重ねていく。
「でも、もうそろそろ魔力が尽きるのでは? あなたは私達とは異なる存在。無理にこの世界に居続けたせいで体が悲鳴をあげているはず」
「全く誰のせいよ。こんなことが無ければ今頃天界でゆっくりしてたわ。まあ、リリスのような存在には出会わなかったでしょうけど」
「お話はここらにしましょう。私も次があるので」
「逃がすと思って?」
リゼリアは人差し指をクイッと上げるとレグリアの心臓辺りから光の鎖が生えて、体に絡みつきながら屋根に刺さった。
「なるほど、精神鎖縛だね~。これはきつい」
「あなたにはここで死んでもらうわ!」
リゼリアは一気に踏み込むと右手を手刀に変えてそのまま心臓へと突き刺した。しかし、レグリアは吐血しながらもニヤリとした顔を浮かべるのみ。
「私は死にませんよ。オリジナルではないので。それでは」
そう言うとレグリアはガクッと頭を垂れた。リゼリアは歯噛みしながらも手を抜き去ると羽ばたいていくエキドナに乗ったリリスに告げるように呟いた。
「安心してあいつの思い通りにならないように布石は打ったから」
響の力は他を圧倒していた。さすが神の力を得たというべきか、クラウンを苦戦させたリルリアーゼに対しても特に苦も無く圧倒していた。
カムイが刀を振り下ろしても、ベルが気配を消して攻撃しても、ロキが俊足の攻撃をしても、エキドナが竜の力でねじ伏せようとしても、リルリアーゼが小さな島なら消滅するような高エネルギー弾を放っても響にはその一切が通用しなかった。
その一方で、力、速さ、魔力、防御の四つの能力が常人よりもはるか高い、化け物と呼ばれるレベルのステータスとなっている響はその力をフルに活かして攻撃していく。
しかし、本来ならもう決着がついているはずであろう戦力差でも決着がついていないのはもはやカムイ達の意地の話になってくる。
どれだけ攻撃が通用しなくても、どれだけ攻撃が当たらなくても、どれだけボロボロになろうともリリスが自分達の大切な存在を助けに戻るまで倒れないという精神が響を気圧させていたのだ。
もはや勝っているのはそこだけであったが、その部分がこの戦いにおいて一番重要な要因であったようだ。そして、その頑張りは結果として現れる。
―――――――パリィンッ
ガラスを勢いよく割ったかのような甲高い音が響く。その音の方向を響とカムイ達が見るとリリスの張った結界が粉々になって月明かりを反射させ、キラキラと輝きながら舞い落ちる。
そして、その中心では全く動きが無かった二人が互いの唇を離す状態まで僅かに動いている。また、変化はそれだけでは無かった。
魔王であるクラウンに変化が起きた。それは顔にある紅いラインと禍々しい黒い鎧がスッと消えていき、さらにこめかみから生えていた二本の角が先の方から粒子状になって消えていく。
虚ろになっていた目には光が宿り、体をグッタリとさせリリスにもたれかかる。その体をリリスは愛おしそうに抱きしめる。
魔王化が解けたのだ。その影響は戦場全体にも効果を及ぼし、死んでもなお多くのものを殺し続けた腕だけや脚だけ、もはやただの肉塊と呼べるようなそれらは地面へと落ちて動かなくなる。
それは事実上、戦争が終わったことを意味した。
「「「「「うおおおおおおお!!!」」」」」
多くの犠牲を果たしながら、予想だにしな展開が起こりながらも魔王は倒れた。この戦いは勇者率いる連合軍側の勝利になった。
そのことを理解した連合軍は心の底からの雄叫びを上げた。勝利に喜ぶ人もいれば、生きてて安堵する人、死んだ仲間に対して泣く人と様々な人達の声が合わさった叫びが戦場の端から端まで轟いた。
しかし、そんな中で一人敗北で膝から崩れ落ちる者がいた。
「魔王じゃ.......なくなった.......」
響は<神格化>を解きながら、絶望にも似た虚ろな瞳でリリスとクラウンの方を見つめる。それはクラウンから魔王の気配が消えたからだ。
勇者の役職の影響か魔王が放っていた禍々しい気配を敏感に感じ取っていたが、今のクラウンからそんな気配は一切しない。優しく穏やかな気配がするだけ。
つまり響は魔王を殺せなかったこと。それ即ち、ニセモノ教皇にかされた人質解放の条件を満たせなかったということに他ならない。
響は思わず地面に手をつける。すると、地面に滴が落ちる――――――響の涙だ。響は悔しそうに地面を抉るように指立て、拳を作るとその拳で地面を殴った。
何度も何度も地面を殴った。どっちつかずの感情が響を襲っていた。仁がまた生きて助かったという感情と仲間達を救えなかったということ。
本来、悔やんでも悔やみきれないことのはずなのに仁のことで僅かに喜びにも似た安堵の気持ちを抱いてしまっている。
そんな自分を響は殴りたくて仕方がなかった。しかし、そんなことをしてももう全員は助からない。
その一方で、リリスにもたれかかっていたクラウンは目を覚ました。そして、何も語らずに周囲を見渡すと響を見つけた。
クラウンは響のところまで連れて行くよう頼むとリリスに肩を借りながらゆっくりと近づいていく。それから、目の前に立つと響に告げる。
「響、久しぶりだな」
「.......仁?」
「いちいち確認しなくてもお前ならわかるだろ?」
「.......そうだな」
一度クラウンの顔を見る響であったが、すぐに後ろめたさから顔を背けていく。すると、クラウンはそんな響を見ながらそっと告げる。
「響、これまで俺は勘違いしていた。いや、実際には勘違いさせられていたというべきなのだろうが、俺がお前らに恨みを持って動いていたのは事実だし、これまで迷惑かけてすまなかった」
「―――――!」
響は思わずバッと顔を上げて見開いた目でクラウンを見る。まさか謝られるなんて、響には思ってもいなかったことだ。
しかも、本来なら仕掛けた自分が先に謝るべきにもかかわらず。そう思うと急に罪悪感と自己嫌悪が同時に襲ってきた。そして、今にも泣きそうな表情でクラウンに告げる。
「仁は謝る必要はない。むしろ謝るのは僕の方だ。僕があの時攻撃せずに、おかしかった違和感に対処出来ていればこんなことにはならなかった。それに.......僕はもう仁に顔向けできない!」
「.......どういうことだ?」
クラウンは一瞬立ち眩みを起こしながらも、響へと耳を傾けていく。すると、響は意を決して言葉にした。
「僕が仁を殺そうとしたのは人質があったからだ。その人質が―――――――ガルドさんと力を授けたクラスメイト達」
「なん.......だと.......誰が........そんなことを........」
「仁!?」
クラウンは再び激しく立ち眩みしていく。そして、急に電池が切れた人形のようにバッタリと動かなくなってしまった。
その様子に響は思わず仁を支えようと立ち上がり、手を伸ばすが自分のしたことの後ろめたさから思わず手が止まってしまう。
クラウンの体は一先ずリリスが支えることで事なきを得た。そして、リリスが精神魔法でクラウンの様態を確かめると極度の疲労による気絶とわかったので、響は一先ず安堵の息を吐いた。
とはいえ、こんなところでいつまでもこんなところにいるのはよろしくないだろう。そう思ったリリスは仲間達を招集してエキドナの背中に次々と乗り込んでいく。
すると、その乗り込んでいく人達の中には雪姫と朱里の姿があった。その姿を見た響は思わず声をかける。
「二人も行くのか?」
「うん。とりあえず、仁の傷を見てやらないといけないしね。それに恐らくまだ全員は集まってないんでしょ? だから、探しに行かないと」
「朱里は雪姫の護衛ってことで。それに皆を助けるための方法を探さないとね」
「さっきの言葉.......聞こえてたのか? けど、もう僕が失敗したから助からな―――――――」
「後ろを見てよ、響君」
雪姫は響の言葉を遮りつつ、指示をする。その言葉に響はしたがって後ろを振り向くと思わず目を見開いた。
それはまだクラスメイト達が生きていたからだ。もちろん、現段階でまだ生きているということなので油断ならないが、それでも呪いと言うならば失敗すれば即時発動のはず。もしかして、嘘をついていたのか?
いや、あのニセモノならば嘘なんかで済ませるはずがない。絶対に呪いをかけているはず。
「響君、これはチャンスだよ」
「.......チャンス?」
響は雪姫の方に向き直すと思わず首を傾げる。そして、オウム返しに聞いた質問に朱里が答えていく。
「そうそう、チャンス。本来なら何らかをかけているであろう人質の皆になにも起こらないというは、また別の何かを企んで今発動させる必要がないってことじゃないかな」
「要するに発動までの猶予が伸びたってだけで、これらも全て憶測で確証はないんだけど、もしそうだったらその時間で他で解放する方法が見つかるかもしれないということだよ」
「そういうことか」
響は納得するようにうなづいた。そして、もう一度背後にいるクラスメイトの方を見ながら「まだ希望を捨てるには早いってことか」と内心で思った。
それから、雪姫と朱里の方に顔を向けると思わず呟く。
「なんだか二人とも変わったな。前よりも前向きになったような気がする」
「ははは、そうかな? まあ、私は仁がいなくなってからそうだったかもしれないけど、朱里ちゃんは特に変わりないんじゃないかな」
「朱里も変わりましたよー。大いに変わりました。まあ、私の場合は一歩どころか二、三歩踏み出す勇気がなかったというお恥ずかしい話なんだけど」
「今が上手く変われたと思っているなら、それがいいんじゃないかな。私も今の朱里ちゃんが良いと思うよ」
「えへへ、そうかな」
「こらー! 二人ともー! そろそろ行くわよー!」
「「は、はーい!」」
少し長く話過ぎていたみたいでリリスに怒られてしまった。そして、二人は「それじゃあ、またね」と響に告げるとその場から離れていく。
すると、ふと雪姫が立ち止まり振り返って響に告げる。
「響君、私達の言葉を信じて」
それだけ告げると雪姫は走り去っていった。その後ろ姿を響は少し耽った様子で眺めていた。
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響とクラウン達との別れを魔王城の一番高い屋根から見ていた人物がいた。その人物はスコープから雪姫と朱里がエキドナの背中に乗り込むのを見届けると引き金に指をかける。
「異世界の対戦車用と呼ばれるアンチマテリアルライフルの威力、この世界の竜の防御力を超えるのか試してみようか」
その人物――――――レグリアは。体を伏せながら、スコープからエキドナが飛び立つのを眺めていた。そして、エキドナが大きく翼をはためかせ、少し上空に浮いたところで――――――――
「あまりにも物騒なものを持っているじゃない。それはこの世界には不必要なものだわ」
上から踏みつけられアンチマテリアルライフルは壊されてしまった。そして、すぐに顎を蹴り上げられる。
レグリアは空中に蹴り飛ばされながらも、一回転しながら上手く着地した。それから、蹴り上げた人物を見る。
古代サキュバスとなったリリスにも似た妖艶な色気を醸し出し、スラッと長い脚を見せつけるように構えるスタイルの人物――――――リゼリアは少し睨んだ目でレグリアを見る。
「あんな美しい光景を死で終わらせようなんて無粋じゃない」
「全く神出鬼没だね~」
「人のこと言えないじゃない」
「人じゃないので」
「それは私も同じよ」
互いに動かない警戒したように言葉を重ねていく。
「でも、もうそろそろ魔力が尽きるのでは? あなたは私達とは異なる存在。無理にこの世界に居続けたせいで体が悲鳴をあげているはず」
「全く誰のせいよ。こんなことが無ければ今頃天界でゆっくりしてたわ。まあ、リリスのような存在には出会わなかったでしょうけど」
「お話はここらにしましょう。私も次があるので」
「逃がすと思って?」
リゼリアは人差し指をクイッと上げるとレグリアの心臓辺りから光の鎖が生えて、体に絡みつきながら屋根に刺さった。
「なるほど、精神鎖縛だね~。これはきつい」
「あなたにはここで死んでもらうわ!」
リゼリアは一気に踏み込むと右手を手刀に変えてそのまま心臓へと突き刺した。しかし、レグリアは吐血しながらもニヤリとした顔を浮かべるのみ。
「私は死にませんよ。オリジナルではないので。それでは」
そう言うとレグリアはガクッと頭を垂れた。リゼリアは歯噛みしながらも手を抜き去ると羽ばたいていくエキドナに乗ったリリスに告げるように呟いた。
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