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第10章 決戦

第227話 奪った者と奪われた者

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 一人は孤独だ。その漢字にも含まれているように一人ぼっちの独りよがりだ。どれほど一人になれば気が済むのだろうか。

 その一人を否定したとしても今の自分に出来ることなどなにもない。気が付けば周囲から人が消えていって、最終的には何も残らない。

 自分が何をしたわけでもなく消されて、。そこに明確な自分の意志が含まれていなくても、その事実だけがこの世界の現実として現れている。

 今は鉄格子の中だ。自分以外の誰からも観測されない狭い鉄格子の中。自分以外の誰もが話しかけてくることのない空虚な白い空間。そう、

「くくくっ、ははははは! 惨めだなぁ、その姿はよ」

「.......」

「まあ、睨むなって。オレとお前の立場が入れ替わっただけの話じゃねぇか。オレは随分と長い間お前に待たされ続けたと思うぜ? そして、その精神の中でもオレはお前に話しかけすらされなかった。今思えば、こうして俺が話しかけてやってることに感謝の言葉すら欲しいぐらいだ」

 黒髪で左目に傷がある鋭い目つきをした少年は鉄格子の中にいる黒髪の少年に話しかけていく。その二人の顔立ちは正確無比なほど揃っていて、傷があるかないかや目つきの違いを除けばドッペルゲンガーと言っても差し支えない。

 当然だ。その二人は同時に【クラウン】であり、【海堂 仁】なのだから。しかし、その二人に区別をつけるとするならば、目つきの悪い方がクラウンで、どこにでもいそうな方が仁であるだろう。

 そして、クラウンは鉄格子の中にいる仁をを見て思わず嘲笑った。どこも面白い要素はない。しかし、クラウン本人は仁が鉄格子の中にいるという時点で滑稽なのだ。

「で? お前はいつまでそんな中でジッとしてるつもりだ? 少しは暴れて楽しませてみろよ。こっちはあいにく捕らえられちまって退屈だからよ」

「.......」

「だんまりか。まあいい。お前が何を言おうと何を行動しようと俺には一切届かない。なぜなら、お前はオレに負けたからな。その結果は今更言うことでもないよな」

「―――――――ない」

「あ?」

「俺はまだ負けてない。それに、お前が勝つこともない」

「はあ? お前ついに頭でもおかしくなったのか? お前がこうして体とのリンクの主導権をお前に握られている時点で終わりだ。勝負はついたんだよ。お前が動かないのもそうだろうが」

「僕が動かないのはまだ助けてくれる人がいると信じてくれているからだ。だから僕は――――――その人がやってくるまで力を温存しているだけだ」

 仁がそう言うとクラウンは腰に手をつきながら肺に溜まった空気を全て吐き出すかのようにため息をついた。そして、ゆっくりとクラウンの方へと歩いて行く。

「あのな、理想も語り過ぎれば面白みがねェもんだ。『現実を見ろ』で一蹴される。それに本来なら理想論すらも語るのはおかしいはずだ。なぜなら、現実の人間の醜さを知っている。その醜さに騙され、裏切られここまで堕ちてきたはずだ」

「それは違う。お前を仕掛けた本人はあの時僕の仲間を操った。それが全てだ。お前が現実を語れというのなら、それが真実だ。そのせいで僕は勝手に逆恨みしていて、操られ、傷つけ、騙された。けど、それを知っている今ならきっと助けに来てくれる」

「はあ......全く甘ちゃんな考えだな。大甘すぎて反吐が出そうだ。なら、一つ情報を教えてやるよ。レグリアが使った<神言マントラ>はな、少なからず相手にその感情がないと発動しない。たとえば、相手に恨みを持っている人物とかな」

「なっ!」

「つまりあの時お前の仲間をレグリアが操ったのは事実だ。しかし、その魔法にかかるという時点でその感情が心に芽生えていたということだ。それにな、驚くことは不自然だ。お前はもう16年も生きている。その生きている間にどれだけの恨みを買ったか覚えてねぇだろ」

「僕は恨みを売った覚えも、行動もしていない!」

「それはお前の意識下での話だろうが。人間誰しも生きているだけで恨みを売っている。それは無意識下での話だからな。気が付かなくても当然だ。お前がほんの些細だと思っていることも、相手にとっては爆弾の可能性もある。それが上手く爆発しないでここに来たというだけのこと。そんで爆発したらあのザマってことさ。おわかり?」

「嘘だ! そんなデタラメを僕は信じない!」

「信じなくても結構。信じてくれなんて言った覚えはないしな。だがな、それで起こったことが今のお前まで繋がっている。聞いたことあるだろ? 何気ない行動が人を傷つけることもあるって。お前はそれを積み重ねてきた結果がこうであるというだけさ。ただ俺は少なからずお前の中に存在し続けたんだ。それなりの愛着はある。だから、お前には嘘はつかねぇ」

 その言葉が真実か否か。その判断を現状で決めつけるのは難しい。しかし、その言葉を信じるにはクラウンそいつとの信頼が明らかに不足していた。

 そいつによって地獄と思われた森で力を得て、森を抜けた。そんな力を授けてくれた時もあった。だが、それは最初だけで、それ以外何もない。

 そいつは自分の心が乱れた時に乗り移ろうとした。今のような一歩手前の感じだ。それはリリスのおかげで防がれ、それ以来一切動きを見せなかった。

 しかし、その兆候は突然来た。それは腕に出来た黒い籠手。長らく現れなかったし、神の使徒や神代兵器との戦い、カムイの妹の奪還と立て続けにあったのでそれがその兆候だと考えるのに時間を割く余裕がなかった。

 そして、その時は突然やって来た。それはレグリアが自分を魔王化させたときのことだ。精神的に不安定になっていた自分に「仲間を救う方法がある」と甘い言葉をささやき捕食した。

 思い返してみれば信じれる要素はどこにもなく、むしろ不信ばかりが募っていくような出来事ばかりだ。

 だからこそ、危険なのだ。今まで通りなら信じないと判断するのが妥当だろう。しかし、ここで自分の考えと逆を突いてきたら? それによって何か起こるのだとしたら?

 あいつに言われっぱなしは癪なのでとりあえず否定の言葉を吐き出したが.......檻の隙間から見えるあいつのニヤついたような目や口からすれば自分の思っていることなど全てお見通しなのだろう。

 安易に答えを出してはいけない。こいつは平気で嘘をつく。自分を完全に捕食するためには手段を選ばない「蛇」だ。

 するとその時、クラウンのニヤついた笑みからスッと表情が消える。そして、右手からどこからともなく黒い刃を作り出した。

 クラウンは仁の顔を見ながら告げる。

「てめぇの反応は退屈を通り越してもはや存在が苦痛だ」

「ぐっ!」

 クラウンは刀を鉄格子の隙間から刺し込んでいく。その刀は仁の左肩に刺さっていき、その刺さった周辺が赤くにじんでいく。仁は思わず右手で刀身を掴んで引き離そうとするが、なぜか離れない。

「お前が動かないのはよぉ、信じてるとかでもなんでもなく―――――――ただ傷つくのが怖いだけだろ?」

「―――――――!」

「お前が仲間が助けに来て待つというのは呈のいい戯言だ。本当はオレとお前の間にある覆せない力の前に臆して、安全圏から他人がなんとかしてくれるのを待っているだけだ。その他人をなんつったけなー.......ああ、そうそう―――――――『仲間』だ」

「ざけんな!」

 響が怒りのままに刀を握って折るとガゴンッと響かせるように鉄格子に掴みかかった。そして、格子越しにあるクラウンの顔を睨む。

 自分の顔ながらなんとも憎たらしい顔だ。けど、それ以上に仲間が侮辱されたことに腹が立った。自分はそんな風に一切思っていないし、早くここから出て響達をもなんとかしようとさえ思っている。

 やるべきことはいろいろとある。この先にある。こいつを相手している暇はない。しかし、ここから出てこいつを倒さないことには意味がない。

 すると、クラウンは臆することもなく相変わらずの憎しみを抱かせるような顔で告げる。

「で? お前の言い分はそれだけで終わりか? くくくっ、ははは、ははははは! 結局威勢だけじゃねぇか! お前は!.......仲間を大事に思っているのは本物かもしれねぇ。でもな、お前がこうしてお前の鉄格子から出ない時点で結果が出てるじゃねぇか」

「.......っ!」

「睨んだって無駄だ。お前は結局のところ怖いんだ。オレと一人で戦うことが。仲間と戦う、それも十分素晴らしい戦い方だ。だが―――――――なぜその仲間が裏切らないと言い切れる?」

「.......!」

 クラウンはグッと顔を鉄格子に近づける。

「お前は曲がりなりにも一度信じて痛い目にあってんだ。それがたとえ誰かによる意志であってもなぁ。一人で戦えない奴が仲間がいれば大丈夫だって? はっ、笑わせんな。一人でも戦えねぇ奴が仲間と戦えるわけねぇだろ」

「.......」

「お前の行動も言葉もただ自分の弱さをひた隠しにしようとしているに過ぎない。そんな奴にいくら仲間が集まってもオレに勝てる道理はねぇな。ほら、かかってこいよ。もう今のお前ならこの鉄格子の中からどうやって出るかぐらい思いつくだろ? それが思いついても動けない時点でお前の『負け』だ。オレにはどうあがいたって勝てない」

 クラウンはその言葉を聞いてゆっくりと膝を崩していく。それら全ての言葉が全くもっての正論であったからだ。

 するとその時、クラウンは興味を無くしたように鉄格子から別とある場所に目を向けていく。そして、クラウンは重わずニヤリと笑った。

 その見つめている先に突如としてヒビが入る。そのヒビは何度も壁にドン気によって打ちつけられたような鈍い音を響かせながら、その面積を大きくしていく。

 そして、ヒビはやがて亀裂となり、それでもなお打打ちつける音ともにスッと一人の人物が現れた。

 その人物は所々黒ずんだ肌をしていて、本来の健康体の肌と比べれば一目瞭然なほどに色が悪かった。また、外傷はないのに酷く疲れている顔をしていた。

 それでも、まだ死んでいない瞳でその人物は告げる。

「待たせたわね、クラウン」

 リリスは堂々と胸を張って二人の男を見据えた。
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