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第10章 決戦

第225話 とっておきの一撃

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 リリスは表情には出さず頭の中で思考を始めた。それは現状からどうやってクラウンと二人だけの空間を作るのかということ。

 今把握できていることは古代サキュバスの力によって何とか魔王クラウン勇者に張り合えているということ。

 しかし、単純な膂力ならまず男であり、尚かつ強化された二人には太刀打ちできない。唯一勝る部分を上げれば魔法ぐらいだが、その魔法をどうやってクラウンに施すかが問題であった。

 クラウンに施された呪いを解除するためにはまずクラウンにゼロ距離接近することが最低条件。そのための結界やサキュバスの夢魔としての特性を生かした魔法があるが、それを施すのが難しい。

 その原因が響の存在だ。響サイドにどんな理由があるのかをリリスは当然知らない。しかし、響とクラウンの関係性は知っている。

 その上で響がクラウンを攻撃しなければいけないということは、それだけ重い使命や何かが存在しているということだ。それはつまり交渉の余地が微塵もないことを表している。

 ということは、この三つ巴の戦いの中で僅かな時間で持ってリリスは自分と魔王の二人きりという形で分けなければいけないということ。

 呪いがどの程度のものなのかわからないが、今わかる時点では「本物のクラウンの意識はない」とリリスは気づいている。

 しかし、その呪いが進行性で時間が進むたびにクラウンの意識が侵食させられているとすればできる限り急いだ方が良い。呪いを解くための準備で時間がかかり、エキドナ伝手の情報屋からの勇者が魔王に戦いを仕掛けたという情報は丁度戦争が始まったあたりに届いたのだから。

 「全く、急いでやって来てぶっつけ本番ってのは随分と私達らしい」そんな気持ちを抱くとなぜかクラウンの姿が浮かび上がりふと笑みがこぼれる。

 今やれることが残っているとすればそれぐらいしかない。なら、それに全身全霊の力を注いでクラウンを助けに行くだけのことだ。

「あんた達、あんまり―――――――私を舐めないでくれる?」

 リリスはそれまで向けていた笑みをスッと消して美しく僅かに光を反射する紅の瞳を向けた。その瞳は鋭くただならぬ威圧が込められていた。

 その気配に響とクラウンはすぐに反応していく。先ほどまでのリリスとは違いさらに油断ならなくなったことを肌で感じ取ったからだ。

 すると、リリスは広げた両腕をゆっくりと頭上に上げていく。リリスの周りからは徐々に風がリリスを軸に巻き上がっていく。

 ゴオオオオとも聞こえる風の旋風を作り出すとリリスはすぐさましゃがみ込み、頭上に上げた手を地面へとつけた。

「嵐獄」

 リリスに纏わりついていた風はその威力を巨大な嵐のようにしてリリスから離れていき、次第にその範囲を大きくしていく。

 砂煙どころか地面を抉りながら拡大する巨大すぎる旋風は分厚く覆った魔国大陸の雲を突き破りながら、さらに威力を増していく。

 ゴオオオオという音は地面の一切合切を削っているからかガガガガガという音に切り替わり、すぐ近くにいたクラウンと響を襲った。

 二人はその風を切り伏せようとして斬撃を放つがその斬撃は天上に向かって巻き上げられるだけで意味がない。

 そして、次第に威力を増していく風はそのさらに広範囲にも影響を及ぼし始め、自力では立っていられないほどの風が荒れ狂う。

 自分の武器を地面に固定して耐えるクラウンと響であったが、その地面ごと削り取られているのでやがてその風に全身が浮き思い切り吹き飛ばされる。

 リリスはそれを確認すると立ち上がりもう一度両腕を広げた。その瞬間、暴れまくっていた嵐は一瞬にして消え去り、上空から紅い月が顔を覗かせた。

「月の光は魔物の理性を刺激する。特に今日はブラッドムーン。狙ったわけじゃないけど、好都合。そして、その効果は二倍!」

 リリスのコウモリにも似た羽はリリスの身長の半分ほどの大きさから、身長ほどの大きさまで肥大化していく。

「加えて、今の私は古代サキュバス。古代―――――――すなわち、魔物の原初に近い者はさらにその効果を跳ね上げる!」

 さらにリリスの八重歯は鋭さを増していき、リリスにはなかった角が両側の眉間から生えそろう。羊のような丸まった形のであった。

 リリスの色気はもはや狂暴化していて性別問わずに全ての兵士の理性を壊し始めた。そして、歩き始める。まるでオスがメスのフェロモンに誘われているように。

また、それは兵士自らが自分を制御できないことであり―――――――

「静まりなさい」

 その溢れ出る色気を利用すればリリスの制御下に置けるということ。リリスは古代サキュバスの気配範囲で近づいていることを確認すると言葉によって制止の圧をかけた。すると、ほぼ全ての兵士達がその場で崩れたまま動かなくなった。

 これで不確定要素は大体消えた。後はクラウン救出のために動き出すだけ。それも自分のこのサキュバスのブーストモードが消えるまでの間に。

 リリスはすぐに思考を切り替えると少し腰を屈め、一気に跳躍した。重力で加速しながら周囲が歪むほどの高速飛行をして行くとある場所で九十度曲がり直滑降し始めた。

「悪く思わないでね―――――――紅蓮蹴り」

 リリスが燃え盛る炎を纏わせた脚の先にいるのは響。その響の胴体に向かってライダーキックさながらの飛び蹴りを直撃させていく。

 その一撃は響の胴体に深く刺さり、地面へと目にも止まらぬ速さで突っ込んでいく。そのまま地面に突っ込んだ響は爆発音とともに砂煙の奥へと消えていった。

「殺す!」

「あら、物騒ね」

 するとその時、リリスの背後からクラウンがつ突っ込んできた。空中を地面さながらに蹴りながら進んでいくクラウンは右手に持った刀を大きく上段に構え、刺突する。

 その攻撃に合わせるようにリリスが蹴り上げていく。その瞬間、刀と脚甲がぶつかり合い、周囲に衝撃波を発生させ、衝撃音を轟かせる。

 同時に後方へ下がると再び前進。クラウンの振り下ろした刀とリリスの蹴り上げた脚が交じり合う。サキュバスの力を月の光で強化したからか膂力で押し負けることはなくなった。

 だがそれでも、クラウンに勝るにはまだ力が足りないようだ。なら、ここからは魔法でもなんでも使えるものは使って自分と理想の形に持っていくしかない。

 そして、その理想の形に持っていくことで呪いを解くことに不可欠なのは相手の体に触れること。それが頭の近くであるほどよい。

 夢魔の力は相手の精神に介入できるという強い特性がある半面、相手に触れなければいけないという弱さもある。

 それは相手が強ければ強いほど触れることは困難。故に、夢魔であるサキュバスは人が寝静まって無防備になる夜を好む。

 しかし、現状四の五の言ってられる状況ではない。触れられれば好機。だが、それ以外は自分の死が待っていると考えた方が良い。

 二度もチャンスが来ると思うな。相手は曲がりなりにもクラウンだ。操っている何かからの口調からしてクラウンの情報を知っている。

 そのクラウンの情報をもとにして動いているのなら、二度も同じ攻撃はもう通用しない。つまりは一回勝負。それに、それだけの覚悟を持たないとクラウンを救うことは出来ない。

 一瞬でいい。一瞬でいいからクラウンの自分に対する意識を削いでくれるものないのか。

 するとその時、地面から物凄い勢いで迫ってくる人物に気付いた。その人物は当然響だ。思っている以上に早く復活したことに歯噛みするもすぐに思った。これは好機であると。

 リリスはクラウンの剣を弾くとすぐさま後方へ下がっていく。その後を追おうとするクラウンだがそこへい響が刀を持って突撃してくる。

 その存在に気付かないクラウンではない。クラウンは勢い任せに振り下ろされた聖剣を刀で受け流していくとすぐさま隙間を縫うように胴体へと蹴り込んでいく。

 それによって響が吹き飛ばされた瞬間をリリスは狙った。リリスはまるでタックルするように両腕を伸ばしながらクラウンに迫っていく。

 そして、クラウンがリリスから距離を取るよりも先にリリスがクラウンの胸に手を触れるとすぐに魔法を行使した。

「精神鎖縛」

 リリスが言葉を告げるとクラウンの心臓辺りにハートの形が浮かび上がる。そして、そのハートからいくつもの鎖が伸び、クラウンの体を拘束するように縛り付ける。

 すると、リリスはクラウンの両肩を掴んでともに地上へと降下していく。それから、地上に辿り着くまでの間にリルリアーゼから言われた言葉を思い出していた。

『まず、ミス・リリスにはマスター奪還のためにすべきことがあります』

『すべきこと?』

『はい。まずは精神に入りやすいようにクラウンにある程度のダメージを与えて心の隙を作ったところで、古代サキュバスの力を使って拘束します。そして、拘束した後は邪魔が入らないように結界を作ります』

 リリスはクラウンを地上に叩きつける勢いで落下していく。しかし、クラウンは体を捻って足元から地面に着地。だが、それはリリスにとってはむしろ好都合。

愛の空間ラブパージ

 リリスは思い出した通りに周囲に結界を張っていく。

『次に問題の精神への潜入方法ですが、まずは出来るだけ頭に近い位置に触れてください』

 リリスはクラウンの顔面を両手で挟み込む。月に輝く紅の瞳が鋭くクラウンの瞳を射抜いていく。周囲には誰もいない二人だけの空間。

『そして、精神魔法を使う時に一番重要なのは動揺です。いわば精神の揺らぎ。マスターが呪いで操られていてもマスターであることには変わりありませんから、必ず潜在的にミス・リリスのことを覚えていると思われます。なので、それを使ってそれを意図的に引き起こすのです』

『どうやって?』

『決まっているじゃないですか―――――――』

 リリスは「愛してるわ」と呟いてグッと両手で挟んだクラウンの顔を近づける。

『今までしたことないインパクトのある行動をすればよいのです』

 リリスはその勢いのまま唇と唇を思いっきり重ねていく。つまり「キス」だ。リリスのとっておきの最強の一撃。

 これによって、クラウンの精神は大きな波を引き起こし、リリスはクラウンの顔に両手と唇が顔に触れている。これほどまでに完璧なハマリ役の行動はないだろう。

 そして、リリスは心の中で唱える。

『潜心解呪』
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