神逆のクラウン~運命を狂わせた神をぶっ殺す!~

夜月紅輝

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間章 勇者の覚悟

第210話 混沌の始まり

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 響は受け入れたくなかった。知りたくもなかった。だが、響の目はその残酷な光景に釘付けにされて響自身でも動かすことは出来ない。

 磔台から滴る血はまだ新しいのかそれぞれから流れ落ちた血は一筋の川を作るように地面をゆっくりと動いていく。

 その磔台に拘束されているガルドとミストを見て響は思わず吐き気を催した。すぐに動いて助けに行かなければいけないのに、闘技場で殺人鬼を殺した時よりも、襲撃してきた魔族を殺した時よりも生々しく鮮明にエグさが映った。

 その時、響の隣にいた弥人が同じく青ざめた表情ながら、強めに響の背中を叩いた。

「しっかりしろ! まだこれで終わりじゃないはずだ! 生きてるかもしれねぇだろ!」

「うぷ.......んっ.......そうだな。早く降ろそう」

 響はのどまで出かかった胃酸を無理やり飲み込むと立ち上がる。そして、近くにいる一般人に声をかけながら協力して二つの磔台を横に寝かした。

 それから、すぐにガルドとミストの手足についた拘束を外して様子を伺う。響はガルドの口に手を当てると僅かに息がかかるのを感じた。生きているようだ。

 民衆の騒ぎを聞いて街を見回りしていた兵士達が集まってくる。その兵士に一人にすぐに城にいる医師へと報告に行かせた。

 そして、響達は素早く近くの建築途中の家から大きめの板を借りてそれを担架代わりにして城へと運んでもらう。

 ガルドが運んでもらうのを見届けるとすぐにミストの方にも同じことをするために近づいた。だが、ミストの方にいた弥人から動きがない。

 響は今にも溢れ出しそうな涙を堪えながら弥人に問う。

「弥人.......ミストさんの容態は?」

「.......」

 弥人から返事が帰って来ることはなかった。ただ肩を小刻みに震わせて頭をゆっくりと横に振っているのがわかる。

 そのことに響は思わず拳を握りつぶす。本当ならここで大声で叫びたかった。だが、周りに一般人がその声に怯えてしまうかもしれない。

 だから、響は努めて怒りを抑え込みながら同じようにミストを城へと運んでいかせる。そして、ミストが運ばれてから未だしゃがんでいる弥人にはそっと肩に手を置いた。

**********************************************************
 温かい空気がカーテンを揺らしながら窓から流れてくる。その風の温かさが一瞬にして冷気へと変わるようにこの部屋は寒く感じた。

 この部屋にいるのは二名。にもかかわらず、閑古鳥が鳴くような静けさで僅かな呼吸音だけが室内に響き渡る。

 ベッドの上で全身を包帯で巻かれたような姿のガルドとそのベッドの傍で死んだような目をして俯いている響。

 響は生気を感じさせないその瞳でぼんやりとガルドの上下に動く胸を何十分と見続けていた。その間、響が動くことは一切なかった。

 響の精神状態はだいぶイカレている。バリエルートでのクラスメイト消失事件からあまり日数が経ってないうちの重症のガルドと死亡したミストだ。

 しかも、ガルドに至ってはこの世界での響の憧れだ。強き心を持つ者の象徴とも言ってもいい。その象徴がすぐ目の前で触れたら壊れてしまうぐらいにボロボロになっている。

 それはつまり、響の憧れが崩れかけているという意味でもあり、響の精神が壊れかけていることも同時に示唆していた。

 響は現状植物と変わらない。ただその場で「ガルドの復活」という花が咲くまでひたすらに呼吸を繰り返しているのと変わらない。

 一言もしゃべることもなければ、動くこともない。それは目線すらもだ。もはや死んでいる状態と言っても過言ではないかもしれない。

 そんな響の思考回路は例えるならば屍の山である。それは当然自分自身の体が横たわっているのだ。何体も何体も死んで横たわっている。

 その殺した人物も当然自分自身だ。自己嫌悪に陥っている響は自分を責めるように脳に染みついて離れない闘技場やバリエルート、そして先ほどの出来事を思い出していた。

 本来、響はここまで自分を責めるようなタイプではなかった。何かを失敗すればどちらかと言えば自分が悪いと考える方だが、それでもここまで自分で自分を殺すほどに責め続けることはなかった。

 恐らく変わってしまったのだろう。この世界に来て、勇者という重役を背負ってしまって、生き物を自主的に殺すということして、人を自主的に殺すということをして。

 響は弥人との会話で「変わらなきゃいけない」と言った。それは郷に入っては郷に従えという意味でこの世界には順応するのはそれが一番手っ取り早いだろう。

 だが、響はその時に決して変わっていない存在に気付かなかったのだ。それは「倫理観」だ。

 響はいつまで経っても人を殺すことに躊躇い続けたのはその倫理観があったからだ。いつまでもいつまでももとの世界と変わらぬ不変の倫理観。

 それが響を徐々に毒が全身に回るように犯していったのだ。

 それは自業自得とも捉えられるかもしれない。だが、それは同時にもとの世界でも変わらずに生活できるう希望を残していたのだ。

 それを知ってか知らずか。だが、響は無意識にその希望を残そうと必死に周囲の環境や立場という圧力から耐えていた。

 しかしそれは、響の大切な友の存在もしくは響の憧れの存在があれば変わったのかもしれない。

 大切な友の存在がいれば、たとえその希望を裏切るような行為をしたとしてもこの世界ともとの世界とで割り切れたかもしれない。

 憧れの存在が無事であれば、たとえその倫理観に押し潰されそうになっても、憧れの存在のような強き心を真似して受け入れ、それはそれと順応出来たかもしれない。

 もしくはこの場にこの世界で出来た大切な存在に――――――――

 これ以上は考えても仕方ないことだ。結果的に誰一人として響の今の心に寄り添える者はいないのだから。

 それは高校で仲良くなった弥人であっても、響の複雑な精神に入り込むのは容易ではない。むしろ余計に拗らせかねない。

 それは響自身も無意識に感じているのか今は周囲に壁を作っている。誰も自分には近づかないように、話しかけられないように。しかし、それが自分自身の首を絞めていることに響は気づいていない。

「僕は.......」

 響は相変わらず一点を見つめたような瞳で不意に口を動かす。その動かし方もほとんど動かしていないように見えるほどで、しゃべる人形のようだ。

「僕は.......どうすればいいんですか?」

 その言葉はとても切実な問いかけのように聞こえる。だが、それを答えてくれそうな人物は赤く染みた包帯を額や胸、腕にグルグル巻きにまかれ、ただ息をするだけを命じられたように呼吸を繰り返している。

「何が間違っていたんですか?」

 響がこの世界に来てからいろいろなことがあった。そのどれか一つの過ちでこんな結果になってしまったなら教えて欲しい。

 そういう意味合いが籠った言葉であっても、響の頭の中にはすでに答えが出ていた。それはきっと仁を裏切った時のことしかないだろう。

「何が正解なんですか?」

 間違ったことはそれを筆頭にしなくてもたくさんある。この世界で勇者でありながらすぐに生き物を殺せなかったという小さな過ちがあれば、バリエルートでクラスメイトを守れなかったという大きな過ち。

 その他にもたくさんあり、こういう精神状態だからか悪い方向にしか思考が働かない。大切な人達を守る、この国を守る、世界を守るという重圧が今や猛毒を通り越して劇毒である。

 全身から水分が抜け落ちて枯れて口そうなほど、体が弱っているような感覚さえする。本格的に不味くなってきたかもしれない。

 響は石のように重い体を無理やり動かすとゆっくりと腰を上げる。そして、正面にある揺らめくカーテンへと視線の向けた。

 そのカーテンによってできる僅かな隙間から光が刺し込み、ガルドにかけられている白い掛布団を照らしていく。そして、その掛布団から僅かに反射した光が響の目に入る。

 その光が響は少し忌々しく感じた。響は勇者という世界の光でありながら、世界を照らす光を嫌う。なんとも皮肉めいたことだ。

「失礼します」

 響はその光から目を背けるようにドアを開けるとガルドが眠る病室を出ていく。そして、ぼんやりと向かう先も考えずに歩き続けた。

 壁に手を触れながらゆっくりとゆっくりと。病人がリハビリしているかの如く覚束ないような足取りで。

――――――ドゴオオオオオォォォォン!!

 響はふと廊下の窓へと目を向ける。すると、どうやら響は修練場の近くまで歩いて来ていたらしい。無意識に歩いて向かう先がこことは。自分もつくづく考える脳がない。

 その廊下から少し先を歩いて右手に曲がれば修練場に繋がっている通路がある。その通路に行くか行かないかは自分次第である。

 響はその答えを出さないままぼんやりと歩き始めた。何が正解か不正解かわからない。だが、とりあえずその通路が交わるところまでいけば勝手に答えが出るであろうという楽観的な考えで。

――――――ドゴオオオオォォォォン!!

 再び爆音が鳴り響く。本当に最近多くなったものだ。しかし、そんな広範囲魔法ばかり撃ってもどうにもならないだろう。

 これから戦わなければいけない敵は魔物のように単調ではない。考えて動くのだ。同じ手が二度も通用するとは限らない。一度目で見破られる可能性だってある。

 そんな説教臭い言葉が思い浮かんだが、自分が一足先にその感覚を肌身に感じているからって先輩面はおかしいだろう。

 それに自分は言うほど真正面から向き合えるようになったわけではない。いわばタイムオーバーで無理やり覚悟を決めさせられているだけだ。

 だから、言ってしまえば他の皆と変わらない。いやもしかしたら、血気盛んな皆の方が先に進んでいるのかもしれない。

「ほんとダメだな......」

「―――――ええ、全くですね~」

「!」

 響は思わず動きを止めた。それは背後から聞こえる聞き覚えのある少し特徴的なしゃべり方の声がしたからだ。

 そう、その声はまさしく―――――――

「きょう――――――こう.......?」

「はい。その通りですよ」

 振り向いた響も目線の先にはにこやかに笑う教皇の姿があった。
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