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間章 勇者の覚悟

第208話 大切な存在

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「ふっ! せいっ! はっ!」

 響は修練場で自主練をしながら、ひたすらに型をなぞっていた。

 もちろん、それだけでは戦術の幅が広がらないので時折オリジナルな動きも混ぜているが、基本がしっかりとしていないうちはあまり意味がないとのことで今日はずっと型を繰り返している。

 クラスメイトが帰って来てからまた時が過ぎた。その間で変わったことは特にないが、ある日を境にクラスメイトがぱたりと帰って来なくなった。

 帰って来ないクラスメイトは雪姫や朱里を筆頭にまだ十人前後ほどいる。もう一週間は経ったというのに、未だ帰って来ないとなると何か起こっているのではないかと思うのは当然のことだ。

 しかし、不安になれど信じていた。信じることしかできないというのが本当の正解なのだが、いつ帰ってきても迎えられるように、今できることと言えば皆と帰るために自分を鍛え上げることぐらいであった。

 すると、ふと少し遠くから声をかけられた。

「全くオフだっていうのに精が出るな」

「弥人.......もう大丈夫なのか?」

 響は弥人の姿を目に捉えるとすぐにある二か所に目を移しながら尋ねた。すると、弥人は響の視線に気づくとその二か所を軽く動かしていく。そして、響に近づくと答える。

「ああ、もう大丈夫だ。義手も義足も思ったよりもなじんできている。といっても、まだもう少し慣れが欲しいところではあるがな」

「そうか.......ともかく、調子が良さそうなら良かった」

 響はその言葉を聞いてホッと胸をなでおろす。それは弥人の傷に関してである。というのも、弥人は左腕と右脚を欠損して帰ってきたのだ。

 そして、そのままだと不便なので錬金術師のクラスメイトにその無くなった腕と脚の代わりになるものを作ってもらったのだ。

 響は「作ってもらった」という情報しか聞いていなかったので、実際に弥人がそれをつけているのは実はこれが初めてなのだ。

 これまで何度も会うだろう場面があったが、弥人は一人別メニューとかで修練場で合わなかったり、部屋まで様子を尋ねに行っても反応してくれることはなかったりとなぜか会えなかったのだ。

 故に、特に何かしたわけでもないが、何かしたのではないかと思い不安と心配を抱えていたのだ。だから、先ほど弥人の姿を久々に見た時少し声がどもったのは内緒の話だ。

 すると、響はそのことを思い切って聞いてみることにした。

「弥人、もしかして僕のことを避けてなかったか?」

「あー、それはだなー」

 何とも歯切れの悪い返事だ。話をはぐらかそうとしているようにも感じる。しかし、弥人は言いずらそうな表情で頭を掻きながらも、そっと告げていく。

「簡単に言えば、お前に心配させたくなかったんだよ。お前は何かと自分一人で抱え込んで、自己完結で済ませようとするだろ? しかも、それは他人の心配に対してまで。お前は既に勇者という重役がある。にもかかわらず、俺の心配をさせるのは酷だと思ったんだ。だから、俺が元気になるまで会わないようにしようと思ってたんだが.......完全に逆効果みたいだったな」

「はあ、全くだよ」

 響は思わず漏れる不平を言いながらも、その表情は穏やかだった。まさに心配の種が一つ消えて気持ちが少し晴れやかになったような感じだ。

 すると、弥人はふと修練場の入り口に近づいて来る人物に気付いた。そして、「悪いな、急用を思い出した」と雑な言い分でこの場を駆け足で去っていった。

 その姿を響は不思議に思いながらも、修練を再開させようとするとまたもや声がかけられる。その声は聞き慣れた優しい声であった。

「響さん、きっと修練なされているだろうと思って差し入れを持ってきました」

「スティナか、ありがとう」

 響は握っていた木剣から右手を放し、代わりにお腹へと当てていく。そして、お腹の減り具合をなんとなく確かめるとそのまま休憩することに決めた。

 それから、スティナの方へと向かって行くと修練場のわきの日陰のベンチへと並んで腰を掛ける。

「いつもお疲れ様です」

「そんなことないよ。僕はまだこの国のために頑張れてることなんてないから。それこそ、聖女の仕事や他の皆への気遣いに対してお疲れ様って感じだよ」

「私が出来るのは今ぐらいですから。もう少ししたら、きっと私がお役に立てることなんてほとんどありません」

「そんなことないよ」

 響はすぐに否定した。それはスティナがもうすぐ始まるであろう進軍に対して言っていることに気付いたからだ。

 というのも、もう既に周囲の国々で魔族による襲撃が始まっている。被害はどれも小さい方だが、その攻撃はまさに宣戦布告とも言えるものであった。

 だから、スティナはそのことを言ったのだろう。しかし、恐らくそれだけでは無いと響は思った。それはスティナが自分達と主に戦うことがないからだ。

 非戦闘員であり、一国の姫でもあり、教皇も女王もいない今はスティナが最高権力者であり、聖女でもあるスティナが進軍に参加することなどない。そう考えると出来ることが今なのは言葉通りなのだろう。

 しかし、それはあくまで精神的役割を除いた場合だ。それを含んで考えるなら、ガルドを除いてもはやスティナほどこの世界において信頼できる人物はいないだろう。

 だからこその否定だ。もとより、響はスティナが今までほとんど役に立てていないようだとは微塵も感じていなかったが。

 そのあまりの即答ぶりにスティナは思わず驚き、少しだけ口をパクパクさせている。しかし、すぐに一つ咳払いして調子を取り戻していく。

「そ、そうですか。それはありがとうございます。それはそうと、響さんには帰って来ないクラスメイト以外にも悩みがあるのではないですか?」

「!」

 スティナは少し強引ながらも無理やり話題を変えた。そして、話題に上げたのはスティナがずっと響の様子を伺いながら、懸念にしていたこと。

 その質問に響は思わず口につけていた水筒を静かに降ろしていく。そして、やや前のめりの姿勢で暗い顔を浮かべた。

「仁のこと.......気づいてたんだな」

「気づかないはずありませんよ。詳細を話してくれた際、仁さんの話題に入ると酷く複雑な顔をしていましたから」

「.......そんなにか」

 響は思わず苦笑いを浮かべていく。それほどまでに顔に出やすいとは気づかなかった。

「響さんはどうされたいのですか?」

「どうって.......」

 響は突然スティナから投げかけられた言葉に戸惑う。しかし、すぐに溢れ出てくる思いが勝手に口から吐露していく。

「どうしたいんだろうな。僕は仁を傷つけた。それでいて仁に傷つけられた。それは当然のことだと思った。でも、いざ仁に会うとどうしてかいつもの調子になれないんだ。仁が変わってしまったのもあるし、自分も変わってしまったのもあるかもしれない」

「と、言いますと?」

「僕は身勝手な人間だってことさ。仁がああなったのは僕のせいなのに、僕は謝罪の言葉一つかけてやれない。きっと今の仁には僕の言葉は届かないと思ってしまっていて、仁を止められることが出来ればちゃんと言葉を聞いてもらえるかもとか思ってる。でもそれってさ、結局武力で制した者が、強者が敗者に向かって言っているようなものなんだよね。そんな状態で謝罪したって意味もないのに。結局のところ憶病なんだよ、僕は。いつまで経っても」

「――――――本当に憶病なんですか?」

 スティナの澄んだ声はスッと響の耳へと入っていく。まるで脳内に直接話しかけられているみたいで思わず顔を合わせた。

 すると、スティナは穏やかな顔で言葉を続けていく。

「私が思うに憶病な人は自ら考えることや想うことを止めてしまった人のことだと思います。確かに、実際に行動に移せなければ、周りから見てその人は憶病と捉えられるでしょう。そうなると大概の人は憶病で、私とて例外ではありません」

「スティナも?」

「はい、私も想いを直接告げられずに逃げた人ですから」

 その言葉はスティナの哀愁とも言える表情と合わさって儚げに聞こえた。その言葉がなぜだか響の心を少し強く締め付ける。

「だから、その人のために想い、考えているだけでも凄いと思うのです。憶病ではないと思うのです。ですから――――――」

 スティナは少し俯きがちだった顔を響に向けるとやや赤みを帯びた表情で告げる。

「響さんが仁さんを想う気持ちも私が響さんを想う気持ちも憶病ではなし得ないことなのですよ」

「――――――え」

 響はその言葉の意味を正確に理解していた。伊達にもとの世界でも告白されてきたわけではない。だがしかし――――――

「その言葉は本当に僕に向けてのものなの?」

  響はまるで自分に好意があるかのような言葉を疑問視する。決してスティナにそう言われたのが嫌というわけではない。しかしそれでも―――――――思うところはある。

 その質問にスティナは目線を合わせたままやや赤みを帯びた表示でハッキリと告げる。

「はい」

「.......!」

「恐らく『仁のことを好きだったのじゃないか?』という質問をされると思いますので、先に答えておきますと。しかし、その想いは決して届くはずのない想いだということに気付いてしまったのです。だから、その想いは大切な親友に託しました」

「.......」

「そして、その気持ちは恐らく響さんが思っているよりも前から密かにケリをつけていました。すると、私という女はどうも移ろいやすい心を持っているらしく、仲間のために、私達のために、大切な親友のために必死に努力している響さんに惹かれていきました」

「けど、俺は.......そんなに誇れた人間じゃない」

「ふふっ、響さんはそう思われるでしょうけど、それをそう捉えるかは私次第ですよ。そして、私はそんな今もを持って前に進もうとしている響さんを支えたくなったのです。後ろからではなく、ともに肩を並べて、時には肩を預けてもらえるような存在になりたいと思ったのです」

 その時、響は胸が張り裂けそうなほど激しい鼓動に襲われていた。周囲の音が聞こえなくなるほど、スティナなの一つ一つの声に耳を傾けていることに自分でも気づいていた。

 きっと今まで気づかなかっただけだったのだろう。近すぎて気づかなかっただけだろう。こんなにも大切な存在がそばにいるだなんて。

「だから、響さん。私は―――――――」

 だからこそ、これだけは先に言わせてはいけないのかもしれない。

「僕は君が好きだ」

 その時、二人は時が止まったような感覚に襲われた。それはもちろん、いい意味で。
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