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第9章 道化師は堕ちる

第199話 道化の原点#15

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 仁はゾッとする寒気に襲われていた。今日は一日心地よい日差しと風を感じれる日であるというのに、まるで正反対だった。

 冷気を長時間当て続けられたように体は心から冷えていく。意味もなく冷汗を額からかいて頬を伝って流れてくる。

 いつも見慣れているはずの教皇の顔が、その姿が彰の言葉を聞いた後ではとても恐ろしく感じた。いや、あれは一種の化け物と言っていいかもしれない。

「何やら感心しない話の内容だったので注意しようと思ったんですけどね~.......君の内容を聞くまでは」

「嘘つけ、化け物。どうせ聞いていたんだろ? 姿形もなくさ」

「私は空気のような目に見えないほどの存在にはなれませんよ。しかし、見えるほどにはなりますがね」

 教皇はニタァっと笑っていく。その醜悪な笑みに彰は噛みつくように睨むが、椅子の背もたれを掴む手は小刻みに震えていた。

 つまりは目の前にいる教皇がかつての彰を嵌めた司祭ということになる。だが、それだといろいろと不明点がある。それは時間の長さと勘違いだ。

 まず長さだが、過去の話を聞いた限りだと彰達がどの程度の規模の破壊を行ったかわからないが、その被害が大きければ街は今のように違和感なく修繕されていないだろう。

 それに被害が最小でも、人によっては一回目の召喚の時の勇者の反乱が記憶に残っている人もいるはずだ。

 にもかかわらず、そこもかしこも勇者に対してやたら寛容的である。それも何かを隠している素振りを見せないほどに。

 それから、一番大きな問題がなぜ彰達は勘違いをしたのかということ。普通仲間を魔族と間違えて斬るとは思えない。

 魔族の正体がどのようだったのがわからないが、少なくとも敵味方の判別は出来るぐらい恰好や他の何かでわかるはずだ。それなのに勘違いして殺した。

 仁はもはやまともに呼吸出来てない感じで息苦しさを感じていく。だが、その状態で何とか空気を吸い、言葉にして吐き出した。

「どうして......あんなことを? それにいろいろおかしい」

 まともに言葉に出来なかった。頭の中では思い浮かんでいるのに口にするとなると拒むようにしっかりと言葉に出来ない。

 するとその時、仁は初めて教皇と目が合った。そしてまた、ゾッとするような、全身の毛が逆立つようなそんな感覚に襲われる。

 そんな仁の姿を教皇はニヤニヤした姿で見つめると答えていく。

「君かい? 彰君の切り札というやつは? う~む、君の役職は知った時から光るものがあった。それは勇者よりも尚更に。だが、それは同時に染まりやすいということ。白い紙に黒のインクを塗って、もう二度と白には戻せないように堕ちれば実に面白そうだ」

「やめろよ。手は出させねぇぞ?」

 彰は仁に近づこうと教皇が一歩踏み出した瞬間に、椅子から飛び跳ねて剣を向けながら椅子と椅子の間の通路に降り立った。

 そんな明らかな攻撃的姿勢にも教皇は手を後ろに組んだままで、涼し気な様子で笑う。

「おやおや、怖いですねぇ~。まさか彰君が私に歯向かうと? どうして私のプロテクトが外されたかわかりませんが、プロテクトが外された以上知っているはずです。無惨に死んだ仲間のことを」

「.......!」

 彰はその言葉に思わず歯噛みする。しかし、その恐怖が潜在意識に現れているのか手に持つ剣はブレ、剣だけじゃなく体も僅かに震えている。

 するとその時、教皇は一つ手を叩くと仁へと目線を向ける。その叩いた音は静まり返ったこの空間には良く響き、同時にそれだけ教皇に空気が支配されていることを示していた。

「そういえばー、海堂君。君は『どうしてあんなことを?』と聞きましたね? 申し訳ございません、実に素晴らしい質問であったにもかかわらず触れるのが遅くなってしまって」

「.......」

 恐らく今後一生現れることはないだろう程の嬉しくもなんともない、むしろ恐怖すら感じる誉め言葉だ。強行の一言一言が深く体を縛っていくような感覚はなんとも言い難い。

 教皇はこの教会にある主神の像を見ると恍惚とした笑みを浮かべて答えた。

「それはもちろん、我らが主トウマ様のためですよ。この世界には素晴らしいほどに希望が満ち溢れている。だからこそ、堕としがいというものがあるのです。その時の表情は実に素晴らしく、また甘美な声を上げて.......ゴホン、自分語りになってしまいましたね。ともあれ、我らが主は絶望と狂乱をお好みなのです。人間同士が育む愛情、異種族同士が育む友情よりも、妬み恨み憎しみ狂い絶望し恐怖した末の行動の方がお好みなのです」

「はっ、相変わらず狂ってやがる」

「狂う? 大いに結構。あなた方が狂うのならば是非とも私も狂ってみせましょう! そちらの方が私好みですからね。ともに絶望の先の笑いを目指しましょう! そうすれば誰しもがですよ」

「全然わからない.......」

 仁は言っている意味がまるでわかってなかった。わかるはずもなかった。わかりたくもなかった。ただその中でもわかるのはあの教皇がとんでもないキチガイ危険野郎ということで、この場に、この国にいるのは危険だということ。

 もし、もし自分が鍛えてきた意味がこれで、自分という存在が彰が過去の女性に言われた「絶望か希望かの未来の鍵を握るキーマン」だとするならばきっとここだろう。

 そう思った仁は右手の拳を強く握ると自分の太ももを殴った。石のように強張った脚を動かせるように。だが、そう簡単には動かない。

 するとその時、近くにいる彰から一つの長細い箱を投げ渡された。その箱にはプレゼント箱のようにリボンがあしらえてあった。

「それな、割と前から渡そうと思ってたんだけど忘れてたんだよ。けど、それが今にとっては幸運かもしれない。それを使って逃げろ。君には生きてもらわないと困る」

 仁はその言葉を聞きながらリボンの紐をほどく。すると、そこには白く輝く刀身で「JIN」と名前が彫られている短剣であった。

 彰の言い分からするとこの短剣で近くの窓でも突き破って逃げろという意味なのだろうが、仁にはその他権を見た時から選択肢は無かった。

「ぼ、僕は逃げません!」

 一人になんてできない。どんなことがあっても、自分を強くしてくれた人を見捨てることなんてできない。

 仁は短剣を手に持つと太ももを軽く傷つけた。するとその時、痛みがわずかに恐怖より上回ったせいか動くことが出来た。

 そして、彰の隣に並ぶように短剣を構える。

「引けと言っても引きません」

「全く.......しかたないね」

「やる気ですか?」

「「そのつもりだ!」」

 その瞬間、彰は目にも止まらぬ速さで教皇へと斬りかかっていく。だが、教皇は容易く半身で躱していく。

 その躱した方向に仁が糸をつけた短剣を投擲。それを避けようとした教皇に合わせて、彰の横なぎの剣が振るわれていく。

―――――バンッ

 しかし、その攻撃は教皇が袖から出した小物によって弾かれ、同時にゲームとかで聞いたことがあるような破裂音が響いた。

 彰は咄嗟に避けていくが脇腹を掠めていく。そしてまた、仁はこの世界にあるとすら思ってもいなかったものへと思わず凝視してしまった。

 それは小型の銃。マグナム辺りだろうか。そのようなものが教皇の袖から出てきたのだ。しかも、その銃口が自分へと向けられていく。

「避けろ!」

「!」

 彰の叫び声で仁は咄嗟に長椅子へと横っ飛びして身を屈めていく。すると自分が飛んだ数秒後に、自分のもと居た位置に地面に着弾してオレンジ色の火花を散らしていく弾丸らしき影を見た。

 仁は「どうしてあんなものが!?」と考える前に意識を戦闘へと無理やり集中させた。そして、僅かに頭を出して教皇の様子を伺い――――――

「!」

 すぐに身を屈めた。その瞬間、頭上を弾丸が高速で通り過ぎていく。完全に狙っていた。避けなければ死んでいた。

 仁はそれでも再び様子を伺う。今度は椅子の側面から顔を出して。すると、丁度彰が教皇に斬りかかっているところであった。

 そこに教皇は銃口を向けている。撃たれればそれまで。しかし、ここで武器を奪うことが出来れば、勝機は確実にある。

 仁は咄嗟に立ち上がると教皇に向かって糸を飛ばした。そして、その糸は見事に銃口へとくっついて、仁が引き戻すと同時に奪取に成功した。

 それから、仁はすぐに引き金に指をかけ両手に持ち、銃口を向ける。

「残念、よくやったと思うよ」

「―――――え?」

 仁が教皇に銃口を向けた時には、すでに。また、斬りかかった彰は教皇の首を握りしめられている。

 つまり教皇の腕は仁が銃を奪取した時の右腕、さらに仁に銃口を向ける右腕と彰の首を絞めている二つの左腕、合計四本の腕が生えているのだ。

 そのことに仁は思わず思考が止まる。教皇のことを恐ろしく感じていたから、人間でない何かと思っていたのにまさか本当に人間ではないとは。

 その瞬間、仁の銃を握った手はカタカタと震えだす。口は歯をガタガタさせるように動き出す。

 するとその時、教皇は仁にある選択を迫った。

「海堂君、君にはある選択をしてもらうよ」

「せ......んたく.......」

「君が彰君を撃てば君は助けてあげよう。それにキレイさっぱりこの恐怖も忘れさせてあげる。もしくは自分を撃つこと。そうすれば、彰君を助けてあげよう。もちろん、この記憶を消してね」

「考えるな! 俺を撃て!」

「うるさいですよ」

「うぐっ」

 教皇は彰の首を強めに絞める。だが、あくまで生かすのが前提のようですぐに力を緩めていく。そんな光景を見るだけで仁は心臓が止まりそうだった。

 どうすればいいかわからない。彰を撃つことも出来なければ、自分を撃つことも出来ない。まさに究極二択。呼吸は刻一刻と乱れ、手はより大きく震え、脂汗はダラダラと流れていく。

 頭が真っ白だ。どうすればいい。なにをすればいい。何が正解で、何が不正解。わからない、わからない、わからないわからないわからないわからないわからない。

「仁! 俺は死なねぇ!」

「!」

 仁はその言葉に思わずハッとした。それは彰が持つ一度なら致死のダメージを回避できるというもの。結局、見たことがないので本当かどうかわからないが、今はもうその道を信じるしかない。

「ごめんなさい!」

 仁は逃げ出しそうな視線を必死に彰へ向けながら、その銃の引き金を―――――引いた。

 その瞬間、仁の銃弾は彰の頭を僅かに避け、首へと被弾していく。それによって、彰の顔はわずかに吹き飛ぶが、すぐに顔を教皇に向ける。

 すると、仁は彰を撃つ前に彰が必死に後方へと指を動かしていたことを思い出した。そこには仁が最初に投げた短剣があり、その短剣の柄には糸が結びつけてある。

 仁は咄嗟にその糸を横に引っ張り、それを生きていた彰が受け取ると教皇の心臓へと突き刺した。
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